第16話 お互いの譲れない志について

「アナタ、どうしてあの人助けたの?」

「聞くな」

「普段からああいうことしてるの?」

「聞かないでくれ」

「自分で通報しないのはどうして?」

「ほっとけよマジでさぁ……っ」


 質問拒否を無視してぶつけられる質問攻めに、泣き色まじりのため息が漏れる。

 休憩スペースの一角で俺は額を押さえて俯き状態である。

 対面に座る舞奈が延々と話しかけてくるせいだ。

 ちなみに席を立てないのには理由がある。


「はい……はい……あ、待ってほしい、です。コンセプトが『女の子でも決まるボーイズファッション』と聞いてますが、ここは……」


 ちょっと離れた所で一人、数人のスタッフを相手に淡々と会話を進める望海ちゃん。

 この場を去るなら彼女が仕事そっちのけで引き留めてくるのが予想できるせいだ。

 実際、話しながらもチラチラこっちを見てやがる。

 周りの連中は舞奈の様子をうかがってると考えてるんだろうが、実際の標的は俺だ。間違いない。

 この状況で立とうもんなら仕事そっちのけで引き留めにかかるのは間違いなし。

 当然、引き留め対象の俺は悪目立ちだ。それは避けたいし、そもそも向こうの仕事を邪魔したくない。

 そんなわけで不本意でも舞奈の相手をするしかないのだ。


「答えなさいよ、現場見られてるんだから今更でしょ」

「聞くなっつってんだよ、つーか俺に構うなよぉ……っ」

「そういうわけにはいかないわよ。少なくともアレだけは聞かせなさい」

「もうわかった、わかったからよ……っ!」


 そして限界を迎え、俺は白状する。


「普段からやってるさ、ああいうことっ。ひったくりの現行犯のしたり、暴力沙汰の仲裁したりっ」

「へぇ? やっぱりそうなんだ」

「やっぱりってなんだよ、やっぱりって」

「だってなんとなくやりそうな気がしたもの。有言実行、正々堂々。ストロング・アームは騙し討ちをしない、人質を取らない、悪人らしからぬ戦いぶりだ、って同業でも噂になってるわよ」

「……マジかよ」

「マジよ、マジ。だからこそ真正面から破る以外に方法がなくてリリギアが出る羽目に陥ってるんだけど?」

「それはマジすんません」

「なんで謝るのよ」


 言われてみれば確かにそう。

 だが口に出ていた。頭に望海ちゃんの言葉がよぎったせいだ。



 ――止められるのはブレイドだけだから



「俺が出る度、舞奈がロケとか抜けて出動してるって聞いたから……」

「望海ね? あの子も余計なこと言って」


 舞奈は口を尖らせて張本人を睨む。

 でも怒ってるというよりは呆れている感じだった。


「別にアナタが気にすることじゃないわよ」

「いや気にするわ」


 雰囲気から、彼女が望んでその在り方を通しているのはわかる。

 だが、ファンとしてはアイドル活動を軽視してるようで引っかかる。

 ついでにストロング・アーム視点でも、リリギア優先で動かれるのは困るのだ。

 俺は食い下がる。


「ロケ中に抜け出して出動って、要はこの前の豆妙軒ロケでのアレ、普段からしてるってことだろ? いくらなんでもそれは『仕事舐めてる』って言われても反論できねぇし、複雑な気分だ」

「……それはまぁ、申し訳ないとは思ってるわよ」

「そもそも、なんで正義の味方とアイドルのダブルワークなんだよ。組み合わせ最悪じゃねぇか。両立すんのは――」

「難しいのはわかってる。でもやりたいの。これは私だけじゃなくて、リリギア全体の総意よ」


 きっぱり言い切る舞奈。

 そこにこもった真剣さに言葉が詰まった。


「……私は小さい頃、ある戦隊に助けてもらったの」


 真剣さを宿したまま、舞奈はゆっくりと語り出す。


「酷い連中の支配領域で、お父さんもお母さんも散々苦しめられて。でも、彼女達がそいつらみんな倒してくれて、私達は救われた。リリギアは元々、同じように彼女達……戦姫戦隊ヴァルキュリエールに助けてもらった人達の集まりなの」

「ヴァルキュリエール……?」

「聞いたことがない、って顔ね」

「そりゃあ……そもそも、今は正義も悪も多すぎるし、入れ替わりも激しすぎる」


 今は正義も悪も入り乱れる時代だ。

 ほんのひと時話題になっても、よほどのことがなければ忘れられてしまう。

 それは舞奈も承知済だろう。「そうね」と寂しげな笑みを浮かべる。


「……そう、今もヴァルキュリエールのことを覚えてる人は私達以外にほとんどいない。私達自身、彼女達の活動時期は知っていてもいなくなったのはいつなのか知らない状態よ」

「……」

「それが寂しいと思ったからこそ、私達はリリシン、ひいてはリリギアを始めたの。ヴァルキュリエールのいた証、そしてずっと先の未来になっても覚えてもらえるような組織であるために」

「それは……」

「大変なのはわかってる。根回しだって結構かかってるんだから。でも……だからこそアナタのリリギア加入だって諦めてない。もっと大きな困難を乗り越えてる所だもの、そのくらいは大変でも何でもないわ」


 勧誘を諦めないのはそういうことか。

 彼女なりに理由と信念があって、もっと大きなものを通そうとしてる。

 となれば悪人一人を自陣営に引き込むくらい、わけないか。


「……答えは変えねぇぞ」

「そ」


 でも、情にほだされて答えを変えるのは違うだろ。

 そう思いながら横目に見れば案の定、わかってると言わんばかりの得意顔が待っていた。


「……で?」

「ん?」

「こっちは理由を明かしたわけだけど、アナタは? まさか推しの裏事情をここまでがっつり聞いておいて、何も出さないなんてことはないわよね?」

「う……」


 しまった、そういう算段だったか。

 さりげなく「推しの裏事情」なんて言葉をチョイスする辺りがずるい。

 早くも泣き所を掴まれてる感じだ。

 俺は観念して天を仰いだ。

 あぁ、窓の向こうは空が青い。


「……わぁったよ、言うよ。どうせ聞きたいのは俺の世界征服の話なんだろ?」

「当然。『平和が保証される世界』って、どういうことなの?」


 来ると見ていた問い。

 それに回答するには、一つ確認しなきゃならないことがある。

 俺は舞奈に向き直った。


「答える前に質問させてくれ。レジェンダリア、って組織を知ってるか?」

「知ってる」


 彼女の目がすっと細まる。


「活動圏は違うけど、ヴァルキュリエールと同時期に活動していた組織よ。『秩序ある支配』をスローガンに支配域を広げていた、当時最も恐れられた組織の一つ。でも正義の組織の一大攻勢を受けて壊滅した。……歴史の教科書に載るほどだもの、知らないわけないわ」


 その通りだ。

 レジェンダリアが有した支配域は、黒き蹂躙ブラック・トランプルが越えるまでは長らくトップだった。

 一方で正義の組織は存在感のある強豪が存在しなかったため、壊滅以降は奪還が間に合わない支配域を取り合うように無数の悪の組織が活発化。正義も悪もしのぎを削って大いに荒れた。

 結果、正義の組織も個々で力をつけて対処する流れが加速するなど、さまざまな転換のきっかけとも言うべき存在だろう。

 そして、俺にとっても重要なポイントである。


「俺が目指してる世界征服の原点は、そのレジェンダリアにある」

「……どういうこと?」


 舞奈の眉間にしわが寄る。

 言ってることが理解しかねる、って顔だ。


「レジェンダリアの支配域では恐怖政治が成り立ってたって証言が上がってる。『秩序ある支配』って言っても、それは『従わなければ殺す』って言葉をそれらしく言っただけよ。それが原点ってアナタ――」

「それは違う。その指摘は、レジェンダリアが邪魔だった連中がでっち上げた作り話だ」

「……根拠は?」

「俺はそのレジェンダリアの支配域で生まれ育った」


 声のトーンを落とし、俺は核心を明かす。

 対して舞奈は探るような顔で口元を押さえる。

 続きを促す視線を受けて、俺はゆっくりと続きを口にした。


「彼らの支配を感じる所はいくつもあった。だが両親は普通に仕事もしてたし、俺も学校に通えてた。警察が出るレベルの犯罪すらなくて、本当に『普通の生活』だった。解放されて変わったことと言えば、警察が忙しそうにしてるのと、親がいないこと」

「……亡くなったの?」

「レジェンダリアが壊滅した後、火事場泥棒狙いの組織が暴れたせいでな。そいつらはとっくに潰れたが……」

「元を正せば、一大攻勢でレジェンダリアが潰されなければ死ぬことはなかって、って?」

「そこまで恨みったらしいことを言うつもりはねぇ。そもそも、大義名分がなきゃ動けない正義の組織が攻勢を仕掛ける時点で、レジェンダリアも何かしらの落ち度を抱えてたんだろう」


 それが自身の悪行か何者かになすりつけられた濡れ衣かはさておいて、という言葉は呑み込む。

 正義の組織が動く時、そこには何かしらの悪事が存在する。

 裏を返せば何の悪事もなければ正義の組織が潰しにかかるはずもない。

 つまり俺のあずかり知らぬ所で、レジェンダリアも悪事を働いていたってことだ。


「でもな、それでも俺があの組織の支配域で平和に暮らしてたのも事実だ。そしてレジェンダリアが消えてから、俺が経験した穏やかな日常はほんの一瞬にしか見つけられない」


 切り取れば「平和」はある。でもその隣にはあまりにも多くの動乱がある。

 正義と悪の激突、それに伴うさまざまな被害。平和に見えてもそれは日々のゴタゴタに慣れているだけ。

 落陽暗部の建物への襲撃騒動なんかその最もたる例だ。

 世の中には常に火種があり、俺達はそれと隣り合わせっていう中途半端な平和の中で生きている。

 だからこそ現実逃避として、リリシンのように人気アイドルグループへの応援も加熱する、というのは脱線するから脇に置く。


「だから俺はレジェンダリアのように平和をもたらすような支配を実現したい。ただし、真似事じゃなくて俺なりのやり方でだ」


 ひと通り言い尽くした俺は息をつく。

 こうして誰かに自分の目的を明かしたのは初めてだ。

 すっとした気分にはなるが、一方でその相手が宿敵にして推しアイドルというのが何とも複雑。

 本当にどうしてこうなったのやら。だんだんと恥ずかしさがこみ上げてきた。


「……はぁ」


 しかし、舞奈のため息がちょうどよく歯止めになった。

 うんざりしたような顔で眉間に拳をあて、黒髪がふりふりと揺れる。


「やっぱりアナタ、リリギアに来なさいよ。その志は認めるけど、どう聞いても正義側の思考だもの」

「何度も言うがお断りだ。正義側は大義名分がなきゃ動けねぇ。何かあった後じゃ遅いんだよ」

「……ま、そこが嫌だって言う以上はそうならざるを得ないものね」


 ほふ、とため息追加。

 どうやら流石に理解したようだ。こんなことなら最初からしっかり全部話しておけばよかったか。


「そういうわけだ、わかったらこれ以上――」

「でもやっぱそこ一点を理由に諦めるのは癪だわ」


 はい前言撤回。わかってましたとも。

 ブレイドのしつこさは散々見てきた。そこに何度手を焼いたことか。

 俺は思わず頭を抱えてしまった。


「だよなぁ知ってた。喋って損した」

「私はそうは思わないわね」


 そう言って舞奈は不敵に笑う。

 これまたモニター越しには見ない顔。これ多分、リリギア・ブレイドの仮面の下で浮かべるようなヤツだ。


「だって響也のことを少しは把握できたってことだもの」


 うーん、嬉しくない。

 推しからの認知度が上がるって凄いことのはずなのに、まさか「うぜぇ」と思う羽目に陥るとは。

 つくづく奇妙な縁である。


「いやマジで諦めろよ」

「嫌よ」


 そしてこれである。お互い一歩も引かない気配が出てきた。


「言ったでしょ、どう聞いても正義側の思考だって。というかそんなこと考えてるアナタがなんで落陽暗部なんてバリッバリの陰謀タイプな組織を志望するのよ」

「キャリアアップだよ悪いか。黒き蹂躙ブラック・トランプルで見てきたのが腕がモノを言う世界ばっかだから、頭巡らす方の経験が欲しいんだよ」

「やめてよ、ただでさえ小賢しい策に苦労させられてるのに。アナタがこれ以上悪知恵備えたら余計に真正面からぶつかるしかなくなるじゃない。それに頭巡らす方の経験ならリリギアでも――」

「方向性が違うって言ってんだろうが、そっちの経験だと事後処理中心だって――」

「あの、ちょっといいかな?」


 突然の第三の声に、舞奈と揃って威嚇ムーブ。

 そして相手が望海ちゃんと話してた撮影監督と気付き、慌てて姿勢を正した。


「盛り上がってるトコ悪いんだけどさ、ちょっとだけボリューム抑えてくれる? 望海ちゃんがそっちの方気にしちゃってさ……」

「あ……いや、すみません。騒ぎすぎましたね」


 よし来た潮時だ、と脱出を試みる。

 が、机の下で足を踏まれて立ち上がりに失敗した。

 対面の犯人を睨むと向こうは素知らぬ顔。


「舞奈ちゃんの友人ってことでお目こぼししてる感じだけど、こっちも仕事だからさ。ほどほどにね?」


 そして撮影監督は俺の肩をばんばん叩いて戻っていく。

 が、去り際の一言を飲み込んだ脳みそが固まった。


「は……えっ?」


 待ってほしい、友人と言ったか。傍目にはそう見えてしまうのか。

 訂正しようにも当人は戻った後。

 舞奈も口の端をくっと上げて楽しそうで、訂正する気はないらしい。

 ついでに望海ちゃんも「やったぜ」とばかりにピースサイン。


「友人ですってね? よかったわね、推しとファンの関係に見られなくて」


 その言葉に遅まきながら、二人の意図を理解した。

 ただ連れ回すだけじゃなくて周囲に「友人」として存在を認知させるのが目的だったか。

 まんまとしてやられた俺は額を押さえて唸るしかなかった。


「……それはそれで大問題だろうが」

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