第24話 それはきっと、見せたかった瞬間
本番準備は滞りなく進んだ。
私のゲネプロはなし。順番変更もなしだ。
「本当に大丈夫?」
鶴音の声に振り返る。
私以外のリリシンメンバーはみんな、緊張の面持ちだった。
それも当然だ。だって私は出撃直後。
目立った外傷はなくて疲労もないけど、普通ならとても万全とは考えられない。
まぁ実際にはベストコンディションなんだけど、それを説明するには響也の
助けてもらった恩もあるし、説明してられる余裕も無いからそれはなし。
代わりに自信たっぷりの笑顔で彼をダシに使わせてもらう。
「ストロング……いえ、響也の格好。みんなも見たでしょう?」
「え? あぁ、うん」
「戦闘服の下であんな格好してるくらい楽しみにしてたのよ、アイツ? そんなの見せられたのに泣き言言ってられると思う?」
当人の悶絶間違いなしな情報の共有は効果抜群。
みんな揃って苦笑してくれた。
「大丈夫。ブレイドの時みたいに、初手はしっかり掴んでくるから」
「……うん」
「じゃ……ブレイド、着装」
ブレイドの仮面を目に当て、本番衣装の上に一瞬だけ戦闘服を展開。
すぐに全体を解除し、ブーツだけ残す。
これで本番衣装は完成だ。
「行ってくる。前説、しっかりね」
「うん。任せて」
鶴音が力強く頷く。
私もしっかりと頷いた。
―――――――――
座席はアリーナ、中間地点。
近すぎず遠すぎずの位置で、センターステージの横辺り。
きっと何人かはそこに立ってパフォーマンスするだろう。
もちろんそのうちの一人が舞奈だといいな、なんて思ったりする。
(それはそれとして落ち着かねぇ……!)
パイプ椅子の上で開演を待つ俺の心は荒れ模様だ。
(あの様子なら開演には間に合ってるはず、体力だって回復させた、でもマジで行けるのか?)
知りたくなかった裏事情の数々。
そいつを把握した上で初のライブイベントだ。舞奈への信頼はあるが、それでも不安は拭えない。
こればっかりは開演後、舞奈のパフォーマンスを観る以外に安心できる方法は思いつかなかった。
(でもきっと舞奈のことだからギリギリまで調整するだろうし、きっと他の連中も今回のゴタゴタを考慮してセトリは組み替えてそうなんだよな……やっぱ最後の方だよな……)
流石に本番前ギリギリのトコで駆け込んできたメンバーにいきなり出番を振ることはないだろう。
ただ、その場合は後の方までこの不安は抱えたままになるわけで。
集中しきれないとも言えるのは、他メンバーにちょっと申し訳なかった。
と、ここで会場内のライトが絞られていく。
沸き立つ歓声と共にイベントの始まりを感じて立ち上がる。
まず最初に響いたのは、リーダーの鶴音ちゃんの声だ。
『ファンのみんな、今日は来てくれてありがとう』
感謝の言葉に歓声が増す。
鶴音ちゃんも嬉しそうに『すごい声だねっ』と笑った。
『……今日は特別な日。リリシンのみんなが初めて、自分だけの曲を歌う日。きっとみんなもすごく楽しみにしてくれてたと思う』
もちろんだとも。
言葉にせずとも会場の心は同じだ。
『だから今日はめいっぱい私達の歌を聞いてほしいんだけど……まずは私達からのお願い。最初は、この曲から聞いてほしいの』
でもその言葉にどよめきがちらほらと。
一体どんな曲だろう、全体曲だろうか、やっぱ誰かのソロか、とぽつぽつ声が出始める。
俺もどの曲が来るのかとリリース済のシングルタイトルを脳裏に並べていた。
そんな中で鶴音ちゃんは、すっとひと呼吸を置いて。
『観て、そして夢中になって。……雪原 舞奈、「shooting your hearts」』
ざわ。
(知らない曲……!)
まさかのトップバッター、しかも聞いたことのない曲名。
一体何を考えてるんだと思う間もなく、キーボード音によるイントロが始まる。
それすらも初めて聴くメロディだ。
どよめきが大きくなる中、シンプルなイントロは最後の一音を奏で。
音の奔流。
そして飛翔する黒髪。
メインステージのバックライトを浴びながら宙を舞い、センターステージへ滑るように着地する舞奈の姿に、誰もが目を奪われる。
あまりにも鮮烈なスタートに会場全体が釘付けとなったが、唯一俺だけは気付いた。
(ブーツが、リリギア・ブレイドの……!)
羽をあしらい、腰マントとスカートで大きく印象を変えてるから、一見するとわからない。
だが散々ぶつかり合って、何度も見てきた相手の姿だ。見間違えるはずがない。
おそらくあの大ジャンプのために一部だけ装備したんだ。
そんなことをしてまでやり遂げたという事実に呆然としてる間に、舞奈は踊りだす。
マントが、スカートが、翻る。
手が、足が、しなやかに舞う。
艶やかな黒髪が広がり、ライトに照らされる。
一糸乱れぬダンスパフォーマンスは、リリシンとしては異質で高度。
だからこそ、見る者の視線を釘付けにした。
そして彼女は舞いながら、いよいよ歌い出す。
――知らなかったでしょう?
ゾクッとした。
不敵に笑いながらの歌い出しは、まるで観客を煽るかのようなフレーズ。
舞奈の凄さをずっと知っていた俺ですら興奮を抑えられない。
この瞬間のために用意したのかとばかりにピッタリの言葉だった。
(……すげぇ)
歌は進む。
次々に流れてくるフレーズはいずれも今までの舞奈を連想させるものばかり。
普通に聴いたら嫌味っぽくなってたかもしれない。
だが彼女の舞はそれを感じさせなかった。
毛先が、指先が、足先が。
続いた不遇にも腐らずに研鑽を続けてきた成果を表現する。
文字通りの全身全霊。グループパフォーマンスが「軛」と言ってしまえるほどの、段違いな舞いっぷりだった。
(すげぇ……!)
そしてサビ。
これからの決意を中心とした強い言葉が滝のように叩き込まれていく。
ダンスも見せつけるような動きから、引き込むような表現へ。
呆然と見ているだけだったが、はっと我に返る。
誰よりも早く彼女のカラーたる青色のペンライトを灯し、届けとばかりに高く振り上げた。
直後、くるりと回る舞奈の目が俺と交わる。
――今更見過ごさないでよ?
ニコっと笑ってウインク一つ。
「あ――」
崩れ落ちそうになる膝に喝を入れて踏ん張った。
そのままサビのラストフレーズ。響かせ切った舞奈が大きく右手を振り上げる。
俺は感動のままに吼えた。
「うぉおおおおおおっ!!!!」
それがきっかけになったのか、興奮が伝播する。
広がる青色。上がる歓声。
あっという間に会場が染め上げられた。
その中心で踊る舞奈は不敵に笑う。
まだだ、まだ足りない。そう言ってるような気がして、俺は握ったペンライトごと拳を突き上げた。
―――――――――
「やっば、最初以外ほとんど覚えてないかも」
「流石に言いすぎだろ、でも気持ちわかる。脳みそに焼きつけられた感じ」
「舞奈ちゃんやべぇ、マジやべぇ」
「俺は雪原さんのこと甘く見てたんだな……」
ライブ後の規制退場待ち、周りの話題は舞奈一色だった。
おそらく舞奈の俺向けウインクの余波を食らったせいだろうな。
悦に浸りながらボヤッターをチェックする。
『正直舐めてた、舞奈がやばかった』
『あんなの隠してたとか凄すぎ、舞奈推すしかない』
『これからは舞奈も全力で応援するしかねぇ』
『ソロだとあんなにぶっ飛んだパフォーマンスになるとか、舞奈ってマジで恐ろしいやつでは?』
俺の周辺だけかと思ったが、そうでもなかったみたいだ。
トレンドにも「舞奈」の文字。
ようやく彼女の凄さに気付いたか。
(まぁ俺も舞奈の底知れなさを改めて思い知ったトコなんだけどな)
俺が
しかも新曲を初披露とか、ミスを起こしてもおかしくない。
でも彼女は今までの評価を覆すクオリティでそれをやり切ってみせた。
恐ろしいったらありゃしない。
(ますます目が離せねぇよ……)
そんな充足感と共に退場の順番を迎える。
大量の青いサイリウムをポリ袋と共にゴミ箱へ投下。
「やぁ、楽しんでくれたみたいだね」
「うっげ」
ゴミ箱の向こうにニコニコ顔の阿澄が立ってることに気付いてしまった。
スルーしたかったがもうばっちり目が合っちまってるし、いつの間にか退場ルート脇への案内ができあがってる。
仕方なくそっちに行ってやった。
「……もうちょっと余韻に浸らせてくれねぇかな」
「それはすまない。でもそれだと君を逃がしてしまうからね」
「俺んちの隣に監視員つけてる口で何言ってんだお前」
「おっと気付いてたんだね……まぁそれはそれとして、今日だけは勘弁してほしい」
「で、何の用だよ?」
長話する気はない。腕組みして待っていると、相手は襟を正して深々と頭を下げた。
「な――」
「今回はウチのブレイドをフォローしてくれてありがとう。おかげで落陽暗部は壊滅し、連中が画策していたテロ行為にも対処ができた」
「……」
「それに彼女も周年ライブでの雪辱を果たすことができた。今回のイベントでの反響は、彼女のこれからの人気に大きく貢献することだろう」
顔を上げた阿澄の目は真剣。
「君のおかげだ」
どうも本気で言ってそうだな。こういうのはどう対応したものやら。
「……テロ行為に対処したのはリリギアで、イベントが話題になってんのは舞奈の努力の成果だろ。俺が関与しなくても、そういう結果にはなってただろうが」
「でも君が戦ってくれなければ、彼女はステージに立てなかったかもしれない。立てたとしても悔いの残るパフォーマンスになった可能性がある。だから私はあくまで君のおかげだと考えている」
思った以上に真剣な返しに困った俺は後ろ頭をかく。
気恥ずかしいと言うか、むずむずするというか。
とにかくこのままではいられない。
「つか、そう考えるならブレイドを単独行動させるんじゃねぇよ。本人の希望とは言え、無茶なダブルワークさせてんのも問題だろうが」
苦し紛れだが、それなりな返しができたと思う。
実際、阿澄は痛い所を突かれたとばかりに苦笑いだ。
「それはもちろん、今後に活かすとも。せっかく君がもぎ取ってくれた機会だしね」
あくまで「俺の助け」というトコを変えるつもりはないらしい。
指摘するのは諦めた。
「もちろん今後も君が彼女を助けてくれると言うのなら、こちらは相応の待遇で迎え入れる準備があるのだけど」
が、まぁそういう話に持ってくるよな。
阿澄はさっきと同じく真剣な目だ。
めんどくさいが一応は喋らせるかという気分で待つ。
「君との共闘について、彼女からは『不本意だけどやりやすかった』と聞いている。それに僕としても、熱心なファンである君が傍にいることは彼女へのいい影響になると思っている」
そしてそんな風に理由を並べられるとつい考えてしまうのが、俺みたいだ。
どうも邪険に扱えない。それでも答えは一択しかなく、俺は阿澄に倣って向き直った。
「いくらやりやすかろうが俺は敵だ。共闘したのだって暗部を潰すための一時的な話だぞ、勘違いすんな」
「でも私達としては――」
「そもそも、だっ」
反論を遮って詰め寄り、自分を指さす。
「アイドルとファン個人を近付けさせるんじゃねぇ。俺は別に特別なファンになりたいわけじゃねぇんだよ」
「……ふむ」
「あいつにもそこんとこ言い聞かせろ。今回のゴタゴタも、不用意に俺と接触したせいで起こったようなもんだぞ?」
「そこは……言い聞かせた所で彼女が従うかな?」
「従わせろ、お前社長で司令なんだろ」
よし、これ以上は付き合わない。
俺は踵を返し、反応を待たずに退場ルートに再合流。
さっさとそこから離れた。
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