第128話 判決とシュレムの画策

 法廷にて、ハクレイへの判決が下される。

「——判決を言い渡します。被告人ハクレイを、死刑に処する」

 十三人の審議により決定された刑を言い渡された瞬間、ハクレイは動揺することなく、真っ直ぐに裁判長を見上げていた。その後一礼し、一般傍聴席に一礼、特別傍聴席に一礼し、微笑みを浮かべながら朱鷺を見上げた。ありがとう——。そう、ハクレイの口が動いたように思えた。

「今回の判決に不服がある場合、被告人ハクレイは、控訴する権利がありますが、どうしますか?」

 裁判長に訊ねられ、ハクレイは首を横に振った。

「いいえ。しっかりと判決を受け止めます。私は控訴いたしません」

「ならば、今この時を持ち、刑が確定しますが、宜しいですか?」

「はい。ありがとうございました」

 真摯に刑を受け止めるハクレイに対し、傍聴席では、ハクレイの死刑判決に涙を流して喜ぶ者らがいる。白黒着いた判決に、エトリアやルーアン、スザリノ、ルクナンは、とても喜ぶことなど出来ない。ただじっと、国民の狂喜を受け止めることに必死だ。

「……主上も水影みなかげ殿も、斯様かような結末を、ご存じであったのでございましょう?」

 安孫あそんが震える声で呟く。

「我らとて、力は尽くした。されど、覆すことは出来なんだ。いつもいつも、我らが思い通りになどならぬ。の世は盛者必衰よ。どのような勇猛果敢な武将であっても、勝ち続けることなど出来ぬであろう? 安孫」

 朱鷺ときの言葉にある無念を感じ取り、安孫はそれ以上、何も言えなかった。

 

 ハクレイの死刑判決は、瞬く間に国中に広まった。その判決に、シュレムがひっそりと笑う。イーガー王太子の下に訪れたシュレムが、次期国王の前でかしずいた。

「……国民は、ハクレイの死刑判決に狂喜乱舞しております。亡きバルサム前国王のためにも、ここは一つ、ハクレイを公開処刑とするのが宜しいでしょう」

「公開処刑? それが、国民の望みか?」

「はい。悪の宰相を処刑し、新国王の即位でもって、月は新しい時代を迎えるのです。その新しい時代にて、宰相となった私が、必ずイーガー国王をお助けいたします。もう二度と、月暈院つきがさいんからハクレイのような悪人を輩出するようなことはいたしません。私が、長きに渡る、国王の暗殺などというグレイスヒル王家の呪いを、打ち砕いて見せましょう」

 自らもまた、暗殺されて終わる人生だと悲観していたイーガー王太子は、シュレムの言葉に縋る他なかった。

「……分かった。ハクレイの件は、お前に任せる」

 それだけ告げて、イーガーは窓の外に目を向けた。視線の先に、庭園で紅茶を飲むルクナンがいた。

 

 シュレムにより、ハクレイの公開処刑が十日後に執行されることが、国民に向け公告された。月暈院に緊急招集されたセライが、険阻けんそにシュレムを見上げる。

「——イーガー新国王の意向により、ハクレイは観衆の面前にて、公開処刑での死刑執行が決定された。よって月暈院は、君をハクレイの処刑人に選定する」

 ハクレイの処刑人としてセライが選ばれたこともまた、シュレムの画策である。すべては、ハクレイを絶望の淵に追いやるため。セライから宰相戦の意欲を削ぐためである。

「……わかりました」

 そう返事をしたセライは、「他に何か仰りたいことは?」と険阻に訊ね、何もないことを悟ると、「では、仕事に戻ります」とだけ言い残し、去っていった。

「……ふん。親子関係にないと分かった途端、こうも無情になれるものなのかね? 血も涙もない。一体、誰に似たのやら?」

 それでも、シュレムは愉快そうに笑った。


 王族特務課の自席に戻ったセライは、他に誰もいないことを確認すると、机上に置かれた承認印待ちの書類の山を、怒りのままに薙ぎ払った。

「くそっ……」

 ぐっと憤怒を押し殺し、冷静さを取り戻すため、祈るように額を押さえた。机の端に置かれたモニターに、途切れ途切れの映像が映る。地球からの交信映像だ。

「——ライ、さまっ……! よかっ、た……、やっと、交信で……」

「レイベスか?」

「……は、いっ……。ヘイ、アンは、い……」

「どうした? 何が起きている? カーヤ殿下は? フォルダンはどうした?」

 風雲急を告げるような、切羽詰まった状況に、セライは困惑した。モニターに映る映像には、馬に乗るレイベスの映像が映し出されている。何かから逃げるように疾走する状況に、「レイベス……!」とセライが呼びかける。

 馬から降り、追っ手から逃れるため、レイベスが息を殺し、物陰に隠れた。

「月の者は何処いずこに逃げた! 辺りを隈なく探すのだっ……!」

 そう怒号のような指示が飛び、レイベスに緊張が走る。暫くして、馬のひづめの音が遠のいていった。「ふう」とようやく安堵したレイベスが、胸に隠していたモニターを見た。今この瞬間は、しっかりと交信出来る状態だった。

「……レイベス? 大丈夫か?」

「ええ。すみません、セライ様。時間がないので、手短に。ヘイアンは今、鷲尾わしお院によるクーデターが起こり、私達月の交換視察団の命が狙われています。カーヤ殿下だけでも月へお帰りいただこうと、私が囮となり、逃げている最中です」

 とんでもない状況に、セライが息を呑む。それでも冷静に訊ねた。

「カーヤ殿下とフォルダンは?」

「二人は安全な場所を求め、帝と参謀らと共に行動しています。しかし、それもいつまで持つか……」

「分かった。今すぐヘイアンに迎えを寄こす……と言いたいところだが、復活させた大昔の技術では、月に帰るための月光線が、ヘイアンのどこに降り注ぐのか分からないんだ。本来であれば、何度も微調整しながら、君達がいる場所に月光線を落とすのだが、そんなことをしている時間などない。くそっ、こういう時にあの男がいればっ……」

 何もかも絶望の淵に追いやられたセライにとって、王女や同胞の命を救えないことは、更なる悲痛を生んだ。

「そんな……」

「くそっ……! 俺は何のためにいるんだ! 何のためにっ……」

 頭を抱え、泣くのを必死に堪えるセライの背後に、一人の男が立った。

「——月光線は、ヘイアンの南方、蒲生かもう大楠おおくすに差し込むよう、計算されているぞ」

 その声に、セライは息が止まった。まさか……、と振り返った先に、「よお!」と変わらず笑う、天才科学者の姿があった。

「ドベルトっ……!」

「博士をつけろ、坊ちゃん」

 頼もしい男の帰還に、セライは涙が溢れた。

「大昔の技術は復活させたんだろ? さすがは俺の助手を勝手に名乗っていただけはあるな。けど、その位置を計算ではじき出すまでは、無理だったか」

「……ちっ」

 感動の再会も束の間、セライが険阻に舌打ちした。

「あの、セライ様?」

「ああ、すまない、レイベス。月光線が降り注ぐ場所が分かった。ヘイアンは南方、蒲生の大楠——。そこに向かってくれ」

「ああ、ひとつ言い忘れているぞ。月光線にて月に帰れるのは、ヘイアンが満月の夜だけだ。それを逃すと、次のチャンスは三十日後になる」

「満月の夜? となると……」

 レイベスが必死に計算する。

「七日後。七日後の夜までに、蒲生かもうに辿り着かねばならないということですね?」

「ああ。急げよ、処刑屋。こっちも七日後までにお前が帰って来なけりゃ、ここにいるセライ坊ちゃんが、父親を殺さなくちゃならんのよ」

「ドベルト、今はそんなことはどうでもいい。レイベス、必ず三人で帰ってくるんだ。誰一人として、死ぬことは許さない」

 必死に告げるセライに、レイベスが穏やかな表情を浮かべる。次第にモニターの映像が乱れだした。

「……わ、まし、た……。か、なら、ず……——」

 映像が途切れ、ザーザー音が鳴った。

 

 俄かに沈黙が流れ、セライが険阻にドベルトを見つめる。

「……あなたはミーナ王妃と共に、僻地へと追放されていたはず。なぜ今帰って来た?」

「そりゃー、親友が公開処刑されるとなっちゃ、帰ってくるだろ、フツー」

 ぐっとセライが押し黙る。セライの握り締めた拳を見つめるドベルトが、今度は訊ねた。

「お前さんこそ、どうしてハクレイの処刑人の役目を受けたんだ? どう考えても、シュレムの画策だろう? それが分からないお前さんでもないだろうに」

 ふん、とセライが鼻で笑った。

「いつかはこうなるだろうと、分かっていたからな……」

『——あのような薄情な男ではありますが、わたくしの唯一の肉親でもあるのです。もしあの男を殺さねばならない時は、息子であるわたくしに、引導を渡させて下さい』

 国をひっくり返すと言った朱鷺ときの本気を知り、ハクレイが糾弾されるかもしれない時に出た言葉。あの時からずっと、あの男に引導を渡す役目は、自分しかいないと心に決めていた。

「……他の誰にも、あの男に引導など渡させやしない。俺がこの手で、あの男の人生を終わらせてやる」

 そう口にしたセライの本気を、ドベルトは痛いほど感じ取った。


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