第15話 日頃の行いって咄嗟に出るよね、という話

「浮かない顔してんな、同輩? 嫌なことでもあったか?」

「うるせーほっとけ」


 とある日の雑踏。

 隣を歩く幸樹に茶化された俺は雑に返した。

 それをどう解釈したかは知らんが、相手はやれやれと肩をすくめる。


「まぁしょうがねぇもんな。アレから一ヶ月、落陽暗部はなかなか見つからない。小競り合いこそあるがどこの連中とも知れない木っ端グループばっか。リリギアが出てくるほどじゃねぇってトコも含めて、割と平和な感じだもんな」


 まぁその通りである。

 落陽暗部は雲隠れしたまま。


「人によっちゃ落陽暗部も早々に尻尾巻いて逃げ出したか、なんて言っちゃいるが――」

「それはないだろ」


 そこだけは確信してる。

 俺は言葉を遮って断言した。


「いくら入団面接だからって、トップ自ら顔を出しに来ると思うか?」

「やっぱそうだよなー。ありゃガチでこのエリア狙ってるヤツだぜ」


 一番大きな理由はそこだ。

 黒き蹂躙ブラック・トランプルが潰れてすぐに始められた入団試験。

 そこにトップ自ら顔を出すということは、あの試験がいかに重要だったかを示している。

 落陽暗部が黒き蹂躙ブラック・トランプルの後釜を本気で狙っているのは明白だ。

 リリギアの介入なんぞで諦めるはずがない。


「それにカガミを詰めてた時のアレ、リリギア対策をマジで検討してる感じだったもんな。絶対に再挑戦狙ってるクチだぜ?」

「だろうな。絶対にまた姿を現す」

「ま、こっちとしてはカガミがひと暴れしてくれりゃ落陽暗部へのアピールにもなって助かるんだけどな?」

「バカ言うんじゃねぇよ。俺が出たらそれこそリリギアが飛んでくる。正面衝突は落陽暗部が嫌うだろ」


 冗談めかした発言にひと睨み。

 途端に幸樹は前言撤回とばかりに肩をすくめ、ボトルの水を呷った。

 すげぇぞ、俺と会って話してる間に2リットル飲み切りやがった。


「それもそうか。しかしホント厄介だよなぁリリギア。アイツらがいなきゃもっと自由にできるってのに」

「自由に、ね」


 ちょっと複雑な気持ちになる。

 確かにリリギアがいるせいで行動に制限を食らってる節はある。

 でもそのリリギア、正確にはリリシンがいたからこそ俺はここまで生きてこれた、という部分がある。

 だから彼女らがいなければ、という意見には簡単に頷けなかった。


「何にしても落陽暗部を見つけないと話が進まねぇ」


 俺は頃合いと見て切り上げる方向へ。

 幸樹もあっさりその流れに乗った。空のボトルをひねって潰し、ふりふり。


「じゃ、何か進展あったらすぐ連絡する」

「あぁ、頼む」

「次はもっとマシな定時報告にできるといいな」

「確かにな。じゃ、またな」

「おうさ」


 互いに別れの仕草を挟んで別方向へ。

 雑踏を進む俺は小さく鼻を鳴らした。


(次はもっとマシな定時報告に、ね)


 是非ともそうしたい所。

 しかし、正直言ってそれは難しい気がする。

 何せ俺を取り巻く状況が、なかなか情報収集をさせてくれないんだから。

 そう思いながら深呼吸を挟み、立ち止まって振り返る。


「……よし、いない」

「こっちだけど」

「のわぁああああっ!」


 びっくりして変な声が出てしまった。

 当然、周囲の注目を集めてしまう。

 俺はそそくさと立ち去りながら唸った。


「やっぱいやがった……!」

「いつも思うんだけど、素の状態だと結構にぶちんなのね、アナタ」

「そりゃ四六時中気を張ってたら疲れるに決まってんだろ……! つか、いつも言ってるがついてくるなっ」

「嫌よ。どうせほっといたら落陽暗部の捜索でしょう?」

「当たり前だろ、俺の就職先予定なんだからっ」

「いい加減諦めなさいって。こっちだって落陽暗部の行方は一向に掴めてないもの。ソロのアナタがやるだけ時間の無駄よ」


 そんな言葉のぶつけ合いを繰り広げながらも隣を離れないのは、もはやお馴染みの舞奈。 

 ワンピースにジャケット、髪型はロー位置のポニーテールで風切って歩くのがサマになるスタイルだが、毎度のごとく鬱陶しい。

 モニター越しに観てたパフォーマンス一点特化の不器用アイドルとは思えないウザさだ。


(まぁ、リリギア・ブレイドがいつもこんなんだったから、これが素なんだろうけど)


 余計なことを考えてたら、反対側からも視線を感じる。


「ちなみに今日は私も一緒、です。大人しく同行するのが懸命」

「ちくしょう逃げられる目が見えねぇ」


 目を向ければ望海ちゃんである。

 こっちは前と同じベレー帽だが、薄手のサマーコートにスカートと彼女にしては珍しい格好だ。


「それにしても」

「なんで平然と話を続けるんかね……」

「勝沼 幸樹と言いましたっけ。あの人、強かな割に迂闊、です」


 こっちのツッコミをスルーして続ける望海ちゃんの目は、幸樹の去っていった方角に向けられている。

 微かにリリギア・ネイルの気配が読み取れた俺は眉間にしわを寄せた。


「頼むから手ぇ出すな。リリギアにはひとまず関係ないだろう?」

「手は出さない。彼にはリリギアが出るほどの犯罪歴がない、です」

「……だろうな」

「暴力沙汰、窃盗、恐喝その他。何度か警察の厄介にはなってる様子。でも私達が手を出せるほどの決定的な歴はない」

「ま、要注意人物として監視はしてるわ。落陽暗部を探す『同輩』なんでしょう? 少なくとも連中を見つけるまでは泳がせるわ」


 舞奈の言葉に眉間のしわが深まる。

 マークされてるのはまぁしょうがない。向こうも目の前の悪を放置するはずがない。

 だが二人の物言いは俺の思う問題を再確認させるかのようで、ちょっと毒を出してしまう。


「……そりゃそうだろうな」

「もちろん。先に手を出したらただの暴力装置よ。正義を名乗る以上、その在り方は正しくなきゃ」

(正しく、ね)


 もっとアレコレ言いたくなったが、言った所で仕方ない。

 考え方が違いすぎるし、わかり合えるはずもないのだ。


「……言いたそうな顔、です」


 それに望海ちゃんの目がばっちり俺を向いてる。

 下手なこと漏らすと芋づる式に余計な情報を引き出されそうだ。

 とりあえずこの話は切り上げようと、俺は話題を軌道修正する。

 さっきスルーされたからこっちも無視返しだ。


「というか二人揃ってついてくるとか、暇なのかよ?」

「望海は仕事よ? これから現場に向かうトコ」

「ファッション誌の仕事、です。打ち合わせと簡単なフィッティング。私はサイズ調整が必要なので」

「なるほど。……で、舞奈はいつまで俺についてくる気だよ」

「見つけた以上はアナタが帰るまで。どうせ今日はオフで予定もなかったし」

「実は仕事の後は買い物の予定。でも鏡 響也の動向調査が優先」


 そう言って謎にブイサインを作る望海ちゃん。

 番組でもたまにやるけど、どうしてなのかは相変わらずわからない。

 つか、既にリリギアの監視員とか張りつけてる状況だろうに、わざわざ舞奈自ら付きまとう必要はないだろう。


「……仮にもリリシンのメンバーがどこの誰とも知れない男と一緒にいるのはまずいだろ」

「スキャンダルの心配は不要。悪徳ゴシップ、牽制済み」


 しれっと聞いちゃいけない闇を聞いた気がする。

 どんだけ影響力デカいんだろうリリギア。いや、ここはAsumiマネージメントか。


「いや、でもファンの目ってのは――」



「か、返してっ!」



 会話に割って入った悲鳴。

 咄嗟に四肢増強フィジカルを発動させて声のした方を振り返る。

 思考強化のおかげですぐに状況を把握できた。


(体勢を崩した女性。視線の先に男。手に握ってるのは女性モノの鞄。ひったくりか!)


 その数拍でみるみるうちに男が走り去っていく。

 何かしらの異能を使ってるのは明らかだ。


(見ちまった以上、放置するのは目覚めが悪いっ!)


 そう結論を下した時には足が動いていた。


「あっ、ちょっ、響也――」


 戸惑う舞奈の声を置き去りに跳躍。人混みの隙間を狙い、ひったくり犯の進行方向に着地する。

 びっくりして周りの通行人がスペースを空けてくれた。ちょうどいい。

 俺に向かってタックルの構えに入るひったくり犯を見据え、左肩を押さえてゆっくり回してみせた。


「どけよお前っ!」


 迫るひったくり犯、そのままぶつかる直前。


「そぉ、らっ!」


 足を引いて相手の体を避けつつ、左ボディアッパーを腹に打ちこんでやった。

 拳の勢いと自重のダブルパンチを受けた相手は「かは……っ!」と潰れた声を漏らし、そのまま倒れ込む。

 もちろんそうなるのは計算済みだ。大した怪我ではないが数分は痛くて動けないだろう。


「俺の見える所で悪さしたのが運の尽きだ。せいぜい大人しくしてな」

「ぁがっ、ぐぅ……!」


 しゃべるのも苦しいって感じだ。まぁコイツの自業自得だ。

 俺は半ば手放しかけになってた女性モノ鞄を奪い返し、ぜぇはぁ言いながら走ってきた女性に差し出す。


「あ、ありがとう……ございます……っ」

「別にいい。通報するかどうかは任せる」

「あ……は、はい……っ」


 鞄は奪い返した。ひったくり犯が通報されるかどうかに興味はない。

 後は彼女が好きにしたらいい。

 いつものようにそんなことを考えながらその場を立ち去る。



「ふぅん、意外ね」

「です。意外」



 そして左右から聞こえたセリフに脳みそがフリーズした。

 つい体が動いたが、そういえばこの現場にはめんどくさい正義の味方がいらっしゃる。

 彼女らが見てる前であんな規範意識の高いムーブなんぞしたらどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだ。


「……ほっといてくれ」


 とりあえず言葉をひねり出したものの、多分ものすごく嫌そうな顔になってただろう。

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