第10話 悪の同輩は不用心なり

 俺は今、オフィス街のカフェにいる。

 対面に座る金髪君に引っ張られた結果だ。


「いやぁ、百聞はなんたらってこういうこと言うんだな!」


 そう言って金髪君はニコニコ顔でオレンジジュースを一気飲み。

 既に三杯目だし、水のピッチャーも半分を切ってる。

 止まらない水のがぶ飲みはかなりの奇行だが、大した驚きはない。


(異能があの感じだったもんな……)


 脳裏に浮かぶのはマグナムに突撃かました時に見せた、水に変化した腕のこと。

 トイレで出くわした時も補給とか言ってたし、おそらく異能の行使に必要なんだろう。

 しかし彼、なんでわざわざ俺を連れてきたのか。

 意図を読めぬまま紅茶に砂糖を投入する。


「リリギアとストロング・アームの話は聞いてたけど、まさかあんなやべーぶつかり合いだったなんてびっくりだぜ!」

「……声がデカい。それと、俺は鏡って名前だ。あっちの名前で呼ぶな」

「おっと、そこ気になる人か。悪い、ならカガミって呼んどく。俺は勝沼かつぬま 幸樹こうきだ。今更だけどよろしくな、同輩」


 ちょっと迂闊な気配はあるが、フレンドリーに握手を求めてくる様子そのものは好印象だ。


「……よろしく」


 応じて握り返した。

 が。


「それはさておいてな?」


 ぐぐっと握手に力がこもる。

 四肢増強フィジカルを使うほどじゃないが、それなりに痛い。

 幸樹と名乗った金髪君を見れば、笑顔のこめかみに小さく怒りマーク。

 言いたいことは察しがついた。


「いくらなんでもあの状況、蹴り飛ばすもんじゃねぇだろ……!」


 予想通り。

 リリギアとの遭遇戦で強引にマグナムとネイルのタッグにもつれ込ませたことへの苦情だ。

 もちろん俺が悪いから、きちんと謝罪。


「あぁ、悪い。そこは謝る」

「お、おう……? 意外と素直だな」

「そりゃ俺が主導したもんだから俺の落ち度だろ」

「マジか……そういうこと言うんだお前……やっぱ噂ってアテになんねぇな」

「噂?」


 気になって問いかけると、手を引っ込めた幸樹は一気飲みを挟んで答える。


「いや、気分悪くなったらすまねぇんだけどさ。『奴はやたらリリギアとばかり戦って人手を減らしといてふんぞり返ってる厄介者』とかよく聞いててな? 俺みたいなソロにも流れてくる話だから、これマジな話だなって思ってたんだけど……」

(……四ツ谷の野郎、外でも吹聴してやがったか)


 潰したはずの怒りがふつふつ沸き立つ。

 死んだ後も更に俺を苛立たせるとか、本当にクソみたいな男だ。

 やっぱもっと苦しむように死なせたかった。


「っ、いやでもほら、目の前で見て間違いだったな、って思ったんだよ俺。だからそう怖い顔すんなって」


 おっとまずい。思いっきり顔に出てたみたいだ。こういうのはよくない。

 かぶりを振って取り繕う。


「ま、とりあえずあのぶつかり合い見てたらアレだわ。逆に被害減らしてる存在って感じ。自分以外に抑えられる奴がいないって判断して、自分からブレイドとぶつかってたんだろ?」

「……それは、まぁな」

「いやそれはすげぇってカガミ……!」


 やたら幸樹は持ち上げてくる。

 文句言った分の補填か、おだてて好印象持ってもらうためかは知らんが、まぁ悪くない。

 承認欲求が満たされる感じだ。

 ただ慣れてないせいかこそばゆくて、俺は話題を切り替える。


「つか、あの大技食らってよく逃げ切れたな? 俺はそっちもすげぇと思うぞ?」

「ん? あぁそれ? 吹き飛んだ先がちょうど外でさ。近くにあった排水溝に飛び込んだわけ」


 そう言って彼は手をわきわきさせた。

 一瞬、それが水に置き換わったように見えて「なるほど」と頷く。

 やっぱり腕だけじゃない。全身を水に置き換えられる異能か。

 ただ、この様子だとあの場に居合わせて逃げおおせた奴は他にいなさそう。


「運が良かったな、お前。おそらく他の連中、みんな捕まってるだろうな」

「だよなー。ま、いいんじゃね? だってライバル減ったってことだろ?」


 と、急に妙なことを言う。

 ライバルとは何のことか。首を傾げていると、幸樹はまたも一気飲み。

 グラスを置いて悪い笑みを浮かべた。


「あそこへの入団。諦めてないんだろ、内定者さん」

「……まぁな」


 それは当然。

 せっかく掴んだ落陽暗部への内定。リリギアの襲撃でお流れ状態だが、希望はある。

 口約束だが政影の言質は取ってあるし、襲撃してきたリリギアからトップ陣を逃がした実績だって手に入れた。

 相手は雲隠れしてしまったものの、見つけ出せれば交渉の目はあるだろう。

 そこまで考えた所で、幸樹の狙いが何となく見えてくる。


「ってことはお前、俺に便乗したいわけか」

「そりゃもちろん。俺だってあの襲撃から逃げおおせた一人だし? そもそも面接だってマトモに受けてねぇんだから、再試験の資格はあるってごねてもいいじゃん?」


 抜け目ない奴と言うべきか。

 でもやる価値はあるだろう。俺も同じ立場だったらそうする。

 もちろん俺自身にもメリットはある。

 単純に、落陽暗部を探す足が増えるのと、相手の目論見の上で俺の同伴が必要になること。

 特に後者は組織の人間とコンタクトするまでの安全が担保される。俺がいなきゃせっかく組織を見つけても取り合ってもらえない可能性はあるのだ。


(ま、リリギアに目をつけられたソロってのは変わらないんだ。見知った顔はいた方がいい)


 そう結論づけて、俺は腕を組んだ。


「……見つけたら肩組んで乗り込むとしよう。お互い、さっきの襲撃を乗り切ったって実績があるものな」

「おっ、いいねぇ。話がわかる」

「曲がりなりにも大組織に揉まれたクチだからな。……連絡先、交換しとこう」


 組んだ腕の下で戦闘用装甲服を限定展開。

 セットで格納していた連絡用のスマホを出した所、何故か驚かれた。


「えっ、どこしまってたんよ……? っと、そんなこと言ってもしょうがねぇか」


 すぐに気を取り直し、幸樹も交換に応じてくれたが、胸元から取り出した物を見て今度は俺が驚く番だった。


「……おい、どう見ても普段使いのスマホなんだが」

「え? なんか都合悪いとか?」

「いや、都合は悪くないが……」


 ピコン、と通知音。

 スマホ画面にメッセージ着信の通知が浮かぶ。

 幸樹は特に気にした様子もなく、内容を流し見した。


「とりま、コード出したんで頼むよ。この後用事があるからさ……」

「あ……まぁ、そうか」


 ここで変に問答してもしょうがない。

 さっとコードを読み取らせ、登録された連絡先にメッセージの送信テスト。


「試しに送った。どうだ?」

「ん、大丈夫そうだわ」

「お互いに何か情報が得られたら、メモ代わりにここに書くことにしよう」

「了解。そんじゃカガミ、これからよろしく頼むぜっ」


 そう言って幸樹はピッチャーの残りを豪快に流し込み、伝票片手にさっさと出ていってしまった。

 残ったのは空っぽのピッチャーと大量のグラス。

 俺は連絡用のスマホを装甲服にしまいつつ、考える。


(割とよく見てる奴と思ってたんだが……ちょっと気になるな。危機意識が足りないというか)


 悪人同士の連絡は正義側の捜査網を避けるため、偽装した別名義の物を使うのが当たり前のはず。

 だが、連絡先の交換で彼が出してきたスマホは明らかに普段使いの物だった。

 俺は偽装済だから別に大した痛手はないが、幸樹の方はまずいんじゃないか。


(ま、俺が気にしすぎってだけの話かもしれないか)


 俺はさっさと席を立つ。

 彼に指摘できるほど、俺も自衛が徹底できてるわけじゃない。

 リリギアに捕捉された原因だって、ライブ直後に俺が私的な目的でストロング・アームになったからだ。

 と、そこまで考えた所で、ふと。


(……そういや舞奈、いやブレイドはあの時、どのタイミングで俺のことを捕捉した?)


 冷静に当時を振り返ると不思議な点がある。

 装備の着用からブレイドの襲撃までの時間が、明らかに短すぎるのだ。

 一応、ブレイド自身はリリギア最速。当時いた場所をライブ会場内と仮定しても、そこから俺のいたポイントまで1分もかからないだろう。

 しかし裏を返せば、「どんなに頑張っても1分はかかる」ということ。

 対して俺が装備を着用してからブレイドに蹴られるまでの時間は、おおよそ1分。

 つまり彼女が俺をそのタイミングで襲撃するには、「装備の着用」を察知するしかない。


(でもそりゃ早すぎだぞ。精度といい、なんでそんな早々に捕捉できる?)


 少なくとも異能はあり得ない。ブレイドの異能は「刃の生成」だからだ。

 可能性が高いのはリリギアの技術的な何か。

 気になる。というか、無視するわけにはいかないポイントだ。


(思えば既に実害は出てる。原因探らないとまずいぞ、コレ)


 頭によぎるのは落陽暗部への襲撃の件。

 目的自体は政影だったがブレイドの確信めいた言葉を踏まえると、俺の存在そのものが襲撃要因となった可能性がある。

 対策せねば今後も似たような状況は起こり続けるだろう。


(……こっち優先か。本当、めんどくさい話になったな)


 幸い、俺に便乗して落陽暗部に入ろうと目論む同輩がいる。

 組織の行方を調べるのは彼に任せて、まずはこの問題を片付けた方がよさそうだ。

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