第18話 就職予定先との密談模様

「念には念を、って言葉はあるが妙に気合入った警戒っぷりだよな。ここまでしなくてもよくね?」

「用心はしとくに越したことはねぇだろ」

(そもそも用心しなきゃいけないのはお前が無警戒なせいなんだけどな)


 心の中に悪態を隠し、鼻を鳴らす。

 幸樹から連絡を受けておよそ一週間。俺達は都内のとある個室居酒屋で落ち合っていた。

 人を隠すならやっぱり人の中だ。周囲に似たような店も多く、店内もいい感じにうるさい。

 個人単位で秘密の話し合いをするにはちょうどいいし、仮に舞奈が気配追跡(アトモスフィア)で探りを入れても、見つかるまでの時間は稼げるだろう。

 それに酒の席だ。適当にアルコールを頼んでおけば、幸樹がピッチャー級の水を頼んでも酔い覚ましと勝手に思ってもらえるはず。


「で、先に本題からだ。連中からコンタクトがあった、って話……本当か?」

「おうさ。先週の共有の後、あの面接会場にいた幹部の一人がひょっこりってな」

「そいつとはどんな話を?」

「『落陽暗部を嗅ぎまわる不審者だと思った』ってさ。でも面接のこととストロング・アームの話を出したらばっちりだった。向こうも『それなら早く会いたい』ってさ」


 なるほど。幸樹と組んだことがプラスになった形か。

 あの面接と、そこで舌戦かましたストロング・アームの存在を知る者はあの場に居合わせた連中だけ。

 リリギアの介入で面接参加者はほとんど捕縛されたらしいが、それでも情報出せば充分信じられる。

 自分の判断が間違ってなかったことに安堵しつつ、俺は更に問いかける。


「で、どうやって会う?」

「ふっふーん、そこは心配無用」


 すると幸樹は謎のドヤ顔。

 どういうことだ、と問おうとしたが。


「失礼する。勝沼 幸樹はここかね?」


 個室の入り口から顔を覗かせて幸樹の名を出すおっさんが現れる。

 スーツ姿でもわかるガタイの良さに、体に見合った四角顔と角刈り。

 ひと目で近付きにくさを醸し出す格好はおそらく意図的だろう。声色にもどこか作った感じがある。

 とは言え、予定外の乱入者だ。反射的に四肢増強フィジカルを起動させそうになった。

 それをやったら舞奈乱入の危険まで出てくる、軽率な行使はよくないと自分に言い聞かせて抑える。


「おっ、来てくれたっすね。助かります、わざわざこんな所まで」

「気にせずとも問題ない。しかし飲み屋街に紛れるとは考えたな。意外に出ない発想だ」

「セッティングしたのはカガミっすけどね」

「ほう?」


 幸樹と握手するおっさんの関心が俺に向けられる。

 やり取りを見るに、この男が幸樹とコンタクトを取った相手ってわけか。

 先だっての面接会場にはいなかったはずだが、ひとまず会釈する。


「余計な目が入るリスクもあるが、今必要なのは『人に紛れること』だと判断した。酒の席なら酔ってる連中も多くて騒がしいしな」

「なるほど、やはり頭目が見出すだけのことはある」


 そう言っておっさんは腰を下ろし、口角を微かに吊り上げる。

 落陽暗部のエンブレムにも描かれた蛇を思わせる表情だ。

 油断ならない奴だ、と警戒心が首をもたげた。


「改めて自己紹介だ。ストロング・アーム。お前ら落陽暗部をずっと探していた」

九条くじょう 次郎じろう。落陽暗部では幹部衆の一人を務めている」


 お互い握手なし、会釈のみ。

 まだ落陽暗部の一員ではない。このくらいの警戒はするべきだろう。


「あれ以来、ずっと音沙汰がなかったもんで諦めかけてた。こうして会えてよかったと思ってる」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。こちらも驚いたがね。まさか予想外の所でストロング・アームとつながることができるとは」

「その点については幸樹に感謝、って所か」

「おう、もっと褒めてくれてもいいぜ?」


 一瞬、室内が白ける。


「……それで、ここに来て俺とコンタクトを取った理由は?」


 気を取り直して、俺は九条と名乗ったおっさんに向き直った。

 相手も卓を挟んで居住まいを正し、真面目話の体勢に。

 なお幸樹は無視だ。「え、何だよ今の」とか言ってるが知らん。


「入団手続きの話だけならさっさと本部に呼び出せばいいだけだ。それ以外に何かあるんだろう?」

「話が早くて助かる。……実は暗部の本格活動に向けた、大規模作戦の準備中でね。来てもらっても手続き回りの作業が難しいのだよ」

「事務手続きもままならないって相当だな。差し支えなければ詳細を教えてもらいたい所だが」

「それは無理だ。ただ、頭目はその作戦の最後の鍵として、君の参加を望んでいる」


 詳細は明かされず、だが作戦のキーマンとして参加してほしいとは、少しきな臭くなってきた。

 もちろんそんな考えは毛ほどにも出さない。

 黒き蹂躙ブラック・トランプルの頃も読心系の異能を警戒して、似たようなことをやった記憶がある。

 あくまで平静を装って、俺は返す。


「俺の参加をか。正確にはまだ入団前だが、随分とアテにされてるんだな」

「先日の立ち回りの成果だと思ってもらっていい。リリギア襲撃の際の迅速な迎撃対応、アレがなければ暗部は早々に立て直しを迫られていた所だろう」

(だろうな)


 幹部連中が一瞬で半壊、頭目の政影も居合わせたあの状況。

 俺がブレイドを押さえて逃走を促したのは正しかった。


「だからこそ、頭目は君に特例として入団前の作戦参加を求めている。各員の目にも明らかな形で成果を上げさせ、一定の評価を持たせたい……というのが狙いらしい」

「高く買ってくれてるようで嬉しいぜ。だが、具体的に何をさせるつもりだ?」

「トドメ役のようなもの、と思ってくれていい。事前に明かせる情報は少ないが、やってほしいことはシンプルだ」

「確かにわかりやすいな……いいだろう、それなら参加するとしよう」

「そう言ってくれると信じていたよ」


 九条が口の端を吊り上げ、手を差し出す。

 俺も応じて握手、ひとまず仮雇用の確定と言うべきか。


「っし、そんじゃカガミの参戦を祝って乾杯!」


 と、そこへ再び幸樹が首突っ込んでくる。

 しかし手に持ってるのはお冷だ。コイツもそれはわかってるようで、「って言っても……」と苦笑した。


「乾杯用のビール、まだ来てないんすけどね」

「構わんさ。アルコールが入る前にひと通りの伝達事項は済ませてしまおう」

「お、そっすね」


 確かにそうだ。

 本格的に飲みが始まる前に、聞くべきことは聞かなければ。

 そんなわけで俺は手短に質問を重ねていく。

 当日行くべき場所や簡単な流れ。

 俺の方で用意するべきものがあるかなど、細々した所の聞き取り。

 そして大事なポイントが一つ。


「……ちなみに、作戦の決行日は?」


 日付がわからなきゃ動けない。

 シンプルな問いかけに対し、九条は時計型端末を操作してカレンダーをチェック。

 こちらに目だけを向けて返した。



「25日、日曜日。13時からの予定だが、もちろん対応できるな?」



 一瞬、止まった。

 我に返った俺はすぐにストロング・アーム用の端末を出す。

 日程確認のフリして頭を巡らすこと数秒、追加で質問を投げた。


「……それ、2時間くらいで決着つけられます?」

「「は?」」


 九条と幸樹が揃って困惑し、顔を見合わせる。

 そりゃそうなるよな。俺は口調を改め、へりくだった態度で手を合わせる。


「夕方から、ちょっと外せない用事がありまして……できれば、さっさとカタをつけてそっちの用事に向かいたいんですが……厳しい、ですかね?」


 初っ端からこんなこと言うのは心証悪いことなんざ百も承知。

 だが言わねばならぬ。


(何故ならその日、リリシンのライブイベント当日なんだよ……!)


 折り合いつけなきゃならんことはわかってる。だが今度のイベントもファンとしては大事。

 だから少なくともそれをちゃんと見るまでは。

 そんな気迫が、はたして伝わったのかどうか。九条は難しいながらも端末を取り出し、メモを残す。


「短期決着の保証はできないが、状況が終了したら君はすぐに離脱できるように調整しておこう。新参を遅くまで拘束する理由もないはずだからな」

「……助かります」


 表面上はあくまで平静に頭を下げる。

 しかし心の中ではガッツポーズが出てしまう。

 まぁ仕方ない。なんだかんだで楽しみにしてたイベントだ。


(それに……)



 ――周年ライブで見せられなかった過去イチのパフォーマンスを見せてあげるから



 ほんの一週間前、面と向かって宣言されたあの言葉が思い出される。

 いろいろ限界だったとは言え、俺が「心残りなし」と言いきれた周年ライブのそれを、更に上回ると断言したわけだ。

 宿敵にして推し、という難解な関係の落としどころを決める、きっかけの一つになるかもしれない。

 そう考えるとなおのこと、行かないわけにはいかなかった。


「あ、それならクジョウさん、俺も当日は早く抜けていっすかね?」

「……話は通すが、許可されるかは責任取れないぞ」

「えーマジっすかー!?」

「そういうことは最初に話をした時に言え、ということだ」


 便乗する幸樹とあしらう九条を横目に、水を口に含む。

 後は当日、彼らの作戦をつつがなく成功に導くだけ。


(懸念があるとすれば作戦内容だが……こればっかりは蓋を開けてみないとわからんか)


 不安はあるがどうしようもない。

 向こうが事前に明かすことはないと割り切った。

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