第23話 後片付け、そして推しと現地入り

 衝撃で政影の体も飛ばされ、背後の木に激突。

 カエルの潰れたような声をまき散らして悶えてるが、しばらく放置でよさそうだ。


「ふぅ……」


 正直に言おう。

 すげぇスッキリした。

 立ってるのは俺と、着地したブレイドだけ。

 全員潰すつもりだったがまさか本当にやれるなんて、と正直びっくりだ。


(しかし、デカい組織また一つ潰しちまったなぁ……)


 しばしアンニュイ気分。

 再就職先を潰しちまった格好だ。職場探しからやり直し。

 落陽暗部くらいの規模感ならそれなりに候補はあるものの、また選定しなきゃいけないのがしんどい。

 でも覚悟も折り合いもついてない状態で決着を無理強いしてきた相手だし、こればっかりはしょうがない。

 それにやっちまったことをぶちぶち後悔するよりもこの後だ。


『……本部、聞こえる? 報告よ、落陽暗部を殲滅した』


 はっとなり、ブレイドの声に意識を向ける。

 彼女は耳に手を当てながら、空いた手を振りかざす。

 政影や幹部連中の周囲に剣が組み合わさり、簡易な牢屋が作られていくのを見て、俺も意図を察した。

 そっからはいわゆる事後処理だ。

 残った武器やらの没収。

 散らばって伸びてる戦闘員の拘束。

 悪の組織じゃ絶対やらない地味作業だが、この場に放置した結果、ここに居合わせた暗部の人間に一人でも逃げられたらアウトだ。

 俺の鏡像反転ミラーリングを知る奴らは確実に正義の矯正機関送りになってほしい。


「では以後の処理は我々が。お疲れ様でした」

『ありがと。じゃあ私達はここで失礼するわ』


 結局、リリギアの事後処理班の到着と引継ぎ完了まで付き合ってしまった。

 向こうもブレイドが連絡したのか「いてくれてありがとうございます」みたいな雰囲気で、ちょっと居心地悪い。


(別に残りたくて残ったわけじゃないんだが……それに結局、デッドラインぎりぎりって感じだし)


 端末の時刻は15時を過ぎた所。

 一応は間に合うが、現地の混雑度合いによっては慌ただしくなるかもしれない。

 引継ぎは終わったんだ、ここらで失礼するとしよう。

 そう思った矢先。


『じゃあストロング、先行ってるから』


 ブレイドが俺の横をすり抜けてスタスタと歩き出す。

 放り込まれた言葉に嫌な予感を覚え、思わず彼女の肩を掴んでいた。


「いやちょっと待て、先に行くってどういうつもりだよ」

『文字通りよ。私の全速力とアナタの全速力、速いのは私なんだから先でしょ?』

「いやいやいや、お前まさか自分の足で会場まで行くつもりか?」

『当然でしょ? ここから会場まで10分以上かかるんだから、普通の移動手段じゃ間に合わない。向こうで息整える時間も必要だし、このまま全力で走るのが確実よ』

「いや本番前に体力消耗すんのはまずいだろ」


 どうして俺はそこに考えが至らなかったのか。

 会場まで時間がかかるのは相手も同じだ。

 ならば当然、リリギア最速と名高い移動速度をフル活用するに決まってる。

 だがそれは非常にしんどいのが明白。

 本番前の彼女に余計な無理はさせたくないという思いから、俺は反論が出る前に言葉を続けた。


「背中貸す、お前一人背負った所でこっちの速度は変わらねぇ。開場時間辺りには送り届けるからちょっとでも休んでろ」

『……それはありがたいけど、そんなに四肢増強フィジカルもつの?』


 仮面越しの訝しむ眼差しに対し、俺は周囲を見回す。

 こっち向いてる奴が誰もいないことを確認し、声のトーンを落とした。


「会場までの分とお前が回復する分の『鏡』は残してる。問題ねぇ」

『なるほど。抜け目ないわね』


 ふ、と笑う気配をにじませ、彼女が後ろに回る。

 肩に手を置かれてすぐにガシャっとお互いの装甲のかち合う感触が伝わった。

 こっちもしっかり背負ってやる。


「初めてね、推しのこと思って助けてくれるの」


 不意打ちの肉声でそんなことを言われ、一瞬固まった。

 すぐに気を取り直して鼻を鳴らす。


「今回限りだ。これに懲りたら、次からは一人で突っ走らねぇでペア組め」

「そうね。ネイルかウイングか……スピード落として足並み揃えるようにするわ。もちろんアナタでも大歓迎だけど?」

「いいから掴まってろ」

「はいはい」


 後頭部で仮面を展開し直す音を聞いてから、両足でゆっくりと溜めを作る。

 駆け出すと同時に四肢増強フィジカルをフル稼働させ、一気に跳躍した。



―――――――――



 会場近くの茂みに着地後、向かったのは会場裏手の搬入口。

 到着して背中のブレイドを下ろすと、彼女は立ち上がる間に仮面を外してジャージ姿の舞奈に様変わり。

 それに倣って俺も戦闘用装甲服を格納した。

 何せ、スタッフが全員リリギア関係者とは限らないのだ。無駄なやり取りを少しでも減らすためには鏡 響也であるべきだ。


「チェンジ、『一切の負傷も疲弊もなし』」


 ついでに残してた回復用の鏡二枚を使い、息切れ解消、体調も万全。

 チェックが終わって鏡をしまうのと同時に、複数の足音が近付いてきた。


「舞奈っ!」


 リーダーの園ヶ原そのがはら 鶴音つるねを先頭に、リリシンのメンバーが勢ぞろいだ。

 更にメイクケースを抱えたスタッフや警備員もわらわらと。

 後はスタッフに任せるだけ、と目立たぬように背を向ける。


「鏡 響也」


 しかし、そんな俺にわざわざ舞奈は声をかける。

 おそらく狙ってやりやがった。無視するわけにも行かず、肩越しに振り返る。


「……なんだよ」

「その格好、ホントに来るつもりだったのね」


 一瞬何のことを言われたのかわからなかったが、すぐにはっとなる。

 ペンライトを詰め込んだリュックサック。

 ジャケットの下に着たイベント用Tシャツ。

 リュック紐にかけといたマフラータオルもイベント用。

 どこからどう見ても「これからライブイベントに参加します」って格好だ。

 それをリリシンおよびイベントスタッフ一同にばっちり見られた俺は、何も言い返せない。

 喉から出てくるのも呻きばかりだ。

 対する舞奈はしてやったりと言わんばかりに口の端をつり上げた。


「ありがと、助かった」

「……!」

「おかげで今日は最高のパフォーマンスを見せてあげられる」


 そう断言する彼女の顔は、いつになく自信満々。

 いつだったかに見たライブ終わりの挨拶で見せたものと似てる。

 流石にそんなの見せられたら文句なんざ言えるわけない。

 俺は諦めて笑みを返してやった。


「期待して待たせてもらうさ」

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