第7話 ストロング・アームVSリリギア・ブレイド

「リリギア・ブレイド……! 奥方様、お逃げください!」


 俺と問答を繰り広げた老婆もとい政影を守るべく、面接担当らが陣を組む。

 対するブレイドは左右の剣をクロスさせ、一歩。

 二振りの剣がかち合い、しゅぴんと払われる。


『――閃っ!』


 次の瞬間、政影を残してほぼ全員が壁に叩きつけられていた。

 かろうじて残った奴も膝をつき、すぐには立ち上がれない様子。


(マジかよ、初手からでたらめすぎる……!)


 散々見てきた牽制の遠隔攻撃。

 俺からすりゃ挨拶代わりも同然だったが、まさかこれほどの被害が出るとは。

 居合わせた落陽暗部の顔が恐怖に染まる。

 面接受けに来た奴らも似たり寄ったりだ。むしろこっちの方が酷い。

 早々に逃げ出すオーラ満載な奴までいる。


(こいつら全員リリギア戦の経験なしか、くそっ!)


 状況を理解した俺は内心で悪態をつきながら踏み込んだ。

 一歩に強く力をこめ、ブレイドに肉薄。

 ねじるように繰り出した拳は逆手に持ち替えられた剣の平に防がれた。


『やっぱりいたのね、ストロング・アーム……!』


 ぼそりと呟かれた言葉から相手の状況を推察。

 少なくとも俺がいる想定でやってきたのは間違いない。


(だが最初に名乗った先は落陽暗部! となればこの婆さんをやられたらアウトだ!)


 なすべきことは決まった。

 ワンツーを2セット、ブレイドの態勢を崩しつつ飛び退く。

 瞬殺された面接担当らの代わりに、政影と呼ばれた婆さんの盾として立ちはだかり、俺は拳を握り直した。


「ストロング・アーム……感謝する」

「礼は要らない。口約束とは言え落陽暗部への入団を許された身だ。早速ひと働きさせてもらう」

「な、なんと」


 背後に向けて声をかければ、婆さんから戸惑いまじりの声が返ってくる。

 念のため確認するが、この様子だと対リリギアの戦力としてアテにするのはダメそうだ。俺がブレイドを抑える間にとんずらこいてもらうしかないだろう。


「リリギアとやり合った経験は?」

「……片手で数える程度。対策はまだ準備中、この場にはない」

「なら他のリリギアが来る前提で逃げろ。ブレイドだけはどうにか抑える」

「さようか、ならば任せる」


 予想通りなやり取りの後、背後の気配がいくつか遠のく。

 すぐさまブレイドが反応した。


『待ちなさい政影!』

「っと、させるか!」


 俺を迂回しようとした所を先回り、そのまま一発。

 対する彼女は剣で受け流しながら横を抜けようとする。

 あくまで婆さんを追いかけるつもりだ。そうはさせない。

 流された拳の勢いで体をひねり、かかとを振り上げる。

 今度はしっかり打ちこめた。

 防がれこそしたが、ブレイドは大きく宙へ跳ね上がっていく。


『く、ぅ……!』


 悔しげな声と共に着地するブレイド。

 二刀流を俺相手に構え直すと、鋼鉄のポニーテールが腹立たしそうに揺れる。


『……どいて。今日の目的はアナタじゃない』

「だがここに来た理由に俺が絡んでる可能性は高いだろうが。尻拭いしなきゃ俺の目覚めが悪い」

『尻拭いね。別にそんなの必要ないわよ。首魁を見つけた以上、落陽暗部も仕留めるつもりだから』

「だったら余計に見逃せない」


 ぶっちゃけ困る。

 俺はいつものボクシングスタイルでブレイドを見据えた。


「内定先だ。そう簡単に潰れさせるわけにゃいかねぇよ」

『だったら残念ね。アナタの無職期間、そういう形じゃ終わらせないから』


 ほぼ同時に踏み込む。

 拳の装甲と刃が火花を散らした。


「ひでぇ話だ、なっ!」


 続けてワンツー。ブレイドは一歩下がると見せかけ、しゃがみ回避からの足払い。

 跳躍でかわして反撃のかかと落とし。クロスした剣に挟まれて止められた。

 そこを支えにサマーソルトキックで吹き飛ばす。


『くぅっ!』


 が、相手もただじゃ転ばない。のけぞりながらも剣を投げつけてきた。

 裏拳で弾いたが追撃の出鼻をくじかれてしまう。

 再び離れた間合いでお互いに構え直す。

 いつも通りに相手の出方をうかがうフェーズだ。


(意外といつもと同じように動けるもんだな。正体が推し、ってのが嘘みたいだ)


 俺は冷静に立ち回りを振り返る。

 舞奈とブレイドを切り離して考えられない以上、戦えば動けない危険もあった。

 しかしそこは杞憂に終わった。俺もブレイドも今まで通り「敵対者」として戦えてる。

 というか、ブレイドはむしろいつもより冴えてる気配すら感じられた。


『……少しは鈍るかと思ったけど全然なのね、アナタ』


 空いた手に新しく剣を生成しながら彼女は呟く。

 余計な会話につながりそうな雰囲気を察し、今度は先んじて踏み込んだ。

 俊足ストレート、は身じろぎ一つでかわされるが囮だ。


「敵相手に攻撃鈍ってられるかよ!」


 すぐに制動をかけ、右で肘を打つ。

 ガードの上から立て続けに左フック、右アッパー。

 ブレイドは防戦一方だ。


『中身は私のファンのくせに』


 しかし、ぼそりと差し込まれたキラーワード。

 攻勢が一瞬緩んでしまい、そこから切り返される。

 左右に払い、振り下ろし、斬り上げ二連。

 拳の間合いを外されてからは突きの連続だ。


(くっそ、ずるいヤツ……!)


 刹那の好機をしっかり掴んだブレイドの技量は認めよう。だがここでそれを言うのは反則だ。

 仮にも正義を名乗る者だろうに。

 頭に来た俺はガードを固めて踏み込んだ。

 切っ先が肩や脇をかすめるが問題なし。思いっきりタックルをぶつけてやった。


「不意打ちでそれ言うのはなし、だろっ!」

『くぅっ! 何とでも言いなさい!』

「正体感づかれて困るのはどっちだって話だよ!」


 飛び退くブレイドを追いかけながら、なるべく声量を落として唸る。

 鋼鉄の仮面から「ぅぐ」と図星を突かれた声が漏れ出た。

 が、それでもリリギア随一の実力者。すぐに気を取り直し、剣を閃かせる。


『余計なお世話!』

「うぉ……っ!」


 至近距離でまさかの遠隔攻撃。

 真正面から受け止める格好となり、流石に吹き飛ばされてしまう。

 転がった先は未だ動けずにいる入団希望者のトコだ。

 ど真ん中で体勢を立て直してると、左右でドン引きを感じた。

 お前らそれでも悪の道に踏み込んだクチかよ。

 自然と文句が口に出る。


「お前らいつまでぼさっとしてるつもりだ!」

「えっ、いやっ」

「居合わせたんなら動け! 棒立ちを見逃すほどリリギアは甘くねぇぞ!」

『その通り、です』


 咄嗟に横へ飛ぶ。

 たまたま同輩を一人巻き込んで離脱した直後、さっき立ってたトコが派手な音を立てて砕けた。

 余波で残った連中が吹き飛び転げていく。

 肩に担いだ同輩が「稲妻、まさか!?」と声を上げるまでもなく、俺はその正体を察していた。


「そりゃブレイド一人なわけがねぇよな、ネイル!」

『です。お久しぶり、ストロング・アーム』


 戦闘異能少女、三人目。

 ブレイドやマグナムと同デザインな緑のボディースーツに、たなびくマントが印象的。

 そして得物は電流を迸らせた両手の巨大爪。ブレイドよりも一回り小さい彼女はリリギア・ネイルだ。

 立ち上がった彼女の隣にブレイドが着地する。

 しかもそこへもう一人。あのライブ後のひと悶着にも現れたリリギア・マグナムまで現れる。


『もう二人とも、速いってぇ……』

『逆、です。マグナムが遅いだけ』

『性能の割り振りの問題なんだから違うでしょ』


 揃った三人は軽口を投げつつも戦闘態勢。いつものパターンだ。

 ブレイドが先行、後追いでネイルかマグナム、もしくは両方が出現。

 更に状況次第で更に三人ほど投入されるが、今回その気配は感じない。

 とは言え、一人で捌くのは無理な話。

 さてどうするかと考えてる間にも、三人は連携を取り始める。


『とりあえずブレイド。状況教えてほしい、です』

『政影は逃走中。追いかけたいけどアイツが邪魔で動けない』

『あぁ、ストロング・アーム? それならブレイドが相手しないと駄目ね?』

『もちろんそのつもり。でも最優先は政影、わかってるでしょ?』

『うん。だからそっちは私達で追います、です』


 だよな、そりゃそうなる。

 それなら利用できそうなものを片っ端にだ。

 俺は担いだままだった同輩を下ろす。


「ひぃ……リリギアが、三人……終わった、これ終わったかもしれねぇ……」


 お、第一印象が悪くなかった金髪君だ。

 早々に絶望顔してるが、諦めてもらっちゃ困る。

 彼の肩を揺らしてこっちに注目させる。


「動けるな? お前、近接と遠距離どっちが得意だ?」

「うぇっ? あ、えと、近接……かな?」

「よし、ならマグナムに突撃だ。足止め頼む」

「はぁ!? いきなり何を――」

「切り抜けたかったら四の五の言ってんじゃ、ねぇ!」


 反論の余地なんざ与えるもんかと蹴り飛ばす。

 情けなく手をばたばたさせる金髪君だが、すぐに覚悟を決めたようだ。


「あぁもうやるしかねぇか! 展開、流水握撃リキッド・プレッシャー!」


 両腕が水に変化し、更に複数の拳を形作る。彼の異能か。

 着地と共に体勢を立て直した金髪君は言われた通り、マグナム目掛けて跳躍した。

 もちろん彼だけじゃ不足だ。俺はそこら辺に伸びかけてた連中を掴んで投げつける。

 ネイルの初手で吹き飛ばされた連中だが、狸寝入り決め込んでるのは把握済。

 こいつらは有無を言わさずぶつけてやる。


「ブレイドは無視しろ、俺が押さえる! ネイルは遠距離、マグナムは近接で相手しろ! 相手の得意分野で攻撃させなけりゃ充分凌げる!」

「テメェぶん投げといて偉そうな口を――げふぅっ!」


 うち一人、悪態つこうとした奴がマグナムに撃ち落とされた。

 そら言わんこっちゃない。

 というかあれは確か、会場入りした時に舌打ちしてきた奴だ。ざまみろ。

 でもそいつが無様を晒してくれたおかげで、残りの連中はすんなり戦闘態勢に入ってくれた。

 更に具体的な指示を出したい所だが、その前に刃が迫る。

 蹴り返したが相手は再び突撃の構えだ。


(くそっ、やっぱこうなるよな……!)


 仕方ない、指示出しはなし。

 そもそも今回の目標は勝利じゃなくて時間稼ぎだ。

 その場に居合わせた異能持ちに任せるのは不安だが、仮にも落陽暗部の試験をクリアした連中である。

 個々人の裁量とセンスに任せるしかない。


(頼むからちゃんとつないでくれよ……!)


 内心そう祈ってブレイドに意識を集中。

 拳と刃がかち合う中、露骨な舌打ちが聞こえてきた。


『ほんっと、その辺優秀よね、アナタ……! アイツら、たまたまいただけの連中でしょうが!』

黒き蹂躙ブラック・トランプルの頃から、あるもの片っ端から使わなきゃ生き残れなかったんでな!」

『そういうトコが厄介なのよ!』


 蹴りが飛んでくる。

 大きく避けたらフルフェイスの数ミリ手前を刃がすり抜けた。

 持ってた剣をいつの間にかブーツにセットしてやがる。


『全く、司令が欲しがるのも納得よね……!』


 彼女は腰を落とし、逆立ち姿勢からの回転蹴り。

 立ち向かおうにも刃の渦に道を阻まれる。

 ならばと俺はその場で強く床を踏み砕いた。


「欲しがった所で俺はそっちにつく気なんざねぇ!」

『っ!?』


 床材の破片が飛び散る。

 仮面に当たった所で目潰しにもならないが怯ませることはできる。

 その一瞬を突き、ブーツに掌打。

 思いきり崩してやった。


『あぁもう、しかもそうやってすぐテクニカルなことする!』


 倒れるかと思いきや、今度は側転。

 再び追撃気勢をくじかれ、思わず歯噛みしてしまう。


「そういうお前もリカバリーが早すぎんだよ!」

『アナタがいちいちめんどくさい対応してくるからよ!』


 結局、真正面からの打ち合いに行き着く。

 拳と刃を打ち合わせ、周囲に火花を散らせながら、俺達はやいのやいのと騒ぎ合う。

 すっかりいつもの光景だ。

 ただでさえ手強いリリギアの中でも特に厄介なブレイドは、大抵の敵を秒殺してしまう。

 持ちこたえられるのは散々戦って経験値を積んだ俺だけ。

 必然的に、「ブレイドのいる戦場」で俺が相手にするのはブレイドばかりになっていく。

 そこに不自由を感じることも多いが、そうしないと作戦どころじゃないから仕方ない。


『ほんっと、これの中身がファンとか信じられないっ』


 唐突にキラーワード再び。

 喉がつっかえた一瞬をこじ開けるようにブレイドが攻め立ててくる。

 剣が拳を跳ね上げ、立て直す間もなく胴体に蹴りを入れられた。

 勢いよく吹き飛ばされる。


『ふぇっ』

『っと』


 マグナムとネイルの声。

 あいつらが戦ってるトコを突っ切ったみたいだがそっちは無視。


『こっちは急いでるの、早々に決める……!』


 ブレイドが双剣を掲げて何か描くのは危険信号だ。

 大急ぎで制動をかけて反転。


『ひぇっ!』

『おっと』


 二人のリリギアの驚きを置き去りに、再び肉薄。速度を乗せたストレートをぶつけてやった。

 ブレイドは構えを中断し、剣をクロスさせて防ぐ。そのまま大きく後ずさる。


『くぅ……っ!』

「大技かます隙なんざ与えねぇ! つかファンとか言うんじゃねぇよ、今は関係ないだろ!」

『よくもまぁそんな割り切れるわねっ!』

「逆だ逆、割り切れねぇから言ってんだよ!」

『っ!?』


 防御が緩んだ。

 さっきのお返しにこっちもそこをこじ開け、剣を弾く。

 刃がすっぱ抜けるも、ブレイドは即座に剣を生成して不利を潰してきやがった。

 一撃、二撃、三撃。

 押して引いてを繰り返す拮抗が続く。いつものことだが、これじゃ千日手。


(だが今回はこれでいい! 後はあいつらがマグナムとネイルを押さえたままでいてくれりゃ……!)


 どうにか後ろの様子をうかがえないかと考えた、その時。


『いっくわよぉ……!』


 気の抜けた声に冷たいものが背筋を走る。

 鍔迫り合いの中で強引に振り返れば、完全にフリー状態となったマグナムの姿が確認できた。両手に拳銃を持った構えは大技の予備動作だ。


(今度はそっちかよ! 足止めはどうなってる! まさかネイルに!?)


 慌ててネイルを探せば、彼女は一人で異能者どもを引き受けてる。

 露骨な大振りの動きで注意を集めてる格好だ。


「馬鹿っ、今すぐ避けろ! 蜂の巣にされるぞ!」


 咄嗟に叫んだがほとんど聞いちゃいない。

 唯一、金髪君が振り返ったくらいだが、それだってギリギリ。

 マグナムが腰を落とした瞬間、彼女の周囲に凄まじい量の銃火器が展開された。

 ガトリング砲、ミサイルポッド、バズーカ、その他無数。

 それらが一斉に臨界し、火を放つ。

 標的はもちろん、ネイルが惹きつけた異能者の連中だ。


「え――」


 誰かが驚きの声を上げる。直後、それすら呑み込んで弾丸とビームの渦が炸裂した。

 もちろんネイルも巻き添えを食う形だが、直前で防御の構えが見えた。

 フレンドリーファイアも織り込み済みだろう。


(くっそ、やっぱこうなっちまったか……!)


 広い会場丸ごとぶち抜く勢いで迫る爆風に、ここまでと見切りをつける。

 巻き込まれるわけには行かない。ブレイドを押しのけ、慌てて防御姿勢に入る彼女をよそに全速力で離脱した。

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