第14話 秘密主義どこ行ったよ!?

 今日は妙に疲れた。

 帰宅道は既に星空。やっぱりパンケーキ屋でかなり時間を使ったみたいだ。


(というか、得られたもの以上に疲労要素が多すぎんだろ……)


 がっくりと肩を落としながら、俺はスマホに目をやる。

 メッセージアプリの履歴トップにある「春野 愛華」の文字に、ますます肩が重くなった気がした。



『今日はありがと! 機会があったらまたお話しようね!』

『あと、みんなの連絡先も入れてあるから、確認しといてほしいな!』

『みんな、鏡君に興味あるみたいだから安心してね!』



 この文脈で「みんな」と言ったら答えは明白。

 実際、連絡先をチェックしたらリリシンのメンバー全員の名前と連絡先が確認できてしまった。

 一介のファンが受ける恩恵としては過分にもほどがある。


(しかもこれ、混じり気なしの善意で登録してると来たもんだ……舞奈のファンってだけでここまでの扱いしてもらえるのはマジでわけがわからねぇ……)


 いつもやってる「俺に害をなしうるものの排除」には引っかからない。

 かと言って手作業で削除ももったいない。つか、向こうに連絡先握られたままだから無理。

 そうなる心情も加味した策略なら大したもんだが、愛華さんのあの迂闊さを見る限りは絶対違うだろう。

 敵ながら本当に心配になる。なんなんだあのほっとけないお姉さんオーラ。

 そんなこと考えながら自宅マンション付近の公園を通りがかるが、そこで嫌な予感が走った。

 息を殺してそちらに目を向ける。


「……」


 ベレー帽に緑のショートボブ。

 ジャケットにジーンズというスタイルの少年らしき人影が一人、ブランコを漕いでいる。

 遠目には訳ありっ子にも見えるが、俺はすぐ正体に気付いた。


(風峰 望海……!)


 リリシンのメンバーが何故こんな所に、という疑問なんざ考えるまでもない。

 パンケーキ会食を通して彼女がリリギア・ネイルというのは割れている。

 そして隣にリリギア関係者が暮らす状況だ。その気になればリリギアメンバー自身も、住まいの近くで待ち伏せできる。


(もう勘弁してくれ、今日はもうお腹いっぱい)

「おーい、鏡 響也ー」


 見なかったフリ大失敗。呼び声を食らってしまった。

 ブランコを止めてちょいちょい手招きしてるのを見て、観念した俺は公園に踏み込んだ。


「……こんな所で何か用事です?」

「敬語はいい、です。舞奈と話すのと同じでお願い」

「それはちょっと……」

「舞奈と同年代の男性に敬語を使われるのは率直に言って嫌、です」

「……さいですか」


 愛華さん相手にも似たようなやりとりした覚えがある。

 まだ三人としか話してないが、ひょっとしてリリシンのメンバーって距離感バグってるんじゃないか。


「まぁそれはそれとして、今日はお楽しみだったと愛華から聞きました」

「情報早いな……で、望海ちゃんはどうしてここに?」

「挨拶でも、と思って」


 そう言って望海ちゃんは右手を頬の辺りまで上げ、わきわきさせる。


「お察しの通りリリギア・ネイル、です。以後よろしく、鏡 響也。あるいはストロング・アーム」


 ひょっとしてリリギアには秘密主義って言葉が辞書に載ってないんだろうか。

 そんなことを考えてしまう答え合わせだった。


「補足しておくけど、誰にでも明かすわけではないから安心して」


 思わず遠くを見つめる俺に何か感じたのだろうか。謎のフォローが入る。


「あなたは特別。リリギアと長く関わり、司令も目をつけた有望株。今のうちから友好的に接するのは悪くないと思ってる」

「だからって……」

「第一、舞奈が逃がさない。彼女はこうと決めたらなかなか譲らない」

「それはまぁ、思い知ってるとも」


 なんだったら他のリリシンメンバーも同じじゃねぇか、という言葉は呑み込む。

 そこは愛華さんが勝手に突っ込んでくれた連絡先の存在だけでほぼ確定してる。

 でもなんで揃いも揃って乗り気なのか。


「どうして他のみんなもそんな乗り気なのか、って思ってる顔」


 とか思ってたら、そのものずばりな指摘をぶつけられた。

 そんなにわかりやすく顔に出てただろうか。


「そう考えるのは当然。あなたが敵なのは変わらない。私達もそこは悩んだ」

「ならなんで――」

「でも、ファンとしての熱意は本物だと確信したから。あの周年ライブで応援してた姿は全員見てた、です」


 あぁ、そりゃそうだ。

 だって俺、最前列だったもの。舞奈が気付いて他のメンバーがスルーなんてことはそうそうない。

 とは言え随分と高く買ってもらえたもんだ。

 敵にして推しグループにそこまで高評価ってのは、あまり素直に喜べないが。


「で、そもそもあなたを引き込みたい理由だけど」

(てか続けるんだ……)

「熱心なファンの存在を意識させたい。それは舞奈にとって、リリシンへのモチベーションになるから」

「……なるかね?」

「なる」


 断言する望海ちゃんの目は真剣だ。


「本人はリリギアもリリシンも大事、って言ってたが?」

「でも何かあった時、すぐ出動するのも事実。舞奈はトップバッターって役目を守りすぎてる」


 そこはむしろ組織内で話し合えよ、と思わんでもない。

 でもブレイドとしての振る舞いや、ここ最近で見てきた舞奈の頑固さを振り返ると、「舞奈が折れないんだろうなぁ」と想像できてしまう。

 こいつらもこいつらも大変なんだな、と俺はちょっぴり同情しながらブランコ前、侵入防止のポールに腰かけた。


「……愛華さんも言ってたけどよ。そのトップバッターってのはどういう役目なんだよ?」

「文字通り。敵を補足後、真っ先に急行して、後続が向かうためのピン位置となりつつ悪事を食い止める。気配追跡アトモスフィアの異能が使える彼女にしかできない役目、です」

「なるほど? で、舞奈がその役目を守ることが、リリシンの活動にどう影響するって?」

「あなたはリリシンの出演中、舞奈が急に映らなくなったと思ったことある?」

「それは……」


 言われてみれば確かに。

 歌番組や生放送は特にそんなことないけど、収録系だとちょくちょくそんな場面があった気がする。

 舞奈じゃなくて他のリリシンメンバーばかり映すもんだから、たまに「舞奈を映せ」って気持ちにもなったもんだ。


(いや待て? それって、もしかして……)

「気付いた、です?」


 ピンと来た途端、望海ちゃんが俺を覗き込むようにして首を傾げた。

 どうも当たってるらしい。


「……もしかして舞奈、ロケを抜け出して出動してる?」

「関係者への根回しは済んでるので、どの番組でも受け入れてもらってますけど」

「マジか」


 驚きが口をついて出たけど、心当たりがある。

 だって今日、まさにそのものずばりな現場を見た。

 俺が舞奈の気配追跡アトモスフィアを探ろうとした時、彼女はびっくりするほどのスピード感で店を飛び出してきた。

 連絡後に何事もなかったかのように店に戻っていったことも含めて、あれが日常化してることの証明じゃないか。

 それを当然のようにやらかす舞奈に呆れるべきか、受け入れられるような根回しができるリリギアを恐れるべきか。

 いずれにせよ、目に見える形で影響が出てるのは問題だろう。


(まさか、舞奈がカメラに映らない理由がリリギアの活動にあったなんてな)

「ちなみにストロング・アームの出現時は、確実に出動してた。止められるのはブレイドだけだから」

「ぅぐっ」


 急に痛いトコ突いてきやがった。

 今の話で薄々そんな予感はしてたが、気付かないふりで済ませたかった。

 しかし相手はリリギア・ネイルでもある。隙を突いてこじ開けるタイプの彼女が何もしないわけなかった。


「というわけで、実は一石二鳥の策でもある」

「……リリギア出動を頻繁に引き起こす原因の俺が来れば、単純に出動回数も減る、と」

「です」


 探りを入れるつもりが、嫌なもの自覚させられた格好だ。

 俺が悪人として活動することが推しの妨げになってる。

 それは俺が常日頃からならないようにと言い聞かせてる厄介ムーブそのもの。

 できれば止めたい。

 止めたいが、無理だ。


「……なるほど。信念は相当に強い、と」


 そんな俺の内心もまたも見抜いた望海ちゃんは、眉間にしわを寄せて目を閉じる。

 うーん、と小さな鼻息を漏らすさまは生放送でよく見た思考中の癖だ。

 ややあって目を開くと見透かすような眼差しが俺を捉える。


「私からも質問して大丈夫、です?」


 警戒しつつも頷く。


「あなたの目的、世界征服と聞きました。……どんな世界がお望み?」


 答えるか悩む。

 どうせ言っても理解されない。

 だが彼女のことだ、よっぽど上手く誤魔化さなきゃ嘘だと見抜くだろう。

 沈黙と回答、どっちがいいかを天秤にかけることしばし、俺は口を開いた。


「……平和が保証される世界、って言ったら納得するか?」

「なるほど。面白いことを聞いた」


 すると望海ちゃんは真顔のままスマホを取り出す。


「じゃあ早速グループチャットに共有、です」

「なんで!?」

「貴重な情報なので。舞奈も知りたがってた」


 そういえばそうだった。

 後悔で頭を抱えている間も彼女は画面をタップする。


「送信完了。……既読六人、しっかり伝達できた」

「ぅぐう……」

「感謝、です。有意義な時間だった」

「そ、そりゃ、どうも……」

「ではおやすみなさい。いずれまた」


 そう言って彼女はとてとてと立ち去ってく。

 半ば呆然とそれを見送った俺だが、しばらくしてどっと疲れが押し寄せてきた。

 これはいよいよダメなヤツだ。


「……帰るか」



―――――――――



『望海:鏡 響也が望んでるのは「平和が保証される世界」』


 事務所への帰り道、そんなメッセージがグループチャットに届いた。

 私は眉間にしわを寄せる。


「……私と同じじゃない」


 というか、ほぼ正義側の願望だ。

 それなのにストロング・アーム、もとい響也はあくまで悪人であることにこだわっている。

 どうしてだろう。


(平和を望むのになんでわざわざそっち側……?)


 考えても答えは見えない。

 一方でグループチャットには次々とメンバーのレスポンスが積み上がる。


『ツル:正義の味方みたいな内容だね』

『MIKOTO:元から正々堂々してる所あるし、しっくり来るかも?』

『ちなっちゃん:(驚く動物のスタンプ)』

『もみじ:それが願いならどうして悪い人やってるんだろう』

『愛華:その辺りの事情を聞くのはやっぱり彼担当の舞奈ちゃんよね』

「誰が担当よ、全く」


 顔をしかめて呟きそのままチャットに流す。

 ただまぁ、メンバーの中で最も彼の人となりをよく知ってるのも事実だ。

 私のファンでもある以上、責任持って関わるつもり。

 本人が「構うな」と言おうがそこは譲らない。


(助けた手前、元の道に戻られるのも目覚め悪いし。死に際に私の名前挙げるような奴だし)


 まだ半月前ってこともあってばっちり思い出せる。

 他のメンバーの「ファンの応援って力になる」って言葉をライブ以外で感じたの、初めてだったし。

 一方で反省点が多くなってしまった周年ライブを胸に介錯頼まれたことへのムカつきもある。


(あの及第点レベルのパフォーマンスで満足して逝こうとか、絶対許さない。そこはちゃんと反省してもらわなきゃ)


 幸い、チャンスは近い。

 ソロシリーズのリリースイベント。そこで過去最高の舞台を見せつけてやる。

 そう思うと近日中に控えているイベント向けのレッスンへのモチベーションも上がるってものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る