第2話 知らない天井は敵拠点

 気付いたら目を開けていた。

 知らないが見覚えのある天井を眺めること数秒、俺ははっとなる。


(ここどこだ!?)


 慌てて起き上がりかけたが一旦ストップ。

 不用意な行動は命取りだ。呑気に目覚めた体で身を起こす。

 人の気配はなし。続いて周囲をぐるっと見回す。


(ベッド、椅子、コンソール。随分と簡素だが、治療室か何かか?)


 白で統一された室内は無味乾燥の一言。目を惹くものがまるでない。


(で、俺はこの格好と)


 検診衣という名前をどっかで見た気がする。入院中や健康診断の時に着せられるアレだ。

 戦闘用装甲服はどうしたかな、と顔に手を当てる。


「……着装、四肢増強フィジカル


 馴染みのセリフを口にすると、視界変化と共に全身が装甲に覆われる。

 思考も冴え、より多くの事象に意識を向けられた。

 特に問題なく装備できたことから推察するに、気を失ってからの時間経過で自動解除されたようだ。

 とにかく強奪されてなくてひと安心。


(そんで損傷がなくなってるから、自己修復が終わるまでぐっすりだったってことだな……)


 今回の損傷はかなりのものだった。最低でも2日は使ってることだろう。


(となると、その間ずっと寝てたわけか。よっぽど疲れてたんだな、俺)


 改めて、気絶前のコンディションが限界ギリギリだったと思い知る。

 リリギア・ブレイドに負けてしまうのも当然だ。

 と、そこまで行けば彼女のことも考えずにはいられない。


(……リリギア・ブレイド。いや、舞奈)


 ここに連れてきたのは間違いなく彼女だ。

 つまりここは彼女に近しい組織の建物内。最有力は所属組織の基地か。

 わざわざここに連れてきた理由を予想しようとして、月夜に聞いた声が頭をよぎった。



 ――言ったでしょ、ファンを殺すなんて目覚め悪いって



(あー、くっそ。だからって連れてくるか普通? 事情聴取も含んじゃいるだろうが、あの感じは明らかに「ファンを殺せない」の方が大きいだろ)


 正直、複雑な心情だ。

 推しに介錯を頼むなんて情けなさもそうだし、今まで戦ってきた強敵の正体が推しだったというショックも大きい。

 おまけに、死を受け入れてたトコを推しに救われるだなんて。

 意気消沈まっしぐらだ。


(推しに迷惑かけるとか、ファン失格にもほどがある……)


 思わず目を覆いたくなった所で、ドアのスライド音が響く。

 おそらくこの施設の関係者だろう。戦闘用装甲服をまとったまま警戒心を強めるが、入ってきた相手を見てぎょっとしてしまった。


「やっぱり。目覚めたと思ったら戦闘態勢なんて警戒心強すぎよ」

「ぬ、な……舞奈……っ!」


 青いメッシュの黒髪ロングをなびかせる俺の推しは、不機嫌そうに片眉をつり上げる。

 無地の白Tシャツにタイトジーンズとカジュアルな格好も相まって実に凛々しげな佇まい、ってそうじゃなく。


「とりあえず落ち着いて。アナタが暴れなきゃ、こっちも危害を加えない」

「……ど、どういうつもりだ」

「どうも何も言ったでしょう? 私はアナタの推しよ? 推しにファンを殺させる真似させないで」


 緊張と警戒で思考が乱れっぱなしの俺に対し、舞奈はいつも見てるツンケン態度。

 コンソール前の椅子に腰かけながら、あの月夜と同じ言葉を投げてきた。


(……本格的に情けない。推しの情けで生きてるってことじゃねぇか、俺)


 途端に自分が悲しくなってくる。

 しかし、そんな気持ちでいられたのもほんの僅か。

 新たに気配が複数人。扉の向こうに立ったのを感じ、内心に再び緊張が走った。


「なんとも、見た所は元気そうだね」


 扉が開いて最初に現れたのは壮年の男。

 白髪混じりのオールバックに、ねずみ色のスーツ。

 ビシッと着こなした雰囲気から「やり手のセールスマン」という印象が湧いてくる。

 続いて入ってきたのは防弾服にアサルトライフルを携えた、サングラスのマッチョが二人。

 身のこなしから察するに一般クラスの警備員か。

 負けるような相手ではなさそうだが、暴力に訴えるには情報が少なすぎる。


(それに舞奈、いやブレイドもいる)


 ちらり、と彼女に目を向ける。

 あくまで自然に腰かけてるようでその実、いつでも立ち上がれるような姿勢だ。

 俺が手を出せば間違いなくリリギア・ブレイドとして打ちかかるつもりだろう。

 やっぱりブレイドなんだな、と複雑な気分にさせられるがそれはそれ、一旦大人しく対応するべき。

 俺は改めて壮年男性を見据えた。


「でもここに連れてこられた時は割と酷い状態だったし、本当に起きて大丈夫かい?」

「……ブレイドに負けたんだ。負傷くらいするだろう」

「いやいや、それ以前の問題だよ」


 男はそう言って渋い顔でかぶりを振る。

 舞奈も同意するように鼻を鳴らした。


「極度の過労に睡眠不足。興奮状態でそれを騙して動いてる状態、ってお医者さんが言ってたわよ」

「最低でも3日は寝たまま、ともね。……正直、まだ2日しか経ってないのにもう起きてるのが心配なくらいだよ」

「心配無用。そもそも敵対組織の施設内でこれ以上寝ても休まらねぇよ」

「はは……露骨に警戒されてしまってるね。でも呼吸くらいは楽にしていいよ、ストロング・アーム。そのマスクの下が『鏡 響也』であることは既に把握済だけど、そこに付け込む真似はしない。第一、病み上がりの起き抜けにそのマスクはしんどいだろう?」

(……まぁ、2日も素顔で寝てりゃ調べるには余裕か)


 隠した所で今更、という話だ。

 だったら無駄に意地張っても得なし。大人しくフルフェイスを解除する。

 すると相手のニコニコ具合が増した。

 歩み寄りの姿勢にでも見られたか。まだしばらく相手の出方をうかがうとしよう。


「しかし2日か。顔と名前がバレたとは言え、意外に早い。ブレイド……いや、『リリギア』の支援組織は優秀な情報網を持ってるようだな」

「いいや、今回はたまたまだよ。ブレイドが『座席ブロック』ってクリティカルな情報をくれたからね。周年ライブのチケット情報からアリーナAブロックの当選者をピックアップして、顔写真と照合するだけ。それに君も律儀なファン活動をしてくれてたからね。住所が偽装じゃなくて助かったよ」

「皮肉か?」

「いいや、むしろ感謝してる。おかげで私達は今、こうやって君と穏便に話ができている」

「はっ。身辺情報を握れば、相手は迂闊に動けないものな」

「それもそうだね。……ウチとしては情報リスクを承知の上でリリシンのファンになってくれたことに、すごく喜びを感じるけどね」

(なるほど、見えた)


 今の言葉は本心のようだ。そこから芋づる式に裏事情が見えてくる。

 俺は更に情報を引き出すべく、揺さぶりをかけることにした。


「しかしまさか、リリギアの支援組織が表向きには芸能事務所をやってるとはな」

「……おっと」

「いや、正確にはリリギアの組織図を流用して芸能事務所をやってる、ってトコかね。道理でリリギアが絡んだ事件だけ情報統制が段違いに上手いわけだ。気付けるわけがねぇ」

「……驚いた。今のやり取りだけでそこまで推察できたのかい?」

「ブレイドが雪原 舞奈と知っていれば察しはつく。それに今の言い方、経営者っぽい色が出てたぞ」

「そこから見抜くか……やはりストロング・アームは切れ者だね。ブレイドが手を焼くのも納得だ」


 降参だと言いたげに壮年男性が両手を上げる。

 さて、次はどう出るか。こっそり腕に力をこめ、いつでも動けるよう神経を研ぎ澄ます。

 舞奈の目が鋭くなったが、おそらく警戒だろう。


「なら腹の探り合いはなしだ。私はストレートに知りたいことを投げるとしよう。……二人とも、終わるまで外で待っててくれるかな」


 しかし男の言葉は、意外にも護衛への退出命令だった。

 オマケに困惑するマッチョに向けて「頼むよ、ね?」と念押しまで。

 仕方なさそうに立ち去る男二人を見送る俺も疑念が拭えない。

 この男、一体どういうつもりだろうか。


「……さて、それじゃあ自己紹介からだ」


 内心で警戒レベルが上がる中、男はどこ吹く風。

 呑気な足取りでポケットから名刺を一枚取り出した。


「芸能プロダクション、Asumiマネージメントの阿澄あすみ まことだ。こう見えて社長をやってる」

「阿澄……」

「そしてもう一つ、君の指摘した通り、組織『リリギア』のトップも務めている。そちらの肩書きは司令官、と言えばいいかな」

「社長兼司令官……はっ、いかにもだな」


 Asumiマネージメントとは舞奈の属するアイドルグループ「リリックシンフォニア」の所属事務所だ。

 リリシン以外にも複数の芸能人やアイドルを抱えたトコとして、それなりに名が知れている。

 そして、「リリギア」はリリギア・ブレイドを初めとする戦闘異能少女の総称。

 向こうの認識では支援組織である自分らも含めて「組織・リリギア」ってことらしい。

 明らかに関係なさそうな二つの組織のトップが同一人物とは、世の中わからないものだ。

 名刺を受け取りつつも俺は視線を外さない。


「それじゃあ自己紹介は済んだから本題だ」

「だろうな。敵である俺を相手に、何を聞きたい?」

黒き蹂躙ブラック・トランプルが壊滅した原因を知りたい」

「……なんでそれを俺に聞く?」

「ブレイド……舞奈クンから聞いたよ。『元所属は潰せた』と言ったらしいね?」


 あ、これ地味にやらかしたヤツだ。

 残念ながら覚えがある。遺言があるか聞かれた時のアレコレだ。

 ブレイドと俺が推しとファンの関係だった、ってインパクトの影に隠れてればよかったんだが、そう上手くは行かないらしい。

 白を切ろうにも阿澄の目からは確信が見えるし、横目にこちらを見る舞奈からも「ごまかすのは許さない」って気配が出てる。

 さてどうするかと悩みかけたが、ふと気付く。


(いや、ごまかす必要なくね?)


 最早潰れた元所属。

 情報を渋るメリットと言えば、「どうやって一人で組織を潰したのか」って部分を隠せることだが、そこも伝え方次第でどうとでもなるトコ。

 むしろここで全部隠しちまう方が警戒されてまずいんじゃないか。

 言わないことによる損得と、言っちまうことによる損得を天秤にかけ、考えること数秒後。


「……黙秘かな?」

「いいや、単に思い出してただけだ。起き抜けに思い出すにはなかなか濃い内容だったからな」


 気付けば俺はニヤリと笑っていた。

 まぁそこはしょうがない。実際問題、「ざまみろ!」と言ってやりたくなるような末路なんだから。

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