第129話 蒲生へ。五人の貴公子らの機転
ヘイアンは今や、戦の真っただ中である。
麒麟らと共に、摂津に逃げていたカーヤとフォルダンと合流したレイベスは、月へ帰るための
「——満月の夜までに、ヘイアンは南方、
「かものおくすり?」
フォルダンが首をかしげる。その脳裏には、“鴨のお薬”が浮かんでいる。
「蒲生の大楠じゃ。
「鷲尾院の背後に烏丸衆がおるとは言え、元より武家ではあらぬ烏丸衆が、帝不在の最中に戦を仕掛けるとは、
実質軍議のような雰囲気の中、「——して、宮様は
「わ、わしはっ……」
石切皇子の後ろには、しれっと四人の貴公子らの姿もあった。
「宮様は鷲尾帝の時世より、東宮であられた御方。当然、
「烏丸衆とも、根深い仲なのでは?」
実泰も嫌味宜しく言う。あれだけしつこく求婚してきた五人の貴公子らに、カーヤも嫌気がさしている。麒麟の子を身ごもっているカーヤの大きな腹を見て、石切皇子は、ぽつりぽつりと言った。
「……わしは、
「我らはただ、愛する女人を守りたい——。ただそれだけにございまする!」
回りくどい石切皇子にじれったさを感じ、四人の貴公子を代表して、右大臣・
「っふ。右大臣の方が宮様より、熱い想いを抱いておりまするな」
浄照が幼い頃から見てきた石切皇子——
「兎にも角にも、今は急いで
貴族でありながらも、武人の佇まいを見せる実泰が弓を持ち、ぎゅっと
「——そこの者ら、
「合印?」
はて、と深く笠を被る実泰が、声を掛けてきた役人に振り返る。先頭に立つ浄照が、じっと二人のやり取りに耳を澄ませる。商人に扮する麒麟やレイベス、フォルダンも、運んでいた手押し車をぐっと掴み、息を呑んだ。その中に、月と地球の武器一式と共に、カーヤが隠れ潜んでいる。
「そうだ。筑紫島に入る者らは、
「ああ、合印。忘れておりました」
そう言って、実泰が懐を探る。
「あれ? おかしいな。確かに
「おい、
「おかしいな? 確かに先程まで此処に……」
とぼける実泰に、疑いの眼を向ける役人が
「怪しいな。それに、その荷は何だ? 貴様ら、何を運んでおる?」
役人の視線が、布に覆われた手押し車の荷物に移った。その中に隠れるカーヤにも緊張が走る。
「……
「今ここで騒ぎを起こすわけにはいきません。ここは耐えるんです」
フォルダンとレイベスが、ひそりと話す。
「合印がなければ、貴様らの身分を明かせ!」
「身分? はて、どう己の身分を明かせば良いのやら? うーん、困りましたなぁ」
「とぼけるでない! さては貴様ら、帝の手の者らだな! この荷は武具かっ……」
そういきり立ち、役人が緊急を知らせる笛を鳴らした。
「——おおおお、
そこに、後ろからやって来た五人の貴公子らが姿を現した。彼らもまた、笠を被っているが、さっと顔を露わにした高貴な
「……
「なっ……、鷹狩?」
「そうじゃ。のう、
「ええ、左様にございまする、
「皇子様……方?」
「ああ。わしらは、鷲尾院の甥に当たる者。
「なっ、鷲尾院御自らが命じられたのですか?」
「そうじゃ。ゆえに、
すんとした表情で、皇子ら
「公達の御渡りじゃ。
先程まで子芝居を打っていた実泰が、にっと笑って挑発した。
「……っ」
役人らが
「——ふふ。少しだけ気分が良いわ。貴方達も、やる時はやるのね」
脅威が去り、手押し車から顔を出したカーヤが、五人の貴公子らの機転を称えた。
「わわわっ……! 初めて、かあや姫が我らに微笑んでくださったぞ!」
大納言・
「か、かれんじゃあっ……」
石下麻呂も天にも昇るような思いで、カーヤの微笑みを目の奥に刻んだ。
「おおげさね。まあ、今は貴方達の身分が頼もしく思えるわ。最後まで、しっかりと私達を守ってちょうだい」
その上から目線のお願いにも、ズキュンと、五人の貴公子らの心は射貫かれた。
「……かあや、あまりこの方々を調子づかせない方が良いよ」
「あら麒麟、それは嫉妬かしら?」
「あれだけ嫌がっていたくせに、調子が良いんだから」
うふふ、と笑うカーヤに、麒麟が大きく溜息を漏らす。
「そうじゃのう、あまり調子に乗らぬ方が良いじゃろう」
先頭を行く浄照は、背後から追いかけてくる異変に気が付いていた。
「……やはり、すぐにバレたか」
事態をおかしく思った役人らが、アルテノにより火の国の技術を持つ鷲尾院に、すぐさま状況を伝えていた。追っ手が差し迫る中、「走りますよ!」と手押し車を引くレイベスが、号令をかける。一行が一斉に走り出すも、十数人もの追手がすぐに追いかけてきた。
「わしが残るっ、先に行け……!」
カーヤらを追っ手から遠ざけるため、石切皇子が、さっと背後に振り返った。
「
「行け、車よ。手筈通りにな」
「……っ、必ず生きてまた逢いましょうぞ!」
走りゆく一行に目を向け、石切皇子が、そっと笑みを浮かべた。
「さて、
緊張した面持ちで、石切皇子が追っ手に向かい、投降する。立ち止まった追っ手らに向かい、言った。
「わしは石切皇子じゃ。叔父上に取り急ぎ報告せねばならぬことがある。
思惑宜しく笑う、石切皇子。
「……誰がかあや姫を月に帰すか。かあや姫は、わしのものじゃ」
独占欲を見せる石切皇子が、追っ手らの前で、ひっそりと笑った。
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