第11話 厄介オタク、探りを入れて早々に

 というわけで、ブレイドが俺を察知できた理由を探ろうと決めた俺。

 だが諜報活動なんざからっきしの名ばかり幹部だった身の上だ。

 この手の活動で武器になるのは四肢増強フィジカルで強化された思考力のみ。それだって、土台となる情報からして不足してるんじゃプランなんざ浮かぶわけもない。

 結局、まずは情報収集が大事ということで、相手の察知能力を検証する所からスタートした。

 しかし、表向きにはしがない一般市民でしかない俺こと鏡 響也が、ノリに乗ってる人気アイドルグループのスケジュールなんぞ知るはずもない。

 一晩考えても上手い方法は思いつかず、結局ぶらぶらといつもの買い物エリアに足を運ぶ俺だった。


(こういう時はリードプラザビル阿澄に張り込むのが定石なんだろうが、思いっきり顔も割れちまってるから近付きたくないしなぁ……)


 そんなことを考えながら、休日限定の歩行者天国をぼんやりと歩く。

 別に何か買い物があったわけじゃない。

 ただ、人混みに紛れてぶらぶらしたい気分になったのだ。

 何食わぬ日常、呑気な平和。

 命のやり取りや力のぶつかり合いとは縁遠い光景に身を置いていると、自然と心が落ち着く。

 それに引っ張られてかは知らないが思考もすっきりするから、考え事が行き詰まった時はよくこうしてる。


(それにしても、平和だ……昨日もリリギア出動で騒ぎになってたはずなんだがな)


 情報がここまで来てないのか、もしくは建物一つ潰れるくらいは日常茶飯事ってことなのか。

 思う所はあるがそれはそれ。今は余計なこと考えず、ただぼんやり歩いていたい。

 そう思っていたが、ふと脇を通り抜ける会話が耳に入る。


「リリシンがロケやってるって、ホントか?」

「ボヤッターで写真つきのヤツ見たからマジだって。豆妙軒の食レポだってさ」

「おー、ホントだ」

(う……っ)


 今この瞬間だけは聞きたくない単語だった。

 いつもなら心躍るんだけど、その背後にリリギアの影がチラつくのがよろしくない。

 いや、舞奈ひいてはリリシンを推してるのは変わらない。

 それはそれとして阿澄の絶対何か企んでる笑みを思い出してしまう。


(こういうのがあるから、できれば裏事情は知りたくなかったんだが……もうそこはしょうがねぇよなぁ……)


 いちファンとしては知りたくない。

 だが命と今後の活動にかかわるので知らざるを得ない。

 苦しい。


「あ、でも舞奈か……スルーでよくね?」


 が、その一言に苦悩が吹き飛んだ。

 遠ざかる背中を掴みたくなるのを懸命に堪える。

 流石に追いかけるのが止まらないのは許してほしい。


「やっぱお前ならそう言うよな」

「いやぁ、確かに舞奈のロケは貴重だぜ? 他のメンバーと違ってほぼ都内ロケだけって状態だし?」

(む、それはわかってんのか)

「でも舞奈だけの場合って何というかこう……全体的に、反応イマイチじゃね?」

「ははっ、それは否定しない」

(おいこらてめぇっ)

「だろ? 言い方悪いけど他のメンバーがいて初めて変化が出るっていうかさ……何にしても、舞奈だけならスルーかな」

「ところがどっこい……愛華さんもいるらしいぜ?」

「ちょっ、おまっ、それ先に言えよ!」

「まぁまぁとりあえず行こうぜ」

(ぐぬぬ、お前ら二人揃って舞奈は添え物扱いかよ……!)


 本格的に襟首掴みたくなってきた。これ以上いけない。

 鋼の心でその場に踏みとどまるが、推しを雑に扱われた憤りはなかなか収まらない。


(くっそぅ……何度味わってもこう、腹の虫が機嫌悪くなる……)


 そう。

 こういうのは一度や二度じゃない。

 舞奈の人気ぶりがリリシンの他メンバーと比べて低いせいだ。

 俺が最推しポイントとしてるパフォーマンスの高さは、どうも大多数のファンには刺さりにくいらしい。

 彼らが求めてるのはバラエティやトークで見せるパーソナリティの方。

 その点ではコメント少量、ツンな表情ばかりの舞奈は確かに魅力が乏しい。

 おかげで貴重さの割に「いてもスルー」って言われるパターンが割と多い。

 中には「ああいうのは芸能活動舐めてる」とか、したり顔で語るアホまでいる。


(そのくせお前ら、ライブに来れば「リリシンはパフォーマンスがいい」だのはしゃぐんだから、ホント……ホント……っ!)


 ダメだ。

 この前漁った周年ライブの感想の内容と変なくっつき方した。

 こういう思考は厄介なヤツだ。一刻も早く切り替えないと嫌なオタクになってしまう。

 俺は近くの自販機で炭酸水を買って一気飲み。

 しゅわしゅわのど越しと一緒に鬱憤も飲み込んだ。


「……っ、ぶはぁ……いかんいかん……」


 別に舞奈を貶められたわけじゃないんだ。

 目くじら立てる必要はない。

 それに希望はある。


(近々、ソロ曲シリーズのイベントが開催される。つまりソロのパフォーマンスを披露する機会がある。そこで舞奈単独のパフォーマンスが見られれば、きっと評価は変わる……)


 彼女のパフォーマンスが評価されにくいのは、それが常に「リリシン全体」でのものと見なされてるから。

 悪目立ちしないようにバランス取ってるトコもある。

 だからこそ、その軛から解き放たれるソロに期待したい。

 きっと今までの評判も覆るはず。


(少なくともさっきみたいに「舞奈はスルーだけど他のメンバーがいるなら」みたいなことは……)


 と、そこまで考えた俺の頭に電流走る。


(あれ? リリシンが、ロケ……舞奈と愛華さんがいる……舞奈が、いる?)


 思い出した。

 俺はリリギア・ブレイドもとい舞奈が俺を迅速に察知できた理由を調べたかったんじゃないのか。


(そうだよ推しの評判がどうとか気にしてる場合じゃねぇ!)


 慌ててスマホを出し、ボヤッターで検索。

 トップのボヤキは写真付き、20分前のものだった。



『豆妙軒にカメラ入った! リリシンの愛華と舞奈が角煮チャーハン食べるって!』



(マジだ……!)


 なんという巡り合わせ。思わぬチャンス。

 慌てて豆苗軒のある路地に目を向ければ、入り口辺りまで人がひしめき合ってた。

 あの様子ならまだ店でロケ中の可能性が高い。


(豆妙軒の位置はわかる、ここから直線で100メートルはあったはずだから、とりあえずもうちょっと離れた所で高いトコ……!)


 すぐに目星はついた。

 人目のない裏路地に向かう。


(戦闘用装甲服、はやめた方がいいか。誰が見てるかわかんねぇ。素の状態なら誤魔化せるから……)

四肢増強フィジカル……!」


 跳躍。

 足の軋む感覚と共に、景色が裏路地から屋上へと様変わり。

 落下前に手すりを掴んで屋上に踏み込んだ。


「っし、とりあえず道の様子は……うわ、結構ごちゃついてんな」


 ちょうどよく路地がまっすぐ見える位置に来れたようだ。

 今は路地裏大混雑。だからこそ不自然に空いた空白地帯が豆妙軒とわかる。

 スタッフ以外にもリリシン関係のガードマンがしっかり固めてる。

 動くのも大変じゃないかと思ったが、あれなら移動は問題ないだろう。


(ま、俺がリリシンの身動きを気にした所でしょうがないが……それより、舞奈はどこだ……やっぱまだ店か……?)


 それらしい人影がいないかと目を凝らす。

 しかし直線距離100メートル、デカいドームライブの一階スタンド席からステージを見る感じに近い。

 はっきり言おう。見えない。

 戦闘用装甲服にも視力を倍加させる機能もないから、無駄なことしてる感じが否めない。


(流石にちょっと場当たり過ぎたな……まぁ、すぐに動くわけじゃないだろうし、近くの量販店で双眼鏡でも……)


 一旦落ち着こうと顔を上げた、そのタイミングでふと気付く。


「ん……? 誰か、出てきて……!?」


 豆妙軒から出てくる人影一つ。

 遠目にもわかる黒髪ロングは、俺がまさに探してた彼女。

 何やらこっちの方を向いてきょろきょろしてるみたいだが、いやまさか。

 頭によぎる嫌な予感を肯定するかのように、遠巻きに揺れる髪が止まる。

 彼女の顔は明らかに俺を向いていた。


「……っ!」


 この距離で既に察知されるのか。

 驚く俺に畳みかけるかのように、腹ポケットからバイブレーション。

 滅多に起きない等間隔の振動は電話着信だ。


(まさか、まさか……!)


 背中に冷たいモノが流れるのを感じながらスマホを取る。

 案の定、そこには『雪原 舞奈』という登録されるはずのない名前が入っていた。


(なんでだよ、「俺に危害を与えそうなもの」はあの時排除しただろ、スマホだって元に戻したはず……!?)


 いつ入れたかははっきりわかる。

 だがそれが残ってる理由がわからない。

 可能性としてあり得るのは、俺のスマホにこの連絡先を入れた人間が100パーセントの善意で入れたこと。

 でもそれはつまり、俺と彼女の交流を打算抜きで望んでる奴がいるわけで。


(なんだそれおかしいだろ、曲がりなりにも赤の他人とアイドルだぞ、なんだってそんな……!)


 混乱は止まらない。

 着信も止まらない。

 もっと言えば、遠巻きの黒髪はずっとこっちを向き続けてる。

 おそらく、電話に出ないと終わらない。

 おそるおそる通話ボタンをタップ、耳を当てる。


『遅い』

「あ、はい」

『一時間後、クラバシ8階のパンケーキ屋。用があるならビルの屋上から覗き見してないで席取ってなさい。……もちろん、逃げないわよね』

「……」

『返事』

「う、うす」


 それだけ言って通話は切れて、黒髪は店へ踵を返す。

 俺はのしかかる疲労感に耐えられず、その場にへたり込んでしまった。


(いや、逃げる以前に、絶対逃がさないだろお前……)


 とりあえずわかったのは、100メートルくらいじゃ余裕で察知できること。

 しかも精度がかなり高い。店を出た時点で明らかに方角を把握してた。

 近付くだけでアウト、不意打ちされるのも当然か。

 一体どうすりゃいいのやら。

 まぁ、それはそれとして。


「……並んでくるか」


 立ち上がった俺はとりあえず指定された場所へ向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る