39、最高の仲間

「あ、ここまでで良いです。どうもありがとうございました」


 獄炎の門の出入り口直前でドラゴンの背から降りる。背に乗せてもらったレッドたちは三人並んでドラゴンに頭を下げる。深々と下げられた真摯な姿勢には、感謝されたドラゴンも堪らず頭を下げて返礼し、恥ずかしそうに踵を返してダンジョンの奥へと帰っていった。


「……ドラゴンは言われるほど悪い奴らじゃないのかもしれないな……」

『賢い生物ですので知り合えば彼らとて下手なことはしないでしょう』

「そうだな。いたずらに彼らの領地を荒らすから攻撃されるだけだもんな」

「良いドラゴンばかりとは限らない。悪竜も居るのだから見極めは大切だ。レッド」

「お!そうだなオリー。凄いな。勇者のゴーレムも凄いと思ったけど、オリーは生まれたばかりなのに深い知識を持ってるんだなぁ」

「火竜王ウルレイシアの知識を持っている。分からないことは教えてくれレッド」


 オリーの無垢な目がレッドを見る。昔の仲間の時はずっと教えられる立場にいたレッドがとうとう教える立場になった。その事実に感動し、レッドは身を震わせた。


「はわわっ……任せろオリー!俺がちゃんと教えてやるからな!」

「ありがとうレッド」


 オリーはニコリと微笑んだ。まるで人間のような反応にレッドは大喜びだったが、ふとオリーの体に目が行った。


「しまった!そういえば何も着てないじゃないか!え、えーっと……と、取り敢えず俺のクロークを!……汗で臭うかもしれないけど我慢してくれな」


 レッドは急いでクロークを羽織らせて前をボタンでとめる。


「ありがとうレッド。私はあなたの臭いは嫌いじゃない」

「そ、それは……良かったよ……」


 面と向かってそんなことを言われたのが初めてだったレッドはドギマギしながらそっぽを向く。ミルレースは口元を手で隠しながらレッドをからかうように見ていた。それに気づいたレッドは恥ずかしさから逃げるようにダンジョンの外に出た。


 ──ドンッ


 目の前に降ってきたエネルギーの塊に思わず目を見開く。地面を抉り、小さなクレーターを作った魔力の刃は光の粒子となって消えていく。


「な、何が起こって……?」


 レッドは上を見る。そこにいたのはフルプレートにマントを付けた荘厳な騎士。目に見えるだけで7体の騎士が浮かんでいるのが見えた。


「待っていたぞ。レッド=カーマイン」


 騎士は十分な距離を取って火口に降り立つとレッドを取り囲むような動きを見せた。ジャリッと小石を踏みしめる音が背後から聞こえる。少し上の位置にも敵がいるのが分かる。


(音や金属の音から10は居るな……完全に囲まれている)


 見える位置に7体、背後に3〜5体と見たレッドは剣の柄に手を掛けた。その時にハッと気づく。


(しまった!この剣折れてるじゃないか!!)


 ダンジョンから出て途端に涼しくなったはずの外気の下で、汗が引くどころかブワッと身体中から噴き出した。今自分を囲んでいる連中がいったい何なのか全く分からないが、敵であることは容易に想像がつく。竜王の時ほどの緊張こそなかったが、追い詰められている気持ちが恐怖となって滲み出す。


「だ、誰だ?!どうして俺がここに居るのが分かった!?」

「どうして、だと?女神の欠片が貴様がどこに居るのかを教えているのだよ。我らに見つかりたくなければそれを捨てるべきだったな。……我らは皇魔貴族の騎士ナイト槍の誉れナイツオブランス!!貴様を完膚なきまでに叩き殺す使命を負った刺客なり!!!」


 レッドから見て正面の騎士が代表して声を発する。その騎士がランスを構えた瞬間、レッドを囲む騎士たち全員が武器を構えた。レッドは複数の強敵の出現に圧倒される。それもこれも武器が万全でないのが尾を引いた。ウルレイシアから宝剣をもらっておけばと今更になって後悔し始めた。


「レッド」


 ビクッとなって肩越しに背後を確認する。そこにはいつの間にやってきていたのかオリーの姿があった。


「何をしてるオリー!出てきちゃダメだ!」

「私も戦う」

「そんな!オリーはまだ戦闘なんて……!」

「私なら大丈夫だ。火竜王ウルレイシアが私に授けたのは何も知識だけではない。それに……」


 ギチッと拳を握った音が鳴る。オリーが力を込めて握りしめたのだと感じ取った。


「レッドの敵は私の敵だ」


 ──プツンッ


 レッドの中で何かが切れた。その瞬間、恐ろしいほどの涙が目からこぼれ落ちる。今まで感じたことのない幸福感。感動の嵐が巻き起こり、レッドの情緒が凄まじいことになったのだ。

 レッドは剣を引き抜く。折れた剣があらわになった時、騎士ナイトの1人が笑った。


「フハハッ!見ろ!ダンジョンでかなり消耗させられたのが分かる!これは案外楽勝なのかもしれんぞ?!」

「油断は禁物だ。だが、これでロータス殿とベルギルツ殿の面目は保たれたな」

「ああ、作戦通りだ」


 騎士ナイトは勝利を確信していた。急に泣き出したレッドと折れた剣。命が風前の灯火と知った瞬間の獲物の最後の抵抗。出発前の説明にも映像にも無かったミルレースを除く第2の邪魔者の登場には少々驚いたが、彼らの作戦に支障もなければ関係すらない。共にねじ伏せるだけだ。

 そんな騎士たちの嘲笑を余所にレッドはとにかく頷いていた。


「うん……うん、オリー。お前に俺の背中を預ける」

「ああ、任せろレッド」

「……オリー」

「何だ?レッド」

「お前は……最高の仲間だ」


 レッドはふらふらと歩き出す。同時にオリーも背後の敵に向かって歩き出した。仲間と共に戦える喜び。それ以前に仲間が居るという実感が奥底に眠る野獣を呼び覚ます。


「う、うあ……ああ……うおおぉぉぉぉおおっ!!!!」


 レッドは吠えた。半分の剣を握りしめてこん限り吠えた。肺から酸素を全部出し切るほどに。それほどまでの熱い想いが体内を駆け巡っていた。


「ふっ……ついにキレたか。死を間近に迎えた獲物はこれだから……」


 ドシュッ


 目を離さなかった。今そこに発狂していた人間が最期の雄叫びをあげていたはずだった。それが残像だったことに気づいたのはいつか。当然、皮肉交じりに実況していたはずの騎士が体液を散らしながらいくつもの肉片になった後だ。


「……え?」


 ガンガラガラガラガシャーン


 フルプレートもいくつもの破片となって地面に散らばる。レッドは死んだ騎士の立っていた場所にいた。半分の剣がまるで伝説の剣のような輝きを見せた時、騎士たちは誰が何を言うでもなく飛びのく。


(接近戦は不味い!!)


 それがレッドを相手にしていた騎士たちの総意だった。そしてそれはオリーにも言えた。


 バキュッ


「!!?」


 オリーが振り抜いた拳をその身に受けた騎士が胸当てに穴を開けられて吹き飛ぶ。オリハルコンの頑強さと、魔力伝導率の高さから究極の拳撃を放つ。縮めて「魔導拳」。拳の威力だけならハウザーを優に凌ぐ。


『すごっ……』


 ミルレースはその強さに感動を覚えた。レッドの覚醒とオリーの思った以上の戦闘力の高さに。


「こいつらの動きを止めるぞっ!!」


 騎士たちは武器をしまってすぐさま両手をかざす。


「魔空雷!!」


 手に溜めた魔力が雷撃に変わり、レッドに6体、オリーに4体がそれぞれ一斉に同じ魔法を使用する。その名の通り宙空に雷撃を走らせ、狙った相手を感電させる単純な技だが、その威力は瞬時に生き物が黒焦げに感電死するレベルだ。形を定めない分、魔力消費の激しい魔法だが、それゆえ加減が出来ず威力が高い。いくら速かろうが散らばった雷撃から逃れるすべはないし、掠っても致命の一撃となる魔空雷はこの2人にうってつけと言えた。


 バリィッ


 オリーは為すすべもなく雷撃に打たれる。勝利を確信する騎士だったが、それを感じるのはまだ早い。


「私に魔法は通じない」


 オリーは足を肩幅に開き、両手を少し外側に開く。顔を上げて、全身を見せつけるように胸を張ると深呼吸の要領で魔力を吸い取った。その吸い込みはまるでブラックホールのような凄まじい吸引力。雷撃で光り輝いていたオリーの周りが何事もなかったかのように静かに元の姿を取り戻した。


「バカな……!?」


 その言葉はオリーにだけ放たれたわけではない。レッドもレッドで常識を超えていた。目にも留まらぬ早さで四方八方に振られた剣圧により、騎士たち渾身の雷撃をかき消したのだ。はっきり言って不可能だ。だが、これをやってのけたからこそ、先の騎士の凄惨な姿が残酷なまでに真実であると心に刻まれる。


「ば、化け物……」


 シャドーガロンの映像では納められていない力。今のレッドはいつもビクビクしているレッドではない。理屈に合わない本物の化け物。


「残念だったなナイツオブランス。今の俺は……俺とオリーは無敵だ」


 騎士たちはゴクリと生唾を飲む。先ほどまで感じていた勝利の甘い香りは、化け物の釣り餌だったのだと確信した。

 この火口全域がレッドの間合いだ。もう逃げられない。


「ふぅむ……あれは無理ですねぇ」


 魔力を体の表面にまとわせ、光を屈折させるカモフラージュ能力。皇魔貴族のトリックスターと称される魔族、ガンビット=侯爵マークェス=ベルギルツ。

 ナイツオブランスがレッドを疲弊させたところを狙ってトドメを刺すはずだったが、このままではどうすることも出来ない。


「ナイツオブランスを使い潰すことになるのは残念至極。しかしここは私のために犠牲になっていただきますか……」


 ベルギルツはレッドのあまりの強さに踵を返す。レッドに知覚されていない今なら難なく逃げられる。


「はぁ~……フィニアス様になんとご報告すべきか……」


 背任行為に他ならないが、無駄に死ぬより体制を立て直すのが急務。ベルギルツは心の中でいくつもの言い訳を並べ立てながら何もせずに逃げた。

 その日、ナイツオブランスは瓦解する。なんとか生き残ったのはオリーを相手にしていた2体。レッドに狙われた騎士たちは、その原型を留めることなく死滅した。そのほとんどがベルギルツの横槍を期待していたが、その願いが成就されることはなかった。



 レッドは今一度「獄炎の門」最奥に戻ることを提案した。それと言うのも、先のナイツオブランスに襲われたことを万が一に備えてウルレイシアに伝えるためである。

 しかしオリーの備え付けられた機能にウルレイシア直通の伝達方法があることを知り、火口の上からその機能を使用していた。


「ほぅ?皇魔貴族とな?」

「はい。俺を狙っての襲撃でしたが、もし来たら相当しつこい奴らなのでお知らせをと……」

「ふむぅ……あい分かった。その気持ち、痛み入る。警告が杞憂であることを願うが、こちらも警戒しておくとしよう」


 ウルレイシアへの警告を終えたレッドはホッと息をついた。


『律儀ですねぇ。多分ですけど皇魔貴族はここのダンジョンに興味ないと思いますよ?』

「炎帝ノヴァに封印されて一時期は主人が変わっていたんだぞ?竜王様には気をつけていただかないと」

『ふ〜ん……』

「流石だレッド。報告は早いに越したことはない、素晴らしい判断だった」

「あ、そう?そう思っちゃう?嬉しいなぁ。まぁそれほどでもないけどねぇ」

『レッド、顔が溶けてますよ。もういいですからさっさと魔導国に戻りましょう。オリハルコン、渡さなくてはいけないんでしょ?』

「あ、うん。そうだな。オリーの服も買わなきゃだし……」

「レッドの剣も必要だ」

「その通りだオリー!いやぁ、大忙しだ!」


 レッドはニコニコと顔をほころばせる。オリーはレッドの顔を見てその笑顔を真似する。心の底から喜んだ時の顔を記憶し、レッドの気持ちに寄り添おうとしている。そんなオリーを見てミルレースも純粋無垢な子供を見る目で微笑んだ。

 3人は魔導国に向け、並んで進む。最近のレッドの旅でもっとも心晴れやかな旅となった。

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