32、魔道具研究所

 レッドは受付嬢の案内に従い、魔道具研究部門のフロアにたどり着いた。受付嬢が無色の水晶で先に報せたからか、フロアに着いた途端に挨拶をされる。


「やぁ、どうも。あなたがレッド=カーマインさんで間違いないかな?」


 前髪が目にかからないように均等に毛先を揃えたパッツン前髪と、肩口で切り揃えたまるでカツラのように綺麗なサラサラの黒髪。切れ長つり目が狐のような雰囲気を醸し出し、鼻筋の通ったハッキリとした顔立ちは美人以外に言いようがない。

 研究員だと主張するかのような白衣を着こなし、自信に満ち溢れた姿はレッドには眩しかった。


「……あ、はい。そうです」

「私はここで魔道具を研究しているテス=ラニウムだ。どうぞよろしく」


 握手を求めてくる男らしいテスに圧倒されながら手を差し出す。二人で固い握手を交わした後、テスに案内されて応接間に通された。


「ちょっとお茶を淹れてくる。君も要るだろ?座って待っていてくれ」

「あ、えっと……」


 テスはレッドの返事を待たずにさっさと給湯室へ歩いていった。


『忙しない方ですね』

「……うん。頭でっかちの研究員って感じだ。見た目は凄い……何と言うか、研究員っぽくないけど……」

『え?……あ〜は〜。凄い美人さんですからねぇ〜』

「ちょっ……何その顔?やめろって。そんなんじゃないから……」


 レッドが恥ずかしがっているとテスがお盆を持って戻ってきた。


「お待たせした。粗茶だが、良かったら飲んでくれ」


 コップを受け取り、湯気の立つお茶に口を付ける。テスも対面に座ってお茶をすする。ほっと一息ついた2人は同時にお茶を机に置いた。


「それでレッドくん。あ、呼び方はレッドくんでいいかな?」

「あ、はい。ラニウムさん」

「テスと名前で読んでくれ。苗字は嫌いなんだ」

「そ、そうでしたか……」

「そんなに気にしないでくれ。ただのこだわりだ。それでレッドくん、君は何をしにここに来たのだい?」


 レッドはチラッとミルレースを見た後、一拍置いて話し始める。


「実はゴーレムを作成してほしいんです」

「ゴーレムを?何故だ?」

「何故って……冒険に連れていきたいからです」


 テスは目をパチパチとしばたたかせ、困った顔を向けた。


「レッドくん……君はゴーレムを誤解している。ゴーレムは力仕事や門番などの限られた場所で最大限の力を発揮する魔道具だ。冒険には向かないぞ?」

「あ、そうなんですね。まぁでも大丈夫です。作ってもらえますか?」

「大丈夫って……君……」


 テスはレッドのまっすぐな瞳を見れずに目を逸らす。話を聞こうとしないレッドに困惑を隠しきれない。それゆえに彼女の中にレッドに対する興味が湧いてきた。

 普段人のことなどどうでも良いテスにとって、常識で測れないものを探求したくなるというある種の癖のようなものが湧き上がってきたのだ。するといつもはどうでも良いと思っていることさえ同時に思い出した。


「……レッド……レッド=カーマイン……そうか。君はあのレッド=カーマインか」

「?」

「これはふと思い出したことなんだが、私は魔法学校で教鞭を執ることがあった。その教え子にプリシラという女の子がいた」

「プリシラって……もしかしてビフレストの?え!?まさかそんな偶然……!!……いや、俺とはもう関係なかった……」

「ああ、そうだな。噂は私にも届いているよ。彼らから追い出された剣士セイバーレッド=カーマイン。冒険者ギルド最弱と呼び声が高いとね」


 この言葉にレッドは俯く。と同時にミルレースがいきり立った。


『なっ!?何を言い出すんですかこの人は!!レッドは……!!』


 その時、ミルレースの顔の前にレッドの手が上がった。ミルレースに口を閉じるように手で遮ったのだ。ミルレースをみることが出来ないテスもレッドが手を振り上げたことで「少し言いすぎたな」と反省の色を見せた。


「世の中には迷惑な客や爪弾き者を見分けるためのブラックリストが存在する。冒険者ギルドがそれを用意していないわけがないし、冒険者の間で共有されていないはずもない。つまり君には一緒に来てくれるような仲間がいない。だからゴーレムでその穴を埋めようというわけだね?」


 しかしテスはいくら反省しようと、その性格ゆえかはっきりと言葉を口にし、グサグサとレッドの心を刺していく。ミルレースは『言わせておけば……』と歯ぎしりするも、テスに届くことはない。


「……あの、すべてその通りです。俺の仲間になってくれるような人が居ないのも、それでゴーレムに頼ろうとしたのも事実です。それを踏まえた上で聞かせてください。ゴーレムを作ってくれるのでしょうか?」

「なるほど、切実な願いだ。君の境遇を考えれば無条件で作ってしまいたくもあるが、これは仕事だ。いくら出せる?」

「銀行に預けてあるのがいくらか……ゴーレムがいくらになるかによりますけど……」

「高いよ。一介の冒険者では買えないくらいに。……とりあえずモデルを見ていくかい?」

「は、はい。お願いします」


 レッドはテスと共に様々な試作品の置かれた部屋に入った。用途不明の魔道具が所狭しと並ぶ中、一際大きくその存在感を醸し出すのは人型魔道具ゴーレム。求めていたものがようやくこの手に。


「……ん?テスさんすいません。見た目がなんかこう……無骨なものしかないのですが、もっとこう細いというか、見た目が人と変わらない奴とかはないんですか?」

「これで全部だが?」

「え?……でも勇者は……」

「ユウシャ?」


 いまいちピンと来ていないテスにレッドは勇者の制作したゴーレムをこと細かく説明する。遮ることなく説明を聞いたテスは目を輝かせた。


「それは凄いな!その方とゴーレムに是非合ってみたいのだが、どこに行けば合えるのだ?」

「あ、すいません。勇者は3年前に亡くなってて、ゴーレムは何日か前に俺の手で勇者の元に……」

「……」


 レッドの悲痛な顔をテスは感情の抜け落ちた無表情で見つめる。一拍置いてテスの眉間にシワが寄った。


「君、それをなんていうか知っているかい?虚言というんだよ」

「!?……いや、待ってください。本当のことなんですよ」

「しかしユウシャもいない、ゴーレムも壊したじゃ何1つ証拠がないじゃないか。私をからかっているのか?」


 レッドは一瞬ミルレースを見たが、テスには見えていないので証言出来ない。このままでは変人扱いは免れない。だがレッドに打開策はない。せいぜい「うぅっ……ぐぅっ……」と呻くくらいしか出来ることはなかった。


「……まぁ、仮にそんな可愛い子を作れたとして、それは本当に冒険のためなのかい?いかがわしいことに使おうとか思っていないかい?」

「い、いや!そんなことは思っていませんよ!」


 必死な形相をしながら否定するレッドにテスは納得したように頷いた。


「やはりそうか。すまないがここはダッチワイフを作ってはいない。お引き取り願おう」

「ダ……!え?ダッチ……ワイフ?」


 パチンッとテスが指を鳴らすと、図ったように黒いローブに身を包んだ屈強な男たちがゾロゾロと出てくる。このフロアを守っている警備兵だろう。魔法より筋力を鍛えてそうな男たちはレッドの両脇を抱え込むとズルズルと引っ張っていった。


『あっ!ちょ……ちょっとレッド!』


 ミルレースは連れて行かれるレッドに引っ張られながらテスを睨んだ。

 一方的な言い分。散々な物言いに流石のミルレースも怒りを隠しきれない。だが、ダッチワイフの意味するところが分からなかった。というか初めて聞いたので、頭に疑問符を浮かべながらレッドと共に抵抗も出来ず外に追い出されてしまった。


『酷い人ですね!まったく!!』

「ダッチワイフ……」

『……結局それって何なんでしょうか?』

「いや、知らない……ごめん」

『な、何で謝るんですか?!謝るべきは彼女ですよ!許せませんよね!』


 急な否定と拒絶に脳が追いつかず、ミルレースに返事をすることも出来ない。魔道具研究室の出入り口で呆然と立ち尽くすレッド。どうにも出来ない辛さと寂しさから動けずにいると、ふいに目の前の扉がガチャリと開いた。


「……お?きみはさっきまでテスと話してた子だね?良かったぁまだ帰ってなくて」


 レッドの俯いた視界に映る小さな足。子供サイズの靴を訝しみ、顔を上げて前に立つ人物を見た。

 そこに立っていたのは真っ白な天然パーマの髪をお尻を隠すほど伸ばし放題にしている、まるで毛布を着ているかのような見た目の女児。可愛いとしか言えないモチモチのほっぺたに、サイズが大きすぎてずり落ちている丸メガネ。見た目にそぐわないダボダボの白衣を着ている様から、彼女をドワーフであると認識した。


「えっと……そういうあなたは?」

「僕はルイベリア=ジゼルホーン。ルーで良いよ。長いし」

「あっ、お、俺は……」

「レッドだよね?聞いてたよ。僕は耳が良いからね。あ、テスには内緒ね」


 ルーはダボダボの袖から何とか右手を出して人差し指を口許に当てた。内緒のジェスチャーを見せながら小悪魔的にニヤリと笑っている。

 急な登場に頭がついていかないレッドは呆然としながらも「はぁ……」と何とか返事をした。


「あ、ごめんごめん。突然何なのか分かんないよねぇ?ちょっと僕の部屋で話そうよ。きっときみには実りある話だと思うからさ」

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