Ⅱ章―第21話 明かされる真実(2)

 山間の祠の前から消えた姿は、ほとんど間をおかず、はるか彼方の聖廟の管理人小屋の中に現れていた。

 (――さて。ロビンが受け取り、理解した奴の記憶からするに、アプリースという人間は島の外へ送られて異端審問にかけられた。まずは、そこからか。調べるなら――何処がいい?)

 大通りへ通じる門を開け、ゆっくりと外へ歩き出す。


 それにしても、思い出すだに腹立たしい光景だった。

 異端審問とはいうが、あれは相手の言い分など聞く耳を持たない連中が集まるだけの気分の悪くなるような悪意の渦巻く場だった。ロビンを介して、間接的にその記憶を視ていただけでさえ、人間の愚かしさにため息をつきたくなる。

 だが、そんな悪意にも、ヤルダバオートなら

 長い時間、何人もの人間の人生を傍らで眺めてきた。人間には、そういう側面あるのだと既にっていた。

 人間から距離を置いていた『救済』の聖霊は知らないまま、最も醜い面にいきなり晒されたのだ。それは確かに、不幸な邂逅だったのだろう。

 ただ問題は、それだけでは済まなかったことだ。


 大通りを横切って、足は自然に教会本部の方へと引き寄せられている。そこになら、何か資料があるはずだと思った。

 「…あれ?」

本部の入り口に差し掛かった時、ロビンの記憶の中で見知った顔と目が遭った。

 (ルキウス・ライスナー…あの少女の兄か。ちょうどいい)

相手はもちろん、こちらが成り代わりとは気づいていない。にこやかに挨拶してくる。

 「やあ、ロビン君。本部に何か用事?」

 「ええ。どこか、古い時代の資料や歴史を調べられるところは無いでしょうか。

”聖地奪還運動”の顛末について少し、調べたいことが」

 「それなら、この時に教会の資料室がある。一緒に行こうか?」

 「助かります」

ルキウスは、先に立って別棟のほうに向かって歩き出す。黙ってついていくのも不自然だ。ロビンの姿を借りた者は、本物らしい世間話を切り出す。

 「神学校は、卒業したんですよね?」

 「そう、春休みの間に修行先を決めないとね。一応、選択肢はある。どこも僻地だが、面白そうな場所を選ぶさ。そこで見習い神父として数年勤め上げたら神父の資格が取れる」

自ら選んで出世街道を外れたというのに、青年は、やけに嬉しそうに笑っている。

 「出来るだけ僻地が良いなあ。父さんの渋い顔を滅多に見なくて済むくらいの場所」

 「……。」

 「おっと、着いたよ。ここだ」

大きな扉の前で足を停め、ルキウスは、ロビンを先に立たせて部屋に入らせた。図書館のようだ。

 「資料の閲覧許可を。ロビン君、身分証は持ってるよね?」

 「これでいいですか」

聖廟の管理人に就任した時に与えられた聖十字を取り出す。

 「はい、では許可証を」

 「ふうん、青か…。」

受付で手渡された腕章のようなものを、ルキウスは、そのままロビンに手渡す。

 「はい。館内はこれを付けて」

 「僕が、ですか?」

 「そう、きみが。ぼくは、もう神学校の学生ですらないからね。行き先が決まるまで身分証も無いし、今日はただの付き添いだよ」

笑いながら、青年は慣れた足取りで歩き出す。

 「その腕章は、色で閲覧の許可されている書架が変わるんだ。”文化財保護管理官”の肩書きだと、学生よりは奥まで入れるみたいだね。こっちが教会史の列だよ」

その足取りと口調からして、ここには、もう何度も来たことがある様子だった。

 「それにしても、ロビン君が図書館で調べ物とはね。どうしてまた、”聖地奪還運動”を?」

 「『悪魔』が最初に出現したのは、その後のはずだからです。マリク・アプリースの最期について調べたいんですよ」

書架に並ぶ本の背表紙の上に滑らせていた青年の視線が、ぴたりと止まった。

 「…異端審問の後、火刑に処された”僭称者”か」

 「処刑の経緯は知っています。知りたいのは、刑が執行された後に起きたこと。」

迷わず一冊の本を取り出して、さらりと目次を眺めたあと、それをすぐに戻す。

 「そもそも、火炙りというのは良くあることだったんでしょうか」

 「王国の拡大期には、それなりにね。今となっては野蛮なことだけど、百年ほど前までは、異端を広めたとされた者が片っ端から火にくべられていた。アプリースの処刑は、その最後の方に起きた出来事のはずだよ。」

言いながらルキウスは、ちらとロビンのほうを見やる。姿こそ本人としか見えないが、その人物は、はしごの上に腰を下ろして次から次へと本を開いては、ほとんど瞬時に中身を判別して本棚に戻していく。それは、少し前に接収された土地のリストを一緒に確かめていた時とはまるで、別人のように見えた。

 「…ロビン君、きみは…」

 「あった」

ページをめくる手が、ぴたりと止まった。

 「処刑の日付は四月十五日日、アカモート。聖都での『悪魔』の出現は五月六日。…半月以上も後? 思ったより日付が空いているな」

 「当時の船では、島と本土の行き来と十五日ほどかかっていたはずだ。しかもアカモートは内陸にある。」

 「それは人間の移動の問題だ。…いや、人間の移動の問題なのか? 何が移動した。処刑の情報? 違う…」

はしごの上に立ち上がり、別の本に手を伸ばして開いた。

 「…目撃者の証言。『悪魔』は勝利の門の向こうから現れた…七つ門教会を襲い、『守護』の聖霊に阻まれ…違う…」

更に奥の書架へと移動するのを、ルキウスは、もはや黙ったまま見守っている。

 「…そうか。死体だ。火刑になったとしても何かは残る。処刑された者の遺体はどうなった? 灰を散らす習わし? 違う…」

ページをめくり、指を止める。

 「…アプリースの死体が、行方不明になっている。」

 「えっ?」

 「そうか。墓…墓だ。『悪魔』の気配を放っていたのも。アプラサクスの残滓が残っていたのも。…ソフィアも。なるほど。我もまた、墓に縛り付けられたうちの一つか」

顔を上げて呟く”ロビン”の横顔は、もはや本人に成りすますことを忘れていた。同じ風貌をした別人。ルキウスも、それをはっきりと認識した。 

 「きみは一体、誰だ」

視線が、ゆっくりと横に滑る。

 「それは、あとでロビンに聞け。『悪魔』の正体が分かったぞ。あれは、アプラサクスの変容した姿ではない。本体は、だ」

 「――なっ」

ゆっくりと笑みを浮かべながら、ロビンの姿をしたものは腕から腕章を外し、ルキウスのほうにぽいと投げて寄越した。

 「返しておいてくれ」

ルキウスが寄越されたものを受け取るのと、その言葉を残してロビンの姿が溶けるようにして消えるのはほぼ同時。

 あとには、ぽかんとした顔の青年が残されていた。




 司教キュリロスは、自室で各種の報告を受けながら思い沈んでいた。聖都近郊、二箇所の収容所――実際の建物は修道院――に伝令を送ったが、返事が返ってきていない。それは、既に何かが起きている可能性を意味していた。

 聖都周辺の警備網には今のところ何も引っかかってはいないが、逆にそのことが不安なのだ。収容所には過去に異端ものと認定されて、行動の矯正のため、あるいは罪を償うためという名目で収容された人々が多数いる。その大半は島の元からの住民だ。もちろん、異端と呼ぶには軽微すぎる罪で収容された者もいれば、先代主教の時代から十年以上も塀の向こうから出られていない者もいる。教会に恨みを抱いているのは当然だろう。

 その者たちを解放し、聖都へなだれ込ませるのだとすれば、攻撃は前回の比ではない激しいものとなるだろう。

 もしもそこに、『悪魔』の力が加われば、どうなる?


 指を組み合わせたまま、窓の外に向かってひとつため息をついた時、背後に、瞬時にして少年の姿が現れるのが窓に映り込んで見えた。

 「――!」

 「『悪魔』の正体を突き止めた。」

振り返ったキュリロスの目の前で、ヤルダバオートはルキウスに言ったのと同じ言葉を繰り返した。

 「あれの本体は、マリク・アプリースという人間の怨念そのものだ。アプラサクスがこの世界に来てから唯一、取り憑いた人間だ。奴の死体は、どこに埋葬された? その場所が、『悪魔』の本体のいる場所だ」

 「本体?」

 「ここに居る我が”切れ端”なのと同じことだ。本体と、各所に喚び出される切れ端。お前たちの使う『聖霊』の紛い物も同じだ。ならば『悪魔』も同じだろう」

もはや人間の演技を捨てたそれは、少年の姿をしていてなお、人の枠を外れた存在感を放っていた。異形の姿の時と同じように、精神力の弱い人間ならば迂闊に近づこうとするだけで倒れることになるだろう。

 「この世界において、肉体と魂は一対のものとして強く結び付けられている。故に肉体の残骸は魂を留める装置として機能しうる。マリク・アプリースは、天を呪いながら刑死した。その男の残骸を、誰かがこの島に運び『悪魔』という存在へと作り替えたのだ。”アプラサスクス”という名を付けてな。奴の魂はまだ、そこに留まっているはずだ」

 「――では、今までに現れた『悪魔』は全て、切れ端に過ぎないと?」

 「ああ。どおりでわけだ。アプラサクスの存在を上書きしたにしてはな」

皮肉めいた口調。

 「上書き…あれは『救済』の聖霊が堕落した姿ではない、と仰せですか」

 「そういうことだ。気配があまりに違う時点で、疑うべきだった」

ゆっくりと語る言葉の端々に、微かな苛立ちの響きがある。語りながら、それは部屋の中を歩いていた。

 「実体無き我らにとって、”名”とは存在そのもの。『救済』の聖霊は、異端信仰の禁止で公の場から名を消されて存在が弱まっていたところへ、同じ名を与えられた別の存在が作り出され、『救済』は、報復や妄執という概念に変えられた。――分かってしまえば実につまらない、冗談のような話だ。名も、存在も、祈りも、後付けの概念に横取りされたのだ。」

ぴたり、と足が止まる。力を込めた強い口調。

 「存在してはならないものだ。マリク・アプリースの墓は、何処にある?」

 「――存じておりません。教会の記録としても見た覚えはありません。知っているなら島民ですが…」

そこでキュリロスは、何かを思いついたような顔になる。

 「そうです、先日の暴動の際に捕らえた首謀者のマクセン・オニール。悪魔を喚び出す”媒介”を大量に作っていたあの男なら、その場所を知っているかもしれません」

 「”媒介”? なぜ、そんな話が出てくる」

 「我々の持つ『聖霊』を喚び出すために使われる聖十字も、”媒介”の一種と呼べるものです。マクセンは、その作り方を応用した。であれば、墓を利用しているとも考えられます」

言いながら、キュリロスは襟元から鎖の先につけた聖十字を取り出した。

 「公にはされておりませんが…、これらは、本土にある”七使徒”の聖墳墓で祈りを込めて作られるものなのです」

ヤルダバオートは、微かに顔を歪めた。

 「――なるほど。墓か。それも墓で作ると? ――何もかも、冗談のような話だな。聖霊と同調した人間の亡骸には、確かに力の残骸くらいは残るだろう。だが、それを使って元の聖霊を再現しようなどと、よくも思いついたものだ」

 「お怒りですか」

 「腹が立つのは、思いつきもしなかった自分のほうだ。」

ロビンの姿をしたものは、扉のほうに視線をやった。

 「その男の所に案内しろ。記憶を読む」

 「かしこまりました」

キュリロスに胸に手をやると、軽く会釈して先導に立つ。

 「収容されているのは、異端審問所の奥です。」

狙われている最中とあって、そこは厳重警戒の下にある。警官もいれば、聖霊と契約した教会の職員たちも、それ以外の職員たちも。そんな場所に、主教が少年一人だけを連れて現れたのだ。驚いて、声をかけてくる者もいる。

 「主教様、どうされまましたか」

 「なに、皆の様子を少し見に来たのだ。気にせず警戒に当たっていてくれ」

にこやかに人々をあしらいながら、キュリロスは足早に収容所の入り口へと向かい、入り口に立っていた職員をつかまえた。

 「面会室にマクセン・オニールを。急いでくれ」

 「えっ? はい、…分かりました」

本来は面会の手続きが必要だが、相手が主教ともあれば理由は尋ねられない。後ろで、ロビンの姿をしたものは黙ったまま、辺りの気配を感じ取っているようだった。

 ほどなくして、さきほど声をかけた職員が戻ってくる。

 「どうぞ、面会室へ。すぐに連れてきます」

 「ああ。」

通されたのは、殺風景な窓のない部屋。部屋の真ん中には目の細かい格子状の檻があり、向こう側とこちら側に隔てられている。異端審問官が一人、同席しようとするが、キュリロスがそれを追い返す。

 「わしらだけで良い。短時間で終わるよ」

 「は、――承知しました。外におります、何かあればお声がけを」

何か言いたげな顔をしながらも、仮面を付けた異端審問官は扉の外へ引っ込んでゆく。

 入れ替わるようにして、檻の向こう側に壮年の男が引き立てられてきた。浅黒い色の顔は頬こけて、髭は伸び放題。片腕は肘の先で失われ、包帯で巻かれている。だが、そんな痛々しい姿でも、眼は以前と同じようにぎらついたままだ。

 「誰かと思えば、主教に、忌々しい聖廟の管理人のガキか」

鉄製の拘束椅子に結び付けられながら、男は吐き捨てるように言う。

 主教は視線で、マクセンを引き立ててきた係の者たちに出ていくように伝えた。囚人の背後で扉が重たい音を立てて閉まる。

 部屋の中に残されたのは、三人だけだ。

 キュリロスは、ちらと隣の人物のほうを見やる。


 この時になってようやく、マクセンは、普段の尋問とは雰囲気が違うことに気づいた。

 「何だ? 今更、俺に何を――」

 「お前は、聖廟の地下へ来た時に棺の前で言った言葉を覚えているか」

ロビンの姿をした者が、本人とは僅かに違う声色で問いかける。

 ぴくりと、男の表情が動いた。

 「『力』の聖霊の前で唱えたお題目のことか? はっ、何を聞きにきたかと思えば――」

 「お前はこう言った。『敵を打ち倒す力強きもの、力の聖霊、ヤルダバオートよ。我はソフィアのすえなる者、母の解放を望む者、願いを聞き届けたまえ』」

 「……?」

 「正直、

少年は、立ったまま男のほうに顔を向けている。視線がぴたりと合った。

 「そもそも、”敵”とは何だ? 我にとってこの世界で”敵”と呼べる者は、『悪魔』くらいしか居ないぞ」

 「あ、――」

男の目が大きく開かれたかと思うと、次の瞬間、がくん、と頭が垂れた。白目を剥いて泡を吹いている。

 「!」

 「死んではいない。動揺した一瞬の隙に這入らせてもらった。」

少年は、それだけ言って踵を返した。キュリロスは、不思議そうに聞き返す。

 「触れることも無しに、こんな短時間で?」

 「ああ。用事は終った。本体が居るのは――」

 「…ぐぐ」

言いかけた時、後ろで呻くような声がした。

 振り返ると、意識を失っているはずの男が、口から泡を吹きながら額に青筋を浮かべてもがいていた。

 「うぐ…が、がああ…」

 「こ、これは?」

 「あああっ!」

全身の筋肉が異常に膨らんでいる。本来は動くはずもない、重たい鉄製の椅子が床から浮きかけている。

 騒ぎに気づいて、外から異端審問官と、囚人の引き立て役とが同時に飛び込んで来た。

 「主教様!」

 「一体何が…」

 「ああああ!」

獣のように吠えながらマクセンは、鉄の椅子を自分の体ごと振り回す。

 「ひっ!」

 「危ない、下がれ」

 「危険です。主教様、早くお外へ」

人が集まってくる。ただの癇癪などでは無い。直前まで、マクセンには意識が無かった。想定外の事態であることは、隣にいる少年の姿をした存在が微かな驚きの表情を浮かべていることからも分かる。

 その表情はやがて、間をおかずして薄ら笑みへと変わっていく。

 「なるほど。『悪魔』め、過去に切れ端に触れた人間を片っ端から駒として使う気か」

直ぐ近くで、別の叫び声と悲鳴が上がる。

 「誰か応援に! 囚人どもが暴れ出した。看守が襲われた!」

 「くそ、何だってこんな同時に」

暴れているマクセンは、もはや理性もかなぐり捨てて、獣そのもののように暴れ回っている。拘束の一部を引きちぎった肉体は限界を越え、腕の関節はだらりと垂れ下がったまま。それなのに、血を滴らせながら周囲の人間に噛みつこうとしている。

 ぞっとするような光景だった。

 「”俺たちは全員、生贄にされる”。あの警告は、強制的に『悪魔』に身を捧げさせられることを意味していたわけか。」

 「…どういうことです?」

 「主教様!」

混乱に陥った人々を押しのけて、廊下の向こうから若者が転がるようにして駆け寄ってくる。

 「ラフマン殿からの伝言です。『悪魔』の気配が突如として聖都の各所に出現。この教会本部内にも…ですが…」

彼は、ちらと収容所の中の混乱に目をやった。

 「お知らせするのが、少し遅かったようですね」

 「…そのようだ。」

 「瘴気が街に流れ込んでいる。」

と、主教の隣の人物。

 「この先、意志の弱い者、意識を失った者から順番に呑まれていくはずだ。発生源は街の北、『勝利の門』の向こうにある丘。今は牧場になって石柱が一本だけ残されている場所。そこで何かやっている奴らがいるはずだ。抑えられるか?」

 「――警官と、異端審問官に伝えて向かわせましょう」

 「急いだほうがいい。残る二箇所の収容所からも、操られた奴らがこの街を目指している」

 「わかりました」

居室に向かって廊下を急ぐ主教を見つけて、報告者が次々と現れる。

 「主教様、こちらでしたか! 良かった。第一収容所へ送っていた者が戻りましたが、正気を失った暴徒たちの抵抗に遭って近づけなかったとのことです。目撃したものを報告したいと。執務室へお急ぎください」

 「失礼します。第二収容所に送った者が戻りましたが、重傷です。暴徒によって門が破られ、収容されていた者たちが解放されたそうです」

 「七つ門教会の助祭から救援要請です。再び司祭を狙う賊が現れて、交戦中だと」

ぴく、とキュリロスの表情が動いた。

 「マークス君には確か、ヴィクター君の教え子をつけていたよね」

 「はい。ですのでという状況です」

ふと気がつくと、傍らにいたはずの少年の姿が消えている。

 (…戻られたか。それとも別の? いや。…)

意思を持つ聖霊は、人間の思い通りには動かせない。既にこちらには、必要な情報が与えられている。あとは、人間がどう選択し、どう動くかだ。

 主教は執務室に向かって再び歩き出しながら、次々と指示を出してゆく。

 「『裁き』の聖霊を使える者を誰か、七つ門教会へ。サリエラ君を執務室へ呼んできてくれないかね。それと異端審問所は封鎖するだけで構わないと伝えてきてくれ。――そうだ、全員退避。それから――」

ぴりぴりした雰囲気が首筋に寒気を走らせる。『理解』の聖霊の与える直感力が、危機的な状況を告げている。

 視えなくとも分かる。

 聖都は今、かつてないほど濃い『悪魔』の気配に包み込まれようとしていた。

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