第119話 ハクレイ裁判第三回公判:悪の宰相
第三回公判では、エルヴァが証言台に立ち、バルサム前国王崩御の真相と、その後のミーナ王妃の錯乱まで語られた。依然として、ハクレイは沈黙したままでいる。追い詰められていくハクレイの姿をモニター越しに見つめるセライが、暗い部屋の中で、ひとり呟く。
「……父さん」
モニターに映るハクレイの目が、ゆっくりと閉じられた。
被告人席に立つハクレイの脳裏では、ミーナ王妃派の追放についての過去が、蘇っていた——。
「——ハクレイ!」
エルヴァにバルサム前国王の死の真相を問い詰められていたところを、ドベルトによって救われた。二人きりとなり、ドベルトが真相に迫る。
「バルサム国王を殺したのは、ミーナ王妃だろう?」
「……ああ。昨晩、僕の贈り物に毒蛇を紛れ込ませ、殺したんだろう。元々、夫婦仲は悪かったし、今でもまだ、地球の帝を愛しているカーヤ王妃にとって、これ以上夫婦であり続けることは、何よりも耐え難かったんだろうね。愛する人と離れて暮らす哀しみが、嫉妬となって、エトリア王妃派に向けられてしまっている」
「やっぱりそうか……」
昔からミーナの気性の荒さを知っている二人にとっては、いつかはこうなるだろうと想定していたことだったが、いざ現実となると、辛いものがあった。特にドベルトは、今でもまだ、ミーナに陰ながら恋心を抱いている分、愛されない苦しみは、痛いほど分かっていた。
その後ミーナが錯乱を起こし、安定剤を打ったことで、どうにか王妃を落ち着かせることが出来た二人は、今後のことを夜のテラスで話し合った。
「ここにいては、ますますミーナ王妃の病気は進行してしまうだろう。今日の件もそうだけど、このままでは、エトリア王妃派への当たりは、ますます強くなっていく。夫であるバルサム国王すらも手にかけてしまったんだ。再び最悪の事態を引き起こさないとも限らない。ここは追放という形で、僻地での療養を取らせるべきだと思う。王妃の心が安定すれば、再び王族へ——」
「なら俺も一緒に追放してくれ」
「ドベルト? 何を言って……?」
夜の照明下、ドベルトが地平線の先にあるピラミッドを見つめる。それは太古の昔からそこにあるもので、だけど、誰もそれが何のためにあるのかを知らない。
「……ドベルト? どうしたの?」
「……ユージンの処刑後も、俺は、大量破壊兵器の復活の研究を続けてきた」
「何を言っているんだい? あれはシュレムが君を脅してさせていたことだろう? あの一件後、『月地球兵器全書』は燃やしたはず! それを何故今もっ……」
「悪い。科学者にとっての興味が、正義を上回っちまった。でもな、その甲斐あって、何故キーレ国王が俺らを消そうとしたのか分かったよ。あの時、キーレ国王は、こう言ったんだ」
『——そうか。いや、これが失われた月の技術の復活なら、大金をはたいてでも、お前達を国王御用達の武器商人にしようと思ったのだが。……万一、これが地球の技術の復活ならば、今この場にて、お前達を消さなければならない』
「……キーレ国王は、俺らが『月地球兵器全書』を見て、銃を復活させたと思ったんだ。そして、古代、地球との戦に使用されたとされる大量破壊兵器。それは、月ではなく、地球の文明によって開発されたものだった」
「何を言ってるんだい?」
「あれを見ろ、ハクレイ。あのピラミッドこそ、古代の大量破壊兵器の残骸。そして、俺の手によって、復活したものだ。だが、あのピラミッド兵器こそ、地球で生まれた古代の大量破壊兵器だよ」
「意味が分からないよ、ドベルト! 何故地球の古代兵器が月にあると言うんだい?」
「キーレ国王は、あの古代兵器が復活してしまうことを、何よりも恐れていたのさ。だから『月地球兵器全書』を発禁にした。そもそも、『月地球兵器全書』を遺したのは誰なのか? その答えも、俺は知ってしまった……」
「ドベルト? 君、大丈夫かい?」
「……俺たちの祖先は、元々地球で生まれたんだ。それが大乱の末、月へと移り住み、地球の古代兵器をこの地に作り上げた。いつでも地球に攻撃するためにな」
何かに取り憑かれているように語るドベルトの肩を、ハクレイが掴む。
「ダメだよ、ドベルト。君が言ったんじゃないか。踏み込み過ぎるなと。あの大量破壊兵器は、誰の手にも渡ってはいけない。すぐに廃棄するんだ」
ハクレイの説得に、ドベルトが目を伏せる。
「……廃棄は出来ない」
「何を言っているんだい! それはキーレ国王が最も恐れていたことだろう! 宰相の命令だ。今すぐ大量破壊兵器を破壊しろ、ドベルト博士」
「あれはもう動き出しちまったんだ! もう誰にも止められねえんだよ!」
「なにをいって……」
理解出来ない説明に、ハクレイが一度冷静になる。
「ドベルト、ちゃんと説明してくれ」
「言っただろう。復活したと。アレは、息を吹き返しちまったんだよ。地球に対して攻撃するか、自爆させるか、この二つの方法でしか、アレを止めることは出来ない」
「自爆って……。アレが自爆なんてしたら、月はひとたまりもないじゃないか。だからといって、地球に攻撃することも出来やしないだろう? 本当に、そのどちらかの方法しかないのかい?」
「ああ。俺も色々試してみたが、無理だった。そして、そのどちらかを選択するのも、時間は待ってはくれないようだ」
「どういうこと?」
「……息を吹き返したアレで二年以内に攻撃しなければ、自爆する仕組みになっていた」
「なんだってっ……?」
愕然とするハクレイの前で、ドベルトが土下座する。
「本当に悪いと思っている。俺を処刑してくれっ、ハクレイ」
「処刑って! 君が復活させたアレを、少しでも止められる可能性があるのは、君しかいないだろう! 死んで赦されようと思うな! 本当に悪いと思っているのなら、すぐにアレを止める手段を考えろ!」
ドベルトの胸ぐらを掴み、その体を立たせた。
「君を僻地に追放なんてさせるものか! 君が科学実験棟でアレを止める方法を見つけるまで、君を死なせてやるものか!」
「ハクレイ……」
自分がしでかした罪の大きさに、押し潰されそうになるドベルトが、ぐっと目を瞑る。
「——ドベルトは悪くないわ、ハクレイ」
そこに、安定剤を打たれ、眠っていたミーナが現われた。
「王妃……」
ハクレイが傅く。
「やめて、ハクレイ。私はもう、王妃の立場に相応しくないわ。貴方ももう、気が付いているでしょう? バルサムを殺害したのは、私よ」
「……ええ。ですが、貴方様は月の正当王家の第一王妃。キーレ前国王の血を継がれていらっしゃることに、変わりありません」
「そうね。でも、私はもう、王妃でいることに疲れてしまったの。昔、ヘイアンと交流していた際に帝と出逢ってから、私の心は、地球に置いてきてしまった。その時、大切な月の宝を、ヘイアンの帝に差し上げたの……」
「月の宝?」
「そうよ。グレイスヒル王家に代々受け継がれてきた、月の宝。でもあろうことか、その月の宝を、帝は燃やしてしまったの」
「燃やした? ならばもう、月の宝はどこにもないということですか?」
ハクレイの問いに、ミーナが俯く。代わりに、ドベルトが答えた。
「……ミーナ王妃が月へと帰ってから、帝もまた、傷心していたそうだ。そして、月の宝を、ヘイアンの国で一番高い山で燃やし続け、いつの日か、王妃と再会することを願っていた。宝は今も、燃え続けているという。決して、それが燻ることはないそうだ。つまり、月の宝は今もまだ、ヘイアンの国で燃え続けているということだ」
あらゆる方向に話が飛び過ぎて、ハクレイは、どっと疲れた。
「そして、復活した大量破壊兵器は、その山に照準を定めている」
「……どういうことだい?」
「俺にも分からない。だが、月の宝の在り処に呼応するように、それは方角を定めた」
沈黙するハクレイとドベルト。あのピラミッドが地球の古代兵器ならば、月の宝に照準を合わせていることにも、納得がいった。
「……古代の大量破壊兵器を復活させるよう、ドベルトに研究を続けさせたのは、私よ」
「ミーナ王妃が? 何故です?」
「……愛が再び手に入らないのならば、いっそうのこと、すべてを壊したかった」
「まったく、何を考えているんだ!」
立場も敬意もなく、ハクレイが嘆く。
「仕方ないだろう、ハクレイ。王妃は心を病んでいた。俺も、その研究を止める勇気が持てなかったんだ。だから、悪いのは俺だ」
「いいえ、すべて私が悪いのよ、ハクレイ。だから、貴方が言う通り、私を僻地へと追放してちょうだい。エトリアやスザリノ達にも悪いことをしてしまったと思っている。バルサムのことも、罰を与えてもらわなければ、私は罪悪感で押し潰されてしまうわっ……」
俄かに泣き出したミーナに、ハクレイが頭を抱える。昔、キーレ国王と共に、ドベルトとミーナの三人で、王立図書館で勉強していた過去が蘇った。あの頃はまだ、純粋な王女であったのに……。
「……バルサム国王がミーナ王妃に殺害されたという事実は、決して公表しません。疑いの目が向けられるようなことがあれば、それはすべて、僕に向くようにします。僕がすべての罪を引き受けます」
「ハクレイ? お前何を言って……」
「僕には、キーレ国王に多大なる恩がある。かつてキーレ国王が理想とした政治を行うために、為政者になったというのに、僕がやったことと言えば、汚職にまみれた
「だからと言って、何故お前がすべての罪を被る必要があるっていうんだ!」
「いつかきっと、僕は糾弾される立場になるだろう。そうなった時、僕が諸悪の根源となれば、誰かが救われることになるかもしれない。……僕が、バルサム国王を殺害した。月暈院の議員らを悉く粛清した。まあ、これは事実だけどね。大量破壊兵器を復活させ、そして、ミーナ王妃とその流れを汲む王女達を追放する。これで、誰もが思い描く、悪の宰相の誕生だね。かつてユージンがすべてを引き受けて処刑されたように、僕もいつか、同じように、処刑される日が訪れるだろう」
「ハクレイ、お前って奴はっ……」
ドベルトの目に涙が浮かんだ。断腸の思いで覚悟を決めたと思ったのに、その顔には、微笑みが浮かんでいる。ハクレイにとって、辛い選択となることは明白で、そうなれば、最愛の息子はどうなるのか?
「……セライには、本当のことを言うべきだと思うぞ。昔行ったDNA鑑定の結果と同じような——」
「それで
ハクレイの強い意志に、ドベルトは沈黙した。
「ミーナ王妃、貴方を僻地へと追放いたします。ドベルト、君が王妃を守るんだ。そして必ず、復活した大量破壊兵器を止める策を打ち立てろ。二人とも、宰相の許可なく死ぬことは許さない。そしていつか、悪の宰相を国家反逆罪で訴追するんだ」
ドベルトとミーナが沈黙するも、やがて小さく頷いた。悪の宰相となる道を選んだハクレイは、その後、国民の前で、精神的に異常をきたしたミーナ王妃を、僻地へと追放することを宣言した。ミーナ王妃の流れを汲む、第一王女のカーヤを地球の交換視察団に入れ、事実上、月から追放し、第二王女、ルーアンをメイドへと身分堕ちさせ、エトリア王妃派の王女二人の王位継承権を引き上げた。その決定に、ミーナ王妃派の衛兵らは、すこぶる憤った。その筆頭であったエルヴァは、エトリア王妃派を逆恨みする反乱者として、ハクレイやセライの命を狙うこととなった。
ミーナと共に、僻地へと追放処分を受けたドベルトなき科学実験棟は、その後閉鎖されたが、いつか訪れるハクレイの弾劾裁判の便宜を図るため、ドベルト研究所だけは、その状態のまま残された——。
被告人席に立つハクレイが、はっきりと言った。
「……私は、キーレ前国王を暗殺などしていません。しかし、……バルサム前国王を毒蛇にて殺害したのは、私です。そして、ミーナ王妃にその罪をなすりつけるため、王妃とカーヤ王女を追放。ルーアン王女を、メイドへと身分堕ちさせました」
ようやく認めた罪に、傍聴席からハクレイへ罵声が飛ぶ——。裁判長が制止するも、ついに国民の怒りは歯止めが利かなくなった。
エトリアが、俯くように目を伏せた。
「……ハクレイ宰相」
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