第6話 悪の元幹部、就職面接で舌戦す
さて一週間後。
俺はリクルートスーツを着て、とある建物の中で扉の前に立っていた。
罠の気配がないことを確かめて深呼吸。静かにドアノブをひねる。
最初に見えたのはずらりと並んだパイプ椅子の背もたれと、振り返る複数の顔。
誰もがこちらを探るような目つきをしてる。
無理もない。相手は全員、言わば競争相手だ。
(俺以外に10人。かなりふるい落とした感じか)
平静を装って足を踏み入れる。
中は体育館かってぐらい広い場所だった。実技でもやらせる気なのかもしれないが、スーツ姿だと場違いに感じてしまう。
他の連中がバラエティに富んだ私服姿ってのもそれを助長した。
そんなことを考えながら、唯一空いてた真ん中のパイプ椅子に腰かける。
「ちっ、また増えたか」
わざとらしい舌打ち、文句。
第一印象最悪な隣のヤツはいかにもチンピラ。
曲がりなりにもここまで辿り着いた身だろうに、随分と損な振る舞いだ。
これから来る相手のことを考えれば、特にそう。
(コイツ真っ先に落とされそうだな……)
心の中で呟いてると、反対側の肩を小突かれる。
「よかったなお前、その席がラスト一枠みたいだぜ?」
振り返るとやけに馴れ馴れしい、いや気さくな感じに男が声をかけてきた。
金髪にパーカースタイルの風貌はどこにでもいそうな若者っぽさがにじみ出てる。
こっちの第一印象は悪くない。
「ラスト一枠か。確かに椅子は全部埋まったが……」
「それだけじゃない。ほら後ろ、見てみろよ」
親指で扉を指さされ、振り返る。
特に変わりないと返しかけて、はっとなった。
「……鍵が閉まってる」
入室する際、鍵には触れなかったはずだ。
思わず呟きつつも、俺は密かに
ちなみに周囲も一斉に扉を見て、さまざまな反応を露わにしてた。
一方でそれを指摘した金髪頭はドヤ顔だ。
「お前が入って席に着くか着かないかのタイミングでカチャ、ってなってたぜ? どうやって閉めたかはさておき、ここに入れるのは先着順。そしてお前がラスト一枠をもぎ取った、ってのは間違いない」
(……コイツは逆に残りそうだな)
周囲をよく見てる。危機察知能力も高そうだ。
能力次第じゃ張り合うことになるかもしれない。
そんなことを考えてると、入ってきたのとは反対側の扉が開いた。
途端に左右の気配に緊張が混じる。
流石に面談相手が顔を見せればそうなるだろうな。
「定員まで集まったようだな」
そう言いながら入ってきたグラサンの男を先頭に、スーツ姿の男女がぞろぞろやってくる。
どいつもこいつも「戦いを越えてきた奴」って具合のオーラを漂わせている辺り、おそらく重鎮だろう。
なかなか手強そうな雰囲気だが、あくまでそれなりって感じだ。
彼らは言わば前座。本命はその後にやってくる。
その予想通り、スーツの連中がいつの間にか出ていたソファに腰かけた後に、そいつは現れた。
「今回もまた面白そうな面子が集まったじゃないか」
深緑の色無地を着た、ひっつめ髪の老婆が一人。
先に出てきたスーツ達と違ってのほほんとした雰囲気だが、それは見せかけ。
間違いなくこの中じゃ役職は最上位、実力もトップクラスだろう。
流石に全盛期ほどの力は持ってないと思うが、
戦ったらそれなりに苦戦させられそう、という気持ちにさせられた。
(でもあくまで第一印象の話。さぁ、まずはどう出る?)
俺が密かに身構える中、老婆は黒服を左右に従えるような位置に立つ。
続いて指を鳴らし、周りと同じくソファを呼び出してゆっくり腰を下ろした。
なるほど、ソファの出現はパフォーマンスの一つか。
「さて、まずは挨拶かね」
彼女はひと呼吸置いて、大げさに手を広げる。
「ようこそ、我ら『落陽暗部』の面接会場へ。暗号を解き、試練を越えてこの会場へ辿り着いたオヌシらには、我らの質疑応答に臨む資格がある。それを踏まえた上でオヌシらを迎え入れるか決めたい」
左右の誰かが安堵をこぼす。微妙に残った疑念が解消されたってトコか。
そう。老婆の言う通り、ここは落陽暗部という組織が用意した面接会場だ。
俺がここにいるのはもちろん、入団面接を受けるため。
なかなかしんどい道だった。
応募の紙に記された暗号を皮切りに、罠と謎解きの連続攻撃。
一つ解けば力を試され、苦難を凌げば更なる暗号。
幾度もそれを踏み越えてようやくこの場所へ辿り着いたのだ。
他の連中も似たようなもんだろう。チラ見しただけでも随分と自信ありげな顔がわかる。
だが油断大敵。面接担当の顔はまだまだ俺達をふるいにかける気満々だ。
(ま、そうでなくちゃ困るんだがな)
内心ほくそ笑む。
暗号と道中の障害だけでもかなり選別している印象はあった。
だがそこで測れるのは頭のよさと腕っぷしまで。
俺が舌打ちや文句で迎えられたように、個々人の性格や考えまでは読み解けない。
それらを考慮しない組織では俺が成り上がる意味がないし、上に立てたとしても制御しきれないのは簡単に想像できた。
その点で言えばこの組織は最低ラインをクリアしてる。後は面接での受け答えを通じて、相手の根っこの考えをどこまで見透かせるかだ。
並び順から見て俺の番は真ん中辺りになるだろうが、と思った矢先、老婆の目が俺に向けられた。
「まずはオヌシから聞こうか。確か名前は、ストロング・アーム」
「……はい」
なるほど、並び順は関係ないらしい。
「ストロング・アーム……!」
「マジかよ、こいつが?」
「いつもリリギアに挑んじゃ負けてる命知らずが来やがったのかよ……」
左右がざわつく。
概ねマイナス反応だ。俺もあんまりいい気分はしない。
(少なくとも好きでリリギアに挑んでるわけじゃねぇっつーの)
というかそんなわかりやすい反応してて大丈夫だろうか。
今も黒服連中はお前らを見てるぞ、と思いつつ様子をうかがう。
しかし予想に反してそっちも顔を見合わせたりと困惑気味。
ストロング・アームこと俺がこの場にいるのがそんなにおかしいか。
(……いや、違うな。むしろこの婆さんを気にしてる)
察するにトップがいきなり名指しで声をかけたのがイレギュラーって話か。
因縁をつけられたか、それとも変な期待でも受けたか。
いずれにしても警戒は必要と判断した。
既に
「オヌシのことは以前から知っておってな。
直後、老婆の目に剣呑な光が宿った。
「しかしオヌシ、かの組織ではかなり低い立場だったと聞いておる。あそこでは立場の低さは実力の低さも同義。正直、どんな手でここまで来れたのか不思議に思っておってな。からくりがあれば教えてほしい所だが、どうかね?」
なるほど。初手からマウントを取るつもりか。
だがそれは裏を返せば俺に最大限の警戒心を抱いているということ。
ここはふてぶてしく振る舞うとしよう。俺はわざとらしく鼻を鳴らし、注目を集めてやった。
「それはつまり俺の実力を疑っていると。面白いもんだ、暗号も試練も小手先の手段で切り抜けられるほど甘いものじゃないのはそちらの方がよく知ってるだろうに。……もちろん正攻法で踏み越えた。そうでなければ落陽暗部は認めないだろう?」
「当然だとも。そのための試練だからな」
「だったら妙な色眼鏡で見るのは止めてもらおうか。潰れた組織の評価をいつまでも引き合いに出されるのは、はっきり言って不愉快だ」
「くく、言うねぇ。
「未練も何も、潰れた組織のことをいつまでも引きずってどうする。奴らはもう終わった存在だ」
息を呑む声。
仮にも元所属、しかも全国に勢力拡大してた大組織をけなせばこうもなるか。
恐れ知らずを見るような視線もまざり、自然と口角が吊り上がる。
一方で老婆も随分と悪い笑みだ。
「終わった……あぁ、確かに終わった存在だね。各支部は自爆消失、本部も消し炭ばかりで復旧不可能。唯一残ったストロング・アームも思い入れナシと来れば、最早立ち直る可能性は万に一つもあり得ない。私らも遠慮なく勢力拡大できる」
「だろうな。だからこそ俺も――」
「だがそれがオヌシの手で成されたとなれば話が別ではないかね? うん?」
へぇ、それを掴んでいたのか。
ここの情報部はいい仕事をするらしい。
周囲のどよめきが一気に増す。最早、同席した他の連中は有象無象。
老婆の脇に控えた連中も余計な口出しはするまいと沈黙を決めたようだ。
よって、この場は俺と老婆による最終面接の舞台と化した。
「どんな方法を使ったかは知らぬが、たった一人で組織を潰した悪逆者。そんな男がウチに来て、一体何をするつもりだい?」
「もちろん自分の力を知らしめるためだ。元所属を潰したのもその一環だと思ってくれていい」
真っ赤な嘘である。
メインはただの憂さ晴らし。でもそのくらい大きな口で言った方が印象的だろう。
潰れた後なんだからせいぜい踏み台として役立てよ元所属。
「くく、つまり自分を売り込むための踏み台に使ったと? 随分大がかりな手を打ったもんだ。しかしオヌシ、自分の行動が何をもたらしたか、わかっておるか?」
「当然わかってるとも。仮にも全国展開の組織だ。そこがなくなったと来れば、各地の後釜を狙う所は多い。間違いなく荒れるだろうな」
というか実際、荒れている。
何せ
そんなトコがいきなり壊滅したのだ。ぽっかり空いた勢力圏を手に入れようと考える奴はいくらでもいる。
当然、悪の勢力争いは避けられず、正義も黙って見過ごすはずがない。
落陽暗部だってその一つだろう。
「となればオヌシは動乱がお望みか?」
「それはない」
だが、それだけははっきりしている。切り込もうとした老婆の問いを跳ね返し、俺は背もたれにぐっと身を預ける。
背中の変な所に当たって痛いけど、この後のセリフはそれくらいふてぶてしくなきゃ釣り合わない。
「そんな状況を維持するつもりはない。目標は『安定した支配圏』だ。外敵に脅かされる心配も内側から崩される不安もない、そんな支配こそが俺の望みだ」
「安定した支配圏? なんだい、国でも作ろうって話かい?」
「そうとも言える。何せ、最終的には全国規模でそれをやりたいと思っているからな」
老婆の目にはっきりと動揺が走る。
何言ってるんだコイツ、って感じの色が見えたがこっちは本気だ。
それに、ここの支配方針は俺の目指す所と似通っているのはリサーチ済。
だから入団試験に臨んだのだ。
「落陽暗部ならそれも可能と見ている」
「単にこれから勢力圏を広げようとする所に相乗りしたいだけじゃないのかね?」
「そこは否定しない。だが俺を迎え入れるメリットは充分あると考えている。この勢力圏では、特にな」
「何故かね?」
「ここはリリギアの活動圏だ」
そう口にした途端、老婆の目の色が変わる。
やはりこれはクリティカルワードだ。
この業界においてリリギアの名は決して無視できない単語。
難攻不落、絶対的な障害。
できる限り敵対を避けるのが常識、正義の連中にもひと目置かれる組織、それがリリギアだ。
そんな話がある中での俺の売りと言えば、やはりこれ。
「俺は連中と何度もぶつかってきた。単独でも、指揮官としても。シチュエーションは問わないが、強いて言えば『ブレイドとの交戦経験が最多』だな」
周囲の気配が驚愕に染まる。
老婆も口元をひくつかせた。
「無論、勝利できてないのはマイナスと考えていい。だが抑えるのも撒くのにも慣れている。もしもを考えるなら、俺のノウハウは必要だと思うぞ?」
「なるほど、当面の売りはそこにあると。ではこの勢力圏を支配した後はどうするつもりかね?」
「具体案はない。だが支配が終わるまでの間に落陽暗部の状況は把握する。それを踏まえた上で、現実的な提案をさせてもらいたい」
「なるほど、ね……」
ため息にも似た一言の後、しばし沈黙が流れる。
さて次はどう来るかと身構えていると、老婆は長い深呼吸でソファに沈む。
「存外に理に適った話だね。リリギア対策は私達も考えていた所だ、ノウハウがあるならそれに越したことはない。当面の売りとしては充分だろうて」
誰に言うでもないぼんやりとした口調。
内容の振り返りと見て見守ることにする。
「リリギアの勢力圏を支配した後の具体案がないのは残念だが……まぁ許容範囲かね。私達の指針とずれた話をされるよりはマシと見ようか」
そこまで言って相手は長く息を吐く。
ゆっくりと起き上がった顔にはいかにもな悪役の笑みが浮かんでいた。
「よくわかった。私はオヌシを低く見積もり過ぎたようだ」
面接担当の緊張が和らいでいく。
どうやら俺の品定めは終わったらしい。しかも好印象のようだ。
老婆は立ち上がると俺に向けて頭を下げる。
「非礼を詫びよう、ストロング・アーム。そしてオヌシに歓迎と期待を。
面接成功、試験も合格か。
思ったよりもすんなり寄る辺が決まりそうでよかった。
「今更だが名乗るとしよう。私は――」
轟音、会場に亀裂走る。
「っ!」
異変はそれだけに終わらない。
一気に広がった亀裂は壁を割り、会場を日に晒す。
それを逆光に人影が一つ現れた。皆、一斉に戦闘態勢に入る。
俺も戦闘用装甲服を身にまとい、
『
だが、その場に響いた声を聞いた瞬間、喉奥から「マジかよ」と声が漏れてしまう。
何せそれは俺が嫌というほど聞いた声。
ついさっき自分を売り込む時も引き合いに出した敵対組織の、トップエースのそれだ。
フルフェイスの下で顔を歪める俺を余所に、逆光浴びる人影はかつかつとブーツを鳴らす。
『長き暗躍もここまでよ。今まで重ねた悪行三昧、この先やるであろう悪事もまとめて……私が両断してあげる!』
お馴染みの前口上。
高らかに宣言したのはリリギア・ブレイド。
鋼鉄のポニーテールを揺らした彼女は老婆に向けて、右手の剣を突きつけた。
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