第135話 凶暴な黒兎
カーヤの陣痛が始まり、御産室の前に、レイベスとフォルダンも控える。
「……処刑人の役目、代わらなくても良かったのか?」
フォルダンがレイベスに訊ねた。
「セライ様以外に、ハクレイの処刑人の役が似合う男もいないでしょう? それに、代わると言っても、あの人ならば、断るでしょう?」
「それもそうね。けど、大丈夫かな? 嫌な予感がするんだけど」
「君もですか。まあ、元々死に近かった私達ですからね。公開処刑なんて穢れに、良いものなんて感じないんですが……。上手く事が済めば良いんですがね」
「ちゃんと、苦しませずに
「さあ? ああ見えて、情に流されやすい人ですから。急所を一発で仕留めるなんて神業、無情な私達にくらいしか出来ませんからね。本当、今から新しい命が生まれてくるというのに、何でしょうか、この胸騒ぎは……」
闘技場では、邪魔なハクレイと宰相戦のライバル、セライ、それから何かと小賢しい地球よりの交換視察団が、三体の巨大な黒兎に囲まれ、容赦ない攻撃に遭う。絶体絶命の状況に、シュレムが思惑宜しく笑う。
「古代技術復活の研究をしていたのは、お前だけではないのだよ、ドベルト」
この闘技場のどこかで見ているであろうドベルトに向かい、シュレムが嘲笑う。黒兎からの攻撃を受け、腕から流血するセライに目を向けたシュレムの口元が、下衆に歪む。
「ああ。私の息子かもしれないのに、残念だよ、セライ」
その言葉を、エトリアは聞き逃さなかった。ぐっと拳を握り、表情を無くした。
突然現れた巨大な黒兎の登場に、観衆らは熱狂した。
「殺せ、殺せ、殺せ」
黒兎の鋭利な爪がハクレイを襲うも、その攻撃を、
「……っ」
その強力な力に、安孫の足が地面に沈められていく。
「安孫君っ……」
「
安孫が黒兎の爪を押し返し、その胴体に斬りかかる。
「
「三条さん……」
「あれだけの怒りをぶつけたのです。貴殿の反吐は出尽くしたはず。残るは、感謝の気持ちですぞ。貴殿は、私と同じ後悔などしてはなりませぬ。たとえ親子関係が無いにせよ、そこまで育ったは、ハクレイ殿がお陰でありましょう?」
水影の言葉に、ぐっとセライの想いが込み上がる。
「ありがとうっ……」
セライが急いでハクレイの下へと向かうのを、一体の黒兎が襲い掛かる。それを
「
「……なぁに。
三体の巨大な黒兎の攻撃を、朱鷺ら公達がそれぞれ、太刀で防いでいる。
「たとえ死刑判決が下ろうが、今此の時生きておる者を救えずして、何が帝だ! 俺は、死にゆく者であっても、笑って旅立ってほしいと願う! それが、国を統べる者の願いだ……!」
帝としての朱鷺の主張に、次期国王、イーガー王太子がピクリと反応する。
「都造さんが、ヘイアンの帝……」
力いっぱい、朱鷺が黒兎を押し返した。ドオンと轟音と共に一体が
「流石は主上! 某も続かねばっ……!」
安孫もまた、黒兎に攻撃を仕掛ける。
「すまぬのう、黒丸。たとえ兎であっても、某は、小さくて愛らしい兎が好きなのだ!」
右脇腹から左腕に一文字に斬りつけた安孫が、倒れた巨大な黒兎に向かい、言う。残り一体となったところで、セライがハクレイの前に立った。
「……父さん」
「セライ君、僕はっ——」
「うるせえ! もう何も言うな! お前が父親じゃなくても、俺にとっては、そうなんだよ……!」
「セライ君……」
「さっきは散々なことを言って、悪かった。色々上手くいかなくて、むしゃくしゃしていたんだ……」
しおらしく謝るセライの姿に、ハクレイが笑う。
「……セライ君、僕はね——」
「ぎゅああああ!」
俄かに、残り一体の黒兎が奇声を上げた。
「何だ?」
対峙していた水影が、怪訝に眉を顰める。その直後、容赦ない爪の攻撃が水影に降り注いだ。
「ぐっ……」
「水影っ……」
太刀だけでは防ぎようもなく、水影の腕や足から血が噴き出た。
「水影どのっ……!」
黒兎の背後から安孫が斬りかかるも、それを手で払いのけ、安孫の体が瞬時に闘技場の壁に叩きつけられた。
「がはっ……!」
「春日さん!」
「安孫っ……!」
凶暴化した黒兎がハクレイとセライに襲い掛かるも、対峙した朱鷺が立ちはだかる。
「俺の大切な臣下を傷つけた罪、死よりも強力な罰で償うてもらうぞ、黒兎よ」
「……俺も共に戦う。これ以上、あの下衆野郎の好きにさせてたまるか!」
闘技場から、観衆席に座るシュレムをセライが睨みつける。朱鷺の隣に立ち、ドベルト銃を握った。
「セライ君……」
地球の友人と共に戦うセライの姿に、ハクレイは安堵の表情を見せた。
(ああロゼッタ、僕はなんて幸せなんだろう。僕達の息子は、こんなにも勇敢なんだね……)
ハクレイが心のままに、セライを見つめる。懸命に黒兎と戦うその勇士に、在りし日の最愛の妻が重なった。
「ロゼッタ……」
そこに、青天していた黒兎が俄かに起き上がり、ハクレイに襲い掛かった。鋭い爪がハクレイの背中を抉り、後ろ手に繋がれていた鎖を断ち切った。
「……っ」
「父さんっ……!」
血相を変えて、セライがハクレイの下へと急ぐ。ポタポタと背中から流血するハクレイが、息を乱しながら、両手をついた。その手首は鬱血の痕を遺し、ハクレイを苦しめ続けた。
「……らい、くん……。ろぜ、った……」
セライの手を掴んだハクレイが、息も絶え絶えに、愛する者達の名前を呼ぶ。
「ロゼッタ……。ごめん、ね。君を守ると、誓ったのに、守れなかった。僕の恋人になったせいで、君を、苦しませてしまった。君を、不幸にしてしまった……」
「とう、さんっ……」
「せらい、くん……」
ハクレイが顔を上げ、今にも泣き出しそうなセライに向かい、精一杯微笑む。
「ほんとうに、いいお友達ができて、よかったね……」
今なお、朱鷺と水影は巨大な二体の黒兎と戦っている。そこに、流血するも、息を整えながら敵と対峙する安孫の姿もあった。
「彼らなら、この月の、窮地を、救ってくれると思った、んだ。だから、あのとき、古代兵器を、発動させた……」
『——御名を……伺ってはおりませぬが?』
初めて朱鷺らと対峙した時の場面が蘇る。
(どこまでも勇敢に僕と対峙する彼らなら、きっとあの大量破壊兵器を破壊してくれる術を持っていると思ったんだ。実際、希望の証——白兎が、粉々に打ち砕いてくれた。……間に合ったんだね、ドベルト。今もどこかで、僕のことを見ているんだろう?)
二年以内に地球に向けて発動しなければ、自爆する仕組みとなっていた古代の大量破壊兵器を止めるため、ドベルトは僻地で研究を続けていた。王宮に帰って来たドベルトが、ハクレイの最期を見届けるため、観衆の陰に隠れている。その肩には、白兎が乗っていた。
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