水の子ども

「おーい!あそびにきたよー!」

オレはいつものように、大声で彼を探す。

水の子どもは、いつのまにかオレの背後にいて、いつも「わっ!」と驚かす。

「わぁぁ!?…って、シズクじゃん!毎回どこから…」

水の子ども…“シズク”は、きょとんとして言う。

「あれ?僕、さっきからずーっとここにいたよ?」

「うそだー!」

シズクは、本当に謎が多い子なのだ。

絶対に、彼は普通じゃない。

「なぁ…シズク、」


そのために今日は一人で来たのだ。


…彼の正体を暴いてやる。


「おまえっていったい、どこに住んでるんだ?」

確か、前に聞いた時は森って言っていたっけ。

「え?僕?…あ…、そうだ、ここに住んでるよ」

…絶対にそんなはずがない。

彼の白い肌は、傷ひとつさえないのだから。

「シズクには、おかーさんもおとーさんもいないのか?」

「うん…そうだね」

「じゃあシズクはどうやって生まれてきたんだ?」

彼はうつむいてしまった。

「え…っと…わからない…」


「それ、全部嘘だろ」

「う、嘘じゃない…よ…」

シズクはわーっ、と泣き出してしまった。

「だって…だって…!」

「オレ、本当のことが知りたい。」

「でも…」

シズクは黙ってしまった。

あまりにも待ちくたびれたオレは、つい本音を言ってしまった。

「あぁもう!何がそんなにいやなんだよ!教えてくれたっていいだろ!?」

シズクは一瞬驚いた。

そして再び、わーっと泣き出してしまった。

「いやだよ…いやだ…」


長い沈黙があった後。

シズクは消えいりそうな声でつぶやいた。

「じゃあ…たとえ僕がニンゲンじゃない…って言っても、友達でいてくれる…?」

再び、沈黙が流れた。

「シズクが…、ニンゲンじゃ…ない…?」

オレは無意識に、シズクから離れようとしていた。

「いやだ、お願い、行かないで…!お願いだから…!」

シズクは泣いて、オレの腕を掴もうとした。

何度も伸ばされたシズクの手が、オレの腕を何度もすり抜ける。

「どうして!どうして…!」

シズクは膝から崩れ落ちた。

…触れられた感触は、なかった。

「…だから、知られたくなかったのに」

シズクはわーっ、と泣き続ける。

「シズク…」

オレは訳がわからなかった。シズクが半透明に見える。

…まるで、元から存在しなかったかのように。

「水の子ども…って…」

「それは…あの…、僕が、水そのもの…だから…」

まちがいではないのかもね、と彼は寂しそうにほほ笑んだ。

「僕はたぶん、水の…思念こころ…だと思う」

だからシズクというヒトは存在しないんだ、彼はそう言った。

「でもおまえは…確かに、ここにいるだろ?それが存在しないだなんて…」

思念こころだけあっても、実体かたちはないんだもん…」


雨の勢いが増した。

なにか長い夢から覚めるような感覚が、シズクが雨に溶けて消えてしまう予感が、大切なものが離れていく恐怖が、オレを一斉に襲った。


シズクは消えた。

必死に探した。

みんなで探した。

でも結局、そのあとは誰も会うことはなかった。



…俺のせいで、シズクは消えてしまったのか。

俺は、集落の子どもたちにあわせられる顔がなかった。それで最終的に今住んでいる町に引っ越してきた。

俺はもう、シズクのことも子供らのことも、なにも思い出せやしない。

忘却していた記憶を呼び起こしたのは、週末の大雨予報だった。

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