第5話 身バレしたオタクの住まい事情
エレベーターで地上に戻り、一階トイレ。
流し台の鏡でひと通りチェックを済ませた俺は、何食わぬ顔でロビーに戻る。
そこに続くようにして、サラリーマンに扮した護衛兼監視役の二人がついてきた。
「仕事とは言えめんどくさいもんだな。連れションみたいな素振りもしなきゃいけないとか、さ」
「だったら次からトイレは下にいるうちに済ませてくれ」
片方は仏頂面、もう片方は苦笑い。
役割分担だろうか。どっちにしろ、軽口に乗ってくれた方とは仲良くできそうだ。
「で、お二人さんはどこまで?」
「ロビーを出たらお別れだ。社長からは『ビルを出たらどこにでも』と」
「なるほど。……変わり者だな、そっちのトップは。ウチのトップにも見習ってほしかったよ」
「……はは」
流石にこれはジョークにしては黒すぎたか。
自動ドアを抜けた俺は肩越しに手をひらひらさせる。
「じゃ、ここでお別れだ」
「わかった。……できれば同僚として会えることを祈るよ」
「期待しないでくれ」
去り際にそんな言葉を投げて歩く。
そのまま道路沿いに進みながら、俺は今後の方針に考えを巡らせる。
(まずは就職活動か……転職なんて初めてだが、やってやれないことはないか)
ぶっちゃけ悪の組織なんざいくらでもある。
支配、強奪、混乱、それぞれに目的を掲げ、それこそ企業のごとくしのぎを削って勢力拡大を推し進めてる。時に組織同士で潰し合うことだってある、なかなかシビアな世界だ。
もちろんそれと同じだけ、抑止勢力として正義の組織もある。こっちもそれぞれ活動目的を掲げちゃいるが、根っこに「悪の組織の好き勝手を阻止する」ってのがあるから基本、対立はしない。逆に協力もしないみたいだが、その辺の事情は知らない。
要は昔テレビで観た特撮モノに出てくるような戦隊と敵組織がお互いに複数あって、しっちゃかめっちゃかで戦い合ってるって言えばわかりやすいだろうか。
そんな時代だからこそ、悪も正義も門戸はどこにだって開かれてる。
異能を持ってるとなればなおさらだ。自分の目覚めた力を活かすべく、あるいは思うままに振るうため、それぞれの世界に足を踏み入れるのはよくある話。
とは言え、その中で転職なんてそうそうあるはずもなく、俺はどうしたもんかと口をへの字に曲げた。
(求人? 情報収集? 何にせよ、「未所属のソロ」って状況はまずい。俺の素性、めんどくさい奴らにバレちまってるし)
ちらりと後ろを振り返る。
背後にはどん、と10階はありそうなビルが鎮座してる。
似たような高さの建物はそこらにあるが、他と違うのは大型のモニターパネルだ。
次から次へと映されるCMは一見しただけじゃランダムに見えるが、出演してるのは同じ事務所の所属。
自分はここにいる、ここが拠点だぞ、って主張がひしひしと感じられた。
ま、どうせそうやって存在感を示すのが目的なんだろう。
(リードプラザビル阿澄、Asumiマネージメントの本拠地……もう疑いようがねぇや)
リリシンとリリギアのつながりは最早確定事項。
ビル部分は芸能事務所、地下にリリギア本拠地というありがちな構成は、攻める側としてはやりづらい。
地下のリリギア本拠地を落とそうにも、ビル部分の芸能事務所が目立ちすぎる。
ビルごと穏便に乗っ取るレベルでしっかり計画しなきゃならないだろう。
いくら
というか絶対ソロで相手しちゃいけない。
(くっそ……いろんな意味で厄介すぎる)
俺を勧誘してきた壮年の不敵な笑みが頭をよぎる。
あっさり解放したのもおそらくこういうトコまで考えを巡らせると読んでたからだろう。
本当に面倒な奴との縁ができてしまったもんだ。
(……とりあえず帰るか)
いずれにせよ、ここでうだうだ考えた所でしょうがない。
まず帰宅。
素性が割れた今、住まいを追われる可能性もある。そうなる前に貴重品だけでも回収せねば。
そう考えると自然と足も速くなった。
―――――――――
結論。
今すぐ追い出される心配はなさそう。
根拠は単純、隣部屋に監視要員らしき女が入居してたから。
ちょうど玄関前に立ったタイミングで出てきたが、俺を一瞬「敵対者」の目で見たのは見逃さなかった。
とりあえず当たり障りのない挨拶だけで済ましたもののクロだ。
おおかた、先月から空き部屋になってたのを見て滑り込んだって話だろう。
(わざわざそんな回りくどいことしなくても、警察と結託して強制調査なりすりゃいいだろうに)
何となく「悪い印象を持たれたくない」とか「穏便に協力関係を築きたい」とかって雰囲気を感じる。
まぁ深読みすれば「その気になればいつでもどうにかできるぞ」って圧にも見えてくるが。
少なくとも阿澄ひいてはリリギアの厄介ぶりは伝わってくる。
(何があってもいいように、貴重品だけでもまとめとくか)
そんなことを考えながら部屋に入る。
二重ロックの上で電気を点けてざっと見回した時、思わずデカいため息が出た。
「……いや無理だ。どれもこれも貴重品すぎる」
二つある部屋の一つ。六畳一間を占拠する、リリックシンフォニアのグッズ達。
ポスター、缶バッジ、アクリルスタンド。
どこ見てもリリシンのある生活って状態。
その中でも特に目立つのが部屋の隅に鎮座した、いわゆる「祭壇」。
中核を担うのはもちろん推しの舞奈のグッズだ。
3年前にリリシンと会ってから集め始めた結果でもあり、どれもこれも捨てられない。
かと言ってもしものために集約、なんてできるはずもなく。
「無理だ。まとめるの絶対無理だ。俺はここから動けない」
もう一度、盛大にため息。そのまま膝から崩れ落ちてしまった。
我ながら気持ち悪いことに全部に思い入れがある。抱えて逃げ出すにしても段ボール4個で収まるかどうか。
第一、収められたとしても推しグッズを撤収した後、リリシンと出会う以前の一般的賃貸ルームで健全な精神を保てる気がしない。
つーかグッズ飾るためにわざわざこの部屋を借りたんだ。グッズ撤収したら意味がない。
どうやら舞奈の正体がリリギア・ブレイドだろうとこの気持ちは変わらないらしい。
(まぁそうだろうと思ってたけどさぁ……思ってたけどさぁ……)
駄目だ。思考が割と変な方向に向かってる。
一刻も早く気を紛らわせなきゃ。
這いずりながらテレビのリモコンに手を伸ばし、電源オン。
『リリックシンフォニア初のソロ曲シリーズ、スタート! それぞれの想い、歌声に乗せて!』
「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」
まるで狙ったかのように始まったリリシンの宣伝。
周年記念ライブで初出ししたヤツを早速流してやがる。
おかげで先日の感動を思い出してモンスターみたいな呻きが転がっていった。
ここに至って確信する。
(あぁちくしょう、リリシンの正体がリリギアだって知ってもリリシンへの想いは変わんねぇよやっぱりぃ……!)
リリギアに辛酸を舐めさせられたのは事実。
だが同じくらい、リリシンが日々の活力にもなっていた。
(そりゃそうだよ……つらい時の支えだったもんなぁ……)
特に
リリシンが頑張って人気グループへの道を走っていくさまにはいつも元気づけられてきた。
彼女らの頑張りを応援したい、だから俺も踏ん張ろう、と折れそうな心へのテーピングを何度やったことか。
その中でも特に舞奈は別格だ。
「やる以上は歌とダンスに全力を尽くしたい」とストイックに腕を磨く一方、バラエティやトークでは目立つ要素なしの一点特化型。
ファンの中には「芸能活動舐めてる」だの言うヤツもいるが、それは違う。
パフォーマンス最強な彼女がそういう感じだからこそ他のメンバーがバラエティやトークで目立てるし、逆にライブでは彼女が引っ張ってくれるからリリシンのパフォーマンスの完成度が上がっていく。
舞奈がいなきゃリリシンの人気は上がらなかっただろう。
そう断言できるくらい、俺の中では舞奈の存在がリリシンでは不可欠だった。
が、その推しがまさか長年の宿敵だったなんて。
(なんて現実だ……でも現実だ……)
否定しようにも、あの日見た月下の黒髪は鮮烈に焼きついたままだ。
おそらく一生忘れられない。
――私のファンなら自重しなさいっ!
(しかもあんなセリフ言われたらさぁ! 俺はそうそう抵抗できねぇよ!)
限界だった。うつ伏せ五体投地でじたばた。
下階の居住者への迷惑間違いなし。でもしょうがない。
(ずるいじゃん! あんなこと推しに言わせちまうなんて恥ずかしいと思っちまうじゃん! ちくしょう!)
実際、ファンとしてアレには有無を言わさぬ強さがあった。
俺の場合は「ファンたるものみっともない格好ではいられない」って信条があるから余計にそう感じるのかもしれないが。
(あぁ無理だ、しかもよりによってライバルが推しとか! ブレイドの正体が舞奈ってどうしてだよ! 戦えるのか俺! いやでもあの場で啖呵切った手前、「やっぱ戦えない」ってのは情けなさすぎるし、そんなムーブかまそうもんならリリギアに付け込まれるのがオチなんだよなぁ!)
本当に厄介な事態だ。
『記念すべき第一弾は雪原 舞奈! 予約受付中!』
(あ、そうだ予約しねぇと)
それはそれとしてソロ曲シリーズは全部予約した。
やっぱ初だもの。
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