第1話 相手は推しで宿敵で

 衝撃的な事実。それを理解しろとばかりに沈黙が流れ出す。

 俺は嫌でも状況を把握するしかない。


(え、リリギア・ブレイドが雪原 舞奈……? 俺、推しに胸倉掴まれて……待った、え、どこから突っ込めばいいんだこれ! 俺が戦ってたのは推しだった!? というか推しに「殺してくれ」とか言ってたのか俺!?)


 しかし鈍った頭で考えても混乱が酷くなるばかり。

 満身創痍だったのもあって、考えれば考えるほど思考がまとまらなくなって。

 いや違う。首が締まってる。


「ぐぉ……っ! ま、まった……っ!」

「ぁによ待たないわよ!」

「ちがっ、くび、くびぃっ!」

「はぁ? 首がどう……あ、やばっ」


 必死の訴えが通じ、彼女が手を離す。

 支えを失い、俺の頭は地面に激突。新鮮な空気と後頭部への痛みが同時に押し寄せた。


「ぐぇっ」

「あ、ごめん……いや、今のナシ。そのくらいの痛み、受け入れろって話よ」


 どこか拗ねた物言いで立ち上がる彼女。

 舞奈の顔を晒したまま、リリギア・ブレイドは絶賛悶絶中の俺を見下ろす。

 周年ライブを彩る歌声を紡いだ唇はへの字に曲がっていた。


「……で? 流石に理解したわね?」

「いやっ、さっぱりわかんねぇよ……っ!」

「は? この期に及んで何を――」

「最推しに至近距離で対面してるのを喜ぶべきか、散々ぶつかり合った強敵と割り切るべきかわかんねぇっ!」

「えぇ……?」


 思わずそう返す。

 考えることが多くてまだまだ思考がまとまらないが、一番デカいのはやっぱりそこ。

 なんでよりによって、リリギア・ブレイドと舞奈がイコールでつながってしまうのか。

 感情の置き所が完全に行方不明だ。どう反応すりゃいいんだ、この状況。


「つーかブレイド! いや舞奈! いやどっちだ!? 俺これどっちで呼べばいいんだこれ!?」

「い、意外と元気ね……とりあえず、まずはアナタも顔見せなさいよ。そのくらい礼儀でしょ」

「えっ、あっ、そうだ! やべぇ!」


 言われて初めて気付く。

 向こうは素顔を見せた。こっちも見せなきゃ礼節に欠ける。

 慌ててフェイスを解除。ストロング・アームのフェイスマスクが霧散し、鏡 響也としての素顔が露わになる。


「よしこれで問題なし――っておい! その理屈はおかしいだろ!」


 が、はっと我に返りフェイスを再展開。

 善悪問わず、素顔を知られることは日常生活への影響が大きすぎる。

 上位クラスほど顔を隠すのは基本事項なのだ。

 しかし後の祭り。「うっそ、本当なの……?」と額を押さえる彼女を見るに、どうやらさっきの一瞬でばっちり顔を覚えられてしまったらしい。


「さっきのライブで最前線にいた顔……めっちゃファンサしてたわ、私……」

(え、もしかして最初の挨拶直後のことじゃ……!?)


 ファンサ受けたこと、俺もしっかり覚えてる。

 舞奈が挨拶を終えた時、イメージカラーの青ライトを振ってた俺に向けて、にっこり微笑んでくれたのだ。

 あの時は間違いなく俺を見てくれてた。

 それだけでもめちゃくちゃ嬉しいのに、まさかそれ自体覚えてくれてるとは。


「まさか、覚えてる……!?」

「そりゃそうに決まってるでしょ! 初っ端から思いっきり青のライトぶんぶん振り回してくれちゃってさ! 挨拶直後にあんなのされたら覚えるし、ファンサしないわけないでしょ!」

「マジか、ありがとうございますっ」

「いやそれはこっちのセリフだからっ。何であれ、応援してくれるのは嬉しいから……」


 しかもお礼まで言ってくれる。やっぱ最高だ、今まで以上に推せる。


(流石だ舞奈――って待て待て、相手はリリギア・ブレイドでもあるんだってば!)


 喜びに浮足立つ心に、慌てて喝を入れる。

 でも無理だ。いくらリリギア・ブレイドと言い聞かせた所で、仮面を取った素顔が推しの顔である事実は変わらないわけで。

 もうこれどうすりゃいいんだよ。


「やっと見つけたぁ!」


 と、突然響く第三の声。

 新たな敵の接近に神経が研ぎ澄まされ、無意識に体が動いた。

 全身使って舞奈から飛び退く。

 立ち上がるのは無理。「力」の行使も限界ギリギリ。

 左手も使って体を支え、右腕だけ力を増強できるように構えた。

 しかし、舞奈に剣を取る気配がない。つーか仮面を付け直す素振りも見せないんだが、大丈夫か。



「……ったく、じゃあとりあえ、ずっ!」



 直後、背中に衝撃。

 対応できず、顔面を強かに打ちつける格好となった俺は再び悶絶。

 どうやら背後に回り込まれたらしい。

 さっきまでいたはずの黒髪が見えないことから察するに、彼女の仕業か。


「大人しくしてなさい、ストロング・アーム。アナタは連行するわ」

「どういうつも……うぐっ!」


 食い込むヒールの痛みに反論を封じられる。


「言ったでしょ、ファンを殺すなんて目覚め悪いって。それに黒き蹂躙ブラック・トランプル最後の生き残りでしょ、アナタ。事情聴取もできるだろうから、このまま連れてく」

「だれが、そんなことを受け入れ――」

「四の五の言わず大人しくしなさい。仮にも私のファンでしょ」

「それとっ、これとは……っ!」


 苦しみながらの押し問答の間も、俺はどうにか彼女から逃げられないかと思考を巡らす。

 しかし、相変わらずのボロ雑巾状態じゃ何もできず、いよいよ新手がやってきてしまった。


「ブレイドってば、いきなり飛び出すんだから! いつものことだけど少しは自重してよぉ!」


 息を切らしてやってきた、赤色のボディースーツ。

 ジャケット調の装甲を押し上げる巨乳と、腰のホルスターに収めた二挺拳銃が特徴のそいつは、「戦闘異能少女リリギア・マグナム」。

 舞奈もといリリギア・ブレイドと行動を共にする敵だ。

 他にもいるが今回は彼女一人だけらしい。


「特に今回は……って、ブレイド、仮面は!?」

「その話は後。それよりマグナム、昏睡弾をこいつに」

「こいつに……って、ストロング・アーム!? え、遂に勝てたの!?」

「勝った、って言えるかは微妙。それより早くして。黒き蹂躙ブラック・トランプル最後の生き残り、利用価値はあるでしょ?」

「あ……そ、そうね」


 困惑しつつも頷いたリリギア・マグナムがホルスターから拳銃を抜く。

 カートリッジの回転動作を挟み、銃口が肩口に押し当てられた。

 撃たせるわけにはいかない。右腕に力をこめるも、振りかぶるより先に背中の痛みが増した。


「ぐぁ……っ!」

「だから大人しくして。お願いだからファンを痛めつけるなんて真似させないで」


 ぶつけられた言葉に一瞬、舞奈ファンとしての心が痛む。



 ――タンッ



 小さな衝撃、遠のく意識。

 眠るように落ちてく感覚の中、致命的な隙を晒したことに気付くも後の祭りだ。


「ところで、ファン?」

「えぇ。こいつ、私の……舞奈のファンみたい」


 思考が丸ごと飲みこまれてく途中でどうにか最後に聞けたのは、何とも気の抜けたやり取りだった。


(確かに、俺は……舞奈のファンで……)

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