第17話 不本意だが親睦は深まっている……!

「親睦、深まった?」


 というわけでがっつり友人と勘違いされたまま、打ち合わせが一区切り。

 休憩ってことで撮影監督らが席を外すと望海ちゃんが首を突っ込んできた。


「親睦って、お前ら揃って……」

「まぁ有意義な話ができたわ」

「それは朗報」


 ジト目な俺をよそに望海ちゃんは背後に回り、当たり前のように両肩に手を置く。

 やらかした、これ逃げられないヤツだ。

 仮にも相手は人気アイドル、人目につくリスクがあるここでは振り払うなんてできるわけなく、大人しくしてるしかない。

 すると望海ちゃん、そのまま頭上で問いかけてきた。


「ところで鏡 響也。今月予定のリリシンのイベント、抽選の結果はどう?」

「……当選したけど」


 そう。驚くべきことに当選していたのである。

 面が割れちまったし、絶対当たらねぇと思ってたけど、まさかの当選で思わず声上げちまったのは記憶に新しい。


「なるほど。相変わらず幸運みたいで何より、です」

「いや、どうせリリギアが裏で抽選に手を加えたんだろ?」


 実際問題、結果がどうなろうと何かしら手を加えてる可能性は排除できない。

 しかしそんな俺の言葉に対し、対面の舞奈が心外だとばかりに鼻を鳴らした。


「そんなことするわけないでしょ。正体が何であれ、一応はファンの一人。贔屓するような手回しとか手続きが面倒だし、そんな真似するなら最初から関係者席を用意するわよ」

「……そこは公平なんだな。同じようにほっといてくれるとありがたいんだが」

「別問題。アナタの更生と勧誘は優先事項だもの」

「いつの間にか更生がセットになってんのかよ……」

「それは一旦脇に置く、です。大事なのは別のこと」


 ぐっ、と肩の手に力がこもる。


黒き蹂躙ブラック・トランプルの壊滅でここ最近は出撃も落ち着いてる。鏡 響也も大人しくしてるおかげで、舞奈もレッスンに集中できてる」

「ちょっ、望海――」

「期待してほしい。今度のイベント、舞奈は過去イチのパフォーマンスを見せる」

(だろうな)


 頭上からの言葉にそう考えるのは、二つの記憶が頭をよぎったから。



 ――なぁにが過去イチよふざけんな!

 ――悪評については、近いうちに吹き飛ばすつもりだから



 片方は言うまでもなく、複雑な関係が露呈した月夜の怒り。

 もう片方は少し前のパンケーキ屋での一幕で投げつけられた宣言。

 どっちも真剣さが宿ってたからこそ心に残っていた。

 ちなみに当人はと言うと、「レッスンのことまで言わなくていいのに」と渋い顔だ。


「というか、繰り返し言う必要ないでしょ」

「どっこい必要、です。これは鏡 響也にも大いに関係する」

「え、なんで」

「ストロング・アームの出現時は必ず出動していたこと、覚えてる、です?」

「あ、あぁ……」

「それを踏まえて、少し前の周年ライブ。舞奈は悔いの残るパフォーマンスと言っていたけど、原因はレッスン不足にあったと考えてる」


 そこまで言って望海ちゃんは何故か俺の頭に顎を乗せた。

 違う意味でどきっとする。頭、臭くないだろうか。

 しかしすぐにそんな思考は吹き飛んだ。


「さて質問。周年ライブ直前の時期、黒き蹂躙ブラック・トランプルは何を指示した?」

「あ」


 思い当たるのは一つだけ。

 周囲組織への挑発と、東京本部での意思統一集会の円滑進行を兼ねた破壊活動。

 普段は相手にしないような組織とも衝突する、大規模作戦が展開された。

 もっとも俺は例のごとくリリギアの相手をさせられたので、ぶっちゃけいつも通りだったけど。


(でもそうだ、そん時の交戦回数はいつもとは大違いだった……)


 連日の活動指示で心が死にそうになってたが、組織潰しの準備する隙が生まれたことと、リリシンの周年ライブが待ってることを支えにかろうじて踏ん張ったわけだが、まさか。


「察したようで何より。そう、鏡 響也にとっては不本意な話だけど、黒き蹂躙ブラック・トランプルの活動の活発化。それに伴う出撃の影響で周年ライブのレッスンが削れた。舞奈は特にそう」

「嘘だろ、おい……」


 再び舞奈を見る。

 返ってきたのは「しょうがないわよ」という嘆息だった。


黒き蹂躙ブラック・トランプルが意思統一集会なんてものをやってる、ってことを掴み損ねた状態で周年ライブの予定を組んだこっちのミスよ。私達自身、そうなる可能性だって覚悟の上でアイドルやってる」


 いや、そこは存分に俺の、黒き蹂躙ブラック・トランプルのせいにしてもいいんじゃないか。

 そんな言葉が喉まで出かかるも、かろうじて飲み込む。

 彼女はそういうトコもあるのだ。

 誰かのせいにせず、「そうなってしまった以上は仕方ない」と割り切った上で次に向けて更に研鑽を積む。

 いつだったかのインタビューでそう指摘された時に「そんなことはない」と謙遜していたが、めちゃくちゃ共感したのをよく覚えてる。


(ちくしょう、そこも俺が舞奈を推す理由なんだよなぁ……!)


 ここでも推しの魅力を実感させられてると、再び頭上ダイレクトボイス。


「でも黒き蹂躙ブラック・トランプルは潰れた。レッスンは問題なく進行中。だから今度のライブこそ、最高のパフォーマンスが披露できる。……だよね」


 最後の一言は舞奈に向けて。

 返答も俺の予想通り、確信めいた頷き。


「もちろん。パフォーマンスこそ私のこだわりだもの。会場全部、虜にするくらいの勢いで行くわ」


 それを聞いて、俺も密かに胸が高まった。


「というわけで、鏡 響也。少なくともイベント当日までは大人しくする、です」


 が、ここで予想外の釘差しがクリティカルヒット。

 高まる期待はそのまま罪悪感に反転する。


「う……っ!」

「そうね。実際、落陽暗部って懸念もあるわけだし。……いい? 周年ライブで見せられなかった過去イチのパフォーマンスを見せてあげるから、少なくともそれまでは大人しくしなさいよ?」

「ぐ、うぅ……それは、ずるくねぇかぁ……!?」

「少なくとも後悔はしないかと」

「いやそうだろうけどさぁ……!」


 そもそも落陽暗部の影も形も掴めてない現状、行動もへったくれもないっちゃないわけだが。

 いずれにせよ、上手いこと誘導された格好となってしまった。ちくしょう。



―――――――――



 というわけで、半ば言質取られた状態で解放された俺。

 向かう先は舞奈のソロシングルを予約した店だが、若干足取りが重い。


(くそう……やっぱこの関係性、ものすごくめんどくせぇ……!)


 黒き蹂躙ブラック・トランプルにいた頃は心の支えだったリリシン、そして舞奈の存在。

 だが今はそれが俺の夢の邪魔をする。

 そして悲しいかな、恨むに恨めない。

 だって推しだもの。割り切れないもの。


(リリギアに入った所で俺の夢は叶わねぇ……でもだからと言ってファンを辞められるはずもねぇ……)


 そんなことを思いながらも結局は予約先に到着し、特典付きでCDを受け取ってしまう。

 ジャケットを飾る舞奈のクールな表情を見ると、いろんな感情がごちゃ混ぜになったため息が転げ落ちた。


(そもそも、周りに友人扱いされるレベルで絡むことそのものがやっぱおかしいんだってよぉ……)


 結局のところ、そこに帰結する。

 宿敵にして推しとファン、という情報だけなら、どうにか折り合いをつけられたかもしれない。

 だが気持ちの整理をしてるそばからやたらめったら絡んでくる。

 しかも他のメンバーのサポートつき。

 そのせいで延々と悩んでしまうのだ。


(しかも俺が活動しないことが舞奈の活躍にもつながる、って話まで出てきちまったし。マジでどうすりゃいいんだよ)


 CDを鞄にしまう。

 今日はもう疲れた。帰ったらソロシングルを聴いて、それで終わりにしてしまおう。

 現実逃避の自覚はあれど、それ以外に思いつかない。

 俺は足早に駅へ向かう。



 不意のバイブレーション。



 歩みが緩んだのは、振動の源がストロング・アーム用の端末と気付いたから。

 人気のない路地で人の目がないことをチェックし、腕だけ装甲服を展開。

 端末を取り出して通知内容を確かめる。


「幸樹から……まさか」


 嫌な予感にかき立てられるままメッセージを確認した俺は、静かに息を呑んだ。



『落陽暗部からのコンタクトがあった、近日中に会って話そうぜ』



 まごうことなき朗報。

 しかし、そこに「さっさと折り合いをつけろ」という天からのメッセージが込められているようで、思わず呻き声を上げてしまった。

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