1454回目 回想 始まり

1454回目、やはりまた戻ってきた。ダメだ、今回は行動を整理する事にしよう。数百回に1度、こういう時間を作らないと訳が分からなくなってしまう。せっかく積み上げた経験が台無しになってしまうからだ。何より戻って来た瞬間から頭痛が酷い。


 まずは最初の1回目が訪れるまでの事を思い返す。そうしないとこの途方もない時間の記憶に追いやられ自分が誰だったのかも忘れてしまいそうだ。


 俺の名はレスタ、レスタ・テノインロウヤル。テノインロウヤルなんて大層な性は母親の性だ。本当か嘘かは分からないが、母さんが言うには、母さんは古代から続く高貴な一族で、それを守護する一族とが暮らす辺境の村の生まれだそうだ。

 そこへある日突然、俺の父親に当たるクソの様な貴族が現れ村を蹂躙、歯向かう者達は殺され、歯向かわなかった者達も1ヶ所に集められまとめて殺された。しかし一部の女だけは違った。それは美しいかどうかで決まった。歳は関係無かったそうだ。熟していても、逆に幼かったとしても、それはそれで、そういう嗜好もあると言う事の様だ。

 母さんは若く、そして美しかったため貴族の長の奴隷となった。その貴族もまた高貴な一族だと言い張っていた様だが、その真実は分からないしどうでもいい事だ。

 

 ボロボロになるまで嗜好品として使われた母さんは程なくして俺を身ごもる。そうなればご主人様の興味は一気に薄れ、すぐにわずかながらの金を渡され放り出された。殺されなかったのは豪華なお屋敷が下品な血で汚れるのが嫌だったからだそうだ。


 その後の話は母さんは話したがらなかったから知らない。俺を産み、そして5歳の俺を連れてこの村にたどり着いた。この村の連中が母さんを受け入れてくれたのは、母さんが唯一故郷から持ち出した、俺が今首から下げているこのちっぽけなペンダントがあったからだ。それがこの村と同じ使命を帯びた一族の証なんだと。理由は何であれ、母さんと俺は住む家を手に入れた訳だ。それから10年、何とか生きてきた。1453回前の今日までは。


 その日は突然訪れた。何の前触れも無く、村外れに魔物が現れた。その魔物は小さく弱い、ファイアラットと呼ばれる火を吐くネズミだった。ただ、数が異常だった。所詮はネズミの魔物、村の男衆で何とか食い止める事が出来た、そう思えた。しかし倒しても倒しても次が来る。そしてその内にアンデットのスケルトンも押し寄せて来た。徐々に増えるのには理由がある。恐らくは外界から村へ続く道には狭い山道がある。それは神々が通る道とされ、扉の無い門がある。つまりは一度に大勢は通れないのだ。


 徐々に魔物の数は増え、徐々に村人は押され、徐々に村は魔物で埋め尽くされた。もちろん村には戦える者もいた。しかしそれなりにだ。冒険者でも無ければ騎士でも無い、遺跡を護る村に生まれその一生のほとんどをこの村の中で過ごした人間だ。それほど強いはずも無い。それでもその者達は勇敢に戦い、弱き者を守った。もちろん俺もその守られる弱き者のひとりだった。守る者も守られる者も徐々に減っていき、逃げる場所は減り魔物が溢れかえる場所が増えた。

 

 おそらくは誰も何も考えていなかったのだろう。いつの間にか村の奥へ奥へと追いやられ、ついには村の最奥にある禁忌の遺跡までたどり着いていた。誰が叫んだのだろう、とりあえず禁忌の遺跡の中に逃げ込むんだ、という声に何も考えずに全員が従った。すると不思議な事に魔物達は禁忌の遺跡の入口から先へは進んで来なかった。何か強い力で押し返されているかの様に魔物達はたじろいでいる。そして誰かが呟いた。助かった、と。


 そして何とか生き延びた人々はやっと落ち着いて話し合う時間が持てた。しかし口をついて出てくる言葉はどれも肯定的でも建設的でも無い言葉ばかり。もうどうにもならないと言う絶望だけが言葉となって現れてくる。ほぼ怒号と罵声の浴びせ合いの様になった話し合いは一部の大人だけのものになった。しかしそれも次第に静かになり初め、そこに居た全員の顔には疲れだけが色濃く残った。


 静まり返った遺跡の中で、急に母さんが俺に人差し指を立て口に当て、しゃべらない様に促した。どうしたのかと思い母さんを見ると、少し先にいる司祭様が何やら小声で独り言を呟いているのに聞き耳を立てているようだった。


「レスタ、少し離れていなさい。ほら、あの影に隠れるようにして座っていなさい」


 母さんが何を言っているか分からなかった。そしてまさかそれが母さんの声を聞く最後になるとは思ってもみなかった。


 俺が遺跡の少し崩れた壁の中にうずくまる様に隠れた直後、急に司祭様が奇声を上げて立ち上がった。


「神は!待っておられる!すぐに!我々を!召されたいと焦っておられる!だからこそぉぉおおお!このようなぁああああ!仕打ちをおおおお!すなわちッ!我々はッ!ここでッ!死ぬのだッ!それが神の御心だッ!」


 あまりの急な奇声とその内容に皆驚き一瞬固まった。司祭様を除いて。

 司祭様は床に投げ捨てられていた剣を掴み、すぐ隣に座っていたおばさんの首を切りつけた。激しく飛び散る血。誰も状況を理解出来ない。その後司祭様は何も言葉を発さず次々と周りの人を切り捨てて行った。

 皆憔悴していた事、魔物がここへは入ってこないと言う安心感から気を抜いてしまっていた事、そのどれもが行動を遅らせ司祭様を止める事も出来ず次々と血飛沫を上げ悲鳴を上げる。そして母さんも。母さんは肩から斜めに切り捨てられ、見た事も無いぐらいの血を流して床に仰向けに倒れた。そして最後に隠れている俺を見た。そして笑った。母さんは司祭様の独り言を聞いて危険を感じて俺に隠れる様に言ったんだ。


 なぜ俺だけ……母さんも一緒に隠れたら良かったじゃないか……。


 気が付くと辺りは静かになっていた。恐る恐る見ると司祭様と若い女性の2人だけが立っていた。女性の首には司祭様の持つ折れた剣が、司祭様の脇腹には折れた槍の柄の部分が肉をえぐっていた。

 2人が何を話しているかは聞こえなかったが、お互いを罵っているのだけは感じ取れた。そして司祭様が女性に覆い被さる様に倒れ、女性もその重さに押しつぶされ床に倒れた。


 そして完全な静寂だけが残った。俺と共に。


 生きている者は居なかった。声を掛けても、肩を揺すっても反応が無い。誰も生きてはいない。俺の頬を伝う涙はどうにも止まらなかった。


 どれぐらいの時間そうしていただろう。壁に寄りかかり天井を仰いで涙を流していた。だが時間が経つとほんの少しだけ悲しみが減った。

 これからどうしよう?その考えが浮かんだのがきっかけだった。俺はよろよろと立ち上がり辺りを見渡した。母さんには申し訳ないが、今は遺体をどうにかしようと言うのは後回しだ。俺はまだ生きている。

 この遺跡の中は何度か来た事がある。ただ来た事があるのはここまでだ。この先、禁忌とされる場所には入った事が無い。

 

 何が禁忌だ。


 今はそれを止める人間も、咎める人間もいない。この先には何かある。何人も立ち入らせない何かが。もしかしたらそれは武器かも知れない。もしかしたらどこかへ通じる隠し通路かも知れない。世の中には転移の魔法陣なんて言う物もあると聞いたことがある。とにかく何かがあるはずだ。そう思った俺は遺跡の奥へと進んだ。決して開けてはならないと言われた扉を開けて。

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