第022回「合肥の行方」

「退くしかない」

 周瑜は声から感情を消して、言った。黄蓋の死をもってしても、結局のところ敗北はさけられなかった。


 ――曹洪がこれほどまでの戦上手であるとは。曹軍はやはり侮れぬわ。

 もはやもたないと察すると、周瑜は闇に乗じて軍を徐々に後退させていった。

 肥水から離れたことで全滅はさけられたが、軍を退かせることは、前に出ることよりもはるかに難しいのだ。


 曹洪軍は勢いづいた。ここぞとばかりに、前のめりになって追撃を行う。

 数時間後、完全にあたりは闇に落ち、戦闘は一時終結した。


 双方の軍が力を使い果たしていた。だが、分は曹洪にあった。数千の首級を取った曹洪は、本営で夏侯尚に会うと快活に笑った。


「伯仁よ。よくぞ参った。これで周瑜のやつにひと泡吹かせることができたわ」

「曹将軍。一族としてあたりまえのことを行ったまでです。礼には及びません」


 ――子桓よ。我の手並みを見たか。

 長らく苦戦したのちの快勝である。曹洪はひたすら機嫌よく夏侯尚を歓待し、許昌にいる曹丕がどのような渋面をしているのかと勝利の杯も久方ぶりに進んだ。


 これが面白くないのが許都の曹丕である。

 曹洪は一族の重鎮ともいうべき将であるが、曹操の正式な後継者と目される曹丕の命令は一方的に無視される形となったのだ。


 さらには、曹丕の親友である夏侯尚も合肥の重要性を説いたのち、ほぼ独断で兵を集めて救援に向かった。


 曹丕は愚鈍ではないので、面には喜びを強く表して群臣の前では曹洪の勝利を寿いだが、実のところその腸は怒りで煮えくり返っていた。


 ――合肥が落ちるよりかはマシであると考えるか。

 だが、曹洪の勝報が届いて数日すると、群臣の中でも曹丕に対する風向きが徐々に変わりつつあった。


 いまだ明確に曹丕は曹操政権を引き継いだわけではなく、儀式も行っていない。これには鄴で徐々にその存在感を膨らませている、弟の曹植の存在が大きかった。


 曹丕は能力的には平均以上であるが、実父譲りの独特な戦略眼はなかった。そして政治的成功などの実績が薄かった。そのため、隠れた力を秘めているとされる曹植の存在を恐れていた。曹丕が合肥の戦いに対して精力的に向き合えなかったのは、ひとえに自分の政治基盤を固めるために動くことのほうを優先していたきらいがあった。


 ――これ以上、曹洪や我に反する一族の力を高めさせてはならぬ。

 日が経つにつれて曹洪が周瑜に大勝してから、小規模であるが勝利を積み重ねている報が届くたびに、曹丕は身を削るような思いがあった。あくまでも、曹家の主人は自分であり、主導権はおのれになくてはならない。


「もしや曹洪は父の後釜を狙っているのでは?」

 実績や年齢、さらに一族の中でも信望を集める曹洪の存在すら曹丕の中で、大きく疎ましいものに変わっていった。


 さらには、周瑜を追って前進するために兵糧の補給まで堂々と要求するようになると、曹丕の中でなにかがぷつりと切れた。


 ――我が許可を得ずに軍をほしいままにし、また、曹家の金穀を我が物のように欲するとは、やつめ、もはや一族の総領にでもなったつもりなのか?


 いまや、曹洪に対する宗族の輿望は大きい。曹操すら失う敗軍の憂き目にあった国そのものを覆わんばかりの人気ぶりに、曹丕は怒りや嫉妬よりも激しい恐怖を覚えた。






「まだ兵糧が届かんのか! これではいくらなんでも戦えぬわ。兵糧官。許昌の小僧はなんと言っておるのだ!」


 曹洪が言う小僧とは、無論、曹丕のことである。明確な悪罵は止まず、曹洪の苛立ちは頂点に達している。


 ――周瑜に明確な一撃を与えたというのに。

 これではなんのための勝利であったというのか。曹丕の愚か者が、すべてを壊そうとしている。曹洪の視界が怒りで真っ白に眩んだ。それもそのはずだ。曹洪軍は前進ができずに、周瑜に対する決定的な機を逃しつつあった。


 許都から送られてくるはずの追加の兵糧が滞っていたのだ。本営の中をウロウロと歩きまわりながら、曹洪は目を怒らせて焦燥感を露にしていた。


 ――いま一度周瑜を叩けば、合肥の囲みは自然と潰えるだろう。

 曹丕はそのことがわからぬほど阿呆ではない。疑う余地がない勝利だったはず。曹洪は沈黙を守っていた曹丕の態度を、評価していた。余計な横槍を入れてこない。それだけで充分だったというのに。


 ようやく曹洪の行動と正しさを認めたのであろうと考えていたが、根は深かった。視線を地面に落としていた兵糧官がおそるおそる言った。


「それが――将軍。副丞相閣下からはこれ以上兵糧は届けられない、と」

「どういうことだ! 子桓の小僧っ子がそのような世迷言を本気で申したのか」

「荊州の関羽に備えるためである、と」

「馬鹿が!」


 曹洪は文机の上にある杯に向かって抜き放った剣を叩きつけた。真っ青な飛沫が天幕に飛び散り、兵糧官はあまりの恐怖に腰砕けになった。


「宛には曹子孝がいる。あやつならば、関羽が荊州全軍を率いても許昌からの援軍が駆けつけるまで、充分城を守り切れるわ。


 いまは、来るか来ないかの荊州の脅威よりも、目下の合肥を救うことが最優先だとどうしてわからぬのだ。合肥が落ちれば、九江と廬江の二郡は孫権の手に必ず落ちる。そうなれば、寿春も風前の灯火よ」


 曹仁がいる限り宛は容易に落ちない。わかり切っていることだった。曹洪は虎のように吠えた。その雄叫びを聞いて部将たちがなにごとかと息せき切って陣幕に飛び込んで来る。その中に于禁の姿もあった。


「都護将軍どの。ここはもはや退くしかございません」

「おぬしまでなにを言うのだ。あとひと押しなのだぞ」


 怒り狂う曹洪に比べて于禁は至極冷静だった。

「いくら我が軍の戦意が高かろうとも、兵糧や武器なしでは継戦は不可能です。ここは一度寿春に戻り、態勢を立て直さねばどうにもなりません」


 ――わかっているのだ、そんなことは。

 曹洪は右手で自分の顔を覆うと、鋭く呻いた。怒りを通り越して虚しさが胸の内に広がってゆく。曹操が生きていればこのようなことはなかったであろう。すべてが水泡に帰した。合肥は落ちるであろう。


 拳を握り締めて曹洪は顔を歪める。足元がガラガラと音を立てゆくような錯覚を覚えた。ふう、と息を吐き出すと、于禁を除いたすべての部将が退出していた。顔を見る。そこにはいかなる表情も浮かんでいなかった。


「済まぬ。将にあるまじき振る舞いであった」

「いえ、将軍の気持ちはわかります。わたしとて、断腸の思いでござる」


 于禁を見ると、手のひらの間から真っ赤な水滴が流れ落ちていた。血だ。悔しさのあまり、力強く握り込んだ爪が手のひらの肉を破っていたのだ。陣払い。これも難しい。できれば周瑜に気づかれぬうちに行いたかった。


「やむを得んか。追撃は?」

「ないでしょう。周瑜は徹底的に叩きましたゆえ、いまの状況で我らが追われることはござらん。ただ――」


「合肥か。惜しいな」

「はい、ただ我らはこうして生き残っています」


「そうだな。我らは、まだ命がある」

「命がありますれば、いま、合肥を奪われても必ず取り戻すことはできましょうぞ。それよりもわたしが気になるのは許都の子桓です」


「我らが処罰されると?」

 于禁は手のひらを振って血の雫を撒き散らすと、裂傷の走った唇を歪めてみせた。


「わたしと将軍を? その時こそ、我らが力を彼奴に見せつけてやりましょう」

「ふふ、思いは同じか」


 曹洪は天幕を飛び出すと大声を張り上げて、旗下の部将達を呼び集める。まだ、終われない。青白かった顔に精気が戻っている。于禁の忍び笑いが背後から聞こえた。どこかくすぐったい気持ちで曹洪は振り返るとわずかに頬をゆるませた。







 曹洪が北に撤退したことを知ると孫権は書簡を持つ両手を震わせながら、泣き笑いのような表情で天を仰いだ。


「よくやったぞ、周公瑾」

 黄蓋の戦死はすでに聞いている。三代仕えた宿将を失った衝撃は大きかったが、合肥を落城させるということは悲願である。


 同時に、たとえこの城を落としたところで維持するのは難しいと考えていた。周瑜の率いていた軍の損害は思った以上に大きかった。


 孫権自身の本隊は比較的消耗度が低いが、これ以上の継戦となると補給からして難しい部分がある。


 だが、難攻不落と思われていた曹軍の合肥城を落とすことは、戦略的に大きな意味があるのだ。孫呉政権の基盤は曹操と違い、地方豪族の集合体に過ぎない。よって、諸将から孫権は不甲斐ないと見なされれば、いつでも引きずり下ろされる恐怖感がつきまとっていた。しかし、曹洪軍が去ったということで孫権は挟撃される恐れを完全に排除することができた。この機を逃してはならない。


 ――もはや迷うことはない。

「敵の援軍は去った。全軍、これより合肥に突撃せよ」


 孫権の指揮で、孫桓、呂範、周泰、潘璋、朱桓が突撃態勢に入った。

 三万の将兵が一斉に城壁へと飛びついた。壁という壁にハシゴがかけられ、呉軍の兵たちは砂糖の塊に群がる蟻のように取りつき、離れる気配はなかった。


 城兵も必死の抵抗を行うが、いままで絶えずに行ってきた孫権の粘り強い攻撃で消耗しきっており、抵抗の力も弱まっていた。ひとりが城壁に達すると、敵兵の力がさらに衰弱した。そして、合肥の門が東と西、ほぼ同時に開いた。


「ゆけ。曹軍の兵を斃して功を樹てよ」

 周泰と潘璋がトドメとばかりに兵を指揮して、猛烈な勢いで城内にすべりこんでゆく。


 こうなると、もはや集団的な抵抗は不可能であり、戦いは一方的になった。

 ほどなくして、城内のあちこちから煙が上がった。

 視界が黒ずむほどの濛々たる煙に孫権は目を瞬かせて勝報を待った。

 まもなくして、城外にいる孫権に聞こえるほどの歓声が次々に爆発した。


「やったか」

 合肥の城はついに落ちたのだ。周囲の部将たちが吠えるような声で歓喜に打ち震えている。孫権は剣把を握る手のひらにジットリと汗をかいていた。


 ――危ういところであったわ。

 孫権が落城の報告に来た騎兵の話を聞いていると、城内から一団を引き連れた呂範が素晴らしい笑顔で近づいてきた。


「孫将軍。お喜びを申し上げます。城将の朱蓋の首は上げました。ただ――」

「ただ、なんだ?」


「申し訳ございません。劉靖には逃げられたようです」

 呂範の言う劉靖とは合肥の城を強化した劉馥の子である。だが、孫権はいささかも気にした様子はなく呂範に向かって言った。


「そんなことは枝葉のことだ。まずは、合肥を落とせた。これが大きい」

 総帥である曹操を失って意気消沈し、後継者の定まらぬ状態の敵軍から城ひとつ奪い取れぬようでは孫権に先はないのだ。


 確かな手ごたえを感じた孫権は諸将に命じると、城内に残っている残敵を掃討するように城外の兵を入れた。


 孫権は深く息を吐き出すと額に浮いていた汗を手のひらでぐっとぬぐった。若き呉の総帥の胸にはさわやかな風と共に壮図が広がっていた。






 合肥落城。

 許都にてその報告を聞いた曹丕は手にしていた書簡を取り落とすと、蒼ざめた表情で呻いた。曹洪に兵糧物資を送らぬことで、半ば予期していたことであったが、実際に揚州統治に重要な地点を奪われた衝撃は計り知れない強度で胸を打った。


 聞けば、曹洪は陣払いをすると脇目も振らず真っすぐ寿春に向かい、兵を城の中に入れたという。


 寿春は南北交通の要所であり九江郡統治には重要な拠点である。古くは、前漢初期の九江王英布がこの場所を王都としていた。


 曹丕は、各地で乱発する領土の蚕食よりも、荊州で劉備に討たれて能力の激減した軍の再編成に追われていた。


 ――なにか、孫権を追い払う策はないのか。

「どういたしましたか、顔色がすぐれぬご様子ですが」


 幽鬼のように真っ白な顔をしている曹丕にひときわ目立つ長身の老人が声をかけた。


 男の名は

 程昱、字を仲徳といい東郡東阿県の出身である。


 身長が八尺三寸というので二メートル近い堂々たる偉丈夫だ。史書には、頬と顎に立派な髭を生やしていたとされ、年齢もこの時六十八歳と時代を考えれば相当な老齢であった。


 しかし、いまだ現役であり思考に衰えは微塵もなかった。程昱は齢を重ねても頭脳は明晰で、発する言葉も壮年の者に負けないほど胆力と鋭い響きがあった。兗州にいた曹操に招き寄せられて仕えた程昱は重臣の中でも古参であり、窮地に陥り辛酸を舐めることに慣れている。従って城ひとつ奪われたとしてもこゆるぎもしない落ち着きがあった。


「江東の鼠のことよ」

「副丞相よ。そう悲観することもありませぬ。わたしにお任せいただければ、一兵も派遣することなく、孫権を呉の地に追い返してみせましょう」


「なにか、考えがあるというのか」

「南方の蛮である山越を使うのです」

「山越」


 ここで程昱がいう山越とは呉の版図内に盤踞した異民族のひとつである。孫権が統治する会稽、呉、丹陽、豫章、廬陵、廬江、新都、臨海、臨川、建安の諸郡にある険阻な山岳地帯にはいつも山越の陰があった。


 呉の歴史は山越との戦いの歴史であるといっても差し支えない。それほどに、孫権はこの盤踞する異民族によって常に苦しめられていた。


 呉書に記載された名のある将軍はほとんどが山越の討伐に参加した経験がある。

 中原の漢人は南方の事情に詳しくなく、彼らの知っているのはせいぜい長江南岸一帯程度であった。


 山越とは中原から遠く隔たっていることから漢人は彼らを越人と総称し、種族の多さから「百越」とも呼んでいた。


 越は古くから漢人と言語の異なるいわゆる「南蛮鴃舌なんばんげきぜつ」(意味が通じない蛮人の言語)の人間で、身体に刺青をし断髪の風習があった。


 彼らは北方の遊牧民族と同じく着物は襟を左前にして着ており、そういったさ差異が余計に漢人たちの不必要な差別を生むことになった。


 越の国は、前三三四年に楚によって滅ぼされ、その遺民たちの多くは南下した。一部の越人はそのまま留まり、長江南岸の山間部に棲みつくようになった。


 結果、彼らは山越と呼ばれるようになる。

 山の奥深くで生活する山越と江南の地を開拓する漢人とは自ずと軋轢が生じ紛争が生じたのは当然の成り行きといえよう。


 つまり、程昱はこの山越を利用してやがては行われるであろう呉の寿春攻撃の中止及び、本軍の撤退を促そうと画策したのである。


「それは妙案だ。さすがは、我が張子房よ」

 曹丕は程昱の献策を取り上げると早速実行に移した。


 山越の一部はのちの呉の首都になる建業を内包する丹陽郡にも存在した。

 程昱は、この凶悪な山越に印綬と膨大な金穀を与えて決起を促した。中原の装備により強化された山越は呉軍のほとんどがいない孫権の領地に向かって大々的に進軍した。これを耳にした孫権は


 ――しまった。

 と、激しい衝撃を受けて歯噛みした。


 合肥を落とした時点で胸を撫で下ろしていた諸将は、たちまち浮き足立つ。孫権の権力は地方豪族の集合体であり、必ずしも盤石であると言い難い。曹丕によって印綬を与えられた山越の費桟ひさん尤突ゆうとつを野放しにすることはできなかった。


「やむを得ぬ、一旦、戻るしかあるまい」

 孫権は苦い顔をしたまま諸将に命を下した。

 合肥に守りの兵を残して、急ぎ呉に撤退する。


 曹丕は、この魔法のような献策を行った程昱を称めると、ようやく深い安堵に包まれ、孫権撤退の報告を聞くと虚脱してその場に座り込みそうになった。


 曹丕と孫権。


 どちらが勝利者とは断定できない状況で、両者の合肥を巡った争いは、さらに激化してゆくのだった。



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