第13話 推しの居ぬ間に探りを入れよ
「ちょっとお手洗い。愛華、逃げ出さないよう見張ってて」
「はぁい」
三人揃ってパンケーキを平らげた後。
そんなやり取りを交わして舞奈がトイレに消えると、見送っていた愛華さんの目がこっちに向く。
さっきまでと同じ柔和な気配は、モニター越しに感じてたそれと同じだ。
(でもこの人もリリギア、それもマグナムなんだよなぁ……)
舞奈に対するものとはまた違った複雑な心境だ。正直、居づらい。
でも愛華さんの方はそんなの微塵も感じてないようで、年齢にそぐわぬ純粋な目で俺を見つめていた。
「ねぇ鏡君」
「な、なんです……?」
「あ、敬語使わなくていいのよ? 敵同士だったとは言え、知らない仲じゃないんだし。舞奈ちゃんと話してる時みたいな感じでいいから」
「いや、それはちょっと。ブレ……いや舞奈ほどやり取り多かったわけじゃないんで……」
というかリリギアの中でもブレイドがぶっちぎりで激突多かっただけで、他のメンバーとはそこまでやり取り多くない。
その上、正体が今をときめくアイドルとなれば自然と口調はかしこまる。
線引きにもなるし、このまま通させてほしい。
そんな内心を抱えて言葉を濁すと、愛華さんは不満げながらも頷いた。
「そっか、残念。まぁそれはそれとして……今日はありがとね。舞奈ちゃんの呼びかけに応えてくれて」
「あー……」
応えたというか、応えざるを得なかったというか。
どう返したもんかと考えてたら、彼女はふわっと微笑む。
「舞奈ちゃん、ああ見えて鏡君ってファンがいてくれること、すごく喜んでるから」
「え。いや、喜んでる……?」
「うん。恥ずかしいみたいだから口には出さないだろうけど。ツンデレさんなんだ」
(いや、ツンデレというか仮にも宿敵なんだから喜べないのは当然では……?)
そんな疑問をよそに言葉は続く。
「だからリリギアに入らないとしても、舞奈ちゃんのファンは続けてほしいな?」
「え、あ……それは、はい……」
「一応聞くけど、舞奈ちゃんのファン辞めない……よね?」
さてどういう意図なのやら。戸惑うフリして愛華さんの顔色を読み取る。
ほのかに真剣さを帯びた眼差しが見えた。
リリシンで危なっかしくもお姉さん的立ち位置な彼女はおそらく、別メンバーのファン増減を真面目に心配してる様子。
自然と答えも真摯なものになる。
「いや、そうそう辞められませんって。この前ぶつかった件で、なんかそんな風に感じました」
「あ……!」
「舞奈のパフォーマンスにはそれだけの魅力があるし、それに助けられた……感じですし?」
「あは、よかったぁ……!」
途端に愛華さんの顔が安堵に満ちる。
よっぽど嬉しかったのか、俺の手を両手で掴んでゆさゆさしてきた。
「心配してたんだ。鏡君の購買履歴、二年前の一周年ライブ後からあるって調査の人から聞いてて。そんな前から舞奈ちゃんのファンやってくれてる人でも離れちゃうのかな、ってすごく不安だったから」
「な、なるほど……それは、えっと……」
「あ、変な顔してる。これでも真剣なんだよ?」
「あはは……」
いや真剣なのはわかる。
ただ、しれっと「調査の人」とか「購買履歴が」とか、俺の周りを調べてる奴がいるって確定情報をぶつけられると別の意味で困惑しかない。
マジでぽろぽろ情報出すけどこの人、本当に大丈夫だろうか。
これ以上喋らせると想定外のお漏らしが出てきそうで怖くなった俺は、話題を無理くり切り替える。
「つか、愛華さんは舞奈と違って『リリギアに入れ』とか、そういうことは言わないんですね……」
「え? んー、それは確かに鏡君が入ってくれれば、舞奈ちゃんもアイドル活動にもっと集中できてファンも増えるかなとは思うけど。でも無理強いはできないもの」
(……ん?)
ふとひっかかるワードが出てきた。
(俺が入れば、舞奈がアイドル活動に集中できる?)
ちらりと周囲に目を向ける。
舞奈の影はまだない。ならば今、さっさと聞いてしまおう。
愛華さんに向き直って問いかける。
「舞奈がアイドル活動に集中できる、ってどういうことです?」
「あ、そっか。この辺りの話、まだしてなかったんだ……」
「そんな話を聞いちゃった以上はスルーなんて無理です。教えてくれますよね?」
情報お漏らしに対する緩さはさっきまでのやり取りで体験済み。
考える隙を与えずやんわり促せば、彼女は世間話みたいな調子で語ってくれた。
「舞奈ちゃんはリリギアではトップバッター担当なの。特別なことがない限り、リリギアで最初に出動する子。その分、リリシンとしての活動は控えめにしてるんだ」
「それと俺のリリギア加入に、何の関係が?」
「えぇと、サポーターを増やしてリリギアとしての出動を少しでも早く終わらせられるように、だったかしら?」
「出動を早く……いや、そもそもなんでアイドルとの両立なんて大変なことを? まずそこから見直した方が――」
「そこはいろいろと込み入った事情があって。流石に簡単には話せないかな」
急に口が固くなった。
これは触れちゃダメなポイントだ。
仕方ないから質問を切り替える。
「なら、その時々で余裕のあるメンバーをローテーションすればいいんじゃ? 六人もいるんですから、何も舞奈一人がそんな負担を背負わなくても……」
「それは私も思ってるんだけど……ね?」
苦笑する愛華さんの目が俺のちょっと横を向く。
何となく予感がして振り返れば、「またやってる」と言いたげな舞奈が戻ってきてた。
愛華さんの隣に着席した彼女は何てことないような顔で言う。
「そこは私が提案してるトコよ」
「……どういうことだ?」
俺は食い下がる。
推しに活躍してほしいファン心理か、宿敵に出張ってほしくない悪人思考かは脇に置こう。
どっちにしろスルーするにはちょっと引っかかる話だ。
「どうもこうも、私の活動はリリギア寄り。ロケや収録もそれを考慮したスケジュールを組んでもらってる」
「なんでそんなこと」
「いつでも動ける人間がいる方がいいでしょ? だから私がそれをやってるの」
(じゃあ舞奈はリリギアが優先? いや違う)
一瞬頭をよぎった考えを速攻で否定する。
パフォーマンス一点特化、そのスタンスはきっと間違いない。
かつ俺も魅せられたそこに手抜きは一切見られなかった。
何よりあの月夜に自分のパフォーマンスが満足行くものじゃなかったと吼えたのを覚えてる。
どうもちぐはぐに見えるが、少なくとも一つ言えるのは。
「リリギアの活動はともかく、リリシンとしてはパフォーマンスにリソース全振り、そんでそれは意図的にやってるってことか」
「……察しがよくて助かるわ」
予想に対し、舞奈の応答は微妙な顔。
まぁ宿敵がどんぴしゃに言い当てたら俺だってこういう感じになるだろう。
ただ、そうなると個人的に聞きたくなることがある。
景気づけに水を呷り、俺は推しを見据えた。
「じゃあ、それで『微妙』とか『芸能活動舐めてる』とか言われることは、どう思ってんのさ」
「どうもこうも無視よ無視。言いたい奴には言わせておけばいいのよ」
思わず天を仰いだ。
あまりにも割り切ってらっしゃる。
いや、舞奈はそうだろうと思ってたけど。
だが本人の口からそれを聞かされると、こう、いろいろとダメな感情が出てしまう。
「なんだそれ」
「は?」
「言わせたくねぇけどそのスタンスかぁ……」
「何をよ?」
「何ってそりゃ、その悪評だよ……っ」
あ、スイッチ入った気がする。
抱え込んだものがそのまま口からぽこぽこ飛び出す。
「リリギアもリリシンも舞奈は真剣に取り組んでるのは確信してる、でもリリギアの活動なんざ一般の連中が知るわけないっ。結果としてパフォーマンス一点特化でメディア露出自体が他と比べて少ないことをマイナスに捉えられるってのがどーしても納得いかねぇっ」
「え」
「現に今日だってリリシンがロケやってるって会話してる奴見たけど、『舞奈はスルー』とか言いやがってさっ。舞奈は他のメンバーの添え物じゃねぇんだよっ」
流石に場所が場所だから、どうにか声量は抑える。ただし言葉は止まらない。
「舞奈がそういうの気にしないのはいいんだけど、それはそれとしてファンとしてはそういうこと言う奴がいるのムカつくし、やっぱそんな悪評は認知してほしくねぇ……!」
「ちょ、ストップ――」
「そうそう止められるかよ、何せ一年以上こんな話を聞き続けて――」
「本人っ! 目の前っ!」
小さくも強い圧をぶつけられ、自然と背筋が伸びた。
静止状態から首をギシギシ言わせて向き直れば、ぽかんと口を開けた愛華さんと苦虫顔な舞奈。
「……えっと、鏡君――」
「愛華はちょっと黙って」
速攻黙らせ。そして歯を鳴らすようなため息。
「……憤ってるのはわかったから醜態晒すのはそこまでにして。私のファンなんでしょ」
「ぅぐ……それは、まぁ……すまん……」
ごもっともな指摘である。
いくらなんでも本人の目の前でぶちまけるのはナンセンスだ。
思考を切り替え、理知を取り繕う。
「……とりあえず、リリシンもリリギアも手を抜いてるわけじゃないってのは把握した」
「そうね、どっちも大事よ。……ま、悪評については近いうちに吹き飛ばすつもりだから」
「え、それは――」
「次のリリースイベント。申し込んでるんでしょう?」
落陽暗部絡みのゴタゴタがある直前に、最速先行抽選が始まったヤツだ。
ソロ曲シリーズの予約開始とほぼ同時だったのもあり、そのまま手癖で申し込んじまってる。
当たるかはさておき頷くと、舞奈はテーブルの隅に避けてた伝票を取って立ち上がった。
「楽しみにしときなさい。……じゃあそろそろ次のスケジュールだから」
「あ、そうだった!」
愛華さんもはっとなって立ち上がる。
「って、おい支払い――」
「こっちに付き合わせた形だし、今日は私が払っておくわ。……次はアナタが払ってよ?」
当たり前のように次を匂わせる発言に噛みつきたくなったが、既に彼女はレジ近く。
悪目立ちはよくないと口をつぐむしかない。
代わりに、荷物を抱えて「それじゃ、またねー」と小さく手を振る愛華さんに苦笑いを返し、俺は座席に沈み込んだ。
「……マジかぁ」
最後に彼女のペースで終わらされた。
しかも聞き捨てならない情報までぶつけられた格好である。
「悪評吹き飛ばすって言うけど……そもそも俺、参加できんのか……?」
―――――――――
クラバシのビルを出て立ち止まる。
どうやら彼は追いかけてこないみたいだ。
(なんか調子狂ったなぁ……ほとんどパンケーキと雑談で終わらせちゃった)
本当は
まぁ、原因の一つははっきりしているんだけど、と私は隣の愛華を睨みつける。
でも彼女は気にするどころか、何故か嬉しそうな顔だ。
「よかったね、舞奈ちゃん」
「何が?」
「鏡君、舞奈ちゃんのファン辞めないって」
がくっと肩から落ちそうになった。
まず最初にそこからなの、もっと他に聞くことあったんじゃないの、という気持ちをまとめて返す。
「いや、それ聞いてどうすんのよ」
「どうするも何も大事なことだよ? せっかく舞奈ちゃんが次のイベントに気合入れてるんだから、それを期待してくれる人は一人でもいた方がいいじゃない」
「……まぁ、それは確かに」
絶妙に正論だ。反論できない。
「それに舞奈ちゃんの悪評の話にあそこまで怒ってくれる人だもの。ソロパフォーマンス、きっと喜んでくれるよ?」
「そこもまぁ……確かに」
愛華の言葉を受けて思い出すパンケーキ屋での一幕。
声こそ抑えてるけど随分な凄みを感じた。
元所属を潰した顛末を語った時と同じヒートアップを感じて止めたけど、アレが本気なのは理解できる。
「悪い気持ちはしなかったけど、さ」
改めてストロング・アーム、もとい鏡 響也が私の熱心なファンだってのが理解できた。
本筋からは外れるけどそこは収穫だと思う。
「鏡君のためにも今度のソロパフォーマンス、頑張らないとね」
「……まぁ」
だから愛華の言葉には素直に頷くことにした。
ファンの存在を意識する、なんて今までほとんどやってなかったし、たまには悪くないだろう、ってことで。
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