第20話 推しか、夢か、決定打はただ一言
俺の驚愕をよそに政影はブレイドへと向き直る。
「来たようだの、リリギア・ブレイド」
『黄泉ノ政影。それに……ストロング・アーム』
そしてブレイドはブレイドで政影から俺へと仮面越しの視線を移す。
『何となくいる気はしたけど……どういうつもり?』
直感的にわかる。これ二重のニュアンスだ。
おそらく「ライブイベント会場じゃなくてここにいること」と「落陽暗部と一緒にいること」を同時に詰ってる。
が、この場で大っぴらに推し&ファンの関係を匂わすわけにはいかない。
俺は「どうって、いや……」とお茶を濁さざるを得なかった。ぶっちゃけ、すごく気まずい。
だがそんなのお構いなしとばかりに政影はブレイドに投げかける。
「予想よりも5分は早かったが、よほど焦ったと見える」
『そりゃ焦るに決まってるわよ。イベント会場に爆弾を仕掛けた、なんてメッセージ届いたらね』
「な……っ!」
苛立ちまじりの返しに驚いた俺は思わず政影を見るも、相手は意に介さず大げさに手を挙げる。
が、そんな動きを待つブレイドじゃない。
『閃っ!』
すかさず遠隔攻撃が飛んだ。
しかしそれも予想の範疇だったか、踊り出た影が一つ。
「
政影を守るように立った九条が、遠隔斬撃を真正面から防いでみせた。
奇襲でさえなければ初手での総崩れは防げるということか。
同時に政影の号令が響く。
「始めよ」
直後、一斉射撃。
待機時の静寂が嘘だったかのように、立て続けの轟音が鳴り渡った。
『っ、政影……!』
対するブレイドは素早いもので、右へ左へと回避しつつ剣を振る。
エネルギーの刃が走り戦闘員を吹き飛ばすも焼け石に水だ。
しかしそれよりも聞かねばならないことがある、と俺は政影に詰め寄った。
「おい政影、ブレイドが言ってたのはどういう話だ。イベント会場に爆弾を仕掛けたって」
「あぁ、そうか。説明の続きをせねばなるまいの」
妙にのほほんとした物言いにイラっとしたが、ここで心に波風立ててもしょうがない。
落ち着いて続きを待つ。
「まず、イベント会場云々の話だが……これはリリギアに関する重要な情報が関わっておっての」
「重要な……?」
「リリギアは表向き、リリックシンフォニアなる芸能グループとして活動しておる」
一瞬、心臓を鷲掴みにされたような気持ちにさせられた。
「その情報を掴んだ我らは、リリギア・ブレイドを相手取るにあたってそれを有効活用することにした」
「……それが、爆弾がどうのって話か?」
「どうやら今日は彼奴等が大会場を借りてイベントを行なう日らしいからの。会場近辺に人も多く集まった頃合いを見て、連中の事務所に向けて密かに予告文を出した」
「何のために」
「内密に処理させるためさね。予告した時点で、既に会場付近には数千人ほど集まる見込みが立っておった。仮にイベントを中止させたとして、それを散らすには相応の時間がかかるであろう?」
政影の言う通りだ。
馬鹿正直に事情説明するわけにもいかない。事後処理が大変になるし、それ以前に集まった連中が丸ごとパニック集団と化すリスクだってある。
というか、俺は知ってる。リリギア相手に爆破工作なんざ無意味だ。
「無意味だ。リリギアは爆弾なんざすぐ見つけるし、仮に爆発しても被害が出ないように守れる奴もいる」
「だが連中のほとんどを釘付けにすることはできる」
俺の指摘なぞ承知済みと言わんばかりの切り返しだった。
そして政影はもったいぶるように笑う。
「本題はここからよ。その不穏な動きを踏まえた上で我らの位置をチラつかせ、更に宿敵たるストロング・アームもいる。となれば真っ先に現れるのは……一体誰だと思うかね?」
はっとなり、戦場に目を向ける。
答えるまでもなく、すっ飛んできたのはリリギア・ブレイドだ。
驚きで鈍ってた頭が回りだす。
「爆破予告は他の連中を釘付けにするための囮、本命はブレイド単独でここまで来させること……!」
「理解してくれたようで嬉しいね」
つまりこの状況はブレイドにはとにかく不利。
落陽暗部は対ブレイドの想定でこの布陣を用意している。
彼女の仲間も別の場所に釘付け。もし来られたとしても、ここは最速のブレイドで10分ちょっとかかる場所。
他のメンバーじゃ最短30分だ。
だが、はたしてブレイドを30分で片付けられるのか。
そう考えてしまうのは宿敵の実力を買ってるからか、それとも推しが追い詰められてマトモな考え方ができなくなってるのか。
「混乱しておるかね? 無理もない、オヌシが応援する芸能グループとなれば流石にのう」
不意にぞっとするような言葉が入り込んだ。
息を呑む俺に向き直った政影は笑う。
「くく、どうやら勝沼が見たものは真だったようだの」
「な……それ、どういう……」
「だから言った通りじゃないっすか」
横からの声に振り返れば、幸樹の姿。
準備の時はどこにもいなかったはずだが、いつの間に現れたのか。
いや、それよりも。
「お前、なんで――」
「暗部と会った、って報告挙げた日にさ、偶然見ちまったんだよなぁ」
いつも通りな幸樹の声だが、今に限って言えば悪だくみの雰囲気が醸し出されている。
「俺と別れた後、リリックシンフォニアのマイナとノゾミだっけ? その二人に絡まれてるのをさ。警戒されてるっぽくて近付けなかったが、遠くからでも仲良しっぷりはよくわかったぜ」
「う……」
「そんで俺は予想したわけよ。カガミはもしかしたらリリックシンフォニアのメンバーと何かしらの関係を持ってるんじゃねぇか、ってな」
不正解、だが限りなく近い。
そこから正解へと誘導するかのごとく、政影が追随する。
「それを聞けば後は調べればよいだけ。オヌシがリリックシンフォニアを応援しておることはすぐにわかった。……だが呆けておる場合ではないぞ。オヌシはブレイド打倒の要を担ってもらわねばならぬからの」
「は……?」
「トドメ役だよ、トドメ役」
そう言って幸樹は俺の隣に立ち、肩を組んでくる。
再びブレイドに注目させられるとちょうど九条を筆頭に幹部連中が突っ込む所だった。
圧倒的戦力差を前に防戦一方だが、彼女は何とかいなしていく。
「他の連中が総出でブレイドの体力を削る。そんで、ブレイドとの戦闘経験が豊富なカガミがブレイドを倒す。カガミが暗部に入るための最終試験、だってさ」
「そう。追い詰めたブレイドへの王手、それがオヌシの役割であり、アレの撃破こそが暗部の一員として迎え入れる条件」
なんだそれは。
大人数で袋叩きにして、弱った所にトドメを刺す。
それはまるで。
「これはオヌシに覚悟を示してもらうためのものよ。暗部は結束と冷徹を好む。同じ暗部の仲間のため、私情も踏み越えること。それこそが新参の示すべきものであり、ゆくゆくは暗部の中核をと望むオヌシが見せねばならぬ事柄よ」
言ってることはわかる。
要は割り切れってことだ。
しかもそれはブレイドの正体が舞奈だって知ってから散々心に言い聞かせてきたことでもある。
一方でここまで割り切れずにもがいてきた話だ。簡単に見せられるもんじゃない。
だが状況は待ってくれない。悩む間もどんどん事態は動いてく。
「さて、それじゃ俺もお膳立てに行ってくっか」
「そうか。では勝沼、オヌシも存分に力を振るってくるがよい」
駆け出した幸樹は両腕を水の拳に変えて挑みかかる。
すぐさま反応するブレイドだが、やはり迎撃で精一杯といった所。
幹部連中の攻撃を跳ね除けても、間髪入れず銃撃の嵐。
複数の重火器とレーザー連射で思うように動けず、再び幹部連中に囲まれる。
その繰り返しだ。いくらブレイドでも体力が続かないだろう。
「じきに体力も尽きるじゃろな。そうなればいよいよオヌシの出番よ、覚悟を決めるがよい」
「……」
「オヌシがそのリリックシンフォニアの誰を最も好むのかまでは知らぬ。だが時には私情を殺してでも成さねばならぬことがあるだろう?」
そうだ。確かに成さねばならぬことはある。
(……でも、だからって今、この状況でブレイドを倒す覚悟を決めろってことじゃないだろ)
胸が苦しくなる。
誰が好みか。言うまでもない。
でも宿敵だ。
推しで宿敵、その関係にどう折り合いをつけるか、全然答えが出せてない。
なのに今この場で決着をつけろと言う。
それをやらなきゃ暗部には入れないってことなのか。
パニクりそう。
「……仮に倒すとして、ブレイドをどうするつもりだ」
気付けば俺は自分でもアホなことを口走っていた。
当然、政影は怪訝な顔をするがすぐに何か思いついたようで、黒い笑みを浮かべる。
「捕縛して何かに役立てる、ということかね? そうさね、例えばリリギアの能力解析、或いは洗脳かね? 上手く使えばリリギアへの伏兵として使えるやもしれぬが……そこはオヌシのさじ加減かね。アレの命が惜しいと言うなら、それもそれで考えようはある」
「……雪原 舞奈としてはどうなる?」
「終わるのは確実だな? 命を惜しむなら我らと同じ道に引き込むのが道理というもの」
やっぱり、そうなるか。
つまりここで手を下した時点で、ブレイドとしてはともかく「舞奈」は終わる。
フルフェイスの下で俺は歯を食いしばった。
「リリックシンフォニアというグループに欠員が出るのは避けられぬよ。受け入れるほかあるまいて」
当たり前だ。でもそれを今ここで俺は――
「まぁ人気も低いという噂もある、今のうちに消えた方が悲しむ者も少なかろうよ」
こ い つ は 今 何 と 言 っ た ?
天を仰ぐ。
ゆっくりと拳を握る。
呼吸の震えは止まっていた。
初めて覆面に感謝したかもしれない。
「……」
それをどう捉えたかは知らないが、政影は横に退いてブレイドの方を指し示す。
いつの間にか直撃食らって膝をついてしまったらしい。
「さぁ、それではオヌシの覚悟を示してもらうとしよう」
「……」
促される形で前に踏み出す。
そこからは一歩ずつブレイドに近付くだけ。
幹部連中と幸樹は攻撃を止め、俺に道を空けた。
ブレイドも動かない。
逃げるチャンスだってのに、剣を杖代わりに俺を睨んでる。
そして彼女の前で足を止めるなり、苛立ちまじりの吐息をこぼした。
『なんでここにいるの』
「……」
『イベント、来るんじゃなかったの』
「お前こそ、イベントはどうすんだよ」
『行くわよ。ここの連中ぶっ倒してから』
案の定、彼女はこの後に控えてるライブイベントに参加する気満々だ。
あの忘れられない月夜に怒声啖呵を吼えたのも納得である。
そんな彼女に向けて、俺は拳を振り上げる。
『……ま、アナタが相手ってなると流石に、厳しいかもしれないわね』
「だろうな」
言葉とは裏腹にブレイドの闘志は消えていない。
むしろ盛んに猛っている。
だからこそ俺は拳をブレイドの横、地面に向けて叩きつけた。
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