第4話 推しのいる組織が俺をやたら高く買ってる件


「おっもい!」


 ひとしきり話し終えてのレスポンス一発目は、渋い顔した舞奈の一閃だった。


「潰したのはよくわかったわよ、ついでに連中がどんな末路迎えたかってのもね。でも四ツ谷とかいういかにもロートルくさい奴に引導渡すくだりまで語るのはちょっと違うでしょ!」

「なっ、お前」

「っとぉ、待った待った。舞奈クンはストップ、ストロング・アームも落ち着いてくれ。」


 語った直後でノッてた影響か噛みつき気味に応じてしまったが、阿澄が割って入ってきた。

 しかし向こうの表情も明らかに引きつり笑い。それを見て俺も流石にクールダウン。


(冷静に考えると、ドン引きな内容だったな……?)


 相手に合わせてもうちょっとマイルドにした方がよかったか、しかしこの話をしようとすると四ツ谷のくだりを語らずにはいられない。

 さて困ったと自問してると、自然に空白の時間が生まれる。

 間を置いて、やけに遠慮の見える目を向けられた。

 さてどういう感情か。


「まず確認させてほしい。つまり君は、査定役から受け続けた不当な扱いを理由に組織を潰した……と」

「……? まぁ、そうなるな」

「じゃあ次に、おそらく怒るかもしれないけど……その『不当な扱い』って、具体的にはどんな……?」

「あん?」


 変な琴線に触れた。自然と睨んでしまう。

 すぐさま舞奈が阿澄を庇うように割って入る辺り、相当な顔をしてたんだろう。

 落ち着いて話そうと思って深呼吸。苛立ちをなだめながら、少しずつ文句を吐き出していく。


「態度不良、要注意対象、そんな感じに難癖つけられて、週報を書かされる。役職持ちの雑事も、他の幹部の倍はあった。だが扱いは平の団員と大して変わらない。ちょっとヘマがありゃいびられ叩かれの繰り返し」

「う、うん……」

「給料も一般から毛が生えた程度。事あるごとに俺だけ呼び出される。やたら酷使される。出動だってまず俺から。そんで現場指揮は丸投げ。『コイツが出るのは当たり前』って言われるようになってく一方で感謝の言葉は全くなし……!」

「お、おぉ……」

「そのうち一般の連中にも『あいつはそう扱っていいヤツなんだ』とか触れ回って扱われ方は酷くなる一方……! それだってのにテメェらリリギアを筆頭に正義側との戦いは激しくなるばっか! 挙句の果てに直近の段位査定で何て言われたと思う? 『負け続きのストロング・アームは減給が適切』だぞ!?」

「ん……んん? それはおかしくないかね?」

「え、何、黒き蹂躙ブラック・トランプル、そんなアホなこと言ってたの?」

「あぁ言ったさ!」


 でも無理だ。言えば言うほど心が荒ぶる。

 俺は俺が思ってた以上に鬱憤を溜め込んでたみたいだ。

 この際だ、大いに吐き出してしまえ。


「なぁにが負け続きだ、他の幹部がめんどくさがって本部から出てこなきゃ戦力不足で負けるだろうよ! リリギアのエース最大6人を俺一人と一部隊みたいな規模で倒すとか馬鹿でも無理ってわかるだろうが! そもそも曲がりなりにも幹部だぞ俺は! その俺が戦闘員並みにホイホイ出る時点で異常なんだよ!」

「そ、それは……うん、確かに、ね」

「しかも前提として査定前の待遇が一般から毛が生えた程度だぞ! そこから減給? 一般と同じかそれ以下の給料で名ばかり管理職かよ! 一年耐えて大人しく従い続けた結果がそれか? ふざけるなって話だ!」

「っと、どうどう、君の怒りはよくわかった、ひとまずその辺りにしよう」

「いいやまだある、あのクソデブ――」

「お、落ち着きなさい! 私のファンなら自重してっ!」


 ぐ、と口が止まった。

 一拍置いて、ぶつけられた言葉の中身を理解した俺はぎこちなく舞奈を向く。


「……その言い方は、ずるくないか」


 対する舞奈は口を尖らせてそっぽを向いた。

 テレビ越しのよく見せる、機嫌を悪くした時の仕草だ。

 生で見ると数割増しで可愛い気がする。

 いやそうではなく。


「と、止まらないアナタが悪い。……でもそうね、アナタの扱いが明らかに不当なのはよくわかった」

「え」

「仮にもライバルよ、私。アナタの実力はよくわかってる」


 不覚にもその言葉にじんと来てしまった。

 何度もぶつかった強敵が俺を認めてくれたのだ。

 しかもその正体は推しのアイドル。つまり推しに認められたも同義。

 いろんな意味で嬉しい。ささくれだった心にも潤いが戻ってくる。やっぱり推しの力は偉大だ。

 胸に手を当ててそれを噛みしめてたが、はっと我に返る。


(いや、いかんいかん。推しとライバルを同じものに見るんじゃねぇよ俺。それはダメなヤツだ)


 気持ちの整理はまだだが、一時の感情に流されてブレイドと舞奈をごっちゃにして考えるのはまずい。

 ほだされちまうことになりかねない。

 心の中で言い聞かせる。


「落ち着いたかな」


 と、今度は阿澄が口を開いた。

 額から手を離して彼は表情を引き締めて続ける。


「その怒り具合を見る限り、全部実際にあったことなんだろうね。正直、私も舞奈クンと同じ感想だ」

「……そうなのか?」

「仮にも舞奈クン、いやブレイドの所属組織のトップだからね。彼女の実力から、そこと拮抗する君の実力はおおよそ見当がつく。それにしてもまぁ……黒き蹂躙(ブラック・トランプル)も馬鹿なことをしたもんだね。壊滅するのも納得だ」


 顎をさする壮年の目に、不敵な色が宿った。


「異能も含めた君の実力。劣悪な労働環境でなお維持されてきた均衡状態。それをしっかり分析すれば、査定役と言っていた四ツ谷が不当評価を下してるとわかっただろうに。それができなかったのは、幹部陣の慢心か、それとも古参への配慮か……ま、何にしても間抜けな末路だね」


 なんとまぁ容赦なく切り捨ててくれるもんだ。

 もちろん同意するトコだらけ。


「正義の側に言われるのは複雑だが……ま、実際その通りだ。お粗末なクーデターも準備されてたんだ、後はもう遅いか早いかの違いだけさ」

「だろうね? ま、流石に組織規模から見て可能か、って話は残るけど……君ならできるだろうね。そっちの異能も既に把握してるし、その点で見ても無理な話じゃない」


 一瞬警戒心が跳ね上がるが、すぐに悟った。

 散々ぶつかり合った間柄な上に2日は敵陣でぐっすりだった身だ。解析もされてるだろう。



 異能。



 そいつはいつからか一部の人間が使えるようになった、超常現象一歩手前な能力のことだ。

 遺伝とは関係なく生まれ持つもので、どんなものかは人それぞれ。誰一人として同じ能力はない。

 大体が10歳前後にはっきり現れ、現代社会ではその力との付き合い方をみっちり学ばされる。

 使い方次第でどんな善行にも、いかなる悪逆にだって使える、自分の一部だ。

 で、俺の異能はと言うと。


四肢増強フィジカル。身体、特に手足の筋力と耐久性を向上させ、常識外の運動能力を発揮できるようになる異能。しかも向上させた力を適切かつ的確に行使するための副次効果として、思考力も上昇させる。シンプルだが本当に厄介な異能だ。……今この瞬間も使ってるんだろう?」

「はっ、使ってるのがバレるほど分析済みってわけか」


 阿澄の言う通り。

 俺の異能、四肢増強フィジカルの詳細はほぼ割れてるらしい。

 まぁ、実は「最大強化の維持は10分まで、その後は3分のクールダウンが必要」って致命的な弱点があるが、流石にそこまではバレてなさそう。


(誰にも晒してねぇし、弱点潰すための対策も立ち回りもしてるしな……)


 腹の中で呟いて、俺は阿澄に睨みを利かせる。


「で? 黒き蹂躙ブラック・トランプルが壊滅した原因がわかったから終わり、ってわけじゃないだろ?」

「それはまぁ、ね」


 向こうも身を乗り出し、不敵な笑みを強める。


「引き続き腹芸はなし、ストレートに行くよ。……ストロング・アーム、いや鏡 響也クン。君、『リリギア』に所属してみないか?」


 切り出された言葉に思考が固まり、数秒。


「……何言ってんだお前?」


 どうにか絞り出せた言葉もそんな有様だった。

 とりあえず舞奈を見る。反応が薄い辺り、組織トップの突然の思い付きってわけではないらしい。

 が、それはそれで解せない。

 まさか自分の組織を潰したからって、「敵の敵は味方」とか言い出すつもりじゃないだろうな。


「もちろん、敵の敵は……なんて安直な話じゃないのは当然だ。そこは承知してる」


 すかさず返ってくるのは先回りの言葉だ。

 なるほど、仮にも組織のトップってことか。意外に食えない奴。

 心の中でこの男への警戒度が上がっていく。


「ただ、ブレイドはリリギアでも上位の実力者。そんな彼女と渡り合うストロング・アームの技量を、是非ともこちら側に引き込みたいと思っている。だからこそ倒れた君も保護した」

「だったら残念だったな。俺がお前らと対立する悪人であることには変わりねぇ。所属を潰したのは俺の目的には邪魔だと判断しただけ。改心とは無縁の話だ」

「でも今の君は根なし草だ」

「んなもん新しい所属を探すに決まってんだろ」


 ここで「俺をトップに新しい組織を立ち上げる」と言わないのは自衛のため。

 本音はそんなことをカッコよく言ってやりたいが、今の俺は未所属のソロ。組織が本気になりゃ簡単に潰される、危うい立ち位置だ。

 だからすぐに次の居場所を探す、つまり他の組織との接触が多くなることを想像させて、狙いを逸らす。


「このご時世、正義も悪も所属候補はごまんとある」

「確かにそうだけど、黒き蹂躙ブラック・トランプルでの評判は同業他社にも伝わってるはずだ。同じ冷遇を受ける可能性は高いんじゃないかな?」

「そこは黒き蹂躙ブラック・トランプルを潰した実績がある。お前らリリギア相手に生き延び続けてきた事実もあるんだ、少なくとも嘘とは切れねぇだろうよ」

「分の悪い賭けだねぇ」


 なかなかめんどくさい相手だ。

 ここらで話を切ろう。俺は目線を切って肩をすくめる。


「はっ、だから諦めて――」

「リリギアの正体が君の推しのリリックシンフォニアと知っても悪であり続けると?」


 言葉に詰まる。


「もっと言おうか。リリギア・ブレイドが君の最推しの雪原 舞奈と知った上でも、あくまで対立関係を維持するのかい?」


 正義とか悪とか全く関係ないが、だからこそクリティカルなトコだ。

 実際、起きてからここまでの自分の反応だけ見てもちぐはぐしてるのは明らか。

 そこについてどう気持ちの落としどころをつけるかは、それなりに時間がかかりそう。

 しかし一つ言えることがあるとすれば。


「……俺は宿敵が推しだったからって簡単に正義に寝返るほど、軽い気持ちで悪人やってねぇ。そこだけは甘く見積もられたら困る」


 俺は俺なりの信念、成し遂げたい想いがあって、悪の道に進んだ身。

 それだけははっきり言わせてもらう。

 対する阿澄は食えない笑みのまま。


「そういう芯の強さを見せられると余計に欲しくなるよ」

「めんどくせぇ奴だ」


 さっきから思ってたことがとうとう口に出た。

 この様子だとコイツは俺が頷くまで諦めなさそうだ。


(潮時か。これ以上話してても向こうは食い下がるばっかだろ)


 よし、さっさととんずらだ。


「ま、今日の所はここらで引くとしよう。君もそろそろここを出たいだろう?」


 四肢増強フィジカルの出力を上げようとしたが、ここで阿澄は意外なことを口にした。


「……は?」

「え、ちょっ、阿澄司令?」


 舞奈にとっても予想外だったようで、どういうことだと言いたげな顔。

 俺も相手の意図が読めず、迂闊に動けない。

 一方で当の本人はさっきまでの不敵ぶりが嘘のようにあっさりな態度で席を立つ。

 どうすんだコイツ、めんどくささが増したぞ。


「君がそう簡単に頷きやしないってことはわかってるとも。だから今日はこのまま解放する。抵抗されて施設に穴とかつけられても、補修費の請求が大変だしね」

「……」

「というわけでさっき外に出した護衛を案内役につけるよ。彼らについていって、私物を回収したら出てくれるとありがたい」


 だがここで変にごねた所でしょうがない。


(暴れるのは怪しい気配を感じた後でも間に合うか)


 向こうが「解放する」と言ってるんだ、ひとまず受け入れるとしよう。

 俺はベッドから起き上がる。


「ストロング・アーム」


 と、そこで舞奈に声をかけられた。

 ちょっと迷ったが振り返った俺は、「ストロング・アーム」として口を開く。


「……保護の礼は言う。だがそれで情けをかけると思うな」

「そんなのわかってる。何度ぶつかったと思ってるの」


 こちらを睨む目は確かに「リリギア・ブレイド」の鋭さを宿していて、内心ほっとした。

 とりあえず、次にブレイドとして会った時に向こうが手を抜くことはなさそうだ。

 それならこっちも余計なことを考える余裕は脇に置けるかもしれない。


「……じゃあな」


 肩越しに手をひらひらさせるのは、ブレイド相手にやってたいつもの去り仕草。

 俺はさっさと扉へ向かった。



―――――――――



 ストロング・アームが去った後、しばらくして阿澄司令も部屋を出る。

 それを追いかけて管制室へ向かう道すがら、私は率直な疑問をぶつけた。


「どういうつもりですか、阿澄司令? いつもだったらあそこで引き下がったりしないのに、何故ストロング・アームを解放したんです?」


 それに対し、司令は「それも考えたんだけどね」と口をもごもごさせる。

 言いづらいことをごまかそうとする時に出るお決まりの仕草だ。

 ほっとくとそのまま話がフェードアウトするから更に押す。


「はっきり言ってください」

「……いや、迂闊なことすると君のファンが減りそうだったから」

「へ?」


 思わず足が止まりそうになる。

 はっとなった私はすぐに司令との距離を詰めつつ、語気を強めた。


「どっ、どういうことですかっ」

「どうも何も、言葉通りだよ。君の売り出し方失敗したかなー、って思ってるトコに出てきた上に、『本気』で推してるみたいだったから。彼みたいのはファンとして貴重だから、強引に進めた結果ファンじゃなくなったらどうしようかな……って考えちゃってね」


 何よ、それ。

 そんな理由でストロング・アームの勧誘を弱めたっていうの?

 アナタらしくもない。

 私は憤りにも似た感情を吐き出す。


「そういうの別に考えなくてもいいですっ。そもそも彼のスカウトを提案したのは司令じゃないですか。言ってることとやってることが矛盾してますっ」

「うん、まぁ、そこはそうなんだけどね……」

「それに売り出し方がどうこうって言いますけど、私がリリシンで不人気なのは自分のアピール不足と、リリギアとしての活動優先だからに過ぎません!」

「だからこそ、君を推してくれる人って大事じゃないか。それにマグナムから聞いてるよ? 彼を確保する時、『ファンを痛めつけるなんて真似させないで』とか言ってたらしいじゃない?」


 軽口め、余計なことを。

 あの夜追いかけてきた同僚に、心の中で悪態をつく。

 あながち間違いじゃないから余計にめんどくさい。


「……そこは、否定しません。あれだけ熱意を持って語られたら、誰だって悪い気しません。だからこそ、殺すんじゃなくて確保に踏み切りましたし」

「だよねぇ」

「でも、だったらせめて拘束を――」

「そこは心配無用。『拘束』はしないけど『監視』はしてる」


 振り返った阿澄司令が目を細める。

 彼は私に見せつけるように、ストロング・アームに渡したのと同じ名刺を出した。


「私物には偽装の上で複数の発信機。名刺も位置情報把握の機能つきだ。それに『鏡 響也』という素顔は押さえて、居室も割り出し済み。その気になればいつでも動向を探れる。だからこそ解放した」

「あ……」


 何を勘違いしてたのか。

 彼は曲がりなりにも、長く続く正義と悪の戦いを切り抜けてきたベテラン組織のトップ。

 その過程で多くの敵陣営を引き込んだ実績もある。何の対策もなしに解放するなんてこと、最初からあり得ない。

 自分の浅慮ぶりに思わず苦笑した。

 すると司令は名刺をしまいながら続ける。


「それに舞奈クン、君はもうあの気配を覚えているだろう?」

「……確かに、そうですね」


 そう。そもそも、それがある。


「鏡 響也としてファンミも参加してましたからね、彼。何度も感じてますし、アレがストロング・アームとわかった以上、これからは異能を使えば位置も特定できるレベルで追跡できます」

「だろう? 少なくとも君と彼は顔を見せ合った仲だ。どんな目的を持ってようが、今後への影響を考えると嫌でも向こうから接触せざるを得ない。だから君の方からも、仕事に支障が出ない程度に接触してくれ」

「わかりました」


 私は頷く。

 つまり気長にやっていけ、ということだ。

 正直、そういう構え方は私の好みじゃないけど仕方ない、と自分を納得させた。


「とっかかりは、彼がどうして悪の組織にこだわるのか……かなぁ」


 と、不意に司令は変なことを口にした。気になって問いかける。


「それは、どういう……?」

「彼が上司に対してぶつけた言葉の中にあっただろう? 『トップに立てば求めた理想に近付ける』って言葉、アレが少し気になるんだよ」

「……求めた、理想」


 そういえばそんな話は初めて聞く。

 今までずっと「敵」としてしか接してこなかったから当たり前だけど。


「軽い気持ちで悪をやってるわけじゃない、って言った時の顔もなかなか覚悟決まってる感じだったし、もしかしたら彼が悪の道を走るのも何か考えがあるのかもしれない」

「つまり、それを突き止めて折り合いをつけられるような条件を提示すれば、勧誘も可能……って話ですか?」

「あくまで可能性だけどね。でも漠然と仲良くなるよりは君もやりやすいだろう?」


 確かにそう。

 いくら相手がファンだからって、それだけを理由に仲良くするのは難しい。散々ぶつかり合った敵だし。

 探りを入れるってお題目があるだけでもだいぶ違う。

 すかさず私は承諾を返した。


「なら、できるだけ探ってみます」

「頼んだ、でも焦らずにね」


 言われずとも、という言葉は口にしない。

 散々ぶつかってきた相手のことだ。それくらいはよくわかってる。

 アイツは本当に強敵だ。正体まで掴めてしまった今回の一件だって、イレギュラーがいくつも重なったからこそ起こった奇跡みたいなもの。そうそう起こるものじゃない。


(でも所属潰しとライブ参加の疲労で足元すくわれるとか、やけに人間臭い一面があったものね……って、いけない。一応は敵よアイツ。いくらファンって言っても、今はまだ親近感覚えるトコじゃない)


 密かに気を引き締める。

 向こうが「情けをかけると思うな」って言った時の顔、あれは本気だ。

 素性を掴んだからって油断してたらこっちがやられる。

 そんなことを考えてる間にも司令の言葉は続く。


「何せ向こうは何度もこちらを苦戦させてきたストロング・アーム。駆け引きも上手い彼のことだ、おそらくそのくらいは読んで――」


 と、急に司令が口をつぐむ。どうしたのだろうと様子を窺っていると、彼は首を傾げて名刺を出した。

 更にポケットから別の端末を取り出し、少しして「あー……」と合点がいった呻きを漏らして眉をひそめた。


「……噂をすれば何とやら。これは相当に手強い」

「え?」

「発信機の信号、全部消えた。時間的に、地上に戻ってすぐだね」

(ほら来た。これだからストロング・アームは厄介なのよ)


 早々にこれである。

 司令の言う以上の長丁場になりそうな気配を感じた私は、小さくため息をついた。

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