第057回「上庸攻略戦」

 ――さすがは、曹洪。みごとな撤退ぶりよ。

 諸葛亮は追いすがる蜀軍を隘路に置いた伏兵によって、巧みに蹴散らしながら逃げる曹洪の手並みに舌を巻いていた。


 あれほどの指揮能力を持つ将が我が蜀軍にどれほどいるか。攻め寄せるよりも、敗北した兵を散らさずにまとめあげて戦い、退くことの難しさを諸葛亮は誰よりもよく知っていた。他国でも威名の鳴り響く臧覇すら降ったのだ。


 ――軍を維持するのも難しいだろう。

 時間の経過と共に、曹軍の降兵は増え続けていた。


「軍師よ、大勝利だな」

 甲冑姿の劉備が護衛を引き連れ諸葛亮のもとにやって来た。背後には陳到が影のようにひっそりと立っている。戦の帰趨は蜀軍に決まったが、戦場ではいつどのようなことが起こるかわからないのだ。用心するには越したことがない。


「我が主よ。今回の勝利は、あなたさまの御威光によるものです」

「なにを言うか孔明よ。これもすべて、貴卿たちの奮戦によるもの。私はなにもしておらんよ。それにしてもだ。ついに、曹丕を漢中から追い出せた。実際、薄氷を踏む思いだった」

「まことに」


 諸葛亮は敵陣地を攻撃する自軍を眺める劉備の横顔を見ながら、その実力の真価を目の当たりにし、強い感動に打ち震えていた。


 実際、漢中における劉備の戦術眼は冴え渡っていた。おおまかな軍略は、諸葛亮と法正が組み上げたものであった。


 しかし、劉備は戦いの最中に、誰もが思いつかなかった大胆な戦術を次から次へとその頭脳から飛び出させ、現実に即させた。


 かつての世界で曹丕が劉備の戦術の脆さを嗤ったが、諸葛亮が見るに、主人の戦は大きな波がある。大きく負けることもあれば、強く勝つこともあるのだ。


 事実、曹操も負けるときは大いに負けた。負けたが、強い粘り腰で最終的に勝ちを引き寄せる、独特の怖さがあった。いまになれば思う。曹操の戦闘における閃きは、古今東西の書物に載る伝説的な軍人と遜色はないどころか、優っていると。


 ――ゾッとする。曹孟徳が生きていれば、このお方に夢を見させることもできなかっただろうな。


 諸葛亮は曹操に恐れを抱いたことはあるが、曹丕にはそれがない。いや、もうひとりだけ、諸葛亮がもっとも恐れる男がいた。


 司馬懿仲達である。


 この巨大な、ある意味曹操以上に危険な男は、まだ曹丕のもとに在って、表舞台には出てこない。


 だが、いよいよとなればどのような手をつかっても、軍権を手にして諸葛亮と劉備の前に立ちはだかってくることだろう。


「とはいえ、いまはこの勝利を喜ぶことにしましょう」

 曹丕の大軍は去った。劉備の完全勝利である。諸葛亮は前代未聞ともいえる大勝利に沸き立つ、蜀軍を前にして目頭を熱くした。一番の大敵といえる曹操はすでにこの世にいなく、そして、その後継者である曹丕は漢王朝復興を占うこの一戦で存在感をほとんど示すことはできなかった。


 漢の建安十六年(二一一)五月、春。


 ついに、劉備は漢中という曹丕に対する一大緩衝地帯を手に入れた。これにより、諸葛亮の天下三分の計は成った。広大な漢中盆地と四川盆地を手に入れた劉備は、もはやかつての群雄ではない。荊州と益州の大部分を手に入れた、一国の主人となったのだ。


 ときに、劉備玄徳五十一歳である。


 かつての世界で諸葛亮が知る限り、益州の統一は九年も早まったことになる。

 十二分に、天下を狙える齢である。


 そして、諸葛亮も三十一歳と若い。


 寿命はまだまだ残っているし、敵である曹丕の領国は巨大であっても、前世より受け継がれ蓄積された経験で充分対応できる実力差だ。


 ――これからは一手一手が本当に生死を分けよう。

「みなの者。よくぞやってくれた。不肖玄徳ひとりではこれほどの大事は成せなかった。これもすべて、漢の恩義に報いるために義に篤いみなの力戦のおかげである。諸将に対する恩賞は後日、報いるが、今日だけはこの美酒に酔いたいと思う」


「我が主の言うとおりだぜ! 今夜は、飲み明かそうじゃねぇか! さあ、我が主よ。乾杯の音頭は、この愚弟張飛におまかせを!」

「ふふ、まかせたぞ」


 張飛の大音声の祝いの言葉と共に、祝宴は始まった。一部の警備の兵を残して、劉備をはじめとする諸将は、成都から送られてきた美酒に酔いしれた。                        張飛はひと抱えもある大甕を持ち上げると、ほとんどかぶるようにして一気に飲み干した。さすがに羽目を外し過ぎかと、近臣が劉備の袖を引くが

「よい、今宵ばかりは許してやれ」

 と、劉備も顔を赤くして咎めなかった。今日ばかりは、趙雲も勢いよく酒を呷っていた。無理もない。


 劉備、張飛、趙雲は旗揚げ以来に苦楽を共にしてきた、いわば血肉を分けた兄弟のようなものだ。


 諸葛亮ですら、いまの状況では、劉備に仕えて三年も経たない新参者である。豫州時代から劉備の護衛を務めていた陳到も黙りこくっているが、この壮挙に感動を押さえきれぬようであった。


「なあ、義兄者。雲長の野郎も、この場にいれば誰よりも喜んだろうなあ」

 張飛も酒が入ったのか、言葉遣いは昔のものに戻っていたが、このふたりの義兄弟の苦闘の歴史を知っている誰もが、今夜ばかりは無粋な口を挟まなかった。


「そうだのう益徳よ。雲長がこの場にいないことは口惜しいが、きっとあやつも荊州で我らの壮挙を聞けば、誰よりも喜んでくれるだろうて。のう、子龍」

「は、我が主よ」


「子龍。お主とも、冀州で初めて出会って以来、長いつき合いになるな。かれこれ、何年だ」


「そうでござりまするな。我が主と出会ったのが初平二年(一九一)ですから、かれこれ二十年にもなりますか」


 そう言って趙雲は遠い目をした。劉備と出会ったときは、いまだ青年であった趙雲もすでに四十を幾つか過ぎている。


 ――そう、確か、子龍と主上の出会いは。

 趙雲は常山郡真定県の出身で、もと公孫瓚の配下であった。公孫瓚が劉備を派遣して田楷を助けさせ、袁紹を防がせたときに随行して劉備の主騎になって以来の間柄だ。


 はじめは公孫瓚に仕えた趙雲であったが、後に劉備が徐州を曹操に奪われて袁紹に頼ると、ようやくときをへて鄴で再会した。


 若き日の趙雲は、関羽や張飛と同じく劉備と同じ床で眠り、生死を共にしており、君臣の間柄を超えてその絆はどこまでも深かった。


「お主には苦労をかけた。これからも、漢朝の復興が成るまでは、いま以上に苦闘の連続だろうが、子龍と共に戦えれば憂うことはないだろう。これからも頼りにしている。どうか、玄徳の力になってくれよ」

「なんという、もったいなきお言葉」


 劉備が杯を置いて趙雲の肩に手をかけると、それを見ていた諸将は酒の勢いもあってか誰しもが貰い泣きを始めた。


「なあに、我が主には俺や雲長、それに子龍や力強い天下の大将たちがついているんだ。なあ、みんな! 俺たち力を合わせて劉皇叔を必ず帝都にお連れするんだ!」

「そうだ、そうだ!」


 張飛の言葉に蜀将たちが立ち上がって怪気炎を上げた。諸葛亮は静かな目で力強い同輩たちを眺めながら、ひとり次なる手を脳裏に浮かべて目まぐるしく、その優れた頭脳を働かせていた。


 さて、曹丕である。劉備に敗れて漢中を失ったとはいえ、実父である曹操から受け継いだ領国は客観的に見れば天下の大部分を保持していた。


 特に、曹丕の勢力基盤である中原は、辺境といってもいい益州や揚州と違い土地は肥えて、人口もはるかに多い。特に、曹丕の覇業を支えた人材は、このころかなりの数が残っていた。そういった意味では曹丕の余力はまだまだ残っているのだ。


 曹丕は這う這うの体でなんとか長安にたどり着いたが、股肱の忠言を聴く耳は失っていなかった。


 傷ついた諸将が満ちる帷幄の中で起ち

「いまや日の出の勢いの劉備に正面から当たるは好ましくありません。大王におかれましては、すぐさまひとりの大将に漢中の喉元を押さえ込んで、その勢が吐き出されるのを防ぐ必要がありましょう」


 と、逸る曹丕を諫めた者があった。

 男の名は賈詡字は文和。


 黄巾乱後の群雄から身を起こして、今日まで生き続けた稀代の謀将である。賈詡は建和元年(一四七)の生まれというから、このときすでに齢六十四であったが、髪こそ白いものが大部分であるが、血色は極めてよく、漢中からの敗走などなかったかのように落ち着き払っていた。


 曹丕は賈詡の年齢を感じさせない、鋭く重みのある言葉の強さに、瞬間、感情をほとばしらせそうになるが、長く息を吐き出すと冷静さを取り戻した。


「その言、もっともなり。いまは、一刻も早く都に戻り、民心を落ち着かせた後に、劉備を破る策を講じようぞ」


 曹丕はすぐさま一族の曹休に命ずると、陳倉に軍事拠点を置かせて蜀軍の動きを昼夜といわず見張らせ、警戒した。


 さらに、漢中の軍兵に動きのようなものがあれば、仔細をその地方の都督に報告させた。また、要害である散関に大兵を置き、漢中からの出口を徹底的に封じた。

 賈詡が言うように、散関に精兵を込めれば、上げ潮に乗っている劉備といえど、容易くこれを抜くことは不可能である。


 ――劉備風情が調子に乗りおって。ときが至れば必ずや、この借りは返す。

 とはいえ、曹丕がいまの現状できることは恨みを押し殺して、冷徹に減衰した兵力を補填する以外にない。実際、曹丕が劉備から奪われたのは肥沃な漢中盆地だけではなく、周辺の山岳地帯からも、細々と駐屯させていた兵を残らず引き揚げたのだ。






 ――さあ、これからが正念場だ。


 諸葛亮の大戦略において、漢中にて曹丕を撃退することは想定内であった。曹操よりもはるかに劣る、この敵将帥を楽々と追い払うことができなければ、北伐はおろか漢王朝の復興など、またもや夢物語に終わる。曹丕は大軍を擁していたが、やはりというかそれを父曹操と同じく手足のように使うことは不可能であった。


 漢中奪取の大勝利に沸き立つ劉備軍において、冷静に先の先を考えていた戦略家は諸葛亮のほかに、もうひとりいた。


 法正、である。この稀代の戦略家は、まずもって劉備軍の中で諸葛亮の作戦を見通すことができる数少ない謀略家であった。


 曹魏を滅ぼすためには、大前提として、益州と荊州の兵力をふたつに分けて、南と西から圧迫する必要があった。西の攻撃を劉備自らが務めるとなると、南の攻撃を行う総大将としては、やはり関羽しかいない。


 実際、魏において、蜀のビッグネームといえば劉備と関羽の名が挙げられる。それほどまでに、関羽の豪勇は他国に鳴り響いていた。


 しかし、この作戦を決行する前に、ひとつだけ漢中における総仕上げが残っていた。


 すなわち、関羽が漢水を渡って堂々と北上するためには、いまだ漢中において劉備政権に服従しない、上庸と房陵のふたつである。この要地を抑えねば、後々、憂いを残すことは目に見えていた。


 劉備は漢中を奪取した後、抜群の功を樹てた孟達を宜都郡の太守に任命していた。諸葛亮は劉備と計ると、この要地である房陵郡の攻略を孟達に命じた。


 劉備からの命令を受け取った孟達は

「お任せあれ。劉主のご期待に必ず応えてみせます」


 言うが早いか、孟達は精兵五千余を率いると秭帰から北上。

 一路、房陵郡の攻略に向かった。


 また、漢中からも孟達を支援するという形で彭羕が選ばれた。孟達も彭羕もこの戦略を実際に計画した益州閥の総帥たる法正の友人である。


 ――この機会に親友たるふたりに功名を上げてほしい。

 法正は抜群の才があったが、性癖は極めて偏っていた。人に対する好悪の情が強すぎるのだ。過去を見れば、劉璋のもとでおのれが才を認められず、辛く苦しい時期を過ごしてきた、ふたりの友に手柄を上げさせてやりたい。


 諸葛亮個人としては、法正の考えは情として理解できるが、国家としては無益を通り越して、罪悪であると思っていた。


 しかし、抜群の能力を持つ法正の力は諸葛亮にとって余人と代え難いものがあった。ゆえに、このような公私混同を見て見ぬふりをしなければならない苦衷はいかほどだっただろうか。


 ――孟達はよい。だが、彭羕は。

 諸葛亮は孟達のことも彭羕のことも、よく知っている。劉備によって治中従事に任命された彭羕は軍事に通暁して龐統を唸らせるほどの逸材であったが、思い上がりが強く、傲慢で諸葛亮は性格的に好まなかった。


 彭羕は頭は切れるが、切れすぎるゆえに人を見下すところが大きかった。だが、法正から友人である彭羕に手柄を立てさせてやりたいという強い要望があったので、諸葛亮もやむなく此度の上庸攻めに彭羕を任ずるほかはなかった。その両人の進撃は諸葛亮が舌を巻くほどに早かった。


 孟達は、まず、自ら騎兵を指揮すると房陵太守の萠祺に向かって攻撃を始める。

「さあ、者ども勇め。漢中の劉主が我らのはたらきを見ているぞ」


 萠祺は襄陽記によれば荊州の名族である蒯越と同じで、その名望により房陵太守に任じられたのだろうが、兵力気力共に孟達の攻撃を防ぎきる器量はなかった。


 孟達は、城に取りつくと、昼夜を問わず歩兵によって火の出るような攻撃を行った。空が隠れるようなほどに、矢を放ち、城壁に立つ敵兵を撃ち砕くと、孟達自身が敵の矢に晒される近場まで寄り、声を嗄らして自軍の兵士を叱咤した。


 萠祺も名族の誇りにかけて立ち向かったが、孟達の精妙な攻撃には太刀打ちできず、ほとんど日を置かずして打ち破られた。萠祺は城に突入して来た孟達の兵によって首を取られ、呆気ない最期を遂げた。


 一方、上庸に向かったのは彭羕である。


 このとき、若干二十六歳の青年武将であった彭羕は、意外に手堅く敵地に斥候を放って情報を集めてから、ゆるゆると軍を進めた。


 これを迎え撃つは、上庸太守で現地の豪族であった申耽である。

 申耽は、初めは張魯、後に曹魏に通じたが、上庸一帯に数千家を配下に置き、動員能力は万余に至った。これに対する、彭羕の部隊は東州兵を中核とする六千ほどである。


「さあ、田舎豪族どもめ。この永年さまの実力をとくと思い知るがよい」

 彭羕は六千の軍をふたつに分けた。


 前軍は、歩兵を厚くして、後軍には軽騎兵を主に置いた。彭羕が突撃を命じると、前軍は戦鼓を鋭く打ち鳴らしながら、申耽の陣に襲いかかった。単純に比較すれば、彭羕の前軍は申耽の半分程度であったが、気迫と士気がそれを補った。


 彭羕は、陣中に腰を据えると、ほとんど神経質的と思われるほどに、細かく戦場の情報を早馬に寄って届けさせ、地図上に駒を割り振って思考を深く沈み込ませ、的確な指示を出した。前線にいる彭羕の部隊長からすれば、まるでその場にいるかのような、精妙な進退の具合に戸惑いつつも、従わざるを得ない戦果が時間と共に降り積もっていった。彭羕の歩兵はまるで翼が生えたかのように、軽々と戦場を飛び交うと、申耽の陣を縦横無尽に切り裂いた。


 ――なんということだ。彭羕は神の如き眼を持っているとでもいうのか。


 早朝から始まったこの戦いは、昼前には決着が着いた。彭羕の苛烈な攻めに、まるで利がないと感じた申耽は早々と城門を開き、その場に膝を突いて蜀軍に降を願った。


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