第133話 月の視察団の帰還

 蒲生かもう大楠おおくすにより月へと帰還したカーヤ、レイベス、フォルダン。セライから事情を聞いたルーアンら王族が、三人を迎え入れた。

「おかえりなさいっ、カーヤ姉さまっ……!」

 ルーアンが真っ先にカーヤに抱き着こうとするも、その腹が大きく膨れていることに、「……え?」と困惑する。エトリア、スザリノ、ルクナンも、同じように「え?」と困惑した。朱鷺とき水影みなかげ安孫あそんもその場に駆け付けるや否や、「……んん?」と首をかしげる。

「かあや王女よ、その腹は……」

「あらお兄さま、ごきげんよう」

 その瞬間、二人の間に、腹違いの兄妹であることが本能的に伝わった。

(危なく俺は、妹に執心するところだった……)

 一度はカーヤに多大なる執心を見せた朱鷺であったが、こうして実際に対面し、本能的に血のつながりを、まざまざと感じ取った。幼い頃に出会っているはずであっても、大人になってから再会するまで、この感覚は忘れ去っていた。それはカーヤも同様で、

(危うく私は、お兄さまである帝の子を産むところだったわ。麒麟きりんがいてくれて、本当に良かったわ)

 本来の目的を完遂出来たことに、心の底から喜んだ。「ふう」と二人が兄妹宜しく、安堵する。

「……して、腹の子の父は、一体……? よもや我が影、麒麟ではあるまいな?」

 動揺を隠しきれない朱鷺の問い立てに、水影と安孫が、気まずそうに視線を逸らす。

「ええ。麒麟の子ですわ? お兄さま」

 至極当然に答えたカーヤに、「えへへ」と笑う麒麟が思い浮かぶ。

「何やっとんのじゃー、きりんー!」

 帝らしくない朱鷺の叫びに、水影と安孫が、やれやれと吐息を漏らす。


 一方、ヘイアンでは、「——くしゅん」と麒麟がくしゃみをした。

「……あ、主上にバレた」

「バレたな」

「バレもうしたな」

 急に悪寒が走った麒麟と、それを瞬時に感じ取った、浄照じょうしょう実泰さねやす


「——それよりも帝様、ヘイアンは今、危機的状況です」

 レイベスの風雲急を告げる報告に、「——やはり、事態は一刻を争いますな」と水影が腹を括る。

「我らも急ぎ、ヘイアンへと戻りましょうぞ」

 血気に逸る安孫に、「まあ待て。あちらが世には、道久もおるでな」と、冷静に物事を見極めんとする朱鷺が言う。その直後、俄かにカーヤが産気づいた。

「……っう」

「お姉さま! うそっ、産まれるの?」

何故なにゆえ、今日がその日かっ……」

 朱鷺が、ぐっと奥歯を噛み締める。

「なに? 今日が誕生日じゃダメなワケ?」

 フォルダンが水影に訊ねる。

「はあ。神はおらぬと分かっておりまするが、運命は斯様かようにも残酷か。今日は……ハクレイ殿が処刑の日にございまする」

「えっ、ハクレイの奴、処刑されるの? しかも今日っ?」

 驚くフォルダンに、「しかも、処刑人はセライ様らしい」と、レイベスが重ねて告げた。

「おまっ、知ってたのかよ! ベス!」

「いつ出来るかとも分からない月との交信の役目を、私に押し付けたのは君ですよね、フォル」

「うっ、悪かったってば……」

 バツが悪そうに、フォルダンが頬を掻く。

「我らは、はくれい殿の処刑を見届けねばならぬ。せらい殿が想いをおもんぱかれば、えとりあ王妃とすざりの王女は、我らと共にあられた方が良かろう。しからば、天女中とるくなん王女は、かあや王女の傍にて、御産に立ち会うてくれぬか」

 ハクレイの処刑からルーアンとルクナンを遠ざけたい朱鷺が、二人に言った。その意を汲み取ったルーアンが、笑顔で頷く。

「分かったわ。安心して、お姉さま。私が傍にいるから」

「ワタクシもおりますわ、カーヤ姉さま。出産に向けて、準備しますわよ、ルーアン!」

 ルクナンも次期王妃として、御産を迎えたカーヤを王宮内の病棟へと連れていく。その小さくも頼もしい背中に、安孫の想いが溢れ出しそうになるも、ぐっと堪えた。


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