2.【件名】霊媒アイドル凛華の霊障お悩み相談室 宛

 凛華さん、はじめましてこんにちは。いつも仕事帰りに凛華さんの優しいお声とほんわか笑顔に癒されながら、チャンネル拝聴しています。

 自分は某所で小学校教員を務めております、【ぶんたろー】と申します。

 本日は、怪奇現象のことで凛華さんにご相談したく、僭越ながらはじめてDMを送ります。

 少し長くなってしまうと思います。初DMでの厚かましさを、どうかお許しください。配信では読み上げていただかなくてかまいません。



 はじまりは先日、大学時代の同期四人で宅飲みをしたときのことでした。

 ひとり暮らしの自分の部屋に集まって飲んでいたのですが、夜中の十二時を少し回った頃だったでしょうか。

 メンバーのひとりがトイレに立った一分ほどのち、廊下から「うわーっ」というガチめなトーンの叫び声が聞こえてきたのです。

 リビングでこたつに入っていた残りの僕ら三人は、びっくりしてすぐに様子を見に行きました。

 廊下には腰を抜かして尻餅をついている彼の姿がありました。

「いったいどうしたんだよ」

 と声をかけますと、彼は玄関を指さし、震える声で答えたのです。

「いま、そこに小さな女の子が……」

 全員びっくりして、彼の指さしたほうに目をやりました。しかしながら当然のごとく、玄関にはだれの姿もありませんでした。

 結局その日のことについては、酔っていたこともあるので十中八九彼の見間違いであるという結論に至りました。最後は僕が小学校教員であることにかけ、なぜか「小学生女子の生き霊に取り憑かれてる」だとか、「このロリコンめ」などといじられて終わりました。

 これだけなら特に悩む必要はありませんでした。しかし、この翌日から自分の周りでは、奇妙な現象が立て続けに起こるようになってしまったのです。


 続いては僕の職場である小学校でのことでした。

 昼休みの時間が終わる五分前。授業に向かう途中で、

「先生、汚れてるよ」

 突然、担任を受け持っているクラスの児童に背後からそのように指摘されたのです。

 即座に振り返りました。

 目に飛び込んできたのは、外履き用の靴の、裏側の模様跡でした。泥や砂というよりもっと黒々とした――たぶんあれは煤ではないでしょうか。そんな色味をした足跡が、まるで僕の背後をつけて歩いてきていたかのように廊下に点々と、続いていたのです。

「わ……なんだ、これ」

 眉をひそめ、思わずそうつぶやいてしまいました。最初、さきほど指摘してきた児童によるいたずらだろうかと思いました。僕の背後にぴたりと張りついて、一歩後ろから靴跡をこっそりつけていく、いわば自作自演というわけです。

「なにやってるんだ」

 僕はただただ困惑を露わにしました。

 あまりにも無意味に手の込んだいたずらのため、その子のことをなんと注意するべきか迷ってしまったのです。

 しかし。

「なにって?」

 指摘児童はきょとんと首を傾げ、僕の顔を見上げていました。まったく悪意のない顔でした。そこで少し冷静に考えてみました。彼は普段、クラスのなかでふざけたり騒いだりすることの滅多にない、おとなしいタイプの子です。そんな子が、突然このような大掛かりないたずらを思いつくでしょうか。


 いいえ。僕には子どもをそこまで穿った目で見ることはできません。純粋に、僕の背後の足跡を見つけて声をかけたというふうに判断しました。


 それに彼は自分の上履きを履いているほかに、外履きの靴を手に持っていたりはしなかった。

 うちの学校の上履きは指定のもので、もちろん靴裏も全員同じ形状をしています。ちょうど母指球の部分に二重丸の形の模様があるため、見ればわかるのです。ところが私の歩いてきた廊下に点々と続くのは、どう見ても上履き特有の靴裏の跡ではありませんでした。

 だから見てすぐに外履き用のスニーカーのたぐいだと気づいたのです。


 そのうち、ほかの児童もこの足跡を見つけて「あ、先生、土足〜」などと囃し立ててきました。そのせいで、わらわらと、すでに教室で授業の準備をして待っていた子たちまで集まってきてしまいました。


 困り果てながらも、とりあえずこの足跡がどこから続いていたのかをたしかめたほうがいいなと思いました。

 いったん階段の上からのぞいてみると、それは廊下の角を曲がって階段の下まで続いているようで、少しうんざりしましたが、誤解をされてももっと困るので、とりあえずクラスの子たちには次の時間にやってもらう計算プリントの指示を出して、自分で(まあ僕が汚したわけではないのですが)掃除することにしました。

 改めてきちんとたどったところ、その足跡は、職員室までしっかりと続いていました。つまり昼休みの終わりに僕が職員室から出てから五年二組の教室前へ到着するまでずっと、後ろをつけてきていたことになります。

 この現象は、ほかの先生方や児童に、容易に説明できるものではありませんでした。ですが自分の頭のなかにはすでに、これがなにか人ならざるものの仕業なのではないか、という考えがちらついてしまっていました。

 たかが足跡だけでそのように考えるのは、早急かもしれません。ですが先日、友人が僕の自宅で少女の姿を目撃したこともありましたし、あとは以前から凛華さんのチャンネルを視聴しているので、この世の説明のつけがたい不思議な現象に対して、わりと肯定的に考えてしまう面も、正直あります。


 足跡騒動は、このあともう一度起こります。


 しかしその前に、もうひとつ怪奇現象ではないかと思われる出来事がありましたので、お話しさせてください。(実は、一連の現象のなかでもいちばんといっていいほどの被害を、人生が変わるような被害を被ってしまったのです。)


 自分にはつきあって三年になる恋人(Tさん)がいました。大学時代の同級生で、卒業後は僕の勤務先とはまた別の小学校で、彼女も教員をやっています。

 これは最初の足跡騒動から一ヶ月ほど経ったある日のこと、そのTさんと通話していたときのことです。いつものように、自分は部屋でひとりでした。通話中はテレビやエアコンなど周囲の雑音が入らないようにしているのですが、彼女が急に、「いま、部屋にだれか来ているの?」と言い出したのです。

「え、なんで?」

 僕はおどろいて聞き返しました。

「女の人の話し声がする」

「だれもいないけど」

 もちろんなんの後ろめたいこともありませんので、そのように即答しましたが、Tさんは繊細で、心配性な性格です。念のためテレビ通話に切り替えてほしいと、控えめに訴えてきました。

 断る理由もないので、僕は自分の顔が映るように、通話アプリの画面を操作しました。

 同時に彼女も自らカメラをオンにしました。お互いにテレビ通話状態となった、そのときです。

 自分のほかにはだれもいない、散らかった1DKの六畳間が映し出された……はずだったのに。

「だれ?」

 怪訝そうに眉をしかめたTさんは、そう聞いてきました。

「えっ……?」

「えっ……じゃないわよ。そこにだれかいるでしょう、もうひとり」

「いないよ」

「うそよ。だったらその白いスカートはなにかしら? ほらいま後ろ、画面から逃げるようにしてフレームアウトしたわ」

 そう言われて遅ればせながら思い出しました。

 この家になにかいる、その姿を垣間見た人間が、ひと月前にもいたことを――。

「ちょっと待ってくれ、誤解だ。落ち着いて」

「あなたが落ち着きなさいよ」

 弁解しようとした言葉をぴしゃりとはねつけ、それからTさんは溜め込んでいたものを一気に吐き出しました。

「実はね、少し前からずっとおかしいなって思っていたのよ。通話中、後ろでささやき声のようなものがときどき聞こえるから。普段はテレビの音とかなのだろうと思って気にしないようにしていたの。だけど今日は特に頻繁で、気にならずにはいられないほどだった。しかもさっきね」

 ひと呼吸置いてから、彼女は疑いに細めた目で僕を見ました。

「『もうやめてよ、お願い』って聞こえたの。はっきりと。それって、……どういう意味なのかしら?」

 Tさんは決して普段からこのように質問攻めをしてくるような、きつい性格というわけではないのです。ただ、ご家庭が厳しく箱入り娘で、それゆえに真面目で慎重で、ことさら男性に対してはうたぐり深いところがありました。それが今回は悪いように作用しました。あとこれも家庭環境によるものだと思いますが、オカルトや心霊のたぐいはいっさい信じていないタイプの人間でした。彼女は勝手にひどいショックを受けていました。一度思い込んでしまったら、僕からの言葉はほとんど届かなくなってしまったのです。

 数日後、僕のことは信用できなくなったと、Tさんのほうから関係解消を切り出されました。


 家に女の子の霊が棲みついているかもしれないという状況はさておき、事実無根の浮気疑惑によって婚約者を傷つけ、あり得たかもしれない未来を壊してしまったことはさすがに堪えました。

 もはや時すでに遅しではありますが、次の休みに近所の神社にお祓いを依頼してみました。

 ご祈祷などしていただき、なんとなく気持ちが楽になった気がしておりましたが、その一週間後のことです。またしても事故が起こりました。


 僕が、勤め先の小学校の校舎内で階段から転落して、頭を打ち、右腕を骨折してしまったのです。


 階段の上には、僕のすぐ背後まで煤のような黒々とした足跡が続いていたそうです。

 僕が病院に搬送されているあいだ、ほかの先生方の指導のもと、事故の原因究明がおこなわれました。最近の学校では、直接犯人探しのようなことはいたしません。あくまで僕がなんらかの外的要因がかさなって偶発的に落下してしまったという想定のもと、目撃していた児童から話を聞くというようなものです。

 現場に残されていた足跡は、子どものスニーカーの靴跡で、大きさは18cmか19cmほど。なので低学年のものだと思われますが、僕が落ちたのは三階の階段で、そこには普段、五年生か六年生の児童しかおりません。

 それに実際にその瞬間を目撃した児童は、僕がだれかに押されたわけではなく、勝手に足を踏み外して落ちたと証言したそうです。

 たしかにそれは正しいのです。

 なぜなら僕自身その瞬間、突き飛ばされたというわけではなく、後ろから引っ張られたと思ったのです。だからおどろいて、あわてて振り向いた。お恥ずかしいことに、その拍子に足がもつれたというわけなんです。

 

 ただ自分の背後には、だれもいなかったことは、断言できます。


 あのとき自分の背後にいて、服の袖を引っ張ったのは、たびたび自分の部屋に出る女の子の霊と同じではないかと思います。


 そして実をいうと僕には、この女の子がだれであるかということも、心当たりがあるのです。

 十四年前、小学校五年生のとき、同じクラスの女の子が病気で亡くなりました。

 僕とは家が近かったこともあり、小学校入学当初から仲良くしていました。


 友人やTさんが見た姿の特徴も一致しますし、靴跡も、あの子がよく履いていたスニーカーの靴裏の模様と似ています。サイズも、彼女は小柄でしたから、19cmぐらいだと思うのです。


 凛華さんは、むかしのクラスメイトの女の子の霊が、いまになって僕の前に現れ、なにかしら霊障を起こすのは、なぜだと思いますか?

 ご意見がありましたらぜひ教えていただきたいです。

 また、もしも凛華さんのファンや視聴者さんのなかに自分と同じような体験をされた方がおられましたら、参考にさせていただければと思いました。


 大変長くなり恐縮ですが、以上になります。

明日から職場復帰となりますが、正直僕のなかではなにも解決しておらず、だれにも相談できないまま、お恥ずかしながら思い悩んでおりました。

 こういった分野にお詳しい凛華さんに、自分の話をただ聞いていただけたら、それだけでも嬉しくありがたく存じます。


 これからも凛華さんのチャンネルの活動を応援しております!


 それでは。

 暑くなってまいりましたが、お体にお気をつけて。

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