第129話 蒲生へ。五人の貴公子らの機転

 ヘイアンは今や、戦の真っただ中である。

 麒麟きりんが発令した鷲尾院わしおいん討伐のみことのりにより、都を中心に麒麟帝を守る勢力と、鷲尾院の息が掛かった烏丸衆からすましゅう率いる北面ほくめんの武士団が、各地で争いを繰り返している。


 摂津せっつのとある港町、旅館の一室——。

 麒麟らと共に、摂津に逃げていたカーヤとフォルダンと合流したレイベスは、月へ帰るためのすべを伝えた。

「——満月の夜までに、ヘイアンは南方、蒲生かもう大楠おおくすに辿り着かねばなりません。次の満月を逃すと、あと三十日は帰れなくなるとのことです」

「かものおくすり?」

 フォルダンが首をかしげる。その脳裏には、“鴨のお薬”が浮かんでいる。

「蒲生の大楠じゃ。筑紫島つくしがしまが南方に位置する、蒲生神社に生えるとされる、樹齢数千年の大楠。されど其処そこは、今や鷲尾院が支配する隼人はやと族が治めておる地じゃ。摂津から船で蒲生に入るにしても、危険極まりないのう。さて、如何どうするか……」

 実泰さねやすが、じっと考えを巡らせる。その隣では、浄照じょうしょうが今回の戦について考察していた。

「鷲尾院の背後に烏丸衆がおるとは言え、元より武家ではあらぬ烏丸衆が、帝不在の最中に戦を仕掛けるとは、此度こたびの戦は、何とも不穏じゃのう。戦力など、天と地ほどあると言うに、何故なにゆえ再起を計ろうとしたか」

 実質軍議のような雰囲気の中、「——して、宮様は何故なにゆえ此方こちら側におられますかな?」と、浄照が不意に石切皇子いしきりのみこに話を振った。

「わ、わしはっ……」

 石切皇子の後ろには、しれっと四人の貴公子らの姿もあった。

「宮様は鷲尾帝の時世より、東宮であられた御方。当然、彼方あちら側に御味方すると思うておりましたが」

「烏丸衆とも、根深い仲なのでは?」

 実泰も嫌味宜しく言う。あれだけしつこく求婚してきた五人の貴公子らに、カーヤも嫌気がさしている。麒麟の子を身ごもっているカーヤの大きな腹を見て、石切皇子は、ぽつりぽつりと言った。

「……わしは、の世の美しいものが、何よりも愛おしく思える。ゆえに、かあや姫がことも、何としても我が手に入れたいと思うておった。されど鷲尾院は、かあや姫らを狩ろうとしておられる。此の世のすべての美を壊さんとする鷲尾院に、反旗を翻しただけじゃ」

「我らはただ、愛する女人を守りたい——。ただそれだけにございまする!」

 回りくどい石切皇子にじれったさを感じ、四人の貴公子を代表して、右大臣・矢部御主人やべのみうしがその真意を伝えた。

「っふ。右大臣の方が宮様より、熱い想いを抱いておりまするな」

 浄照が幼い頃から見てきた石切皇子——鷹宮たかのみやに、ちくりと嫌味を言った。バツが悪そうにそっぽを向く石切皇子。その視線の先に、身重のカーヤを労わる麒麟の姿があった。

「兎にも角にも、今は急いで蒲生かもうへと渡らねばなりますまい。院に知られる前に、何としても御三方を、蒲生の大楠へとお連れ致しましょうぞ」

 貴族でありながらも、武人の佇まいを見せる実泰が弓を持ち、ぎゅっと弓籠手ゆごてを引いた。


 筑紫島つくしのしまは最南端に位置する蒲生神社を目指して、麒麟帝一行が、商船にて隼人はやと族が治める港町に入港した。港町を警備する役人らは、鷲尾院の息が掛かった者らであり、商人に扮して上陸した一行を、怪しむ視線が見て取れた。

「——そこの者ら、合印あいじるしを見せろ」

「合印?」

 はて、と深く笠を被る実泰が、声を掛けてきた役人に振り返る。先頭に立つ浄照が、じっと二人のやり取りに耳を澄ませる。商人に扮する麒麟やレイベス、フォルダンも、運んでいた手押し車をぐっと掴み、息を呑んだ。その中に、月と地球の武器一式と共に、カーヤが隠れ潜んでいる。

「そうだ。筑紫島に入る者らは、如何いかなる身分の者であっても、鷲尾院の合印が必須となっておる。商人ならば、通告があったであろう?」

「ああ、合印。忘れておりました」

 そう言って、実泰が懐を探る。

「あれ? おかしいな。確かに此処ここに入れておったのだが」と、子芝居が始まった。

「おい、如何どうした? 早く合印を見せろ。合印がなければ、の先に通すことは出来ぬ」

「おかしいな? 確かに先程まで此処に……」

 とぼける実泰に、疑いの眼を向ける役人がいぶかしがる。

「怪しいな。それに、その荷は何だ? 貴様ら、何を運んでおる?」

 役人の視線が、布に覆われた手押し車の荷物に移った。その中に隠れるカーヤにも緊張が走る。

「……るか、ベス」

「今ここで騒ぎを起こすわけにはいきません。ここは耐えるんです」

 フォルダンとレイベスが、ひそりと話す。

「合印がなければ、貴様らの身分を明かせ!」

「身分? はて、どう己の身分を明かせば良いのやら? うーん、困りましたなぁ」

「とぼけるでない! さては貴様ら、帝の手の者らだな! この荷は武具かっ……」

 そういきり立ち、役人が緊急を知らせる笛を鳴らした。

「——おおおお、如何どうしたのじゃ、そなたら」

 そこに、後ろからやって来た五人の貴公子らが姿を現した。彼らもまた、笠を被っているが、さっと顔を露わにした高貴な公達きんだちらが、

「……の者らは、わしらの鷹狩の道具を運んでおるだけじゃが、如何どうした?」と、役人相手に凄む。

「なっ……、鷹狩?」

「そうじゃ。のう、車無皇子くるまなしのみこ

「ええ、左様にございまする、石切皇子いしきりのみこ様」

「皇子様……方?」

「ああ。わしらは、鷲尾院の甥に当たる者。此度こたびの戦勝祈願がため武運を高めんと、此の地にて鷹狩を命じられたのじゃが?」

「なっ、鷲尾院御自らが命じられたのですか?」

「そうじゃ。ゆえに、此処ここは通させてもらうぞ?」

 すんとした表情で、皇子ら公達きんだちが通っていく。救援に訪れた他の役人らに向け、「どかぬか、皇子様の御通りぞ!」と先頭を行く浄照が声を張って、大手を振って歩いていく。

「公達の御渡りじゃ。が高いぞ?」

 先程まで子芝居を打っていた実泰が、にっと笑って挑発した。

「……っ」

 役人らがこうべを垂れ、平伏した。


「——ふふ。少しだけ気分が良いわ。貴方達も、やる時はやるのね」

 脅威が去り、手押し車から顔を出したカーヤが、五人の貴公子らの機転を称えた。

「わわわっ……! 初めて、かあや姫が我らに微笑んでくださったぞ!」

 大納言・小判御行こばんみゆきが、嬉しそうに中納言・石下麻呂いそげまろの肩を揺らす。

「か、かれんじゃあっ……」

 石下麻呂も天にも昇るような思いで、カーヤの微笑みを目の奥に刻んだ。

「おおげさね。まあ、今は貴方達の身分が頼もしく思えるわ。最後まで、しっかりと私達を守ってちょうだい」

 その上から目線のお願いにも、ズキュンと、五人の貴公子らの心は射貫かれた。

「……かあや、あまりこの方々を調子づかせない方が良いよ」

「あら麒麟、それは嫉妬かしら?」

「あれだけ嫌がっていたくせに、調子が良いんだから」

 うふふ、と笑うカーヤに、麒麟が大きく溜息を漏らす。

「そうじゃのう、あまり調子に乗らぬ方が良いじゃろう」

 先頭を行く浄照は、背後から追いかけてくる異変に気が付いていた。

「……やはり、すぐにバレたか」

 事態をおかしく思った役人らが、アルテノにより火の国の技術を持つ鷲尾院に、すぐさま状況を伝えていた。追っ手が差し迫る中、「走りますよ!」と手押し車を引くレイベスが、号令をかける。一行が一斉に走り出すも、十数人もの追手がすぐに追いかけてきた。

「わしが残るっ、先に行け……!」

 カーヤらを追っ手から遠ざけるため、石切皇子が、さっと背後に振り返った。

義兄上あにうえ様っ……」

「行け、車よ。手筈通りにな」

「……っ、必ず生きてまた逢いましょうぞ!」

 走りゆく一行に目を向け、石切皇子が、そっと笑みを浮かべた。

「さて、此処ここからが戦の始まりじゃ。叔父上に御会いするのは、久方ぶりじゃのう」

 緊張した面持ちで、石切皇子が追っ手に向かい、投降する。立ち止まった追っ手らに向かい、言った。

「わしは石切皇子じゃ。叔父上に取り急ぎ報告せねばならぬことがある。の者らを追う必要などない。わしから、かあや姫ら月の者らの目的地を、御伝えしようぞ」

 思惑宜しく笑う、石切皇子。

「……誰がかあや姫を月に帰すか。かあや姫は、わしのものじゃ」

 独占欲を見せる石切皇子が、追っ手らの前で、ひっそりと笑った。


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