第136話 月の宰相ハクレイ

「一気に片を付けるぞ、水影みなかげ安孫あそん!」

「御意っ……」

 血まみれになりながらも、三人が力を合わせ、二体の巨大な黒兎に攻撃を仕掛ける。それでも劣勢に追い込まれるが、朱鷺ときが冗談宜しく言う。

「火の国のかみ殿が力を、再度授けられればのう」

 火の国の救世主の力で、一度は白竜、鳳凰、九尾の狐に変化した、三人。

「あれは、体力を使い果たしまするからな、御免被りまする」

それがしも、二度にたび九尾の狐に変化するは、嫌にございまする……!」

「ともなれば、やはり我らのまま、片を付ける他あるまいよ! 帝の瑞獣ずいじゅうここに在りと、そう観衆らに示してみよ、水影、安孫!」

「御意!」 

 朱鷺に叱咤され、水影と安孫の表情に笑みが戻る。二体の黒兎に挟まれるも、水影と安孫は、それぞれが対峙する兎に向かい走った。交差した二人が、互いに信頼するように背中を見せあう。

「我らは鳳凰と九尾の狐。兎など、瑞獣である我らが喰ろうてくれようぞ!」

 二人が息ぴったりに、それぞれの黒兎を太刀で斬り捨てた。その直後、二体が同時に崩れ落ちた。二人の勇士に、今度は朱鷺がひゅう~と口笛を吹き、臣下の健闘を称えた。

「こちらは片が付きましたぞ。残るは、せらい殿、貴殿の番ぞ」

 無情な言葉にも、セライは「ええ」と頷く。再度、ハクレイと向き合った。

「俺がここまで生きてこられたのも、貴方のお陰です、父さん」

 ハクレイが父親でなければ、愛するスザリノと出逢うこともなかった。当たり前のように、何不自由ない生活を送ることもなかったかもしれない。

「これから先、何があっても、俺は宰相になる。宰相になって、誰もが幸せに生きられる世界を作るんだ。かつて貴方がそれを目指したように。今もそれを願っている、貴方を超える宰相に、俺はなってみせるっ……」

「せらい……くん……」

 口端から吐血するも、ハクレイは満足気に笑った。

「君ならきっと、なれるよ……」

(僕には、視えるもの。君が、宰相になって、みんなを幸せにする、すがたが……)

 乱れる息と、歪む視界の中、ハクレイが倒れた三体の黒兎に目を向けた。

「……僕にとって、白は、希望の証。かつてキーレ国王が、目指した、世界に……黒は、似合わないっ……」

 ハクレイが力を振り絞り、立ち上がる。その耳に、キーレ国王の言葉が聞こえた。

『お前は、私の希望だ、ハクレイ』

「うっ……」

 背中に激痛が走り、その場に倒れ込んだハクレイを、セライが受け止めた。

「父さん!」

「……らい、くん……きみは、ぼくの、希望だよ」

 その時、最初に安孫に斬られた黒兎が、ピクリと反応を見せた。閉じられていた赤い瞳がパチッと開かれた瞬間、鋭利な爪がセライに向かい襲い掛かる——。

「せらい殿っ……!」

「セライっ……」

 黒兎の急襲に、咄嗟にセライは目を瞑った。……おずおずと目を開けたそこに、自分を庇って吐血する、ハクレイの姿があった。鋭利な爪がハクレイの体を貫き、墳血と共に抜き去った。

「ごほっ……」

「とうさ……?」

 再度黒兎が二人に襲い掛かろうとするのを、安孫が間髪入れず太刀で斬り捨てる。その目には涙が浮かび、死にゆく者への鎮魂の思いが溢れていた。

 セライもまた、涙が溢れ、止まらない。

「とうさんっ……」

 朱鷺もまた、人知れず涙を流す。水影は天を仰ぎ、ぐっと堪えた。闘技場内が、しんと静まり返る。観衆の一人としてその場にいたエルヴァも、じっとその最期を見届ける。 

 ハクレイが、セライの胸に顔を寄せた。

「……ごめんね、こんな父親で。息子じゃないって、言ったけど、これだけは、言わせてよ。……愛してるよ、……セラ、イ……」

「とうさ……」

 自分の胸の中で息絶えた父に、セライが、ぐっと目を瞑る。

『——セライ君、セライ君、セライ君』

『——一緒に仕事が出来て楽しいね、セライ君』

「とうさんっ……」

 どんなに非道だと非難されても、ずっと傍で笑顔を見せていた父に、セライが嗚咽を殺せず泣き続ける。

「ありが、と……とうさん……」

 それでも最後に、最愛の父に向かい、感謝の気持ちを伝えた。

 

 霊体となったハクレイが、友人らに囲まれ泣きじゃくるセライの頭をなでる。

『僕の方こそ、ありがとう、セライ』

 決して届くことのない、言葉。それでも笑って天を見上げる。

『ああ、ロゼッタ。僕は死んでも、君には会えないんだろうね……』

 死ねば愛するロゼッタにまた会えると思っていたが、実際に死んでみると、やはりロゼッタとは違うところへ行くのだろうと確信した。俯くハクレイに、二人分の影が差す。ふと顔を上げると、そこには、ずっと待ち続けた姿があった。

『——よく頑張ったな、ハクレイ。お前はやはり、私の希望。よくぞ、希望それを後世に繋げてくれた』

『キーレ国王っ……』

『今まで本当にお疲れさまでした。あちらでゆっくり、セライが来るのを待ちましょう、ハクレイ様』

『……っ、ロゼッタっ……』

 待ち望んだ二人との再会に、ハクレイは、ようやく報われたのである。その死に顔は、誰から見ても、安穏そのものであった。

「——またな、相棒」

 親友の最期を遠くから見届けたドベルトが、幼い頃から大切にしてきたゴーグルを付け、天を見上げた。

「ああ……雨でも、降らねえかなっ……」

 その同時刻、王宮内に、元気な赤ん坊の泣き声が響いた——。

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