4章
31、魔導国
「……死んだ?……あの、ハウザーがか?」
ハウザーの部下だったデーモンたちは支配者である皇魔貴族の眼前で質問に肯定するように一層深く頭を下げる。ハウザーの作戦が順調に進んでいることを伝えられた後、突然の訃報にロータスは頭を抱えた。まるで貧血のような立ちくらみが彼女を襲う。
命からがら逃げてきたデーモンは、この事実を必ず持ち帰り、何が何でも伝える忠義を担保にどうか命だけは取らないで欲しいという切実な願いの両方を姿勢で表していた。皇魔貴族は気に入らないことがあればすぐに手を出す。上手くいけば腕が取れるぐらい。ロータスも例外ではないのだが、低頭平身懇願すればやり過ごせるのではないかと一筋の希望を抱いていた。
──パチャッ
ロータスにとってデーモンの命などどうでもよかったが、それはそれとしてデーモンを殺した。彼女は顔にこそ表れないがかなりの癇癪持ちである。
「……誰か。居ないか?」
今時分癇癪で部下を殺しておきながら別の部下を呼ぶ様は控えめに言って正気とは思えないが、強さとは傲慢であるを地でいく彼女にとって日常茶飯事。そんな彼女の逆鱗に触れないように別の部下が慌てて飛び出した。
「ははぁっ!」
「……招集をかけろ……今すぐに」
「承知いたしました!!」
デーモンはすぐに踵を返して走り出した。その後ろ姿を目で追うことなくロータスはイライラしながら玉座に座る。
「……レッド=カーマイン」
人間は弱い。どれ程強くなろうと今飛び出して行ったデーモンにすら
(……勇者ごときの力ではハウザーを殺すことは出来ない……だが、我等を揺るがす存在が出て来たのも勇者の出現がきっかけのように感じる。……何かが変わろうとしているのかもしれない……)
ロータスは自分の右手を眺めながらギュッと拳を作った。
*
レッドは
『はぇ〜……なんというか凄く角ばってて、大きいっていうか……無機質な建物ばかりが隙間なくという感じで窮屈に感じます。こう、ひしめき合ってるのを見ると何だか酔いそうですね』
「え?肉体がないのに?」
『……いや、そうじゃなくて単なる物の
「ああ、何かの能力が覚醒したのかと思っちゃったよ」
自由意志で動くことが出来ないのに感覚器官だけが戻るなど最悪すぎる。レッドの突拍子もない答えに(そんなわけがない)と思いつつも、ミルレースは苦笑いで誤魔化した。
こんな会話の最中にも、レッドは都会にやってきた田舎者のように忙しなくキョロキョロと当たりを見渡し、目当てのものを見つけると笑顔を弾けさせながら指を差した。
「あ!アレだ!魔導局!」
魔導技術研究局。魔法技術で人類のより良い発展に尽力する研究機関。アヴァンティアにある魔導砲を研究、開発したのもここである。
『あそこに行けばゴーレムを作ってもらえるのですね?』
「うん、多分。……まぁ、もし違っても専門の機関を紹介してもらえば良いから大丈夫」
レッドは久々に訪れた街の空気を胸いっぱいに吸い、迷いなく大股で歩き始める。ミルレースはすれ違う人々を珍しそうに眺めながら口を開いた。
『大きなマントにくるまった方たちばかりですね。あまり肌を見せないようにしているというか……』
「……あれはローブっていうんだ。
人前では声を落として反応する。
『となればあの方々は……はぇ〜……
「……彼らは冒険者にならない生活を選んだ人たちだ。魔導書や魔道具の作成……新たな魔法陣とかの魔法研究をしてる。ってプリシラから聞いたよ」
『ビフレストの
「……うん。ここで魔法を教わったってさ」
レッドの言葉にミルレースは「へぇ〜」と気の無い返事をする。最近かなり砕けた話し方になってきたような気がする。
(なんか……良い……)
レッドはミルレースを介して仲間との会話を思い出していた。
(隣に並んで歩いて欲しい。普通に会話したい……)
レッドの欲はどんどん膨らんでいく。ゴーレムでは食事をすることは出来ないが、共に歩んでいくことは出来る。そう思えば思うほどに歩く速度は速くなった。期待が膨らみ、興奮がさらに足を早める。
魔導局はもうすぐそこだ。
*
魔導局の受付。受付嬢はロビーで行き交う研究員たちをぼーっと眺めながら暇な時間を無心で過ごす。
本日は特に取次もなく、来客もない。無色の水晶も一切光らない。何かしら急用でも入れば時間つぶしになるのだが、そういうのも現在まったくない。
誰かしら隣に座っていれば会話でもしているのだが、休憩に行ったために誰も居ない。
(……早くお昼来ないかな……)
あくびが出そうなのを我慢しつつ入り口付近に視線を移す。
「ん?」
ガラスの扉の前に黒い人影がぼやぁっと見える。速歩きしているように肩と頭が上下に忙しなく動き、施設内に侵入しようとしているのが分かった。
「……えっ!?」
研究員が受付嬢の前を遮るように通り過ぎた一瞬の内に、まるで扉をすり抜けてきたかのように施設内に入り込み、同じ動きで受付にまっすぐ向かって来た。遠目からでも分かる赤い瞳が爛々と輝き、受付嬢を射抜いていた。
理解不能な現状に背筋に冷たいものが流れて緊張が走る。怖すぎて動けない受付嬢の前に、全身黒で身を包んだ赤毛の男性が立ち止まった。
得体のしれない怪物を前にしているかのような異質な感覚に受付嬢は固唾を飲む。何かされるのではないかと、職務を忘れてジッとその男の動向を見ていた。
「……あの」
「は……はひっ!!」
男から発せられた声に敏感に反応してしまう。
「?……ちょっとお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「えっ?!えっと……あ、ああ、すいません……」
ごく普通のありふれた声に受付嬢は心から安心し、また自分の肝の小ささを恥じる。
単なる来客だ。動きが変だと思ったのはただの勘違い。暇すぎて白昼夢でも見ていたのだろうと顔を赤くした。深呼吸をし、気持ちを落ち着けるとニコリと笑った。
「こんにちは。本日はどのようなご要件でしょうか?」
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