第9話 閑話・正義な推しは考える


 ストロング・アーム、いや鏡 響也が立ち去った後、私も屋上に出て跳躍する。

 追跡は諦めた。本当はしつこく追いかけてやりたいけど、あまり仕事を放置すると他のみんなに迷惑がかかる。

 襲撃現場に戻れば、そこは既にリリギアのスタッフと警察が現地調査を進めている所。突入の際に大穴開けた上、マグナムが大技を炸裂させたのもあって、結構大がかりになってた。

 毎度のことながら申し訳ない。

 着地した私は心の中で謝りながら、周囲を見回す。

 目的の相手はすぐに見つかった。現場の片隅からこちらに向かって手を振るマグナムと、その影でじっとしてるネイルだ。


『おかえり、ブレイド。すぐ戻ってきて安心した……』

『マグナムは心配しすぎ、です。目的はやっぱり、ストロング・アーム?』


 近付けば早々にネイルからの質問。

 抱きつくマグナムをなだめながら、私は頷く。


「結局、少し話したくらいで終わっちゃったけど。……歩きながら話す、まずは現場に戻らないと」

『おっけ』

『あ、了解。スタッフさんが地下の駐車場にいつもの用意して待ってるみたい』

「なら行きましょ。私だけならともかく、二人がいない状態でつなぐのは流石にキツイだろうし」


 近くにいたスタッフに声をかけてその場を立ち去る私達。

 目指すはこの施設の地下駐車場だ。


『……で、ブレイド。まずは結果を教えてほしい、です』

「一応聞けた。でも正直、言葉通りに受け取っちゃいけない気がする」

『どんな言葉、です?』

「世界征服」

『……なるほど』


 ネイルが納得した感じに頷く。


『ブレイドほど戦ってはいませんが、あの指揮官っぷりを考えると陳腐が過ぎる、です。何かごまかしてそう』

「えぇ。私もその可能性を疑ってるけど、ちょっと違う。アレは多分、途中までしか言ってないパターンだわ」

『んっと……つまり、目的の一部を隠してる、ってことかしら?』

「そんな気がしてる。割と直感に近いけど」


 言いながら彼の言葉を思い出す。

 追及を逃れるための苦し紛れにも見えるが、語った目的そのものに嘘はないだろう。

 ストロング・アームは割と正直者だ。

 だが、そこには「どんな」という具体性が欠けてる。

 これをはっきりさせないことには踏み込みようがない。

 と、ネイルが肩をすくめる。


『やっぱりストロング・アームの考察はブレイドに任せるに限る、です。経験密度が段違いだから』

「っ、変なこと言わないでネイル」

『でも実際その通りだと思うな』


 マグナムも同調して二対一。

 そう言われるのは正直不本意だ。

 私と彼は単にぶつかり合った回数が多いだけ。

 でも二人からすればそうじゃないらしい。


『ブレイドもストロング・アームとの因縁、長くなってきたでしょう?』

「それは、確かにそうなんだけど……というか黒き蹂躙ブラック・トランプルと戦う時、初手で止めるべきなのがいつもストロング・アームだったから積極的にぶつかってるだけで、好きで関わってるわけじゃ……」

『でも理解してるのは本当。だよね、マグナム?』

『うん。いつもその上で指示出ししてくれるものね』


 だめだ。

 諦めて聞き流すうち、目的の車に到着した。

 周囲に人がいないことを確認した上で乗り込む。

 全員乗って発進後、私は仮面に手をつけた。

 舞い上がった髪を後ろに流し、続けて胸に手を当てる。

 リリギア特製の戦闘用スーツが解除され、仕事着ファッションに置き換わった。

 ここからの私はリリギア・ブレイドではなくリリシンの雪原 舞奈だ。

 他の二人も同様。


「とりあえずお疲れ様、です」


 ネイルの仮面の下からは、緑のショートボブ。

 ジャケットにショートパンツのボーイッシュスタイルに戻ったネイルもとい風峰かざみね 望海のぞみが作戦終了を告げる。


「ふぅ……やっぱり終わった感じの気持ちになっちゃう。この後すぐお仕事の続きなのはわかってるんだけど」


 マグナムの仮面を取ればブラウンのウェーブロング。

 ワンピースにカーディガンの大人コーディネイトを着こなすマグナムもとい春野はるの 愛華まなかが苦笑する。

 どっちもリリシンのメンバーだ。

 正義のヒロインとアイドルのダブルワーク、慣れちゃいるけどこういう時はどうしても気が緩むもの。

 私もスポーツドリンク片手にひと息だ。

 でも今日はまだ話が終わってない。気を取り直して望海に目を向ける。


「……で、今度はこっちが質問する番」

「もちろんわかってる。追跡の件、です?」


 そう返す彼女は無表情。

 まぁデフォなのでそこはスルーだ。


「もちろん」

「黄泉ノ政影、ひいては落陽暗部の追跡、やっぱり失敗」

「どこまで追えた?」

「1キロ地点まで。すぐ追いついたけど、散開とかく乱された、です」

「こっちも……望海ちゃんに発信機をつけてもらったけど、散開してすぐにジャミング受けて、そのまま信号途絶」

「となると、内蔵してる装備だけじゃ追跡は無理、と」


 愛華からも追加情報をもらい、私は結論を出す。


「わかってたけど、本気で落陽暗部を追いかけたかったらそれ前提で準備するしかなさそうね」

「ごめんね、舞奈ちゃん。あんまり力になれなくて……」


 気落ちした顔で俯く愛華。それを見て、私は「気にしすぎよ」と声をかけた。

 この件、言い出しっぺは私だ。望海と愛華はそれに付き合ってくれたんだから、むしろこっちが謝るべき。

 まぁ、頭を下げても二人は「そんなことない」って言うだけだから、やらないけど。


「最初からダメで元々って算段。司令も『落陽暗部の逃走能力を見られればいい』って言ってたでしょ?」

「それはそうだけど、やっぱり組織のトップを見つけたんだもの。行動を起こす前にどうにか捕縛したい、って思うから」

「まぁ、ね……でも仕方ないわ。そもそもストロング・アームがあんなトコにいたのが悪い」


 ついでにアイツのせいにしておく。

 実際問題、今回の作戦行動はアイツがあそこにいたせいだ。


「曲がりなりにもリリギアに目をつけられてる状況でこんな早くに別組織のトップと接触とか、普通しないでしょ。そんなに転職急いでるのかしら」

「うーん、急ぐのも無理はないと思うなぁ。だって彼、今は無職でしょう?」

「え? それがどうしたのよ? 黒き蹂躙ブラック・トランプル潰す時にがっつり金は確保した、って言ってたわよ。アイツのことだから、それで計画的に暮らすくらいのことはするでしょ」

「それは確かにね。でも舞奈ちゃん?」


 愛華がくっと首を傾げる。

 年上とは思えない可愛さだな、なんて思ったのも束の間、彼女は例のごとく余計なことを言い出した。


「彼、舞奈ちゃんのファンよね? 推し活の問題があるから、計画的になんて簡単にはできないんじゃないかしら?」

「……何言ってんのよ愛華」

「愛華の言うことも一理ある、です」


 望海もまた同調。

 これ、車に乗る前もあった流れな気がする。


「何せ舞奈はソロ曲シリーズのトップバッター。ソロのリリースイベントだって最速先行が応募開始中。……来ないと思う?」


 そう問いかけられ、ちょっと考える。

 中身が推しとファンって露見してからのストロング・アームを振り返ると、ちょくちょく「本気でファンなんだな」と感じる所がある。

 それにさっきだって思いきり説教してきたじゃないの。

 ファンへの干渉がどうたら、こうたら。

 そんな彼が正体露見を理由に私のファンを辞めるのは、どうも想像しづらい。


「来ないわけないとは思うけど……いや、でもそれがなんで無職と関係が?」

「推し活はお金がかかる、です」

「……そうかしら」


 私は首を傾げる。

 確かにグッズは結構売ってるし、それなりに高いのも知ってる。

 安いものでも缶バッジ700円。Tシャツは平気で3000円行くし、中には1万円を越えるグッズだってある。

 でも何を買って何を買わないかの選別くらい、彼ならやってる気がする。

 そんな考えを読んだかは知らないけど、望海はため息まじりに続けた。


「監視員が彼の部屋をチェックしたらしい、です。舞奈を筆頭に、リリシンのグッズがどっさりだったとか」

「え」

「私も聞いたわ。この前の周年ライブの分だけでも、合計数万の購入履歴があったみたいよ?」

「……よくそんなのわかったわね」

「『鏡 響也』名義で調べたら一発だった、って」

「あー……」


 司令も言ってたけど、わざわざ本名で購入してるなんて律儀な男だ。

 ともあれ、グッズもたっぷり買うタイプだったのは理解した。

 つまり火事場泥棒的にぶんどったお金だけじゃ長くは続かない。そういうことか。


(それならなおのこと、一時しのぎでもリリギアに所属すればいいのに……それ蹴ってまで叶えたい「悪の道じゃなきゃ叶わない目標」って何よ、全く)


 気にくわないなぁ、と口の端が吊り上がる。

 それを見たのかは知らないけど、愛華と望海が好き勝手な言葉を投げ合う。


「それにしても舞奈ちゃんにもそこまで熱心なファンがいてくれたのは、やっぱり嬉しいなぁ」

「です。『業界舐めてる』とかひどいこと言わないだけでも貴重」

「っ、言いたい奴には言わせとけばいいの。そういうの気にしてないもの」

「でもその影響で舞奈への応援がなかなか来ないのも事実。だからこそ、彼のように本気で応援している人を確認できることは重要」

「そうそう。私達も彼のこと引き込めるように考えるから、大事にしていきましょう?」

「あぁもう、別にそういうの――」


 そこまで必死にならなくても。

 言いかけた所でふと彼の言葉が頭をよぎる。

 


 ――トドメ刺されかけた時、心残りがあるかどうかで振り返るくらいには推してる



 正体露見した夜とは違う、心身共に余裕がある状態での言葉だ。

 敵同士なんだから別にごまかしてもよかっただろうに。

 面と向かって本気で言ってくれる人、私のファンで今まで見ただろうか。

 そう思うと予定とは違うセリフがぽろりと。


「……まぁモチベーション上がるのは否定しないけど」

「ん。その通り。今度のイベントに向けて、いい起爆剤になる」

「やっぱりそうよね? 周年ライブ以上のパフォーマンス、見せてあげなきゃ」


 途端に二人が目を輝かせる。

 言ってしまった以上、後の祭りだ。私はこれ以上の話は受け付けない、とそっぽを向いた。


(ま、何にしてもやること変わんないもの)


 そう。

 リリシンとしてハイクオリティなライブを見せること。

 リリギアとして迅速に現場へ急行して悪者を成敗すること。

 どっちも私の最優先事項、変わらない。

 でも。


(……ストロング・アームも同じなのかしら)


 あの頑固者の態度。

 そこにも何か、彼なりの優先事項があるのかもしれない。

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