第118話 ハクレイ裁判第三回公判:毒蛇
バルサム前国王の亡骸が発見された際、衛兵隊長であるエルヴァも、その場に立ち会っていた。亡骸の枕元には、ハクレイから送られたとされる花かごが置かれており、ベッドの隙間から、毒蛇が発見された。二人の王妃が愕然とする中、ハクレイが
「——白兎を希望の証とするグレイスヒル王家にとって、天敵である毒蛇にて国王が殺害されたとなると、国中が混乱致します。よって、今回、バルサム国王の死因は、突発性心不全と致します。異論はございませんね?」
「……ええ。すべてあなたに任せるわ、ハクレイ」
「私からもお願いします、宰相」
そのことは、ハクレイにより
「では、少し気が早いですが、次期国王についてですが——」
ハクレイと二人の王妃の会話を、エルヴァは悲しみに暮れながらも聞いていた。突然父親を亡くした王女らの気持ちに寄り添い、ぐっとエルヴァも涙を堪える。
国王夫妻の自室を退出したエルヴァは、唐突に昨日のハクレイの贈り物の件を思い出した。中身はハンカチに隠れて分からなかったが、確かに花かごを持っていた。その中に毒蛇を仕込んだとすれば——。すぐにハクレイを追い、問い詰めた。
「お前だろ、国王を殺害した犯人は! 昨日の贈り物の中に毒蛇を仕込み、就寝中の国王をっ……!」
「何故僕が、バルサム国王を暗殺しなければならないのかい? あの国王は、政治には無関心だった。僕の政策に、何の異論も唱えなかった。僕が理想とする政治を、あの国王はやらせてくれたんだよ。そんな好都合な国王を殺して、一体何の得になるというのかい?」
「てめえっ……!」
「——ハクレイ」
その時、一人の男がハクレイに話しかけてきた。
「ああっ? 今こっちが話してんだろ! てめえは引っ込んでろ!」
頭に血が上っていたため、エルヴァは、その相手が誰かということにまで気が回らず、苛立つままに振り返った。
「なんだと、ガキがっ! てめえこそ引っ込んでろ!」
頭を叩かれ、「何すんだよっ!」とようやく相手の顔を見た。
「あんたはっ……」
「天才科学者に楯突くとはイイ度胸じゃねーか。これだけ鍛え上げられたカラダなら、生体実験には、もってこいか? ああっ?」
エルヴァ以上に血気盛んで、口汚い、科学実験棟主任研究員のドベルトであった。
「っち! わーったよ。手を引きゃいいんだろ、手をっ……」
相手がドベルトである以上、これ以上二人の傍にいてはならないと、本能で分かる。
「特に王女様方のお耳に入ることがないように」
「わーってるよ!」
敗北者として帰る道すがら、エルヴァは、二人の王女が気掛かりでならなかった。庭園では、喪に服すルーアンとカーヤ、それからスザリノとルクナンの四人の王女が揃い、父、バルサム国王の逝去を偲んでいた。
「——まさか、お父様が亡くなられるだなんて」
憔悴するルーアンと、「これから先、どうなってしまうのでしょう……」と不安がるスザリノ。
「おねえさま……」
幼いルクナンが、姉であるスザリノの腕の中で泣いている。
「泣いていたって仕方ないでしょう? 私達はグレイスヒル王家なのよ。何があっても、品格と権威のある王女でいなければならないわ?」
気丈に振る舞うカーヤに励まされ、「そうよね……」とルーアンに微笑みが戻る。
「今、私達に出来ることを考えましょう」
スザリノがルクナンを宥め、優しく微笑む。
「ねえ、ルクナン。貴方もグレイスヒル王家の第四王女なのよ」
その言葉に励まされ、ルクナンが涙を拭った。
「はい。おねえさま」
しっかりと前を見据えたルクナンに、カーヤも、そっと胸を撫で下ろす。
そんな四人の王女を目の当たりにし、エルヴァは、心の底から傅く想いでいっぱいだった。
(やっぱり王女様方はお強いな)
そう思っていたところに、突如としてミーナが現われた。さっとスザリノとルクナンが傅く。
「お母さま……」
ミーナに悲壮感などなく、いつも以上に冷たい表情をその顔に浮かべていた。
「……カーヤ、ルーアン、こちらにいらっしゃい。エトリアの流れを汲むこの者達と話してはならないと、いつも言っているでしょう?」
「でもお母さま、二人は私達の——」
「腹違いの姉妹? 笑わせないで。貴方達と、薄汚いエトリアの血が流れるこの者達を、同等にしてはいけないわ?」
「エトリア様だって、立派な王妃様よ! 薄汚いなんて言わないで!」
ルーアンが必死になって、二人を庇う。それでも、きっと眼光を光らせ、怒り散らす母の姿に、ぐっと堪える。
ミーナが傅くスザリノの背中を、ヒールの靴で踏んだ。
「いっ……」
「おねえさまっ……!」
「スザリノっ」
ぐっと痛みを堪えるスザリノに、再びルクナンの目に涙が浮かんだ。それでもぎりっとミーナを睨みつけ、言い放つ。
「おねえさまを傷つけないで! どうしてルーナ達にひどいことばかりするの!」
「うるさいわ! 下賤な民の子が、王妃である私に楯突かないで!」
ガシガシとスザリノの背中を傷つけていくミーナに、衛兵であるエルヴァは何も言えない。ただぐっと堪え、嵐が過ぎ去るのを待つのみだ。
「おやめてなってください、お母様! 王妃たるもの慈悲深き心がなければ、その権威など、偽物となってしまいます! そうなれば、お父上様だってっ……!」
父上様と発言したカーヤに、ミーナの動きがピタリと止まった。
「あなた……」
呆然とするその目から、一筋の涙が流れた。そこに、騒ぎを聞きつけたセライがやってきた。
「スザリノ殿下っ……」
すぐに何があったか分かり、セライがスザリノを庇う。
「わたしは大丈夫です、セライ」
そう微笑むスザリノに、「何を言ってっ……」と、セライがミーナの仕打ちに怒りを向ける。これまで散々ひどい目に遭わされてきたのを知っている分、我慢の限界だった。どのような処罰が下ろうが構わない、そんな想いでセライが反抗しようとした、その瞬間——。
「——何をされていらっしゃるのです、ミーナ王妃殿下」
そこに現れた、ハクレイとエトリア。
「スザリノっ……!」
エトリアがスザリノの怪我の具合を見て、「私の娘に何をするのですか!」と、ミーナに突っかかった。我に返ったミーナが、スザリノの怪我の具合を見て、「ちがう、ちがうわ……」と錯乱を起こす。
「わたしはまた……」
「お母さま?」
「カーヤ、ルーアン……わたしはなぜ、ここにいるの?」
「お母さま? どうしたの?」
様子がおかしいミーナに、ルーアンが呆然とする。
「落ち着いてください、お母様」
「いやよ、カーヤ。わたしはもういちど、地球へいくの。あの人にあうために、わたしはっ……」
ふらふらと落ち着かないミーナの体を、「王妃殿下!」とエルヴァが支える。
「いやっ、触らないで!」
強い拒絶を見せたミーナが、錯乱した状態で暴れ出した。
「王妃様っ……」
「まずいな。セライ君、ドベルトを呼んできて!」
「あ、ああ。わかった!」
言われるがままに、セライは科学実験棟へと急いだ。
錯乱し、暴言を吐き続けるミーナの様子を見たドベルトが、その腕に注射を打つ。その直後、意識を失ったミーナをドベルトが横抱きし、自室へと運んでいった。
「——やれやれ。ミーナ王妃のご病気には、悩まされるな。こうなった以上、追放するしかないか」
そうハクレイが呟いたのを、エルヴァは聞き漏らさなかった。
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