38、火竜王ウルレイシア

「火竜王だって!?つまりはドラゴンの王様……!?」


 レッドは後ずさりする。人間ではドラゴンに勝てない。レッドに負けたノヴァがどうやってドラゴンの王を封印したのかは知らないが、この事態は不味すぎる。ノヴァをやっとの思いで倒したというのに、ドラゴンの王と連戦となれば確実に死ぬ。

 万全の体制でも勝てない相手だというのに、折れた剣で戦わないといけないなど、まるで死ねと言われているかのようだ。それでも剣の柄に手を掛ける。助かる確率が髪の毛1本でも増えるなら戦うしかない。


 ──ズンッ


 レッドはハッとして振り返る。9階層に続く出入り口にドラゴンの群れが殺到していた。


(あ……死んだ)


 これは無理だ。1頭でも勝ち目のない存在が大挙して押し寄せるなど絶望以外の何モノでもない。まるで獅子の群れの前にウサギが出くわしたような戦力差。


「……其方、名は?」


 ウルレイシアはゆっくりとした口調で尋ねる。レッドは唇を震わせながら答える。


「レ……レッド=カーマイン……です」


 消え入るような声での回答だったが、ウルレイシアには聞こえていた。


「レッド=カーマイン。……此方へ」


 手を前に出して手招きする。レッドとミルレースは困惑しながら顔を見合わせたが、背後からドラゴンが喉を鳴らしたのにビビって歩き出す。玉座への階段の前に立ち止まると、次にどうしたら良いのかオロオロしながら反応を待つ。9階層から入ってきたドラゴンがそんなレッドを無視して壁際にずらりと並んだ。並び終わるのを確認し、ウルレイシアがようやく口を開いた。


「……レッド=カーマイン。炎帝を倒してくれた其方に全火竜を代表し感謝を申し上げる。ありがとう」


 ウルレイシアは左足を少し後ろに下げて膝を曲げ、両手を広げて頭を小さく下げる。まるでカーテシーのような礼にレッドも慌てて頭を下げた。


「え?あの……恐縮です」


 ザウッと一斉に何かが動いた音が鳴る。チラリと見るとドラゴンも頭を下げていた。いきなり感謝されるとは思っても見なかったレッドにとって現状についていけない。それに気づいたウルレイシアは玉座に座った後、滔々とうとうと語り始めた。


「炎帝ノヴァに封印されて幾星霜。この時をどれほど待ち侘びたことか……余の火竜が減っていないことだけが唯一の幸福である」

(そりゃ減らないだろ……最強の生物だぞ?)

「レッド=カーマイン。炎帝を倒せる実力がありながら、火竜に一太刀も浴びせていないことに余は敬服している。正直、炎帝にたどり着く猛者が居れば、火竜の全滅も覚悟していた。この幸福は其方という救世主あってのもの。感謝してもしきれぬ……」

「あ、えっと……お、お気になさらず。ノヴァと戦ったのは一方的に攻撃されたからです。倒せたのもまぐれっていうか……その……」


 レッドは後頭部を掻きながら照れる。ドラゴンに囲まれ、命の恐怖に曝されながらも誉めちぎられるのは満更でもない。


『レッド。そろそろおいとましましょうか。この様子だとドラゴンはレッドの味方ですし、邪魔されることなく帰れそうです』

「あ、ああ。確かに……」

「ふむ……そちらのご婦人はお連れか?見たところ幽体ではあるが、不死者のような嫌な感じはせぬな……」

「えっ?!見えているのですか?!」

『ええ!?いつもの調子で見えないのかと思ったら!これは驚きです!!』


 ウルレイシアはそれほど驚くことかと首を傾げたが、特に気にすることなく話を続ける。


「そつなく会話が出来るとは精霊の類か。レッド=カーマインと共に居ることを思えば悪い精霊ではなさそうである」

『……捉え方ではありますが、少なくとも炎帝とは違いますね』

「なるほど……解釈次第とは面白い意見だ。良し悪しを此方に託すか……ならば余は其方らを悪とは思わぬ」

『ありがとうございます』

「なに。これは余の気持ちだ」


 ウルレイシアと友好を結べそうなほどに知り合ったところでレッドはそっと口を開いた。


「……そ、それじゃぁ……その……そろそろ、帰ります」


 レッドは踵を返してそそくさと出ていこうとする。


「少し待てレッド=カーマイン。其方には言葉だけでなく、しっかりと礼をせねばなるまい。余に出来ることであれば何でも叶えよう」

「え?……でも特になにも……」

『レッドレッド!オリハルコンですよ!』

「あ!そうだ!すいません竜王様!オリハルコンを俺にください!」

「……オリハルコンだと?そんなもので良いのか?」

「はい。ここに来た理由はオリハルコンを取りにしたんです。それだけ頂けたら俺は他は別に……」

「そういうわけにはいかぬ」


 ウルレイシアは不服そうに鼻を鳴らす。ふとレッドの腰にさした剣に目が行った。


「……うーむ、其方は剣士か。ならば宝剣ヴァクラを授けよう」


 ウルレイシアが手をかざすと、どこからか光が収束して剣を形作る。光が弾け、中から七星刀を思わせるきらびやかな剣が姿を現した。


「そんな!宝剣なんて頂けませんよ!俺にはもったいないです!」

「うぬぅ……そんなにも拒否するか……しかし命の恩人に対し、その辺の石を拾っていけなど到底容認出来ぬ。何か他に欲しいものはないのか?」

「オリハルコン以外にってことですか?ここで手に入るもの……分からないな……ゴーレムとか作れるなら話しは別だけど、そんな事出来ないだろうし……」

「ゴーレムとな?それはなんぞ?……詳しく聞かせよ」


 ウルレイシアはゴーレムを知らないらしい。レッドはこの時点で到底無理だろうと思いつつも事細かに説明し始める。自立型の人型魔道具であること、忠実に使用者の言うことを聞くこと、自分の求めるゴーレム像、勇者とゴーレムの話まで徹底的に。

 レッドの執拗と思えるほどの説明に壁際のドラゴンは辟易し始めるが、当のウルレイシアは真摯に耳を傾ける。


「……なるほど。ゴーレムとは無機質の使用人といったところか。なるほどなるほど……」


 レッドの話である程度ゴーレムの輪郭を掴んだウルレイシアは近くの壁に向かって手をかざす。


「……竜王様?」

「シッ!」


 右側の壁に立っていたドラゴンが器用に前足の指を一本立て、静かにするようにレッドに促した。それに驚いたレッドは慌てて口を噤む。


 ──ビキビキビキビキッ


 一部の壁が音を立てて別の形に変形していく。無駄な部分を削ぎ落とし、段々と模られていくのは人の姿。髪の毛一本一本まで丁寧に作られた継ぎ接ぎのないクリスタルの人型。


「こ、これは……!?」

「オリハルコンのゴーレムである。其方の注文通り女型に作っておいた」


 というよりウルレイシアのツノと鱗がない造形だ。美に輪をかけた彫刻。国宝級とも呼べる凄まじい出来に感嘆の息漏らすが、このままでは単なる置物に過ぎない。可動するための関節に当たる部分が存在しないのだ。いくら素晴らしくてもこれを抱えて持って帰るなどあり得ない。レッドは核心の部分を聞くことにする。


「う……動くのか?」

「うむ」


 ウルレイシアは眉間にシワを寄せ、肩を強張らせる。するとゴーレムがかざした手に引き寄せられた。ピタッと胸に手を当てると心臓に当たる部分に光る光球が出現する。光がそれこそ心臓のように脈動し、全身に魔力を行き渡らせる。血管のように伸びた魔力線を覆い隠すようにクリスタルが白い膜に覆われ、陶器のような輝きへと変わり、質感が段々と肌のような柔らかみを持ってき始めた。髪の色は赤く染まり始め、元々の白色と混じってピンクに染まった。

 すべての工程を終え、ウルレイシアは手を離す。浮かんでいたゴーレムの体は跪くように蹲った。オリハルコンと思えない体を、自らの意思のようにぐっと伸ばして立ち上がる。可動部の存在しない体でどうやって動いているのか、そんなことなどどうでも良くなるほどに衝撃的な事態にレッドは言葉を失った。


 ──カッ


 ゴーレムはレッドに向き直ると目を見開き、レッドを見据えた。ウルレイシアが顎をしゃくるとゴーレムは歩き出す。首を固定されたようにレッドしか見ていないゴーレム。一歩一歩近付くごとにレッドの心拍数が上がる。眼の前に立たれるその時まで身じろぎ1つ、瞬き1つ出来ずに惚けてしまった。


「え、えっと……あの……」


 何を言って良いか分からず焦りから口を開く。ゴーレムは何をするでもなくじっとしていたが、突然目を瞑って少し上を向く。キスをせがむいじらしい姿にも見えたが、そうではない。喉が光を放ち、染み込んでいくように消えていった。また元の位置に顔を戻すと口を開いた。


「……あなたが私のマスター。レッド=カーマインで間違いないか」


 声を発したゴーレム。その声はウルレイシアのものと同一だった。作った人物の声をそのまま流用しているのだろう。ウルレイシアが数多の声を知っていれば別の声もあり得たが、特に考えなく生成したに違いない。いきなりの発言に「……へぇ?」と間の抜けた声が出るが、ゴーレムは無表情のままレッドの返答を待っている。質問の意味が脳に浸透した時、レッドもようやく顔を引き締めた。


「そ、そうだ!俺がレッド=カーマインだ!」


 気合いを入れすぎてちょっと声が上擦ったが、何とか威厳あるように胸を張る。ここぞという時に閉まらないレッドにミルレースは顔をしかめたが、ゴーレムは無表情のまま受け止める。


「ならばマスター。どこでも良いのだが、私の一部に手を当ててじっとしていて欲しい」

「え?一部?……どこでも?!」


 レッドは目を泳がせた。盛り上がった双丘、なめまかしい腰付き、どこも柔らかそうな女性特有の肢体にレッドは困惑する。どこでもと言われれば触りたいところは本能的に決まっているが、理性が働いてレッドはとっさに右手を掴んだ。この行動にはミルレースもホッとする。いきなり胸を鷲掴みにしたりしたらどうしようかと勘繰っていたからだ。それと同時にレッドのような男にはそんなことは出来ないだろうとも信用していた。

 ゴーレムは目を閉じる。レッドの触れている右手に光が放たれ、しばらくしてまた染み込むように消えていった。


「ありがとう。これで私はあなたのものだ」

「え……?いったい何が……?」


 レッドが手を離すと右手の甲に文様が浮かんでいる。ミルレースはそれを見て納得した。


『ああ、レッドを所有者として認めた紋章です。これでどれほど高度な術式を用いたとして、このゴーレムが操られることも裏切られるようなこともないでしょう』

「え!凄ぇ!」

『それにしても複雑な魔法です。この紋章だけじゃなく、ゴーレムを作り出した魔法も……これじゃ生き物と相違ないですよ』

「そう驚くほどではあるまい精霊よ。有機物だけが命を宿すわけではない、これも1つの形に過ぎないのだ。万物を知れば自ずと答えが見えてくる」


 女神に対して竜王が万物を説くのは違うんじゃないかと思ったが、ミルレースはしきりに感心しているのでレッドからツッコむことはしない。ウルレイシアは一仕事終えた顔で微笑んだ。


「それは余からの贈り物だ。受け取るが良いレッド=カーマイン」

「へあっ!?あ、ありがとうございます竜王様!」

『良かったですねレッド!』


 レッドは歓喜した。まさかこのような形でゴーレムを手に入れることが出来るとは思ってもいなかったが、心の底からウルレイシアに感謝していた。


「よろしくな!ゴー……いや、名前を付けるか……」


 レッドは頭をひねる。しかし特にセンスある名前を思い付かないので、パッと思い付いた名前を付けることにした。


「よし、今日からお前はオリー=ハルコンだ。良いなオリー」

「承知した。私は今日よりオリー=ハルコンと名乗ろう」

『えぇ!?安直すぎないですか!?』

「まぁそうだけど、結構良い名前じゃないか?」

「よろしくマスター」

「あ、それなんだけどさ。今から俺をレッドと呼び捨てにしてくれ。マスターはなんだか性に合わないっていうか……」

「承知した。レッド」


 レッドはついに仲間を手に入れた。共に肩を並べて歩く仲間、と言っても生き物という概念から外れた魔道具とされるゴーレムではあったが、そんなことは些細な問題である。


「うむ、余は大変満足である。何かあればまた来るがよい。其方たちはいつ来ても歓迎である」

「ありがとうございます!俺!オリーを大切にします!」

「うむうむ。それほど喜ばれたら此方も気持ちが良い。ついでに山の出口まで火竜に運ばせよう。これ、此方へ」


 ウルレイシアは壁に並んだ火竜の内の1頭をレッドの側によこす。ドラゴンは背中を出し、乗るように指示してきた。まさに至れり尽くせりである。


「あ、竜王様。ついでにオリハルコンの欠片を頂いてもよろしいでしょうか?」

「む?好きにするが良い」


 レッドはいそいそとオリーを作った場所の欠片を集め始める。


『何でオリハルコンを?もうオリーが手に入ったのだから必要ないのでは?』

「ルーさんのお陰でここに来れたんだ。竜王様との出会いを作ってくれた人だし、お礼はしないと」


 レッドは持ち帰られる最低限のオリハルコンを手に、オリーとドラゴンの背に乗った。


「ありがとうございました竜王様!またお会いしましょう!」

「うむ、達者でな。其方らの健康と活躍を祈っているぞ」


 ウルレイシアと別れの挨拶を済ませるとドラゴンは山の出口に向かって歩き出した。頂点捕食者に君臨するドラゴンに立ち向かう魔物などこのダンジョンには居ないため、悠々とそして安全にダンジョンを闊歩していった。

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