第8話 厄介オタクが顔を出す
(時間は稼いだ。後は落陽暗部の逃げ切れるか次第だが……くそっ、結局そのパターンか)
歯噛みする。
俺自身はブレイドに負けることはない。
だが周りが他のリリギアを止められない。
久々に味わうが、やっぱり気分は良くない。
(一人でできることの限界を痛感させられるんだよな……)
ビルの屋上に着地、振り返る。
面接会場のあった建物は天井が吹き飛び、黒煙をたなびかせている。
周りでは警察が必死に規制線を貼ってる途中。そしてそれらを遠巻きに眺める野次馬の多いこと。
でもまぁ仕方ないだろう。まさか都市部のど真ん中に悪の組織所有の建物があって、それを吹き飛ばすような真似をするなんて。
でも「リリギアがやった」と知られれば誰もが納得するだろう。
リリギアが動く。
すなわち多少の損壊もやむを得ないほどの敵組織がやってきた、ってのが一般市民の共通認識なんだから。
(これが俺ら悪の側だったら、「よくも暴れ回りやがって」ってブーイングの嵐だ。やってらんねぇ)
心の中で舌打ちしながら向き直り、ビルからビルへと跳躍。
何棟か飛んでった所でちょうどよく階段への扉の鍵が開いてるトコを見つけた。
戦闘用装甲服を解除したらリクルートスーツだ。会社員に紛れて離脱するとしよう。
屋上に着地した俺は追跡がないことを確認した上でそこに入る。
後ろ手に扉を閉め、階段を降りながら戦闘用装甲服を解除しようとした。
『待って、ストロング・アーム』
閉めたはずの扉が開き、聞き慣れた声に呼び止められた。
(マジかよ、全速力で追いかけてきやがったか)
自然と構えながら振り返る。
『今日はもう戦う気はない。別に構えなくていいわよ』
俺を追いかけてきたブレイドはそう言って、階段に腰を下ろした。
鋼鉄のポニーテールが床に当たってカシャンと音を立てる。
どう見たって戦う構えじゃない。そんな相手に殴りかかるのは正直、良心が咎める。
仕方なくこっちも構えを解いた。
彼女の「やっぱ殴らないんだ」って言葉は聞かなかったフリ。
「わざわざ追いかけてきたってのか」
『もちろんよ。アナタがあそこにいた理由、聞かなきゃ』
いやなんで、という反応を呑み込む。理由なんざ聞かずともすぐわかる。
「自分トコに引き込もうとしてる奴が他の敵対組織に入ろうとしてるのが気に食わない、って? 別にいいだろ、俺らは敵同士だぞ」
『っ、スカウトしようとしてるんだからそんなの関係ないわよ』
図星って感じに怯むブレイド。
その様子から見るに彼女も俺のスカウトを悪からず思ってる雰囲気だ。
意外だ。てっきり阿澄の独断で進めてるだけかと。
『い、意外そうな雰囲気出さないでくれる?』
そんなわかりやすく態度に出てただろうか。
フルフェイスの口元を押さえ、顔を背ける。
対してブレイドも声色に気恥ずかしさがにじんでいた。
『私は何度もアナタとぶつかってきたのよ? 実力見誤るわけないじゃない』
「……そうかよ。そりゃどうも」
『ま、それでも舞奈を推してるってことは全然読めなかったけど』
「ぶふっ」
ちくしょう、また言いやがった。
文句ぶつけようと向き直ったが、神妙な雰囲気で膝を抱く彼女に言葉が止まる。
『……念のため聞くけど。マジで推してるの?』
その問いかけにすぐ答えられなかったのは、思いの丈を圧縮するため。
推してるのは間違いない。だが無駄に言葉を並べた所で飾ってるようにしか聞こえないだろう。
だから
「トドメ刺されかけた時、心残りがあるかどうかで振り返るくらいには推してる」
『ぅ、ぐ……』
「だからまぁ、正体については今も嘘みたいだって思ってるし、こうやって普通に接してるのも不思議な感じだ」
余計なことも言った気がするが、とりあえず強く思ってることは伝わったはず。
だが口にした直後、一気に疲労感が湧いて出た。俺もブレイドに倣って階段に座る。
背中向ける格好にはなるが、どうせ不意打ちなんてしないだろう。
『……まさか、宿敵がファンだったなんて。どんな巡り合わせよ』
「全くだ。やりづらい」
『奇遇ね、私もよ。曲がりなりにもファン相手、いくら宿敵だからってそう割り切れないわよ』
「ま、それでもお互い敵同士だ。戦闘ってなれば戦うしかねぇ」
『アナタがリリギアに来ればそんな思いしなくて済むんだけど』
それは確かにそうかもしれない。
だが、俺にとってその選択肢は絶対にあり得ない。
だからはっきりとノーを突きつける。
「前にも言った。宿敵が推しだったからって簡単に正義に寝返るほど、軽い気持ちで悪をやってない」
『……そ』
あからさまに不機嫌な声が返ってきた。
イラっとした感じにブーツが音を鳴らす。
『ま、そうじゃなかったらそもそもあの場になんていないものね。わかってたわよ、そのくらい』
八つ当たりみたいな言い草。
まぁ彼女の立場、ひいては一般的な感覚で言えば、俺の行為は奇行だ。
明確に「悪」と断言されてる世界に自分の意志で足突っ込み続けてる。
そんな奴がファンとか、アイドルの側からすりゃ心境は複雑だろう。
なんて考えているとブレイドが立ち上がる。
『……でも、そうね。それならやっぱり私のやることは一つね』
「ん?」
ここでやり合う気配はなさそうだが、何だろうか。
呑気に首を傾げてたら、彼女はふんと鼻を鳴らした。
『ストロング・アーム。アナタは更生した方がいい』
「……ん?」
『どんな理由かはまだ知らないけど、やっぱアナタがそうやってわざわざ悪の道走ってるの、なんか見過ごせない。だから私、それを止める』
「は?」
待った、何を言ってるんだこの子。
しかし彼女は止まらない。
『もちろん、無理やり押さえこむような真似はしない。アナタの目的を知って、それをリリギアでも実現可能な形に落とし込む。わざわざ悪の道走らなくてもいいように――』
「いやいやいや、待った待った! 今の話の流れでどうしてそうなる!」
これ以上明後日の方向に行く前にブレーキをかける。
ブレイドは一旦止まったものの首を傾げた。
『え? だってアナタの意志が固いのは改めて理解したもの。でもリリギアには入れたい。だったら更生なり折り合いつけるなり、入るって言い出せるような土台作りするしかないでしょ』
「いや違うだろ! そもそも俺、入りたいとか一言も言ってないだろ!」
『えぇ、そうね。だからこれは私のわがまま。……司令の要望も混ざってるけど』
「何でだ! まさかお前、中身がファンだからとか、そういう理由じゃねぇだろうな!」
『悪い?』
マジかよ認めちまったよ。
思わず頭を抱える。
「……アイドルにあるまじき姿だろっ」
『ん、何? 聞こえないんだけど』
「っ、それはアイドルがやっていいスタンスじゃねぇだろっ!」
そしてカッとなって大声主張。
彼女は自覚するべきだ。
自分はアイドルで、「アイドルとファン」は結局のところ赤の他人同士に過ぎない。
「特定のファンへの干渉はヤバいんだぞ! 本人同士は良くても周りがどうしても不満になる! それだけですみゃいいが厄介に見つかろうもんなら最悪だ、アイツら暴走してファン全体のイメージが悪くなる!」
『あ、うん……』
「もしそうなってみろ、『あそこのファンって厄介な人多いよね』って印象ついて、確実に真っ当なファンが減るんだぞ! だからそういうのは本当にやるもんじゃねぇ! せめてそこは考え直してくれ頼むから!」
一気にまくし立て、深呼吸。
終わった所で気付いたけど、痛いファンの言動だこれ。
急に恥ずかしくなる。
(やっべ……やらかした)
やっぱり駄目だ。リリギア・ブレイドと雪原 舞奈を切り分けて考えられない。
いたたまれなくなってブレイドに背を向ける。
『あっ、ちょっと』
「とにかくっ、俺の中じゃとっくに結論出てる話だ。俺の目的は、悪の道でしか叶えられねぇ」
『そ、そんなの聞いてみなきゃ――』
「だぁもうやめてくれ! 世界征服だよ世界征服! それが俺の目標! わかったか!」
『え……えー……?』
「終わりだ終わり! もうとっとと帰れ!」
そのまま一段飛ばしで階段を駆け下りる。
幸い、ブレイドが追いかけてくる気配はなかった。
(よしよかった。まぁ俺と一緒に出てくるなんてアホは流石にやらねぇと信じてるけど)
戦闘用装甲服を解除。
予想通り、リクルートスーツのおかげでビル内の往来に紛れることに成功した。
後はビルを出れば問題なしだが、その前にトイレに寄っておこう。
さっきの戦いでまた発信機をつけられた可能性がある。念のため確認せねば。
(にしてもブレイド、何を考えてるんだか……何が更生した方がいい、だよ。しかもファンの素行を見逃せないとか、それはアイドルにあるまじき行為だっつーの)
トイレを探す道中、さっきのやり取りを思い出す。
思った以上に俺のスカウトに乗り気だったことも驚いたが、その理由に舞奈としての感情ががっつり入ってたのもびっくりだ。
リリギア・ブレイドはそういうタイプじゃないと思ってた。
ファンの立場で見ても厄介事の気配がバチバチで困る。
これじゃますます、ブレイドと舞奈を切り離せない。
(……でも、とりあえず戦うことはできるってわかっただけでも収穫かね)
唯一よかったことと言えばそこか。
案ずるより産むが易しとはよく言ったものである。
多少ぎこちないトコもあったが、長らく宿敵としてぶつかり合った経験はそう簡単には揺るがないわけか。
そこだけは変わらないようでちょっと安心した。
(ま、それは向こうも同じみたいだし、ちょっと気を抜いたらすぐやられちまいそうだから気をつけねぇと)
俺は改めて自分に言い聞かせながらトイレに駆け込んだ。
とりあえず先に用を足しておくか、と便器に目を向けた、その時。
――バシャ!
「ぶっはぁ! 今回ばかりはマジでダメかと思ったぁ!」
排水溝から派手な水音立てて現れた男が一人。
見覚えがある、というかあの金髪君だ。
彼が全身を叩くと水しぶきが立ち、それが集まって水球が生まれる。
「とりあえずどっかで補給しないとなー……排水溝使った時に結構切り離しちゃったし」
あからさまに汚れた色のそれを排水溝に戻し、彼は顔を上げた。
当然、その場に居合わせた俺とばっちり目が合うわけで。
「あ」
「……よ、よう」
とりあえず挨拶。
また面倒な話になりそうな気配を感じた。
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