第21話 怒りの厄介オタク、咆哮す

 大地が割れ、土煙が舞う。

 その中で俺は後ろに向けて手をかざす。


「ちっ、撃て――」

「セット!」


 直後、無数のレーザーが俺達に殺到した。

 しかし命中は一切なし。


「リフレクト!」


 むしろ撃ちこんだ戦闘員に跳ね返って大惨事。

 土煙の合間でも混乱がよく見えた。


「……なんのつもりだ?」


 政影の声。

 先程と一転して暗く低い声は、敵と相対する時のそれだろう。

 幹部連中も距離を取り、警戒も露わに構えている。

 だが俺には関係ない。

 煙に紛れて「隠し玉」をしまい、疲労したブレイドを庇うように振り返る。

 フルフェイスの下で深く息を吐いた。


「ホント、何のつもりだろうな俺。傍から見りゃバカのやってることだ。追い詰められたブレイドなんざ一撃で倒せる。なのに実際やってるのはこれ、全くもって理解できねぇ」


 そう。理屈ではわかってる。

 現状、今後のこと、メリット、デメリット、いろんなトコで「落陽暗部に味方するべきだ」と結論が出てる。

 だがそれを考えるたび、言葉にするたび、俺の心が軋む。

 呼吸が乱れ、血が燃える。


「でもな、どーしても呑めねぇヤツがあるんだよ」

「ほう? 特別に聞こう。リリギアとの戦いが続く以上、オヌシは戯れ一つで殺すには惜しい存在だ。内容次第では考えよう」


 さっき一斉射撃を指示したとは思えないような甘い言葉だ。

 だからこそ確信する。

 きっとこのご老体は絶対理解できないだろう。


「……今のうちに消えた方が悲しむ者も少ない」


 俺は沸き立つ激情を詰め込んで最初の言葉を紡げた。


「……ん?」

「言ったな。お前、確かにそう言ったよな」

「あぁ……確かに言ったとも。それが?」

「少ないから何だ? 人気がないから何だ? そんなもん関係あるか。ファンにとって推しは生き甲斐にも似た存在なんだよ。実際、黒き蹂躙ブラック・トランプルでの冷遇耐えられたのはリリシンのおかげだし、あのクソ組織を潰せたのもリリシンのおかげだ。活力与えてくれたんだよ、リリシンは、舞奈は」

「は? 何を馬鹿なことを――」

「リリシンがいなかったら、舞奈がいなかったら黒き蹂躙ブラック・トランプルで終わってたかもしれない、そう言えるくらい俺はリリシンに救われてたんだよっ。それなのに事情もロクに知らねぇで何が『私情を殺して』? 『人気も低い』? したり顔で語る前にもっとしっかり調べておけよテメェらっ」

「もう聞くだけ無駄かね、攻げ――」

「じゃかしい聞けよっ!」


 四肢増強(フィジカル)フル稼働で大地を踏む。

 周囲が揺れて暗部の陣形が大きく崩れた。


「文句はっ! まだ残ってんだよっ!」

「ぅぐ……っ!」

「やり口も気に食わねぇ! ブレイドだけおびき出すために囮で他メンバーを釘付け、それ自体はいいだろうさ! 理に適ってる! だが今日のライブイベントを狙い撃ち? テメェら今日を何だと思ってやがる! リリシンのソロパフォーマンスのイベントだ、舞奈がようやく一人でパフォーマンスできる日なんだぞ!」

「それが何の――」

「リリシンのパフォーマンス力の高さは舞奈が引っ張ってるんだよ! それがやっと証明できる! 単独で伸び伸びできる機会が遂に来たんだぞ! それが大勢の前で、配信勢もたくさん見てる中でようやく突きつけられる!」

「お、おい話を――」

「なのにお前はっお前らはっ! そのめちゃくちゃ大事な日をわざわざ狙い撃って! よりによって一番の見どころになる舞奈をピンポイントで妨害! オマケに人気が低いから今のうちに消えた方が幸せとかどういう頭してたらそんなクソみてぇな真似ができんだ、あぁっ!?」


 次から次へと言葉があふれ出す。

 ノリでフラストレーションをねじ込んだがやばいくらい気持ちいい。

 高揚感のままに、目の前で呆然と佇む悪念怨嗟のターゲットへ怒りの声をぶつけまくった。


「リリシンのこともロクに知らずにこんなことやって、上っ面のゴミみてぇな評判だけでしたり顔なんざしやがって! いくら悪の道走ってるっつってもやっていいことと悪いことの区別もつかねぇのか!」

「ちっ、だから貴様――」

「口答えすんなこの状況が答えだろうが!」


 またうるさくなってきた。もう一度地面を揺らす。

 再び転げまわる連中に向けて、俺はあらん限りの声で吼えた。


「ファンでもアンチでもねぇ輩がファンに推しを潰させる! それも推しが最高に輝けるかもしれない日に!」

『きょ、響也……』

「しかもそれを、俺がリリシンのファンだって知った上でやらせようとした! それをしなきゃテメェは組織に入れねぇと、クソみたいな条件を並べてだ! こっちがどんだけ宿敵で推しって関係に悩んでるかも考えもしねぇで! 許せねぇ、ただ許せねぇ!」

「な――」

「そんなクソみてぇなことするならこっちから願い下げだ! テメェらは全員潰す! そんで俺は舞奈の晴れ舞台を見る! 今はそんだけだ!」


 そして決別の台詞。

 そこまで言ってようやく、俺はフルフェイスの下で晴れ晴れと笑っていることに気付けた。


(あぁ、そうだ。舞奈の邪魔をする奴に、正義も悪も関係あるかよ)


 むしろ悪人だからこそ、「ただ邪魔する連中」として潰す。

 落陽暗部はキャリア的にいい転職先だったが、俺の譲れない一線を越えた。

 だから潰す以外に選択肢はない。

 幸い、俺には黒き蹂躙ブラック・トランプルを潰した実績がある。簡単じゃないか。


(……再就職先はまた改めて探すしかねぇ。それ以上に許せねぇんだからよ)


 きっぱり諦めのついた俺は、先程とは打って変わって穏やかな心持ちで周囲に気を巡らせた。

 対抗を決めたはいいものの、相手は組織丸ごと。

 一方のこちらは己の身一つと手負いのブレイドだけ。


「……なるほど。その割り切れなさ、才気を潰してしまうほどの欠点だの」


 そして落陽暗部自体、政影を筆頭に調子を取り戻してしまってる。

 戦闘員は軒並みレーザー銃を構え、号令一つで撃てる態勢だ。

 まともに食らえば俺も長くは耐えられない。


(だが、それがどうした?)


 要は食らわなきゃいい。

 実際、さっきも凌いでみせた。

 政影の手が振り上げられた瞬間、俺はブレイドを守るように手をかざす。


「撃て――」

「セット!」


 直後、無数のレーザーが俺達に殺到した。



―――――――――



 撃たれたと確信した。

 なのに響也は揺るがない。


「どうして――」


 疑問がこぼれた直後、私は一つの異変に気付く。

 ちかり、ちかり、と光るもの。

 一つ、二つ、いや三つ。違う、もっといっぱい。

 まるで私達を守るように光るそれらは。


「……か、鏡?」

『リフレクト、リピート!』


 私がその正体に気付くのと、彼が叫んだのはほぼ同時。

 大量の鏡がくるりと反転し、一斉にレーザーを放った。

 敵戦闘員が阿鼻叫喚の地獄に叩き落とされる。


「ちっ、またか……!?」


 遠くで政影の驚愕が聞こえた。

 だけど私も同じ。問い質そうと響也を向いた所、彼もばっと振り向いた。


『ブレイド、半年前にやった逃走防止の技、使えるな』

「えっ、半年前、逃走防止?」

『地面から大量の剣を出すヤツ、全部囲め』

「……わかった!」


 詮索は後。

 意図を理解した私は立ち上がり、右手の剣を大地に突き立てる。

 イメージするのは天高くそびえる刃の円。


(全部囲む、つまり誰も逃がさないってこと! 硬く、高く、そびえ立て!)


 残りの力ありったけを注ぎ込めば、あっという間に包囲網のできあがり。

 これでどう、と言おうとした私だったけど、気付けば膝から崩れそうになってた。


(やばっ、力使いすぎて――)

『チェンジ、『一切の負傷も疲弊もなし』』


 腕を掴まれると同時、目の前に鏡が滑り込む。

 そこに映った私を見るうち、疲労がどんどん抜けていく。

 むしろ活力がみなぎってきた。


「な……なんで……」


 今度こそ問い質すべく、顔を上げる。

 対して響也は振り返らずに左手をスナップさせた。


『二枚で充分だな。チェンジ、『反射された攻撃が命中』』


 その言葉に従うように、いかなる原理か二枚の鏡が宙を舞う。

 突き立てた剣山よりも更に高く上がったそれらが妖しく光ると、他の鏡が撃ちだしたレーザーが不規則に曲がった。

 向かう先は攻撃を回避したはずの連中ばかり。

 ただでさえ動揺の中にあった落陽暗部は大混乱だ。

 政影をはじめとする幹部陣も例外じゃない。

 それを尻目に響也が私を振り返る。

 フルフェイスが一部解除され、やけに自慢げな目の色が見えた。


「……奥の手さ」

「奥の手? どんな力よ」


 立ち上がった私は周囲を警戒しつつも疑問を投げる。

 響也も響也で答えながら幹部陣に向き直る。


鏡像反転ミラーリング。鏡を使った特異現象の発現だ」

「特異現象……」

「飛び道具の反射。鏡に映した対象の体力を回復させたり、回避された攻撃を無理やり命中させたりする。どういう理屈かはさっぱりだが、四肢増強フィジカルの穴を埋める形で使ってる。……二つ持ちダブルの特権ってヤツだな」


 僅かに目が笑った。

 きっとマスクの下では頬を緩ませてるに違いない。

 私も仮面の下で自然と笑みを浮かべる。


「……なるほど。四肢増強フィジカルのフル稼働にリスクもインターバルもないのがずっと不思議だったけど、そういうカラクリだったのね」

「よっぽどのことがなきゃこんな露骨には使わないんだが、今回は特別だ」

「どういう風の吹き回し?」


 さっきの熱弁を聞いてればわかることを、敢えて問いかける。

 対して響也は小さく肩をすくめた。


「ライブイベント。行きたいに決まってんだろ」

「……上等」


 短く返して剣を生成。

 私が構えれば、彼もフルフェイスを再展開していつもの構え。

 一方の落陽暗部は露骨な警戒態勢。

 そりゃ二回も銃撃を反射されたら下手に撃てなくなるわよね。

 でも手をこまねいてる相手じゃない。


「相手は二人、どちらも近接型じゃ。ストロング・アームの鏡にだけは警戒せよ」

「貴様らは間合いを取り続けろ。接近戦はこちらが引き受ける」


 幹部を中心に布陣が組まれ、重火器も動き出す。

 足止めしつつ遠くから攻撃し続ける予定かしら。

 確かにさっきはそれでやられたし、こっち側に回ったストロング・アームも私と同じ近接タイプ。

 圧倒的な人数差もあるから不利と言えば不利だ。

 でも今は負ける気がしない。

 私はその根拠である宿敵に投げかけた。


「で、どうするの?」

『潰す。一人残らずな』

「どうやって?」

『鏡を三枚つける。直撃コースは防ぐから、飛び込んで乱戦だ』

「いきなり無茶な要求ね」

『お前のアドリブ力ならできるだろ?』


 確かな信頼。

 何度もぶつかった相手だからこその確信を宿した言葉に、私も応じる。


「当然!」


 それが幕開けとなった。

 一斉に襲うレーザーの雨。

 さっきは怯んだそれに、今度は思い切って突っ込む。

 進む先に鏡が割って入り、攻撃を防ぐ。

 その瞬間を活かして、飛びかかってきた幹部の横をすり抜けた。


「さっきのお返し……!」


 私は剣を一閃して最前の雑魚達を吹き飛ばした。


「さぁ、覚悟しなさい!」

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