見えたるは最後の試練

強い、圧倒的に強い。今までの魔物とは桁がひとつ違う程だ。それ程までに属性持ちのゴーレムは強かった。

 何度死んだだろう?だがまだ立ち上がる事が出来る、まだ立ち向かう事が出来る。それは終わりが見えているからだ。それもハッキリと。属性持ちゴーレム達の後ろには門が見える。

 

 あれがゴールで、あの向こうがスタートだ。

 

 その赤く塗られた4本の丸太を縦にはやや斜めになる様に2本、丁度台形を形作る様に立て、その上部に残りの2本を平行に並べ、上の丸太が下の丸太よりやや短くなっている。この牢獄に囚われるまでも何となく俺の中では特別な物だった。

 あの門をくぐり母さんと一緒にこの村に来た。俺の人生の記憶はほぼそこからの物しか残っていない。ただ何かを決意し、何かにすがるような顔をした母さんに手を引かれこの門をくぐった事だけは昨日の様に思い出される。

 今度はそれをくぐり外へ出るんだ。次はひとりで。


 また時間は戻り禁忌の部屋に立つ。いつも通りと言っていいんだろうか?もう何千回と繰り返したが時が戻っているのなら、俺の記憶が何千回分とあろうとこの世界では1度目の時間なんじゃないだろうか?まぁいいか、そんな事は。俺は哲学者でも賢者でも無い。もうすぐこれも最後の1回にしてやる。そしていつも通り、決まった最善の手順、【混合】と遺物、錆びた剣と懐中時計を拾う。そして最後に必ず母さんを見る。

 もうすぐこれも最後になるんだ。そしたらもう、このには戻って来ないはず。でも大丈夫だ、母さんの思い出は何千回死に戻ろうとも少しも無くなったりはしていないんだから。


 属性持ちのゴーレム、まさか最後にあんなとんでもない魔物がいるとは思わなかった。無色のゴーレムと同じで衝撃が弱点かと思ったがそうでは無かった。むしろほぼ無効化される。

 では何が効くのか。困った事に属性攻撃しか効果が無い。それもそれぞれの属性によって弱点となる属性が違う。これはこの世界の属性の仕組みそのものに関わっている様な気がする。お互いに助長しあい、もしくは一方的に打ち消してしまう、と言った構図が属性にはあるのだろう。何度も戦う内にその真理の一端が垣間見えた気がする。

 火に水が打ち勝ち、木に火が打ち勝つ。この世界を構成する属性の内、大半を占めると言われる5つ、木、火、土、風、水の5つ全てを使えなければ5体全てのゴーレムを倒す事は出来ないという訳だ。

 

 何なんだそれは?そもそもこの魔物の大群は何なのだ?ここまで到達したがその答えは全く見えてこない。おそらく俺が時の牢獄に囚われた事と、この魔物の大群は無関係だ。俺が時の牢獄に囚われたのは成り行きと偶然だ。ではこの魔物の大群は何だ?そして間違い無く先へ進むに従って魔物の強さが増していく。訳が分からない。だが今はそれはどうだっていい、問題はどうやって、だ。


 属性持ちゴーレムの攻略は至難を極めた。死んだのも100は超えただろう。ただ少しだけ余裕があるのは時間だ。属性持ちゴーレムにたどり着くまでの時間は十分余裕が出来るまでになった。かと言ってここまで来ているのだから焦る必要は無い。つまり必要な時間をかけつつ、【災禍襲来】が発動してから属性持ちゴーレムに挑む事が出来るという事だ。それでも時間的にはかなり猶予があるだろう。【災禍襲来】が発動してから残り2時間程度あるはずだ。万全の体制で属性持ちゴーレムに挑む事が出来る訳だ。

 そこで少し途中のルートや手順を変える必要が出てきた。魔法が使えない以上【混合】に頼るしかない。となれば道中で各属性の素材を手に入れておかなければならないという事だ。それも出来るだけ上位の素材を。まさかいくら弱点だからと言って『火鼠の牙』があのデカイゴーレムに通用するとは考えにくい。なのでここで手に入る最上位の火属性素材、フレイムワイバーンの『火竜の炎嚢』を入手する必要が出てきた。さらにウォーターバットの『水蝙蝠の水袋』など、各属性の素材で、尚且つここで手に入れられる1番強力な物が必要だ。今までは避ける事でやり過ごしていた魔物も狩る必要が出てきたのでさらに時間がかかる。ここへ来て難易度がさらに上がるとは。

 とは言え必要な物は揃えた。そして必要なスキルも揃え、時間もぴったり22時間。


「スキル︰災禍襲来を取得しました」


 よし、ここで決めてやる。この時点での俺のランクはマゼンタ。決して低くは無いが冒険者の中では中の上と言った所か。だとしてもたった22時間でシアンから3ランクも上がるなんて事は異常以外の何物でもない。とは言え目の前の5体のゴーレムを相手にするのに十分かと言えば全くもって力不足だ。本来ならまともに戦う事も出来ず瞬殺だろう。事実何度となく瞬殺されて来たのだから。

 だが、それでも倒さなければならない。たかがマゼンタ、だがどう考えてもこれが最高到達点。俺の最大の武器は何度でもやり直せる事。そして敵の最大の弱点は何度戦っても相手は俺と初めて戦う事。攻撃も、動きも、反応も全て何度やっても同じ。俺が剣を振るえば同じ動きで受けて見せる。次に何が起こるか知っていれば何とでも出来る。小石に躓いて転ぶ事を知っているやつが、小石に躓くはずが無い。


「さて……行くぞ」


 俺は少し身をかがめ足に力を込める。


 【ガイザージャンプ】


 スキルの力を帯びた両足が地面で爆ぜる。まだこちらに気が付いていないゴーレム達の頭上まで飛び跳ねる。


 【サラウンドスクエア】


 何も無い前方の空間に空気の壁を作る。体を縦に半回転させ、両足で空気の壁に着地する。


 再度【ガイザージャンプ】


 ここまで飛び上がったスキルは次は下へ向かい急降下する力となる。そしてその先には真っ先に狙う土属性のゴーレムが。

 まずは5体いる属性の中で1番弱そうな土属性を狙う。属性持ちとは言うものの、そもそもゴーレムなんて石で出来た木偶の坊だ。それに土属性が付与されたからと言ってそこまで特殊な物にはならないはずだ。

 

 土は風に弱い。それがこの世界の理だ。それは全てにおいての絶対であり例外は無い。少なくとも俺の知る限りは。


 落下しながら錆びた剣にカゼナギオオイタチの素材『風薙の硬尾』を【混合】。刃の根元から数本のうねる様な風の筋が剣先へと立ち上る。現段階では最も強い風属性を付与した剣に落下する勢いを余すこと無く乗せ、空中で前周りに1回転し最高速度で斬り下ろす。振り抜いた切っ先はその軌跡の途中にあったゴーレムの腕を通過し、俺の両足と共に地面に着地する。二の腕の辺りから切り離されたゴーレムの腕が地面に落ちるよりも早く俺は左斜め上へ斬り上げる。斜め上へと胴体を抉る様に剣が通り過ぎる。斬り落とされた腕が地面に落ちる鈍い音と抉られた衝撃でやっとゴーレムは俺に気付く。

 おそらくゴーレムには痛みを感じる機能は無い。また驚いて怯む心も持ち合わせていない様だ。俺に気が付くと最速で崩れた体制のまま、残る右腕を横に薙ぐ。

 俺は全身から力の全てを抜き、膝からスッと体を沈みこませる。

 その刹那の後、足の裏から指へ、膝へ腰へ、腹へ、肩へ、そして腕へと力とマガ、回転や踏み込みの力を伝播させる。その自然な力を剣に乗せ横一文字に振り抜く。まるで流れ落ちる水を斬ったかの様な感触の後、真っ二つになったゴーレムの上半身はゆっくりと後ろへ仰け反り、轟音と共に地面に落ちた。


 まずは1体。ここまでは順調極まりない。


 ふたつに分かれた土属性ゴーレムの下半身は風に流され細かな砂となりどこかへ飛んで行った。その後には地面を踏みしめていた足跡だけが確かに残った。その向こう側に転がっていた上半身も同じく風に舞って行ったが、こちらには最後に丸く茶色い玉、『傀儡の魔核〔土〕』が残った。

 俺は素早く『傀儡の魔核〔土〕』を遺物に回収。そんな悠長な事をしていればさすがに残る4体のゴーレムも異変に気がついた様だ。十分鈍感だと思うが。

 そして4体のゴーレムと俺は向き合う。ゴーレムの向こうには赤い門が。退く訳には行かない、このゴーレムを蹴散らして先へ進むんだ。

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