1454回目 回想 囚われる時
禁忌とされた扉の先、その理由も知らずただ盲目に立ち入る事の無かった場所。重厚な扉はその時の俺には重く、両開きの扉の左側だけをゆっくりと奥へと押し開いた。
扉の先は思ったよりも狭い部屋で真正面の壁際、中央の位置に高さ1メートル程の小さな台座があった。そしてその台座の少し右手に壁にもたれかかる様にして座っている白骨があった。その白骨は虚空を見つめ、肉のない顔は何故だかどこか安心した顔の様に見える。体にはおそらく元々は服であったであろう布切れ、いや、もしかしたら革鎧だったのかも知れない。その破片がまとわりついていた。そして右手には鞘に収まった一振の剣、左腰には何やら三角形の金属の板が付いていた。さらに少し横の床には小さな金属製の箱が置いてあった。
俺は白骨を観察しながら台座に近ずく。台座の目の前まで来ると急に台座から緑に発色した光の板の様な物がせり上って来た。それは見たことも無い文字が書かれ、魔法陣の様でもあり、何かの紋様の様でもあり、俺が今まで見てきた物のどれにも似ていない何かだった。だがそこに書かれている文字はコトダマと呼ばれる神々の使うとされる文字なのは分かった。
その光る板には真ん中に手のひらの様な模様が入っていた。何となくそこは手を合わせるんじゃないか、そう思ってしまった。特に何も考えずにそっと右手の手のひらを模様に合わせてみる。何の感触も無かったが、手が光る板に触れた瞬間頭の中で声がした。
『対象を認識しました。現時点よりループを開始します』
その声がしたのと同時に光る板は沈み込み台座に吸い込まれて行った。すると台座のやや下辺りが鈍く光り、板と同じ光が筋となり数本走り何かしらの文字や紋様が一瞬だけ台座に浮かび上がった。
何が何だか分からなかった。何かが作動したんだとは思ったが辺りを見回しても何ら変化は無い。自分の両手のひらを見てみても変化は無い。何だったんだ……?頭の中に響いた声は……?
以前似たような声を聞いた事がある。【解体術】のスキルを手に入れた時だ。スキルの取得方法は様々。誰かに教わり実践する事で手に入ったり、スキルを持っている魔物や人間を殺す事でその者のマガと呼ばれるエネルギーを吸収する時に一緒に我がものにしたり。その他にもいくつも手に入れる手段はあるそうだ。そしてスキルを手に入れた時に頭の中に響く声、それを人は始まりの神「ノウス」の使い、「フィリウス」の声と呼ぶ。おそらくはその時の声もフィリウスの声だったのだろう。
結局この台座は俺の望む物では無かった。何だか力が抜け床に尻もちを付く様に座り込んだ。すると白骨の横にある金属製の箱が目に入った。あれは何だろう?中に何か入っているのか?オレは座ったまま箱に手を伸ばす。箱を開けようとしたがなかなかに固く、すぐには開かない。
何なんだ、イライラする。
思いっきり力を入れると不意に箱が開いた。すると中には小さな宝石が入っていた。それは手のひらすっぽり収まるほど小さく、緑に発色している。ちょうど先程台座に浮かび上がった光る板と同じ発色だ。その宝石を手に取ってみる。すると宝石は一瞬光を強くしたかと思うとすぐに手のひらに溶け込む様にして消えてしまった。
『原初のスキル:混合を取得しました』
またも頭の中に声が響く。原初のスキル?混合?一体何の事だ?とりあえず混合と言うスキルを手に入れた様だ。スキルの内容を確認してみる。持っているスキルや能力、いわゆるステータスと呼ばれる物は自分自身の物であれば【鑑定眼】のスキルが無くても見る事が出来る。しかも詳細に。
他者のステータスを見ようと思うなら鑑定眼などのスキルが無いと見る事が出来ない。鑑定眼で見る事が出来る他者のステータスは漠然と色でしか見る事が出来ない。それは青から始まり、緑、黄、赤、銀、金、白金、そして最後はシネと呼ばれる。それがそのままその人間を指すランクとしても用いられている。シアン、グリーン、イエロー、マゼンタ、シルバー、ゴールド、プラチナ、そしてシネとなっている。ちなみにこの時の俺はランクシアンだった。
肝心の【混合】というスキルについてだが、「ふたつの物を混合し両方の能力を持つ物を作り出す」となっていた。
何だ?ずいぶんと漠然とした内容だな?だいたいスキルの名前も変わっている。何だか違和感しかないな。
分からないものはさておき、今度は白骨の方を調べてみる。この先何をどうしていいかも分からないが、何も無いよりはマシだろう。まずは鞘に収められた剣を抜いてみる。抜いた刀身は錆や刃こぼれと錆びが見える。経年劣化だろう。とてもでは無いが斬る、と言う行為には到底向かない様に見える。
次に腰にある三角形の金属の板だ。手に取ってみると不思議な程軽い。材質は何で出来ているんだ?上下左右、回して見ても何の変哲もない金属の板に見える。アクセサリーなのか?色々いじっていると少し板がズレて2枚になった様に見えた。いや、確かにズレている。薄い板を上から抑え捻ると2枚にスライスされた様に回転し、三角形がふたつ、ちょうど六芒星の形になった。するとか細く、甲高い音でチュィィィンと言う音を発したかと思うと六芒星が真ん中から左右に分かれ、その間に黒い空間が発生した。するとまた先程の音がなり、左右に分かれた六芒星がさらにスライスされ、その内の2枚が90度回転し黒い空間の上下に収まった。その状態で空中に留まったままの板の中心には黒い空間が。何なのか分からなかったが、不思議と中に何か入っている様な気がした。今考えると恐れ知らずだったとは思うが、俺はその中に手を突っ込んだ。するとすぐに手に何かが当たる感触があった。それを掴み引っ張り出してみると、それは丸い盾だった。錆と刃こぼれのした剣とは違いこちらは状態はかなり良い様だ。
「もしかしてこれ……中に物がしまえるアイテムなのか……?」
神代の時代のアイテム、遺物と呼ばれる物だろうか?何にせよこれもいただいておく事にした。
結局そこまでだった。後は何も無い。隠し通路も転移の魔法陣も無い。あったのは古びた剣とそこそこ使えそうな盾、収納できる遺物。そして使い道も分からないスキル。
これでどうしろと?
外の魔物はここへは入って来なさそうだがいなくなる気配は無い。かと言ってそこ以外に出口も通路も無い。どう考えたって魔物の向こうへ行く以外ここから逃げる選択肢は無い。魔物の向こうだって?次々と魔物が押し寄せて来てここへ逃げ込んだんじゃないか。きっと今頃さらに数が増えているはずだ。それを俺ひとりでどうにかしろと?
禁忌の部屋から出て死体の転がる部屋へ戻り、何となくぼーっと床に座り込んでしまった。母さんの遺体もそこにある。何となく目を逸らしてしまう。すると男性の遺体のポケットから何かが転げ落ちているのが見えた。近ずいて拾ってみるとそれは懐中時計だった。時刻は17時30分、だからどうしたと言うのだ。それからしばらく、意味も無く懐中時計の秒針が動くのを眺めていた。
懐中時計の針が18時ちょうどを指した所で我に返った。30分もぼーっとしていたのか。
どうする?
少しだけ思考が前へ進んだ。でもどうするって言ったって。どうするもこうするも無い。簡単な2択なのは理解している。
何もせずここに留まるか。
扉を開けて魔物の群れの向こうを目指すか。
前者は完全に他者任せ。ある瞬間魔物がなだれ込んできて殺されるか、もしくは餓死するまで時間を過ごすか。後者は自分次第。俺が強ければ魔物をなぎ倒して村の外まで逃げ延びるか、もしくは魔物に嬲り殺されるか。なんだ、俺が生き残る選択肢はたったひとつしか無いじゃないか。つまり死ぬか、生き残るために戦うかのどちらしか無いって事だ。
「は……ははは……結局ほとんどの選択肢が死に繋がってるじゃないか……。それなら……戦って死んでやる」
自暴自棄だったのかも知れない。決して勇気ある選択では無かった。でもそれしか無いと思ったし、事実それだけが正解の選択肢だった。
俺は入口の扉の前に立った。震える手で白骨から拝借した錆びた剣を抜く。左腕には盾も付けた。そして右手で剣を構え左手で扉を押す。少しづつ扉が開き外の音が漏れ聞こえる。分かりやすく大群の生き物がうごめく音がする。意を決して扉を開け放つと目の前には無数のファイアーラットがもぞもぞしていた。
「うわっ……」
思わず声が漏れた。しかし小声であったためファイアーラットの群れには気が付かれていない。
こんなん無理だ……。
いきなりどうしようも無い程の恐怖と敗北感が押し寄せて来た。今なら引き返せるんじゃないか……?一瞬でもそう思ってしまうともう前へ足が出ない。引き返せそうかと後ずさりした時、1匹のファイアーラットがこちらを向き俺に気がついた。
「ヂィイイイイイ!!!!」
俺に気がついたファイアーラットが不快な雄叫びを上げると、それを合図に他のファイアーラットも一斉に俺を見た。
「クソッ……クソ!」
俺は錆びた剣を抜き放ちめちゃくちゃに振り回しながらファイアーラットの群れに突進した。振り回した手にはファイアーラットを殴り殺す感触が伝わってくる。
1匹、2匹、3匹。斬れ味の悪い剣で殴る度に放出されるマガがファイアーラットを倒した事を告げる。
4匹、5匹目を殴り殺した所で右足に焼けるような痛みを感じた。苦痛に顔を歪め足を見るとファイアーラットが足に噛み付いていた。そしてその名の通り噛み付いた口からは炎が漏れ出ている。
「このっ……!」
怒りに任せ錆びた剣を脳天から突き刺してやる。刺さると言うよりは潰れたファイアーラットを左手で掴み前方の群れに向かって投げつける。すると次は左足に焼けるような痛みが。そして次々と太もも、背中、腹に同じ痛みが。
「うわああああ!!!」
そのまま地面に押し倒された俺に群がるファイアーラット。どこをどう噛まれているかも分からない。全身が焼かれるように痛い。そして声すら出なくなった。自分の肉が焼ける臭いと噛みちぎられる痛み。最後に見たのは眼球に噛み付くファイアーラットの牙だった。最初に味わう死は何が何だか分からない程朦朧としたまま意識が薄れて行った。
『対象を認識しました。現時点よりループを開始します』
その声がしたのと同時に光る板は沈み込み台座に吸い込まれて行った。すると台座のやや下辺りが鈍く光り、板と同じ光が筋となり数本走り何かしらの文字や紋様が一瞬だけ台座に浮かび上がった。
「ん…………?」
あれ?俺は一体どうしたんだ?ここは……?俺は確か……さっきファイアーラットに……?
慌てて身体中を見たり触ったりして確認する。噛み付かれた跡は?焼かれた肌は?食いちぎられた肉は?どこにも無い。何ともない。どうなっている……?周りをキョロキョロしてみると座っている白骨が目に入った。
「あれ……?あの剣はさっき……」
そうだ、あの白骨の持っている剣はさっき拝借して行ったはずだ。なぜまた白骨が持っている?さらに腰にはあの三角形の遺物がある。さらには床にスキルの入った金属の箱が。その箱を拾い開けてみる。先程と同じで開きにくいが力を込めると一気に開いた。そして中身も先程と同じ。中の宝石を手に取る。
『原初のスキル:混合を取得しました』
頭の中で声がする。やはり同じだ。おそらくそうだとは思いつつ三角形の遺物をスライドさせて開く。そして中へ手を突っ込み中にある物を取り出す。
それは丸い盾だった。
「どう言う事だ……?」
剣と遺物を持ち禁忌の部屋の外へ。そして元いた部屋の床に横たわる遺体。そして床に落ちているのは懐中時計。それを拾い上げると時計の針は『17時20分』。
さっきは17時30分だった。違和感もある。どこか信じられない気持ちもある。でもそうなんだと言う、何とも言えない確信じみたものもある。次の行動を起こした後にどうなるかは分からない。でもこのまま座り込んで死を待つ事はしないとさっき決めた。だから結果どうなるとしても俺が扉を開けて外へ出る事は変わらないんだ。
そして俺は扉に手をかけ開く。扉から外へ出るとそこには無数のファイアーラットが。そしてどのファイアーラットも俺に気がついていない。
もし俺が思っている通りなら……、そうだ、もうすぐあそこのファイアーラットが俺に気がつくはず。思った通り、1匹が俺の方を向いた。やる事は変わらない。錆びた剣を抜きファイアーラットを目に付いた順に切り飛ばして行く。殴り飛ばしているが正しいかも知れない。でも先程とは違い、他のファイアーラットに気づかれる前に斬りかかったので10匹は倒せたと思う。10匹目が死んだかどうか分かる前に俺の視界は奪われた。
『対象を認識しました。現時点よりループを開始します』
その声がしたのと同時に光る板は沈み込み台座に吸い込まれて行った。すると台座のやや下辺りが鈍く光り、板と同じ光が筋となり数本走り何かしらの文字や紋様が一瞬だけ台座に浮かび上がった。
やっぱりそうか。
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