58、ホープ・アライアンス

 トルメルンの地竜侵攻が終結した頃、魔導国ロードオブ・ザ・ケインに有名冒険者チームが続々と入国していた。

 その理由はビフレストのリーダー、ニール=ロンブルスが方方ほうぼうに居た上位チームを招集したのだ。その辺の冒険者が声を掛けたところで集まるわけがないが、冒険者随一の実力者が声を掛けたとあっては無視は出来ない。同じ冒険者として光栄であり、単純に何の用があるのか興味が湧くものだろう。

 ギルド会館の会議用の部屋を借りて、各チームのリーダーを部屋に招待する。宴会も出来そうな大きな長机に到着した順に座ってもらった。

 既に街に居た風花の翡翠のリーダー、ルーシー=エイプリル。強行軍で一晩かけてやって来たシルバーバレットのリーダー、ヘクター=ゴー=コンロン。その他にもクラウドサインのシルニカ、ゴールデンビートルのパイクなどズラリと10人がニールの前で座っている。


「……時間か。とりあえず主要メンバーは揃っているようだから始めよう」

「ん〜?その様子だと他にも声をかけたのか〜い?」

「ああ。時間通りに来ないということはそういうことだろう。さぁ、まずはみんなに感謝したい。招集に応じてくれたこと、僕の期待に応えてくれたことに心からの感謝を。ありがとう」


 ニールは深々と頭を下げた後、一拍置いて話し始めた。


「最近、特別部隊と称してヴォーツマス墳墓の攻略をしたのは記憶に新しいと思う」

「ああ、稼がせてもらったぜ」


 パイクはニヤニヤしながら周りの冒険者たちを見渡す。その目には『羨ましいだろ?』と書いてあり、ひたすらに煽っている。


「そのダンジョンを支配していたハウザーという魔族に関して、ここにいるリーダーの諸君にその強さを知ってもらいたい」

「……え?何のためだ?だってもうぶっ倒したんだろ?」

「そうだぜ。もしかしてダンジョンを攻略したってのが嘘なのか?」

「ダンジョンは攻略済みさ。ハウザーとはその時戦ってすらいないけどね。なにせその魔族は支配していたダンジョンを放棄してどこか別の場所に行ってしまったんだから」

「はぁ?!そ、それじゃ宝物庫のお宝は……!?」

「だから言ったじゃねぇか。稼がせてもらったってな」


 パイクの笑顔の意味を理解した途端、部屋の中は妬みで一気にうるさくなった。おこぼれの欲しい冒険者がギャーギャー騒ぐ中、シルニカがわなわなと体を震わせた。


「うるさーいっ!!肝心の本題をまだ聞いてないんだから黙ってなさいよっ!!」


 シルニカに叱られた冒険者たちは納得がいかないながらも口を閉ざした。


「ありがとうシルニカ。続けるが、魔族と聞けばみんなの中で想像するのはデーモンだと思う。アヴァンティアの防衛戦に参加した者たちならその姿を目にしているだろう。だけどハウザーを名乗る魔族はあれらとはレベルが違う。桁違いと言って差し支えない。1体に対し、かなりの数が戦闘不能に追い込まれた。そこで僕たち冒険者は今以上に練度を高める必要があると考えているんだ」

「おぅ、ちょっといいか?魔族が強ぇのは理解したが、対抗する手段が練度向上じゃあよぉ……何のためにこうして集めたのか意味分かんねぇんだけど?」


 土方の兄ちゃんのように頭にタオルを巻いた戦士ウォリアーが小さく手を挙げて質問する。


「集まってもらったのは新たな特別部隊を作るためさ。実は先日評議国サルカントに行ってね、現在のギルドの仕様を変更出来ないか尋ねてみたんだ」


 ざわっと部屋が湧く。ただ先ほどとは違って静かにコソコソといった感じで。不安や困惑が感じ取れる。


「心配しなくても大丈夫。昨日結果が通知されたんだけど否決だったよ。だから結局何も変わらない。僕個人としては由々しき事態だと認識している。今の冒険者ギルドは自分たちの保身ばかりで、新たな脅威に対抗する手段を講じない。僕らがこうして自主的に集まらなければどうしようもないのが現状だよ。だから規則や規定の範囲内で冒険者チーム同士が連携して戦えるように同盟を組もうと考えたんだ。ダンジョンの奥底に眠る闇の住人たちが出てきてしまった時の対策としてね」

「同盟ねぇ……利点メリットは?」

「そうだな……ダンジョン内の素材や宝の山わけ、その他功績の分配。お互いの職業ジョブの長所を生かした練度の向上。横のつながりによる助け合い……とかかな」


 本来なら自分の能力に合った場所で自力で達成出来そうな任務クエストを受ける。任務クエストの難易度によって報酬が変動し、簡単なものほど報酬は少ない。弱小冒険者チームが分不相応な報酬を得る方法は、強いチームに寄生して山分けを狙うか、横取りかのどちらかしかない。

 ビフレストのリーダーが自ら宿主となってくれるなら、うだつの上がらないチームにとっては願ったり叶ったりだ。


「一応デメリットは……」

「鬱陶しい」


 ニールの言葉にパイクが被せた。


「へへっ正気かよ。こちとら冒険者だぜ?ダンジョンのお宝は取ったもん勝ちだし、功績だって独り占め。それが冒険者ってもんだろ?それを横のつながりによる助け合いだぁ?いったい誰が好き好んでタダでライバルチームを助けたりするんだよ。バカじゃねぇのか?」

「やめろパイク。重要なのはそういうことじゃなくて仲間意識の向上だ。同盟を組んで魔族との戦いに備えるためのな」

「めんどくせぇな。それなら冒険者じゃなくて守護者とでも名乗れよ。ちなみに俺は参加しねぇ。自由がなくなりそうだしよ。参加する奴らで勝手にやってろ」


 パイクは席を立って出入り口に向かう。


「パイク。気が変わったらいつでも声をかけてくれ」

「……はっ!夢でもありえねぇよ」


 それだけ言い残すと部屋を出て行った。


「……寄生行為をした口で罵りか〜。自分は良くても相手にされるのは許さない典型的な二重思考。面の皮が厚くて羨ましい限りだよ〜」


 ヘクターは腕を組んで含み笑いをしている。そんなヘクターの向かいに座っていたルーシーはスッと席から立ち上がった。


「ルーシー……君もか?」

「ええ。意外なことにわたくしもあの男と同じ考えですわ。欲しいものは自分の力で勝ち取るもの。相応の報酬を自らの手で獲得しないと力はつきませんわよ?それに同盟だなんだと建前をつけてバケーション中に呼び出しでもされても嫌ですし。基本的に自由な冒険を目指してますの。それではゴメンあそばせ」


 貴族のお嬢様らしい優雅な歩行で颯爽と部屋を後にする。2人の実力者が出て行ってしーんっと静まり返った部屋。ニールはため息をつきながら席に座る冒険者たちを見渡す。


「……他には?何か意見があるなら参加不参加の前に聞こう」


 お通夜ムードの中、おずおずとシルニカが手を挙げた。内心(君もなのか……)と思いつつニールはシルニカに頷いてみせた。


「ちょっとあんたたちに聞きたいことがあったのよ。この間タングって街で起こったブラックサラマンダーの事件のことなんだけど……」

「それはクラウドサインが先陣切って解決した奴じゃないかい?」


 ニールの指摘で嘲笑の空気が流れる。「おいおい自慢かよ」とコソコソ話している声が聞こえた。


「言っとくけどあれは私たちが倒したわけじゃないから。他のチームより先に見つけたのは私たちだけど、その時は既にサラマンダーが死んでたっていうか……とにかく!この話をここで持ち出したのは誰が数百匹のブラックサラマンダーを倒したのかってことよ!」


 シルニカの言葉でまたも困惑の声が溢れる。


「それを聞くならパイクやルーシーが居た時に話した方が良かったんじゃないか?」

「必要ないでしょ。あいつらは自分の手柄を大々的に発表するし、もしサラマンダーをやった奴を知ってたら私たちの手柄に真っ先に異議を唱えてたでしょ。試してたわけじゃないけど、自分から勝手に本性を出してきたんだから速攻除外したまでよ」

「なるほど……でも悲しいことだけど、その本性って奴は僕ら冒険者みんなが持っている性質さがだよ。僕だって同盟を組もうと思うから分配を考えたのであって、最初から思ってたことじゃないさ」

「ふ〜ん。それじゃヘクターに質問なんだけど、エデン正教が裏で動いたとか無いの?」

「残念な話だけど正教側はサラマンダーの脅威に気付いてなかったんだよね〜。だからこぞって君達に賞賛を送っていたのさ。ところで〜、それを聞いて君はどうしたいんだ〜い?」

「……ブラックサラマンダーの異常な増殖。アヴァンティアに侵攻してきたデーモンの群れ。何が原因かは知らないけど、突然人の世界が終わるんじゃないかって思わされて最近はよく眠れてないのよ……ってことで私は同盟に参加する」


 シルニカの唐突な参加表明にニールは目をパチクリさせながら驚く。すぐに笑顔を見せて感謝を告げた。


「僕も参加するよ〜ん。それからこの件はボスにも伝えておくよ」

「それって……」

「シルニカの言う通りさ。最近の異常が原因で突然世界が終わるかもしれないことを思えば、正教が背後バックに着くのは願ったり叶ったりでしょ〜?正教のバックアップがあれば色々と心配のタネは減ると思うよ〜」


 部屋中に喜びの声が上がる。万が一の場合に頼る先があるのは心強いことだ。


「まぁでもお堅い規則の上でのことだからさ〜。全面的な協力とまではいかないと思うけど、期待してくれて損はないよ〜」

「ああ、最高の提案だよ。しかし1つだけ言いたい。僕らは最前線で戦う冒険者だ。現場の判断で動き、万が一正教側の正義に反した時、援助を打ち切ると言うような脅しはあるか?」

「ないとは言えないけど、現場の判断は聖騎士パラディンの権限が大きい。その『もし』が起こった時は僕が判断して報告するからそれは考えなくていいよ〜」


 ヘクターの答えでこの部屋に居たリーダーたちはこぞって参加を表明し、冒険者同盟『ホープ・アライアンス』を立ち上げる。

 影を歩く人生にパッとスポットライトがあったような感覚が脳内麻薬となって頭を駆け巡った。ここで最初に参加を表明した9組の冒険者チームは自分たちを密かに『ナインズ』と呼んで褒めそやす。今ようやく栄光の道を歩き始めたのだった。


(……ままごとだな)


 腕を組み、耳をそばだて、会議室の内容を盗み聞きしていた男は呆れながら受付の方に歩き出す。


(冒険者チームが同盟を組むことになったのは感心したんだが、不純極まる。好物をぶら下げられて走る魔獣と何が違うのか。先に出て行ったゴールデンビートルのパイク=タイソニアンや風花の翡翠のルーシー=エイプリルが異論なく入れるような同盟でなくては早い段階で破綻することが目に見える。これではニール=ロンブルスに魔剣を授けた甲斐と言うものがない……)


 男は肩を落として困ったように顔をしかめた。ギルド会館を訪れた理由は同盟の件とは別件だが、思わぬところで期待したワクワク感を返して欲しいくらいだ。


「グルガンさーん。お待たせしましたー」


 色々考えていた男に受付嬢が声をかけた。一刃の風という冒険者チームのリーダー、グルガン。乾きの獣ことグリードに壊滅され、1人での行動を余儀なくされた不運な男。本当の姿は皇魔貴族ナンバー2の実力者、ゴライアス=公爵デューク=グルガンである。


「あぁ申し訳ない。もしかしてさっきから呼んでいただろうか?ちょっとトイレに……」

「いえいえ、こちらも長らくお待たせして申し訳ございません。早速ですが、レッド=カーマインさんは先日魔導国を発たれて、今はトルメルンにいらっしゃるそうです。あくまで現在の居場所ですのですれ違いとなるかもしれませんが……良ければトルメルンのギルドに伝言を入れましょうか?」

「必要ない、すぐに出立する」

「ここからトルメルンまでの距離はそこそこありますよ?」

「大丈夫だ。我にかかれば一瞬で到着する。世話になったな」


 瞬時に移動する手段が多数ある上、女神の気配を察知出来るグルガンに隙はない。レッドが居るだろうある程度の場所さえ分かれば後はどうとでもなる。感謝を伝え、バッと身を翻してギルド会館を後にする。「使えるものは使ったら良いのに……」と何も知る由もない受付嬢は肩を竦ませた。

 レッドとの接触。グルガンの夢がまた一歩現実に近づく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る