第12話 推しに絡まれパンケーキ、不本意極まりなし!

「私はアップルシナモンに、追加でハチミツポットかな。それにパンケーキ一枚追加♪」

「よく食べるわね、愛華。さっきチャーハン完食したのに」

「甘いものは別腹♪」

「そ。まぁいいけど」

「ちなみに舞奈はお馴染みの?」

「当たり前よ。ミックスベリー、ホイップ増し。で、アナタは?」

「……ハンバーガーセット」

「「え?」」


 目の前の女性二人に思いきり驚かれた。

 一拍置いて、そんなのとんでもないとばかりにメニューを押しつけられる。


「もったいないわよ鏡君っ、ここのパンケーキ美味しいんだから」

「甘いの苦手なわけじゃないわよね? だったらパンケーキ頼みなさい、ほらここから選んでっ」

「ぅぐ……じゃ、じゃあナッツ&メープル……」

「面白いチョイスね。じゃあ注文、と……」


 彼女は手を挙げて店員を呼び止める。

 それを見る俺は正直、もう帰りたくてたまらなかった。


(どうしてこんなトコいるんだっけ……)


 思考も現実逃避寄り。

 でもしょうがない。だって俺は今、パンケーキ屋のボックス席で女性二人と対面状態。

 しかもその二人はガチのアイドル(変装中)だ。

 黒髪ロングをシニヨンヘアにまとめ、サングラスで目を隠してるのは雪原 舞奈。こっちは言わずもがな。

 もう一人はブラウンのウェーブロングをマリンキャップにしまい、ついでに目元も隠したお姉さん。

 こっちは春野 愛華さん、リリシンのメンバーの一人。

 いるだけで人だかりを生むようなアイドルが、俺と同じテーブルについてる。

 マジでおかしくなりそうな話だ。


(でも舞奈はブレイドだし、この場にいるってことは愛華さんもひょっとしたら、リリギアの関係者……)


 どうにか踏みとどまってられるのは、二人に「敵対者」としての顔があると知っているから。

 ストロング・アームとしての思考が俺の冷静を維持してる。


「さて」


 店員への注文が終わり、待ちの時間。

 口火を切ったのは舞奈だった。

 まずはどの話から入るか。


「まず先に言っとくけど、アナタの気配はもう覚えてる。私の『異能』は1キロ以上先でもアナタの位置を割り出せる」

「な」

「普段はいるかどうかだけチェックしてるけど、異能を使った時は例外よ。だからこっそり覗きなんて無駄」

「え……いや、ちょっ」


 のっけからデカい爆弾ぶち込んできやがった。

 というか待ってくれ。


「いや、異能? 今、異能って言ったよな?」

「言ったけど」


 おかしい。リリギア・ブレイドの異能は「剣の生成」のはずだ。

 だがさっき、彼女ははっきり「異能」と言った。それが示す可能性は限られてる。


「まさかお前、『剣の生成』は異能じゃない? それとも二つ持ちダブルなのか?」

「……そんなものかしらね」


 一瞬、答えを選ぶ気配が見えた。

 となれば答えは一つ。


「人工異能か」


 呟いた言葉に対し、舞奈は諦めたように視線を逸らした。愛華さんも目を丸くしてる。

 俺は俺で思わず額を押さえた。


(マジか、人工異能……それも戦闘力の方が人工か……)


 まず「二つ持ちダブル」とは文字通り、二つの異能を持つレアケース。

 中身によっては国が保護・研究に入るほどで、なかなかお目にかかれない特殊な存在だ。

 一方の「人工異能」は人為的に獲得した異能に近い力。こっちも地味に曲者である。

 外付けの力ってことで普通の異能よりも封じにくい。制限かけるのは可能だが、一切使えなくすることができないのだ。

 ぶっちゃけ、二つ持ちダブルの方が対処しやすいまである。


「……つまり人工異能を相手に負け続けてたわけか」


 そして何より、人工異能は天然モノよりランクが落ちるのが基本のはず。

 なのに俺とブレイドは拮抗状態だったわけだから、これを付与したリリギアの技術水準の高さが推察できるわけで。


(ますますリリギアを相手にしたくねぇ……)


 身バレからずっと思ってた感情が余計に強くなった。

 心なしか、記憶の中で阿澄の笑みも怖さを増した気がする。


「むしろ私達からすれば、肝入りの技術相手に張り合うアナタが凄すぎるんだけど……」

「うんうん」


 それもそうかもしれない。

 でも負けは負け。冷遇の一因でもある。

 そう簡単には割り切れない。


(って、そんなこと考えてる場合じゃねぇ)


 気を取り直して俺は舞奈に向き直る。

 とりあえず俺を追跡する異能の範囲、そして人工異能持ちってことがわかったのだ。

 こっからは対話しつつ更に情報を引き出すフェーズ。

 まずは最初に言ってた「異能を使った時は例外」って言葉について探りを入れる。


「何にせよ、そう簡単に対策取れるヤツじゃなさそうだな……」


 まずは思考力だけ強化する調整で四肢増強フィジカルを行使し、様子をうかがう。


「そうね。物分かりがよくて助かるわ」


 特に変化なし。何か気付いた反応ではなさそう。

 ならばと次は脚力をほんの少し強化する。

 その途端、舞奈の目がテーブルを向いた。

 これは気付いたな。


「ちなみにこの異能は気配追跡アトモスフィアって言うの。特に『異能の使用』は強く感知するから、詮索目的で行使するのは止めて。気が散るの」

「……マジか。鋭すぎるだろ」


 思考強化だけならセーフらしい。

 それがわかっただけでも収穫だ。

 俺は顔をしかめながら四肢増強フィジカルを思考強化だけに戻す。

 だがまだまだ探りは入れさせてもらう。

 会話の主導権を握り続けるべく、俺はさっさと台詞を差し込んだ。


「だがようやく合点がいった」

「何よ?」

「お前が落陽暗部の建物に乗り込んできたことだ。さっきみたいなレベルで感知できるなら襲撃なんてお手の物だろ」

「まぁね?」

「あ、でも正確には鏡君のいた場所『が』、落陽暗部の建物だったから、なんだけどね?」


 愛華さんが横入り。

 その言い回しが気になって目を向けると、彼女はニッコリ笑った。


「現場向かってる途中に『鏡君が変な所にいる』って言い出してね?」

「ちょっ、愛華余計なこと――」

「一緒にいた望海ちゃんが調べて、そこが落陽暗部の建物だってわかった途端、舞奈ちゃんが襲撃プランを――」

「あぁもうっ、ストップっ」


 舞奈の実力行使、おしゃべりなリップが押さえつけられる。

 目を白黒させる愛華さんだけど、これは間違いなく舞奈が正しい。


(……望海ちゃんが調べて……襲撃プラン……いや、そもそもこの口ぶり……え、いや、まさか)


 だってそれ聞いた瞬間、俺の頭に嫌な予想が浮かんだから。

 想定以上の収穫だがそれ以上に彼女の危機意識の低さが感じられてしまい、眉をひそめる。


「……結構、おしゃべりだな? それは大丈夫なのか?」

「大丈夫なわけないでしょっ。アナタが私のファンだって司令にばらしたのも愛華だしっ」

「え、マジか」


 あまり余計な情報与えない方がいいタイプだ。

 今更だが、こういう場に同席させてよかったんだろうか。


「そのくせ置いてけぼりにすると文句言うんだから、ホント勘弁してほしいっ。ずっと言ってるでしょ、情報出すのはもっと慎重になってよ」

「ぷは……っ! で、でもこのくらいは別にいいと思ったから」

「いや、その判断は危険……」


 頬を膨らませつつも悪びれない様子に、思わず言ってしまった。

 結果、「やっぱり」と言わんばかりの眼差しと「え?」と疑問符浮かべた視線を浴びる格好に。

 俺は目を逸らしつつ、簡潔に言ってしまう。


「えぇと……さっきの発言、愛華さんがマグナムだろうって予想できる要素満載でしたし」

「え、嘘? 今のでわかっちゃうの?」

「あぁもう、やっぱり……せめてシラを切ってよ……」


 舞奈の苦労、お察しである。

 これは普段から大変なんだろうな。


「まぁ、わかりますかね……」

「え、どうしてどうして? 教えて?」


 しかもこの熱い視線である。仮にもリリギア年長組とは思えない態度だ。

 だけどテレビでお馴染みの態度なんだよな、これ。

 説明しないと進めないことを察した俺は、仕方なく疑問に応える。


「えぇと……まず、落陽暗部に襲撃かけたのはブレイド、マグナム、ネイルの三人。ただしブレイドは舞奈だから除外。じゃあマグナムとネイルは誰か、って疑問が出ます」

「あ、確かにそうね」

「で、『調べたのが望海ちゃん』って発言があるんで望海ちゃんの可能性が浮上。語り手の愛華さんも当事者の可能性があるから浮上、この時点で二人。じゃあどっちがどっちって話になりますけど、同じく『調べたのが望海ちゃん』って発言が鍵です」

「え? ど、どうして?」

「マグナムとネイルの役割が絡むんです。マグナムは広域殲滅力と追跡能力に優れたリリギア、つまり『遭遇してから』が本領。一方でネイルは不意打ちと陽動に主眼を置いたリリギア、もちろん『遭遇しない、気付かれない』って分野は得意だ」

「あー……!」

「だから、望海ちゃんが調査したって話なら、それを可能とするネイルだって考えるのが普通。残ったマグナムは消去法で愛華さん……というわけです」

「そこまで考えられちゃうんだ、すっごい……!」


 いや感心してる場合だろうか。

 この肯定は連鎖的に「望海ちゃんもリリギア」ってことも肯定してるから、残り三人のリリギアも彼女ら同様、リリシンのメンバーである可能性が高い。

 それってマジでバレちゃいけないヤツじゃないだろうか。


(推しのいるアイドルグループが因縁の正義チームだった件。ここまでは知りたくなかった……でも推しちまうんだろうなぁ……)


 自宅でリリシンに囲まれた生活を前に崩れ落ちた時点で諦めはついてる。

 それに人数の関係でリリシン全員がリリギアってわけでもない。

 リリシンは合計七人。一方でリリギアは六人。

 気休めだけどリリギアじゃないメンバーがいるはずだからまだセーフ。

 セーフな、はず。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は現実逃避で話題を切り替える。

 相手はやっぱり舞奈だ。


「つか、嗅ぎ回っても無駄って話だけなら電話口だけでいいじゃねぇか。なんでわざわざ愛華さんとセットでこんなトコ――」

「そりゃアナタと親睦深めるために決まってるじゃない」


 そしてすかさず返ってきた言葉に頭を抱える羽目に陥った。

 ちくしょうこっちも別ベクトルで危機意識が足りてない。


「……俺ら敵同士だぞ。そうでなくてもアイドルとファンが親睦深めるとかまずいだろ」

「そんなにまずい? ファンと仲いいアイドル、結構いるでしょ? 愛華もそうだし」

「あ、うん。結構仲のいい人、多いわよ?」

(それは愛華さんのド天然ムーブが噛み合った偶然なんじゃねぇかなぁ……!)


 距離の近さも行き過ぎれば勘違いムーブまっしぐら。

 これまた余計ないざこざの元となる。

 回避するにはダメなラインの見極めか、愛華さんみたいに「この人はみんなにまんべんなく付き合ってくれる」って一種の諦めを感じさせるものが必要不可欠だ。

 当然、舞奈がそんなもん持ってるはずもない。

 「鏡 響也」ってファン目線だけでなく「ストロング・アーム」って宿敵目線でも断言できる。

 だからこそ、同じ轍を踏まずにはいられなかった。


「だから前にも言ったがそれはアイドルがやっちゃいけねぇスタンスなんだって……!」

「じゃあどうしろって?」

「俺に関わるな、って話だよ!」

「今回はアナタから近付いてきたんでしょ。律儀にパンケーキ屋の席も取っといてくれたし」

「いやそうだけどさぁ……! 俺が近付いてきたからって、それで『パンケーキ屋の席取っとけ』って要求すんのは違うだろ! 適切な距離を置こうぜ俺ら!」


 そう。やっぱり程よい距離感を保つべきなんだ。

 敵同士だし。推しとファンなんだし。


「嫌よ。どうせお互い顔も割れてるんだもの」

「じゃあどうすりゃ距離を置いてくれんだよ!」

「そりゃもちろん、アナタが諦めてリリギアに――」

「その手は食わねぇぞ!」


 泣き言みたいな声になってきたがそれはそれ、これはこれ。

 断固として跳ね除けるも、舞奈はなおも食い下がる。


「じゃあアナタがわざわざ悪人をやり通す目的を教えてよ」

「世界征服って言っただろ!」

「それ、ホントに?」


 不意に舞奈の目が鋭くなった。

 俺も言葉が止まる。踏み込んでくる気配を感じて睨み合うこと数秒。


「……ま、それはひとまずいいけど」


 しかし先に視線を外したのは彼女だった。

 何だったんだろう、と考えてる間に今度は呆れたような横目を向けられる。


「それにしてもアナタ、結構めんどくさいのね」

「う……そ、それは俺だってそう思ってるよ」


 実際、こんなめんどくさい話をしたって意味がないのはわかってる。

 宿敵であると同時に推しとファンの関係なんて複雑すぎる。

 どういう距離感が適切かなんてわかりゃしない。

 だけど舞奈の言うように「親睦を深める」ってのだけは違う気がするんだ。


「ふふっ」


 何とも言えないもどかしさを抱えていると、ふと笑い声。

 何故か愛華さんが楽しそうに俺らを見ていた。


「なんか二人とも、いつも通りね?」

「へ?」

「は?」


 俺の驚きと舞奈の困惑が重なる。


「戦ってる時、二人ともいつもそんな感じに言い合いしてたじゃない? それと一緒だなって」


 が、続く愛華さんの発言に思わず顔を見合わせた。

 数拍間を置いて、どうにか声を絞り出す。


「……えっと、あの……普段、そんな感じでした?」

「うん。私のスーツ、集音機能があるからバッチリ聞こえてた」

「……うごぉああああああ……!」


 割と死にたい。

 俺は顔を覆って天を仰ぐ。

 そうか。今のやり取りはストロング・アームとブレイドがいつもやってるような雰囲気だったか。

 俺が適切な距離感を保ててない。とよかく言える立場じゃなかった。


「……ホント、そういうトコも耳年増よね」


 一方の舞奈は不機嫌声。ちらっと見えたのは頬杖ついてのジト目顔だ。

 ちなみに標的は愛華さんみたいだが、当の彼女はまるで平気な様子。


「お、お待たせしました……」


 と、そこへ狙いすましたかのようにパンケーキがやってきた。

 これ幸い、とばかりに愛華さんが手を叩く。


「さ、ちょうどいい所で来たことだし、こっちを楽しみましょう?」


 今この瞬間の赤っ恥な心境でどう楽しめというのだろう。

 でも覆っていた手をどけてテーブルを見下ろすと、そんな気持ちがちょっと引っ込んだ。

 三段重ねのふわふわパンケーキ。

 こんもり盛られたホイップに、散りばめられたナッツ類。

 飾りつけに軽くかけられたシロップと粉砂糖が、意外と目を楽しませてくれる。


「……」

「ほら、パンケーキ頼んで正解だったでしょ?」


 不意にそんなことを言われる。

 どうだと言いたげな舞奈の表情は、テレビ越しには見たことがないヤツだ。

 そんな表情もするんだ、なんて考えが頭をよぎった。


(澄ましてないでそういうトコも見せれば、もっと人気出るだろうに)


 お節介思考が首をもたげたがそれはそれ。

 俺は視線を逸らしながらフォークとナイフを掴んだ。


「……まぁそこは同意するよ」


 ちなみにメープルをしこたまかけた甘ったるさは、ちょっと癖になりそうだったと言っておく。

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