第134話 処刑の日

 ハクレイの処刑日を迎え、セライが一人、自室にて白色のガウンを手に取った。それを握り締め、ゴミ箱へと捨てる。机上に置いたドベルト銃を手に取り、それを懐に入れた。部屋を出て、一歩、また一歩と、処刑場へと向かっていく。

 大昔の闘技場に、何千人もの観衆が集まった。次期国王、イーガー王太子を中心に王族らが見届ける中、朱鷺ときら地球からの交換視察団の三人も席に着いた。

「——さあ、ついに悪の宰相ハクレイに、死の制裁が下されます!」

 月暈院つきがさいんの議員らの姿もあって、シュレムが代表して、観衆に呼びかける。闘技場の中央に、両手を後ろ手に鎖で縛られたハクレイが立つ。怒りの感情を向ける国民らを、シュレムが一層扇動した。

「処刑人は、長年ハクレイに自分の息子であると騙されていた、王族特務課課長、セライ!」

 セライが銃を片手に、闘技場の中を進んでいく。

「ハクレイを殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 観衆らが一斉に、ハクレイの死を叫ぶ。 

「——これが、月が世の処刑か」

「公開処刑とするは、あちらが世と同じにございまするが、何とも、胸糞ですな」

 顔をしかめる朱鷺に、水影みなかげもまた、拳を握った。

「せらい殿……」

 処刑人としてその場に立つセライを想い、安孫あそんがそっと瞼を閉じる。

「セライっ……」

 スザリノもまた、愛する人の気持ちを汲み取り、そっと胸を掴む。その隣では、エトリアが目を伏せたまま、「宰相……」と小さく呟いた。

 セライが真っ直ぐにハクレイを見つめる。徐に、水影の言葉が蘇って来た。

『——親の朝裁ちょうさいを見るに堪えない御気持ちは、良う分かります。されど、どのような罪が暴かれようが、ハクレイ殿が人生に触れる機会は、今しかありませぬ。御父上御存命が今の内に、腹を割って話されよ。怒るも、謝るも、感謝するも、生きておるが内ですぞ』

 その後、水影のお節介により、裁判の様子を別室から見ていたセライは、自分が暴漢に襲われたことにより出生したことを知った。DNA鑑定でも、その親子関係を否定された今、目の前にいる男は、父親でも何でもない、ただの冷血漢だ。誰もが忌み嫌う、悪の宰相ハクレイなのだ。その男に向かい、セライは口を開いた。

「……ようやく、お前に引導を渡せる日が訪れた。これは、お前の望みでもあるんだろう? こうなると、どこかで分かっていたんだ」

「そうだよ。君なら二つ返事でそうすると、僕には視えていたからね」

「……くそやろうっ」

 険阻けんそに睨みつけるセライに、「はは」とハクレイが笑う。

「ほんっと、君は僕に似ていないね、セライ君。あんなに可愛かったのに、僕の裏の顔を知って、どんどん顔つきがきつくなっていったものね。そんなんじゃ、いつかスザリノ王女に愛想をつかされてしまうよ。男なら、どんなに苦しくても、いつでも笑っていなきゃ。それに、宰相になるのなら、もっと心に余裕がないとね。あと、非道になる覚悟も持たなきゃいけないよ。ほら、君の手で、僕を殺すんだ」

 微笑みを浮かべるハクレイに、ぐうっとセライが奥歯を噛み締める。握り締めるドベルト銃が震えている。覚悟を決め切れていないセライに、ふうっとハクレイが吐息を漏らす。

「……セライ君、君が僕を殺すんだ。そうしなきゃ、国民は君を、いつまでも悪の宰相ハクレイの息子だと思ってしまうよ?」

 息子と言う言葉に、セライは「うるせえ!」と叫んだ。

「息子だと……? ずっと俺のことを騙していたくせに、何が息子だ! 事あるごとに息子だ何だと言っていたくせに、今更息子じゃないなんてっ……、何が便宜を図っただ! 何が離れていくのが怖かっただっ……!」

 セライの気持ちが爆発し、ハクレイに怒りをぶつける。

「本当にすまなかったと思っているよ。僕もまた、一人の人間だからね。誰かに甘えたい気持ちがあって、君を騙し続けてしまった」

「……っち! お前なんか父親じゃない! お前のせいで、母さんはっ……!」

 裁判で明らかになった自分の出生の秘密に、母親の気持ちが、さらにセライを憎悪で埋め尽くす。

「ロゼッタにも、本当に悪かったと思っているよ。僕なんかと恋人になったせいで、僕に恨みを抱く者達から、あんなにも酷い目に遭わされたんだから。僕が全部、悪いんだ……」

 過去を懺悔するハクレイに、「何やっているんだ! 早く殺せ!」と観衆から怒号が飛ぶ。その声に、セライは冷静さを取り戻した。ハクレイに向け、銃を構える。その姿にハクレイは、幼いセライが泣いて帰って来た日のことを思い出した。 

『——セライ!』

 メイドから報告を受け、執務室から飛んできたハクレイの目に、頬を殴られたセライの姿が映った。

『一体誰にやられたんだ! 言いなさい、セライ!』

『……ちが、ころんだだけだよ!』

『嘘はダメだよ、セライ。僕に恨みを抱く者に襲われたんだろう? どういう風貌の男だったか話すんだ、セライ!』

『ほんと、ぼくがころんだだけだもん!』

 どこまでも意地を張る幼い息子の姿に、ハクレイは、ぐっと込み上がるものを感じた——。

(あの日、思ったんだ。君は、僕の息子じゃない方が、幸せなんだと)

 その件があってから、ハクレイはセライのことを、君付けするようになった。

『——セライ……君』

『どうしてぼくをくんづけするの?』

『んー……君のためかな』

『ぼくのため?』

(そうすることで、君との親子関係が軽薄になればと、思っていたのに……)

『せー君、セライ君、セライくーん!』

『——うるせー! んん! ……気安くわたくしを呼ばないでください、ハクレイ宰相』

(あんな風に他人行儀になっても、君はずっと、僕の息子でいてくれたんだよね……)

 ハクレイは顔を上げると、セライに向かい、微笑んだ。

「さあ、早く僕を殺すんだよ、セライ君。それが、君の幸せのためだ」

「幸せ……?」

 セライがその言葉に反応する。目を伏せ、ハクレイに訊ねる。

「幸せとは何だ? 豊かに生きることか?」

「さあ、僕にも、分からないや……」

「ふざけるなよ。お前が言ったんじゃないか!」

『——セライ君、僕はこの国の皆を豊かにしたいんだ』

「……この国の皆を豊かにするんじゃなかったのか! かつての志を忘れたのか! お前は何のために政治家になった!」

 セライが涙を浮かべて、言い放つ。ハクレイの脳裏に、昔、ロゼッタに言った言葉が蘇った。

『——みんなが幸せになれる国を作るために、僕は宰相になったんだ』

 今まで余裕を浮かべていたハクレイの目にも、薄っすらと涙が浮かんだ。

「……ロゼッタ、ぼくは、ぼくたちの息子はっ……」

 ハクレイが小さく呟く。その言葉が聞こえてきたのはセライだけで、怪訝に眉を顰める。銃を握る手から、俄かに力が抜けかけたところで、

「——何をやっている、セライ! 早くハクレイを処刑するのだ!」

 イーガー王太子の隣から、シュレムが急き立てる。

「殺せ、殺せ、殺せ——」

 観衆らもまた、悪の宰相ハクレイの処刑を望む声を、高らかに叫んだ。セライがまた、ぐっとハクレイを睨みつけた。その向ける銃口が、小刻みに震えている。

「……やはりセライには、やりきれないか」

 思惑宜しく笑うシュレムが、パチンと指を鳴らした。その直後、地響きが闘技場を襲い、地下から三体の巨大な黒兎が姿を現した。

「なっ、あれはあの時のっ……!」

 安孫が叫ぶ。ハクレイが古代の大量破壊兵器を復活させた際に、切り札となった、白兎。あの兎もまた、巨大化し、その兵器を木槌で打ち壊したのであった。

「……否。の白兎とは、様子が異なるようだが……」

 立ち上がった朱鷺が、三体の凶暴な黒兎を見つめる。切り札となった白兎が金瞳だったのに対し、姿を現した三体の黒兎は、赤瞳で眼光も鋭い。巨大な三体の黒兎が、容赦なくハクレイとセライに襲い掛かる。

「なんだこいつら、化け物かっ……」

 砂埃が舞い、闘技場に巨大な穴が開いた。

「せらい殿っ……!」

 安孫もまた立ち上がり、友の窮地に居ても立っても居られない。すぐさま、闘技場へと駆け下りていく。

「我らも参るぞ、水影」

「御意」

 二人もまた、安孫に続く。再び三体の巨大な黒兎が、ハクレイとセライに向かい、その鋭利な爪で襲い掛かる。

「セライ君っ……!」

 ハクレイがセライを庇う。ぐっと覚悟を決めたハクレイの前に、地球よりの交換視察団の三人が、太刀を抜き、巨大な黒兎の前に立ちはだかった。


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