99、故竜王戦

「貴様ぁ!よくもウルオガストを!!」


 バッと3体が一気に飛びかかろうと構えた直後、ウルウティアが手を挙げて制する。


「止めるなウルウティア!あれを八つ裂きにしてウルオガストの弔いとするのだ!!」

「その前にぃ、1個聞きたいことがあるからちょっと待ってぇ〜」


 ウルウティアは微笑みながらレッドに質問する。


「ねぇなんで偽物なんて言うのぉ?せっかくみんな来てくれたのにひどいじゃぁん」

「い、いやその……す、姿形を真似ても本物にはなれないぞ!……と、思いまして……」

「……」


 縮こまりながらも声を張り上げるレッドの言い分にウルウティアの顔から感情が抜け落ちる。3体の故竜王はウルウティアの顔を見ながらニヤリと笑う。


「……もういいだろ?殺してしまっても」

「了解なんて取らなくてもいいでしょ。行くよ!ウルエルバ!ウルアード!」


 女神のように美しく、肩口で切り揃えた金髪はヘルメットのようにツルツルで、こめかみ付近から生える角だけが違和感を覚えさせる。彼女は水竜王ウルイリス。

 筋骨隆々で他の竜王より一回りはでかい巨大な男。額から後頭部に掛けて沿うように生えた2本の角が単なる竜族でないことを物語る。見た目だけなら最も強い火竜王ウルエルバ。

 引き締まった肉体と天然パーマが特徴的な男。頭頂部付近に申し訳程度に生えた3本の角だけを見れば強そうには見えないが、秘めた強さを持つ地竜王ウルアード。

 3体の竜王はレッドを攻撃しようと囲んで構える。しかしそこに鋭い斬撃が繰り出された。レッド以外からの攻撃に即座に反応したのはウルアードだ。斬撃の横っ面を弾いて技そのものの破壊を敢行するが、斬撃に触れた瞬間雷撃が体を走る。


「っ!?……フンッ!!」


 ドンッ


 斬撃を破壊し、中に走る雷撃魔法を地面へと流す。力を流れるように処理する一連の動きは故竜王の中でもウルアードにしか出来ない芸当と言える。


「俺の雷霆爪刃らいていそうじんに触れて無事とはな。さすが竜王と呼ばれるだけはある」

「小賢しい……貴様に要はない」

「そちらにはなくてもこちらにはある。レッドばかりに気を取られては足元を掬われるぞ?」


 ライトは両手に剣を構えてレッドと戦う覚悟だ。しかし故竜王たちにはライトなどどうでも良い。


「すっこんでろ!邪魔する気なら容赦はせん!」

「望むところだ。何なら全員俺が相手になってやる。レッドばかりに負担を強いるのは公平じゃないからな」

「ラ、ライトさん……」

「はっ!勝手にすれば?こっちも好きにするから」


 ウルイリスは両手を開いたり閉じたり忙しなく動かしながら攻撃のタイミングを伺う。ウルアードも地味にジリジリと詰め寄る。鼻息荒く肩を揺らすウルエルバは火を吹きそうだ。

 そんな3体の敵意殺意を一身に受けるレッドは、慌てることもなく細く息を吐きながら鋭く目を光らせ、スッと正眼に剣を構える。


 ──ゾクッ


 背筋に悪寒が走るのを感じた。そんなはずはない。竜王たるその身で恐怖を感じることなどあり得ない。


「なんという緊張感だ。ただ剣を構えているだけなのに……」

「グハハッ!!このウルエルバの臓腑を冷やすとはやるではないか!ウルオガストを滅ぼしただけはある!ウルイリス!ウルアード!俺はあれをやるぞ!!」

「は?何勝手に決めんのよ。あんたはただ私の呼吸に合わせればいいのよ」

「バカが!俺に合わせろ!!」

「うっさいバカ!バカて言う方がバカなのよ!バカ!」

「やめろ。ウルエルバには何を言っても無駄だ」


 ウルアードとウルイリスはレッドから飛び退く。一瞬レッドの視線が2人に流れたのを見計らってウルエルバが予想通りドラゴンブレスを放って来た。ウルオガストの時はしっかりと両腕を落とすなど反撃の選択を削ったので苦肉の策であるドラゴンブレスにも完璧に対応出来たが、髪の毛一本ほどの隙を突かれてドラゴンブレスを吐かせてしまった。


 ゴォッ


 火で炙られると考えたが、ウルエルバのドラゴンブレスは放射熱線。口いっぱいから放たれる熱のビームは物質を消滅させる。


「わっ!烈刃っ!!」


 キュバッ


 驚いたレッドは力任せに剣を振り下ろし、ドラゴンブレスを消し去った。ウルエルバに斬撃が当たることはなかったが、衝撃波が体をビリビリと芯から震わせる。膠着したウルエルバをレッドは見上げた。その目を見たウルエルバが感じたのは虚無。レッドにとってこの戦いは単なる仕事の一環だ。ウルエルバという最強の存在を前にしながら作業感覚でしかないと、その目の奥を見た一瞬の間に気付く。次の一太刀でウルエルバの胴体は泣き別れとなるイメージがパッと浮かんだ。


 ──ズンッ


 急に揺れる地面。さらに局地的な地割れが起こり、ウルエルバとレッドとの距離が少し離れる。シパッと振り抜いた剣がウルエルバに当たることなく通り過ぎたのはウルアードのおかげだ。レッドから「あら?」っと間抜けな声が出たが、その声がさらに恐怖を誘った。


「情けないなぁ!私に任せなっ!」


 ウルイリスはバッと両手をかざして攻撃を放とうとするが、そこにライトが飛び込んだ。ガッと2本の剣がウルイリスの右手に食い込む。


「痛っ!!」


 皮膚に溶け込むように覆われた細かい鱗の間を縫いながら振り下ろされた剣で切り傷が付く。血液の通っていない体からは血こそ出なかったが、黒い灰のような粒子が飛び出した。


「っざけんな!!」


 ブンッ


 右手を振って剣をへし折ろうとするが、ライトはタイミングを合わせて引き抜き、華麗なステップで距離を開ける。ウルイリスは右手の傷の具合を確認し、苛つきながらライトに攻撃を仕掛ける。しかしライトの捉え所のない風のような流麗な動きに翻弄される。


「あぁ〜ぁっ!!むかつくぅ!!」


 ウルイリスの攻撃はまるで当たることがなく、さらにチマチマと反撃が来る。こういう奴はウルエルバの放射熱線のような平面的な攻撃が効果的である。だが平面的な攻撃には必ず隙が出来、ライトのような抜け目ない男はその隙を必ず狙って来る。というより、必殺の一撃を放たないのはそれが狙いだと思わせる。


「ウルアード!!あんたも何かしなさいよ!」

「……してるさ」


 ウルアードはウルエルバの支援に忙しい。レッドという化け物を前に故竜王レベルが2体でも全然間に合わない。ウルアードの中ではウルイリスの方がレッドを倒すために加勢すべきと考えるが、それを言うことは無駄な反発を食らうので絶対にしない。


(ジリ貧?いや、このままでは軽く斬り殺される。生きるか死ぬか……いや、考えるまでもないな)


 ウルアードはウルイリスを放置し、地面に手を付いた。ウルアードの力で液状化現象を誘発し、レッドの足場をグズグズに崩した。


「おっ?」


 足を取られたレッドはバランスを崩す。それを見計らったようにウルエルバが攻撃を仕掛ける。


豪炎滅尽爪ごうえんめつじんそうぉっ!!」


 瞬時に炎に巻かれる両手はレッドに向かって奔る。ウルエルバの豪腕と魔力と空気の摩擦熱を利用した何もかも切り裂く必殺技の一つ。この技を受けたものはそのことごとくが灰塵に帰した。

 レッドはウルエルバを打ち落とそうと剣を振りかぶったがグズグズになった足場で踏ん張りが効かず、それどころか足を滑らせて真下にストォンッと転けて大の字になった。


 ブォンッ


 幸か不幸かウルエルバの豪炎滅尽爪を間一髪で回避し、真上にウルエルバの体があった。レッドは焦って腹を蹴り上げる。巴投げの要領で背後に蹴り出し、距離を開けようと思ってのことだ。


 ベキベキッメキィッ


「ごぶぉっ!!」


 レッドはそれほど器用じゃなかった。受け流すような動きなど出来ずに真上に蹴ってしまった。遠くに飛ばすつもりが真上に飛ばしたためにレッドの思うような形にならなかった。

 ウルアードはこの機を逃さない。ウルエルバの技の背後でウルアードが既に技を使用していた。


金剛こんごう流星脚りゅうせいきゃく


 ボッ


 宙空から斜め下に、まるで流星の如く敵に突撃するウルアードの必殺技。魔力で自身を硬質化し、重力を利用した落ちる速度と魔障壁を流線型に展開させることで空気抵抗をなくし、地上まで最速で到着出来る。ウルエルバが上空に吹き飛ばされたのは予想外だったが、どの道ウルエルバを巻き込んででもレッドを殺そうと思っていたので何も関係ない。レッドもウルエルバを蹴飛ばした後、落ちて来るウルアードの姿を確認し、目をパチパチとしばたたかせた。


「……あ、まずいっ!」


 レッドは全身の筋肉を使用して背後に飛び上がる。コンマ数秒飛び退くのが遅ければ直撃していただろうウルアードの金剛・流星脚はレッドの寝転がっていた地上に接触した。


 チュドッ……ゴバァアッ


 凄まじい速度で地中に侵入し、落ちたと同時に魔障壁を四散させる。その様は隕石そのもの。クレーターが出来る過程で発生した衝撃波と石つぶてがレッドたちを容赦無く襲う。


「きゃあああっ!!」


 ステラはオリーの魔障壁に守られながらもグラつく地面に叫ばずにいられなかった。


「ステラさん!オリーさん!……チッ!邪魔だっ!!」


 ライトは弾丸の速度で迫る石つぶてを2本の剣捌きと動体視力で躱す。躱し切れずにかすることもあったが、戦闘に全く支障はない。


「そうそう、それで良いのよウルアード。でも寡黙な奴ってタイミング掴めなくて困るのよね」

「っ!?」


 ウルイリスは水の障壁で身を守り、石つぶてによって出来たライトの隙を突いて範囲攻撃を放つ。


雨流裂傷波うりゅうれっしょうはっ!!」

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