100、風
「
パァンッ……ザアァァァッッ
展開させた水の壁を両手で叩くと雨粒のような大きさの大量の水がライトに襲いかかる。この一粒一粒が凄まじい水圧で射出され、当たれば当たった箇所から腐食が始まる物理防御不可の範囲攻撃。あまりに簡単に殺せてしまうために自ら封印したウルイリスの必殺技。対してライトは
(あの自信は……あれに当たれば即死かっ?!ならば……!!)
今のライトは少し前のライトとかけ離れている。いや、かけ離れすぎている。山籠りで得た特大級の力は一般常識を遥かに凌駕する。ライトは迫る雨粒一粒一粒に気を配り、体力の続く限り爪刃を放つ。
「はああああぁぁぁああっ!!!」
滝のように放射される雨流裂傷波に対抗してビームのように連なる爪刃。当然雨粒の方が量は多いが、爪刃は幅が広いので大量の雨粒を1本の斬撃がより多く遮断する。
結果は互角。
「えぇ……?防ぎ切った?」
ウルイリスの精神的な
「はぁー……はぁー……ぐっ……ふぅふぅ……っ!」
ただしウルイリスよりもライトの負担が大きいため、雨流裂傷波を防ぎ切ったとてウルイリスの魔力よりもライトの体力が先に尽きるのは明白。何とか息を整えようと必死で息をするが、もう一度同じ技を使われたらそれこそ終わりである。
「チッ……無理しちゃって。私の必殺技を相殺するなんて人間も進化したものね。でもこれで終わりよ」
ザッと腰を屈めて次の技を撃とうと魔力を溜める。ライトは諦めずに剣を構えた。肩で息をし、剣も重く感じている。それでもこんなところで死ぬわけにはいかない。まだチームに入ったばかりだし、これがチームでの最初の旅であり仕事なのだ。絶対に生き残る。それがライトの今の目標である。
「この技で仕留められなかった奴はいなかったのよ。だからもう1回使ってちゃんと仕留めるわ。……雨流裂傷波っ!!」
ザアァァァッッ
両手をかざした瞬間に鏡のような丸い湖面が姿を現し、そこから先ほどの雨粒が出現する。放たれた雨粒はライトに向けて宙空をひた奔る。ライトがもう一度爪刃を使おうと剣を振り上げたが、手が痺れて硬直し、完全に無防備な状態になってしまった。
「ぐっ……くそっ!」
体に限界が訪れ、体力以前に剣を振ることさえ出来ない。万事休す。
──ボヒュッ
目の前がブレる。いよいよ目も霞んだかとぼんやり思った時にハッと気付いた。死の雨粒がライトに届くことなく目の前で風の障壁によって弾かれているのが見える。
『ふひひっ!ライトよ。
風帝フローラがライトに力を貸している。暗い世界に投げ出されそうになったライトに差し伸べられた光。それは風の力。
「バカなっ!?精霊が人間に力を貸すなど……っ!!」
『あり得るわ。バカめっ』
「バ、バカって言うなっ!!」
「フローラ……?」
『此れは
「し、しかし君は傍観者だろう?俺に力を貸すのは……」
『ふひひっ……人間の扱う魔法。その根底となる此れら元素の力。恥じることはない此れを存分に使うが良い』
ライトの体にフローラがスッと重なるように動いた。瞬間、体が妙に軽くなった。今にも飛べそうなほどに軽く、先の硬直や体の痛みなどどこにもない。
「これは……すごいな」
ライトは天才ゆえか、実はかなり空虚な人間でありほとんど感動しない。他人が同じだけ動けたり、精巧な技術を披露すれば素直に称賛するが、自分の手で出来ることに対する感動はほとんどないと言って良い。精霊が見えるようになった時だけは自分を褒めたがその程度だ。出来ることが当たり前のライトにとって力を誇示するのは何よりみっともなく感じてしまう。元よりそんな性格だからか、レッドという稀有な存在に出会ってからさらにその傾向が強くなった。
だが今回、剣を握るのすら億劫になるほど疲れ切っていた体に起こった異変とも呼べる体の軽さには流石に感動を覚える。それもこれもフローラのおかげだ。レッドとオリーに出会ってからというもの感動しっぱなしで人生の潤いを噛み締めている最中。やはり今死ぬには惜しい人生だ。
「ふんっ!精霊を味方につけたとて、私に敵うなんて思わないことね!」
「いや、フローラを味方につけられたからこそ貴様に勝つことが出来る。見せてやる。俺たちの力を今ここでっ!」
──ダンッ
風帝フローラをその身に宿したライトはまさに風そのもの。ライトは自分の体が軽くて動きが早すぎることに自分自身で驚愕していた。世界そのもののルールが突如変更されたように感じる。
ライトが動き出した瞬間、ウルイリスはあまりのライトの動きの早さに即座に見失う。頭の中に疑問符が浮かんだ直後、首筋に痛みが奔る。「あっ!」と口走って首筋を触れば、パックリと傷口が出来ているのが分かった。生前なら血が吹き出していてもおかしくない。
「しまった……体が軽すぎて急所を外したか……」
いつのまにか後ろに回り込まれたのを確認して狼狽するウルイリス。
「そんな……う、嘘よ」
「確かに強い。だが、俺たちには遠く及ばない」
ライトは今一度剣を構え、しっかりと狙いをつけ始めた。ウルイリスの顔が恐怖に歪む。
「か、
ギュバァッ
体を覆うように水の壁に包まれ、綺麗な球体を描く。ウルアードの飛ばした石つぶてを防いでいた防壁に似ているので、同一の魔法と考えるべきだろう。しかしここにきて防戦に切り替えたのは自分の負けを認めているようなもの。もし雨流裂傷波のような殺意に満ちた攻撃を仕掛けても風の自動防御がライトを守り、ウルイリスの攻撃は無駄に終わる。
これほどの力の差がつくのは、この世界に於いてはどこまで行っても竜王は精霊王の下位互換。生まれながらにレベルが違うのだ。
ライトはようやく馴染んできた体に力を込め、ウルイリスの反応速度を超える勢いで飛び上がった。
「
最大級の力を込めて振り下ろした剣技”烈刃”に風帝の力を宿したライトのオリジナル絶技。
──ザンッ
ウルイリスは水の障壁の中でライトを見失い、何も出来ぬままに寸断される。
「そ、んな……バカ、な……」
ウルオガスト同様に灰のようにザラザラと崩れて消える。レッドとライトがそれぞれ故竜王を1体ずつ倒し、残りは2体になった。
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