101、踏破
(な、何だ?俺は今……どうなっている?)
長い間空中を彷徨っていたウルエルバは腹の痛みを感じて目を覚ます。あまりの出来事に脳が理解を拒んだのか、一種の記憶喪失状態に陥っていた。
でも思い出そうと思えばすぐにフラッシュバックする程度の軽微なもので、先ほどドラゴンブレスに匹敵する
「……野郎っ!!ぶっ殺してやるっ!!」
怒りが痛みに勝り、落下しながらレッドを探す。赤い霧に覆われた空間で、本来なら見つけることなど困難な状態なのだが、赤い霧から生み出されたウルエルバにとっては赤い霧など無いも同じ。視界良好でギョロギョロと血走った目を光らせる。そして地面のクレーターからウルアードが必殺の一撃を放ったことを知り、焦燥感に駆られた。
「ぬっ!?ウルアードめ!俺の獲物を取りやがったな?!」
ウルアードの考えそうなことが瞬時に頭をよぎる。ウルエルバの攻撃のすぐ後に攻撃を繰り出し、美味しいところを掻っ攫ったのだと推測出来た。ウルアードの小狡さは苛つくが、自分がレッドに一撃も与えられなかったことを思えば倒す方法はこれしかなかったのだろう。負けん気の強いウルエルバと冷静なウルエルバがせめぎ合い、ウルアードへの称賛が勝った。
(腐っても竜王か。俺と肩を並べるだけはある。今回ばかりは引き分けといったところだな……)
地面が近付くにつれてウルアードが地面から這い出てくるのが見えた。レッドの姿が見えないことを思えばあの土の下に死体が埋まっているのだろう。ウルエルバは背中から羽を生やし、ゆっくりと地面に降り立った。
「……生きていたか。しぶといな」
「おぅよ!なかなか良い蹴りをしやがったぜ!あんなにぶっ飛ばされた経験は過去無いからな!」
「もぉ〜地形を変えないでよぉ。面倒臭いなぁ……妾の領地が歪になっちゃったでしょぉ?」
「贅沢を言うな。手加減をすれば死んでいたのはこっちだぞ?」
「そうだ!お前何もしないくせに威張りやがって!少しは俺たちに感謝の一つも……ん?おいっ!ウルイリスはどうした?!姿形はおろか気配を感じ無いぞ!?」
そういえばとウルアードはキョロキョロ目を凝らす。その疑問に答えたのはウルウティアだった。
「あぁ、ウルイリスなら今あの人間に仕留められたよぉ」
「なぁにぃっ?!」
ウルウティアの発言に待ってましたとばかりにライトがやってくる。最初に見た時と違う印象がウルエルバとウルアードの中に生まれた。
「おいおい、なんか強くなってないか?」
「……ああ、確かに。ウルオガスト以上の風の力を感じる」
レッドに続く第二の脅威。第一の脅威を取り払ったと思えば即座に次が来たと内心辟易する。
「面倒くせぇ!とっととぶっ殺して終わりにしてやる!」
ウルエルバは自身を奮い立たせ、ウルイリスの仇を打とうと歩き出す。数歩歩いたところで何らかの違和感を感じて立ち止まった。
(なんだ?こいつは……なんか奥歯に物が引っ掛かったような妙な気分だ……)
それはウルアードも感じていた。表情筋が死んでいるかのように表情から読みにくいウルアードだが、今回ばかりは訝しんでいるのが顔に表れていた。
──ガラァッ
クレーターを作った際に発生する石つぶてに埋もれていたレッドが顔を上げた音だった。
「「っ!?」」
2体の故竜王は驚いて後ずさる。確かにウルアードの必殺技を直接は受けていない。しかしながら生き物が受ければバラバラになる衝撃波と弾丸の如き勢いを持って放たれた石つぶてがレッドを襲ったはずである。ライトもウルイリスでさえ防いだというのに、レッドが土に埋もれていたことを思えば真正面から死ぬほどの衝撃波と石つぶてを食らったと推察出来る。
「ふぅ……あっぶねー。クロークがなかったら死んでたな……ウルウティアさんが欲しがってたら終わってた」
レッドは穴だらけになったクロークを確認する。ほとんどビリビリに裂けて無残な姿になったクロークに感謝を込めてギュッと握りしめた。
「また新しいクロークを買わなきゃ」
「……ふ、ふざ……ふざけるなぁっ!!」
その声は寡黙だったウルアードの口から発せられた。あまり声を出すことがないからか、叫んだ拍子に声が上ずっている。聞いたことがない声にウルエルバもウルウティアも驚いて目を丸くしている。
「そんな布切れ一枚で何が変わると言うのか!我が必殺の一撃に耐えられる存在などこの世に居ようはずがないっ!!死ねよ貴様っ!!ちゃんと死ねよっ!!」
「えぇ……?そん、そんなこと言われても……」
レッドはキンキン声で叫ぶウルアードに困惑しながら後頭部を掻いた。一触即発の雰囲気の中、ウルウティアがパンパンッと柏手を打った。
「やめやめぇ。もう終わりにしましょぉ〜」
「はぁっ!?何を言い出すんだ!!これで終われるはずがないだろうが!!」
「そうだウルウティア!こっちはウルオガストもウルイリスをもやられているんだ!!その上、我が必殺の一撃でさえ……絶対に許せん!!」
「おうよ!1人でもぶっ殺さなきゃ気が晴れないぜ!!」
牙を剥き出して怒りを吐き出すウルアードとウルエルバ。しかしウルウティアには響かない。
「ふぅ……あなたたちじゃぁ天地がひっくり返っても勝てないわぁ。だってレッドの言う通り、偽物ですものぉ」
故竜王たちはウルウティアに向き、信じられないと言った顔を向ける。
「ふざけるな。では何のために……」
「ごめんごめぇん。でももぉ良いから帰ってぇ」
仲間割れすら起きそうな空気が流れ始めた時、ウルウティアの目が赤く光を放った。
キィィィンッ
耳に刺さる音。またも耳鳴りが濃霧全域に広がり、頭痛から目を閉じる。耳鳴りが終わって痛みが引き、目を開けると赤かった景色は白く濁った色に変わっていた。そこに故竜王たちの姿はなく、赤い景色と共に消え去っていた。
「あれ?……どこに行った?」
「……何のつもりだ?ここまで戦わせといて急に攻撃をやめるなんて」
消えた故竜王たちの所在に困惑するレッド。ライトはウルウティアの敵意殺意が消えたことに警戒を強めた。
「あなたたちの実力はよく分かったわぁ。妾の負けよぉ」
「何だと?自ら負けを認めるのか?」
「ええ。レッドに妾の力を偽物だって言われて意固地になっちゃってたけどぉ、確かにその通りだなって気付かされちゃったからぁ……」
「あ、え?気にされて……?あっいや、それは……その……」
「ううん、良いのぉ。だって事実だもん。あれら全ては記憶の影よぉ。妾の能力”
ウルウティアの信じる最強の仲間たちを虚仮にされた挙句に倒された事実。強いことが確定したレッドだけでなく、路傍の石程度に考えていたライトにまで上回られたことは誤算も誤算。ウルアードが発狂したのも相まって、これ以上記憶の仲間が汚れる姿を見たくなかったのが本音である。
「ウ、ウルウティアさん……すいません。俺そんなつもりじゃ……」
「ふっ……もう戦う意思はないわぁ。先に行きなさい。エクスルトはすぐそこだからぁ」
アンデッドドラゴンの玉座に座ったままパイプ煙草を吹かして哀愁を漂わせるウルウティア。厄介な敵ではあったが、フローラの助力でライトがさらに強くなったことは
ただレッドたちが通り過ぎる瞬間にウルウティアはチラリと不穏な一言を放つ。
「……妾の心の傷ぅ、埋めてもらわないと気が治まらないわぁ。ねぇ……責任とってよぉ」
もうとっくの昔に亡くなってしまった仲間たちを思う執着心こそが彼女の力の源であり強さなのだろうが、同情していたらいつまでもここに囚われそうな気になり、急いでウルウティアから離れた。
いつまでも絡みつく濃霧に焦って昼夜問わず馬を走らせたからか割とすぐに濃霧を抜け、死の谷を無事に踏破することに成功する。馬の休憩に丸一日を費やすこととなったが、期日まで2日も残してエクスルトに到着したのだった。
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