第132話 別れ

 蒲生かもう神社は大楠おおくすの前で、カーヤらは月光線が降り注ぐのを待った。

「あの貴公子達は、無事かしら?」

 鷲尾わしお兵を引きつけるため、自分たちが囮になる作戦であることを車無皇子くるまなしのみこから聞かされたのは、今朝方のことであった。

『——我ら、必ずやかあや姫方を、月へと御返し奉りまする』

 あれだけ執拗に求婚してきた貴公子らが、恭しく自分を守る姿に、カーヤは心内で感謝した。

「大丈夫だよ。あれだけ図太い性格をしているんだ。きっと上手くやるさ」

 月光を背に、麒麟きりんがカーヤに向かい、微笑む。

「いやぁ~、地球ではイロイロとあったけど、楽しかったよな~、ベス」

「ええ。本当にお世話になりました、実泰さねやす殿。浄照じょうしょう殿」

 レイベスとフォルダンが、二人に向かい、頭を下げた。

「なぁに。存外、手が掛からんかったでな。また何時いつでも、ちきうに遊びに来るが良い」

 永遠の別れではないと分かっていても、実泰の目頭に涙が浮かんだ。

「実ちゃんも、いつでも月に遊びにおいでよ。絶対、鷲尾院に勝てよ。何かあったら、おれらも加勢に来るからさ」

 フォルダンが実泰の肩に腕を回し、にっこりと笑う。その目には実泰と同じく、薄っすらと涙が浮かんでいた。

「だん殿……。有難う。貴殿らと友人になれて良かった」

 実泰が涙をぬぐい、にっと笑う。

「……達者でな」

 浄照がレイベスの背にそっと触れ、微笑む。

「ええ。貴方様もお元気で。またいつの日か、蹴鞠けまりにて共闘いたしましょう」

 宮中で行われた蹴鞠大会を振り返り、レイベスが浄照に手を差し出した。

「生きてまた、お会いしましょう、太政大臣サマ」

「ああ。そなたも長生きするが良い」

 秀麗な面持ちの若者との再会を誓い、浄照もまた、強くレイベスの手を握った。

 

 満月がてっぺんに位置したその時、天から黄金色の月光線が降り注いできた。真っ直ぐに大楠へと差し込む。

「時間ね。行きましょう、麒麟」

 大楠に向かい歩き出したカーヤの後ろで、麒麟は一歩も動かない。

「麒麟殿? どうされたのです?」

 レイベスが、麒麟の顔を覗き込む。

「ほうら、帝サンも一緒に月に行くんだよ」

 フォルダンがその背中を押すも、麒麟は首を横に振った。

「……麒麟よ、それがそなたの答えか?」

 実泰に問われ、麒麟が真っ直ぐにカーヤを見つめる。

「すまない、かあや。おれは、月へは行けない」

「何を言っているの? 貴方はこの子の父親なのよ?」

「ああ。それは十分承知している。けれど、今この国を離れる訳にはいかないんだ。おれはこの国の偽物の帝で、真の帝——主上をお守りする影だ。それがおれの人生なんだ」

 固い決意を示す麒麟の表情に、カーヤが怒りも哀しみも、ぐっと堪える。

「すべてが終わったら、必ず迎えに行く。必ず、君とこの子を幸せにしてみせる。だから、安全な月で、元気な子を産んでほしい。絶対にあの月へと昇るから。だから、おれを信じて待っていてくれ」

 真摯に麒麟が想いをぶつける。いやよ、絶対一緒に月へと帰るの、そう喚き散らしたい気持ちで一杯になるも、カーヤはすべてを飲み込み、麒麟を見上げた。

「……早く戦なんて終わらせて、誰もが月と地球を行き来できるように、お互いに、そんな国を作りましょう。ねえ、私の愛する帝様……」

 涙を流すも、笑って愛する人の手を握るカーヤに、麒麟も堪え切れずに泣いた。そんな愛する二人の様子に、浄照は、昔の光景を思い出した——。

『——誰もが自由に月と地球を行き来できる、そんな理想の世界を作りましょう』

 十五年もの昔、夕鶴帝ゆうかくていとミーナの別れの場面が蘇り、浄照は目を伏せた。

『——道久!』

 亡き夕鶴帝と晴政はるまさが自分を呼ぶ姿が、瞼の裏に浮かぶ。

(……主上、晴政。結局、一等戦場におったわしが一人、残されてしもうたな)

 大楠と月光線が一直線に繋がった。大楠の中に空洞が生まれ、そこから眩い光が放たれる。

「今、月と地球が繋がっているのね。大昔、この技術を使って、私たちの先祖は……」

 そこまで言って、カーヤは自分の腹に手を寄せた。

「大丈夫。あなたは必ず私が守ってみせるわ。あなたは私と地球の帝の子——。あなたの存在が、今後二つの世界を大きく変えるのだから」

「殿下、参りましょう」

「ええ」

 レイベスがカーヤを気遣いながら、大楠の中へと進んでいく。

「んじゃ、またね」

 笑顔を浮かべて手を振るフォルダンも、その後に続いた。

「ああ。またな」

 実泰、浄照が手を振って見送る。三人が光の中に吸い込まれた瞬間、大楠が月へとぐんぐん伸びていった。

「かあや! かならず、かならず迎えにいくからっ……」

 月へと帰るカーヤに向かい、麒麟が大声で叫ぶ。改めて覚悟を決めた麒麟に、実泰と浄照の二人が、ぐっとその背中に気合を入れた——。


 蒲生かもうの大楠が月へと伸びていく様子を、天神の地から見上げる、五人の貴公子ら。すでに虫の息ではあったが、五人とも、作戦が成功したことに喜びの笑みを浮かべた。

「……あ、ああ、よかった。ぶじに、月へと、かえられ、よ……」

 干潮により露になった砂浜に倒れていた、五人の貴公子。アルテノの攻撃により、体をレーザービームで貫かれ、失血量もおびただしい。それでも、石下麻呂いそげまろ小判御行こばんみゆき矢部御主人やべのみうし車無皇子くるまなしのみこと、四人とも、満足気に息を引き取った。それを感じ取り、石切皇子いしきりのみこが涙を浮かべて、月へと手を伸ばす。

「……あに、うえ……、幼きころの、いたず、ら、楽しゅう、ござ……ました、な。仲直りでき、ず、もうし、わけ……——」

 石切皇子——鷹宮たかのみやの手が力尽きた。鷲尾わしお院とアルテノは、既に帰還している。五人の貴公子らの死を見届けた満仲みつなかは、「……終わったな」と監視役の是枝これえだに伝え、潮が満ちてきた砂浜を馬で渡った。五人の貴公子らの遺体が、波にさらわれ、海へと消えていく。

 満潮を迎えた海に、満月が映し出された。馬を走らせる満仲は、大嫌いな公達らの死に様に、「……天晴じゃ」と、一人泣きながら呟いた。


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