第19話 ライブ当日、作戦決行の日にて

 さて当日。

 久方ぶりに戦闘用装甲服をフル着用な俺は、街から遠く離れた山奥で落陽暗部の連中と作戦準備に取りかかっていた。

 もっとも、現時点では正式な入団はまだな身分。

 やることと言えば木々に偽装した本陣テントから準備の様子を眺めることくらいだった。


(まず目につくのはあの砲塔だよなぁ……)


 主砲のロング砲身と、脇を固める可動機銃にダメ押しのミサイルポッドで構成された重火器ユニット。

 超遠距離からの射撃が目的で、接近された時の対策も考えた結果といった所か。

 それが合計6門もあればどうやったって目立つ。

 一方で戦闘員に渡されていく装備も銃撃戦が主体だ。

 多少の差はあれど、レーザー銃にエネルギーパックは全員支給。一体どれだけの費用がかかってるやら。


(というか、この人数規模はまさに総力戦ってレベルだ。念には念をってやつか?)


 事務手続きもままならない、とは聞いていたが、ひょっとしたら文字通りに組織の人員全てここにいるって状態かもしれない。

 これから実行される作戦への本気度が伝わるものの、比例してどうしても気になってしまう点が一つ。



(こんだけ大規模な作戦、本当に15時までに終わるのか……?)



 15時、それは俺にとってのデッドライン。

 ここから会場まで四肢増強フィジカルフルスロットルで向かっても余裕で席に着ける限界時刻だ。

 九条からは「余裕で終わる」と聞いたものの、これだけの規模感となれば狙いによっちゃ2時間程度じゃ終わらない可能性もある。

 というか現時点で13時まで残り10分ちょっとだってのに、各所でドタバタやってる状態だ。

 はたして本当に時間きっかりで始まるのか。

 焦れた俺は振り返り、座して待つ組織首領に目を向けた。


「随分と込み入った準備だな。予定よりも遅れてそうだが、派手に花火でもぶち上げるつもりか?」


 探りを入れる体で進捗確認。

 対する政影はこきこきと肩を鳴らしながら返してくる。


「存在の誇示は暗部のやり方とは違う。本来ならこういった装備など使いたくはないが……此度は使わざるを得ぬ者を相手取る故、仕方ないのさね」

「へぇ。これだけ大掛かりなヤツが必要と。一体誰を相手にする気だ?」

「それは来てのお楽しみさね。それに遅れているように見えて進行も予定通りだとも、もう少し待っておれ」


 どうやらこの婆さん視点だと遅れてる認識はないらしい。これじゃせっつくだけ無駄か。

 生返事を返す裏で割り切り、今度は相手取るであろう仮想敵に考えを巡らせる。

 相手によっては2時間で終わらない覚悟も必要だからだ。


(最初の考慮ポイントは現在位置)


 このエリアは居住地から遠い僻地、そして組織の拠点も存在しない空白地帯だ。

 しかし裏を返せば善悪関係なしにあらゆる組織がやってくる可能性がある。


(だがどいつだ……? 少なくともリリギア相手にこの装備は無理だ。誰か一人ならともかく、連携取られたらアウトだ。それでもブレイド込みの編成ならまだ行けそうだが、それも二人までか。ネイルかシールドのどっちかが来たらもう無理だな)


 ここですぐリリギアを想定してしまうのは長らく相手してきた影響か。

 早々に除外し、他の可能性を挙げていく。

 飛び道具主体で立ち回るべき相手は誰がいただろう。

 いくつか出してみるが、どれもピンと来ない。


(いち組織が総出で準備する以上、絶対に潰したい相手なのは確実なんだが……ひょっとして個人単位? いや、まさかな)


 検討から除外の無限ループにハマりそうだったのでアプローチを変えようとする。

 しかし、ここでテントに戦闘員が「報告です!」と入ってきたせいで、俺は思考を中断せざるを得なくなった。


「砲身の偽装、および各員の配置、完了しました! 後は通信を実行すればいつでも!」

「……そうかい。ではすぐに取りかかれ」


 折り目正しい敬礼を残し、戦闘員がテントを去る。

 続いて政影が手を挙げた途端、テント内に待機していた幹部達が一斉に動き出した。

 慌てて端末をチラ見したが時刻は13時、時間ピッタリだ。

 ひとまず第一段階、定刻スタートはクリアである。


(じゃ、次は言ってた通り2時間でケリがつくかどうかだな)


 そんなこと考えてる間に幹部連中はどんどん武装を済ませて配置につく。

 俺も彼らに倣って立ち上がり、政影に指示を仰いだ。


「で、俺はどうすればいい?」

「私と共におればよい。指示あるまでは離れるでないぞ」

「あいよ」


 四肢増強フィジカルはまだ思考強化だけ。

 イベント直前とは言え、舞奈の気配追跡(アトモスフィア)が怖い。暗部が戦おうとしてる相手にリリギアがプラスされるのは流石にまずいだろう。

 政影に続いてテントを出た俺だが、少し進んですぐ待たされる格好に。

 各人員の配置を見る限りでは既に戦闘配備らしい。


「……」


 が、ここから沈黙が訪れる。

 目につく範囲で誰も動く気配がなく、機械の駆動音と森のさざめきを除けば何の音もしない光景。

 さっきの政影の話から察するに「待ちの姿勢」ってヤツなんだろうが、こうも静かだと落ち着かない。


「おい、政影――」

「待てばよい」


 おまけに聞いても返ってくるのは素っ気ない言葉だけ。

 これじゃ俺も周りと同じく待つしかない。

 ただ、ここから一体どんだけ待つつもりなのか。

 待ちの時間が増えるってことはそれだけデッドラインへ近付くということ。

 じわじわ積み上がる焦りの念をなだめるのも大変だ。

 やるならさっさと始めてほしい。というか最低限、何かしら説明してほしい。


(目的もわからないまま、制限時間まで待たされるんじゃないかって考えるのが一番しんどいんだよ……!)


 10分ほどそんなことを考えてたのが伝わったのだろうか。

 不意に政影が一歩下がった。


「そろそろ教えるとしようかの」


 背を向けたままの前置きに、神経が張りつめる。


「此度の作戦は、我らが脅威とみなす複数の要件を備えた者の無力化、或いは排除を目的としたものさね。どんな要件か、わかるかね?」

「……見当つかん」

「正直なのはいいことだの。一つ、優れた察知能力。二つ、現場急行が非常に早い。三つ、優れた殲滅力を有する。本当は更にあるが、まぁ今回は関係ない要素だから省略かね。……当たり前のようなことを言うと思ったかの?」

「そうだな。だがどれも脅威なのは事実だ」


 というか組織なら大なり小なり追求するし兼ね備えているもの、という言葉は飲み込んでおく。

 話が脱線しそうだ。


「そうさねぇ。どれか一つでも大変な脅威だとも。しかもそれを個人が兼ね備えた場合、非常に厄介なこととなる。せっかく作戦を立てても実行がすぐにバレてしまい、すかさず横槍を入れられ、早々に手駒を潰される。ストロング・アーム、オヌシも身に覚えはあるんじゃないかね?」

「……何度も経験してるぜ」


 大体がリリギア相手だけど。


「そして落陽暗部はそういった『優れた個人』にはどうも相性が悪くての。幾度となく煮え湯を飲まされてきた」

「で、それが今回の件とどう関係が――」

「だが何度も煮え湯を飲めば学ぶもの。此度はその学びを活かした策にて、目下の脅威を払うこととした」


 俺を遮った政影の言葉に、剣呑な笑みが添えられる。

 背中を走る不快感を噛み殺していると相手は指を立てて言った。



「標的は、リリギア・ブレイドさね」



 着地音、砂煙。

 まるで今の言葉に合わせたかのような異常発生に、思わずそちらを向く。

 いやまさか、という否定感情が湧き起こるも。


『挑発するならもっと穏便なものにするべきだったわね』


 散々聞き慣れた声に、土煙の合間から覗く鋼鉄のポニーテールを前にしたら否定しようがない。

 現れたのは俺の宿敵にして、政影が標的と告げた相手。

 本日ライブイベントを控えているはずの舞奈ことリリギア・ブレイドだった。

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