第3話 回想・黒き蹂躙、最期の日

 年に一度、各支部に展開した役職人員も東京本部に集めて行なわれる意思統一集会。

 その日を黒き蹂躙ブラック・トランプルの命日と定め、俺はコトを起こした。

 大総統のご高説が最高潮を迎えたタイミングを狙い、全フロアの隔壁を一斉に封鎖。

 大混乱に乗じて、各支部の証拠隠滅用爆破装置を本部権限で遠隔起動。ほぼ同時に発生した各支部の信号ロストで混乱の火に油を注ぎ、ダメ押しとばかりに本部の動力炉を暴走させた。

 その後は出たとこ勝負だ。

 動力炉から漏れ出たエネルギーの引き起こす火災の中、強奪、蹂躙、殲滅。

 泡食った顔の大総統は動力炉の燃料に変えてやった。

 黒き蹂躙ブラック・トランプルを支える幹部連中も一人残らずぶちのめした。

 一般団員は何を勘違いしたのか「アイツから全部奪っちまおうぜ!」と襲ってきたので全員潰した。

 そして最後、俺にここまでさせた元凶たるクソデブ上司。コイツは特別に思い出深い倉庫に追い詰めて、大いにいたぶってやった。


「ぐ、ぇ……やめ、ろ……今、すぐ……ぅ!」

「あぁ? 何が『やめるんだ』だよ、四ツ谷……さん、よっ!」

「ぐは……っ、ぅ、ぐぅ……おま、え……」


 何度蹴っても止まらない声が、本当に鬱陶しい。

 いっそ踏み抜いてやろうかとも思ったが、今の俺は四肢増強フィジカルフル稼働状態。

 下手なことすりゃ一発でコイツが死んでしまう。

 そんなの許さねぇ。耳障りなのを我慢して、そっと蹴り転がした。


「ぐはっ!」


 ゴロゴロ動いて肥満体が倉庫の棚を弾き飛ばす。

 加減したつもりだったがまだ力が入ってたか。まぁ虫の息って感じでもなさそうだし、問題ない。


「い、言うこと、聞け、ストロング・アーム――」

「なんでテメェの言うこと聞かなきゃならねぇんだ、あぁ?」

「仮にも上司だぞ、私は――」

「この状況で上下関係が何の役に立つ」

「ぃぎ……っ!」

「そもそもテメェにやられたことなんだよ」


 蹴り転がす。


「こんな埃臭い倉庫に呼び出して」


 蹴り転がす。


「言い分聞かずにあーだのこーだの説教垂れて」


 蹴り転がす。


「こっちが謙虚に大人しくしてるのいいことに殴るわ蹴るわ」


 蹴り転がす。


「いくら四肢増強フィジカルで強くできても痛みがねぇわけじゃねぇんだぞ? そもそも上司が部下に手を出すって何のつもりでやったんだテメェ?」


 勢い余って足を踏み抜いてしまった。


「あぎゃあああああ!?」

「うっせぇな……」


 ぽきん、と小気味いい感触が足裏に伝わる。

 でも耳障りな悲鳴のせいでプラマイゼロだ。とりあえず落ち着こう。


「ま、全部俺がやられたことだ。今のはそれを返してるだけ。テメェの気持ちなんざ知ったこっちゃねぇ」


 仰向けに転がって息も絶え絶えな姿を見ても、なかなか溜飲は下がらない。

 むしろ今まで溜め込んだ怒りは「そんなんじゃ足りない」とばかりに沸き立つばかり。

 俺は四ツ谷の中途半端に伸びた髪をひっつかみ、強引に起き上がらせる。

 ぶくぶく太った体がよっぽど重たかったのか、手の中で毛の切れる感覚が伝わってきた。


「……忘れもしねぇ。一年前、俺の幹部段位を最下級に落とす時の話だ。テメェはここで、俺を散々コケにした」

「ぅ、ぎ……っ!」

「テメェは段位査定の担当ってことを散々チラつかせて、やりたい放題だったよな。さっきも言ったが殴るわ蹴るわ、そんでテメェの古臭い根性論で説教して、挙句に『態度が気にくわないから最下級』と」


 そう。

 本来、俺は黒き蹂躙ブラック・トランプルの最高位に立てるだけの力を持っていたはずなのだ。

 そうなれるように努力もした。実際、他の幹部は誰一人として俺に敵わなかった。

 だというのに、俺はコイツに「幹部最下級」という査定を食らわされた。

 理由はたった一つ。

 ほんの少し、コネ全開で幹部の段位を決めようとしたコイツの主張に待ったをかけたこと。

 それだけで俺は「幹部最下級」の名のもとに今まで冷遇され続けた。


「いいよなぁ、それで仕事した扱いになるんだもんな」

「……ま、ち……」

「ん?」


 何か言いたそうにしてたので下ろしてやる。

 ぜぇはぁしながらも四ツ谷は俺をきっと睨んできやがった。


「……間違いとは、思っていない」

「ほう」

「反抗的な奴に、誰が評価など与えるものか。身の程を知れ、このクソガキ……!」


 呆れた。

 この期に及んでそんなことを言えるのか。


「それに私は、黒き蹂躙ブラック・トランプルの勢力圏をここまで拡大させた人間の一人だぞ……! 負け続きで実績もない能無しが、口答えするなっ!」


 耄碌してるとは思ってたが想定を越えていた。

 苛立ちがせり上がるままに再び髪を引っ張り上げる。


「ぃぎっ!」

「黎明期のテメェの活躍は認める。でもそれはいつの話だ? いつまで昔の偉業にしがみついてふんぞり返る気だ? それにテメェが前線離れて何年経った? 俺を負け続きと罵る前にテメェは自分の実績をいい加減更新しろよ」


 言っても無駄だとわかってても、恨み節は止まらない。

 長らく抱えて濁流のように荒れ狂った感情に突き動かされそうになる。

 危うく感じて、俺はデブを放り投げた。どさりと倒れた拍子に折れてない方の足が下敷きに。


「ぎぃ……っ!」

 

 これは折れたな。

 少しだけ溜飲が下がった。自分の不摂生で骨折とか、コイツにはまぁ相応しいか。

 俺はもがく四ツ谷を鼻で笑ってやった。


「ま、今更俺がどうこう言った所でもう変わんねぇもんな」

「げほっ……げほ……っ!」

「一つ、いいこと教えてやるよ」


 とりあえず反省の一つもないまま死なれるのはムカつく。

 俺は今回の一件で知った現実を突きつける。


「この状況な、元々は俺以外の幹部全員が計画してたんだよ」

「……は?」

「どうやら『幹部最下級』の俺をいびるうちに自信をつけたらしい。今の自分達なら組織丸ごと乗っ取っても運営できる、ってな」


 そう、この崩壊劇は俺が計画したわけじゃない。

 図に乗った幹部連中がクーデターと称して進めてたものだ。

 俺がやったのはその計画の先出しと、派手な方への軌道修正だけ。

 だがそれを聞いた四ツ谷は「馬鹿な」と口をわななかせた。


「そんな、彼らがそんなことをするわけ――」

「俺からすりゃ不思議でも何でもないがな。我慢してる俺をボコボコにしながらそのこと相談するような奴らだったんだぜ?」



 ――今の俺達はストロング・アームよりも上だ、もうトップにだってなれるだろ!

 ――あはは! そりゃいい! 部下達にもしっかり言いつけとこうや!



 あの時の間抜けた様子は今でもしっかり覚えてる。

 思い出した途端、余計にムカついてきた。


「そ、そんな大嘘――いぎっ!?」


 足を軽く小突いただけで息を詰まらせてやがる。

 どんだけ痛がってるのやら。

 羨ましいもんだ。我慢もせずにぴぃぴぃ泣けて。

 こちとら泣くに泣けないってのに。


「……ここじゃ、もう俺の目的は叶わねぇ」

「ぅ……ぐ、何を、言って……?」

「俺がここにいたのは、『業界最大手』のここでトップに立てば求めた理想に近付ける、そう思ったからだ。だがテメェのご機嫌取りで我慢したのが間違いだった」


 自然と自嘲が口元に浮かぶ。


「クソみたいな扱い。お前を真似て腐っちまった幹部連中。そこに追従する一般クラスだって似たようなもんだ。そんな環境じゃ這い上がった所で手綱を引っ張るので精一杯。そんな連中、まともに統率できるわけがねぇ」


 そうだ。俺はコイツと違って我慢した。

 でも我慢しすぎた。

 結果、黒き蹂躙ブラック・トランプルにおける俺の立ち位置は「古参に嫌われて冷遇される愚か者」に定められてしまった。

 幹部どころか平の所属員ですら、コイツのせいでその認識が定着している。

 しかも冷遇のやり方までコイツのまねっこと来たもんだ。

 幹部のアホさ加減、一般団員にすら見下される環境、今更これを改善するのは無理。

 昔テレビで見た、死亡フラグ満載のテンプレな悪の組織と化している。


「だから、潰した。上に立つメリットがなくなった以上、ここはただ『平和』を乱すだけの悪の組織だ」

「な……!」


 お前は何を言っている、と言わんばかりの顔だ。

 んな顔されたって知らねぇよ。何よりテメェは俺にそう思わせた元凶だろうが。


「特にテメェは、絶対に、許さん。全部テメェの招いた自業自得なんだよ」

「そんな、わけが……っ!」


 吐き捨てると四ツ谷の眉間に怒りが浮かんだ。

 だが足が使い物にならない状況で何をしようってんだ。とりあえず見届けてやる。


「そんなわけ、あるか……! そんなわけあるかぁ!」


 対する上司の行動はと言えば、這いずって俺の足先に拳を落とす、という何とも微妙な攻撃だった。

 まず当たらない。


「そもそも貴様が! 貴様が口答えなんぞしなければ!」


 ただ、この期に及んでそんなことのたまうのにはイラっとした。

 思わず全力で足を払う。


「私の言うことに――」


 耳障りな叫びがすぽんと切れる。

 気付いた時にはもう遅し。目の前のデブは下半身だけになっていた。

 蹴り抜いた方向に目を向ければ、壁一面が赤色。

 肉片すら染みと化していた。

 やっちまった。


(……散々俺を苦しめた割には、あっさり死ぬのかよ)


 もっと苦しめてから殺す予定だったのに、これじゃちっともすっきりしない。

 むしろ「こんな奴に俺は振り回されたのか」と余計に苛立つレベル。


(俺が上に立ったら、こういう奴にだけはなりたくねぇな)


 せめてもの憂さ晴らしに、クソ上司の下半身を倉庫の外に足で転がす。

 そのまま近くの炎の中にぽんと蹴り入れるとよく燃えた。

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