第115話 ハクレイ裁判第二回公判:報復

 突如として、ユージンが「降参、降参」と吹っ切れたように、席に座った。

「ユージン議員?」

 訝しがるハクレイの隣から、「なんだ……?」とドベルトも警戒する。

「そうだよ。俺がすべて企てたことさ。キーレ前国王の暗殺も、衛兵からの見返りも、地球を破壊するための大量破壊兵器復活の依頼も、すべて俺が一人で企てたことさ」

「ユージン議員が、キーレ前国王を暗殺した犯人? 大量破壊兵器の件は、シュレム議員が依頼したことではないのか……?」 

 騒然とする議員らに、「……静まれ」とハクレイが冷静に見極めようとする。突如として掌を返し、すべての罪を認めたユージンが、シュレムを庇っていることは明白だった。

「……大量破壊兵器の復活を依頼してきたのは、他ならぬシュレムだ。お前じゃない。今更お友達を庇ったところで、こいつの罪が消える訳じゃねーだろ?」

 ドベルトも冷静に発言する。

「かつての大量破壊兵器の詳細が記された『月地球兵器全書』をシュレムに渡し、その復活をドベルト博士に依頼するようのは、俺だ。ミーナ王妃の命を奪うことなど、衛士えじ大臣である俺が衛兵らに命じれば、造作もないこと。シュレムはただ、俺の掌の上で踊らされていたにすぎない。そうだろう? シュレム」

 意を含んだように笑うユージンが、シュレムに問う。余裕の笑みを浮かべていたシュレムが、一気に悲壮感を表し、項垂れた。

「……すべては、ユージン議員に脅されてやったこと。私とて、家族の命を人質に取られ、ユージン議員の指示に従ったまでのことです」

「なっ……! うそつけ、この野郎! 見え透いた嘘ついてんじゃねーよ、シュレム!」

 いきり立つドベルトの隣で、ハクレイがシュレムの真を読み解く。(私が窮地に立たされた際は、お前が便宜を図れ、ユージン)——いつかの過去。シュレムがユージンに向けて言った言葉の記憶が、読み取れた。

「……便宜」

「キーレ前国王を暗殺したのも、俺だよ。動機はハクレイ宰相、アンタが言ったことが大筋さ。専制君主制に戻そうとした国王が邪魔だった、それだけだ」

 ユージンの真を読み解こうとするも、キーレ前国王が邪魔だったということは本当であっても、暗殺を企てた張本人であるのか、その確固たるものが見えてこない。しかしユージンが今ここにあるすべての罪を被ることで、シュレムを粛清することが、また一歩遠のく。それでも、ユージンの自白以上に、根拠となる材料はなかった。

「すべて事実だと認めるのだね、ユージン」

「……ああ」

 真っ直ぐ先を見据えるユージンに、ハクレイは深く目を瞑った。そうして瞼を開け、言った。

「キーレ前国王の暗殺及び大量破壊兵器の復活の強要。この二つの罪だけでも、極刑に値する。反論がなければ、即日死刑とするが、……他の者の意見を聞こうか。異議がある者は、今この場での発言の許可をする」

 ハクレイが周囲の議員らに目を向ける。誰も彼もが俯く中で、一人薄っすらと笑みを浮かべるシュレムに、ハクレイの眉間が動いた。

「……僕とて、独裁者だなんだと言われたくない。シュレム議員、君の意見が聞きたいのだが?」

「いえ、特にありませんよ。ユージンとは、若い頃から共に切磋琢磨してきた仲ですが、このような結果となり、誠に遺憾ではあります……。しかし、罪を償うのは、当然かと」

「やろうっ……」

 親友を見捨てるような発言に、ドベルトが拳を握るも、ハクレイから制止された。首を振るハクレイに、ぐっとドベルトが苛立ちを押さえる。

「ならば、宣告通り、本日ユージン議員を銃殺刑と処す。これにて、月暈院での審議を閉会する」

 そう宣言し、ユージンが地下牢獄へと連行されていく。その姿には目もくれず、シュレムは足早に講堂を後にした。

「……くそやろう。シュレムめ、脅されただなんて、どのツラ下げて言ってやがる! 挙句の果て、親友を裏切りやがってっ……」

「自分の罪が暴かれそうになった際は、そうするよう、あらかじめ二人の間で決めていたようだ。ユージンが言った通り、シュレムは恐ろしい男さ。こうも簡単に、親友の命を見捨てられるのだから」

「胸糞わりぃ! キーレ国王暗殺の罪まで被って、死を選ぶってのかよ! これでシュレムを糾弾出来なくなっちまったじゃねーか!」

「今回は、まんまと逃げられたけど、いずれ必ず、あいつをハチの巣にしてやる」

 憤るハクレイと同じように、いや、それ以上に、シュレムはその腹の内に、憎悪を燃やしていた。政友——ユージンが処刑された夜、ハクレイは、また一人命を奪ったことの罪悪感に苛まれ、ロゼッタの訪問を心細く待っていた。しかし、いつまで経っても、約束の時間に訪れない。心配したハクレイは、ロゼッタの親友であるメイドの下に向かった。

「ロゼッタなら、いつもの時間に上がりましたが……」

 皿洗いをするメイドが、首をかしげて、ハクレイを見上げる。

「そう。じゃあ、部屋に行ってみるよ……」

 何故だか胸騒ぎがやまず、急いでロゼッタの部屋へと向かった。しかし、そこにもロゼッタの姿が見当たらない。だんだんと胸騒ぎが確信へと移り行き、庭園へと出たハクレイの目に、暗闇の中からボロボロの姿で現れたロゼッタが映った。

「ロゼッタ……!」

「はくれい、さま……? いやっ……」

 ひどく錯乱した様子で暴れ出したロゼッタを、ハクレイが力強く抱きしめる。ハクレイもまた、頭の中で処理が追い付かない。

「なにがあったの? どうしてこんな姿でいるの……」

 ほぼ半裸に近い状態でふらふらと歩いていたロゼッタ。その身に起きた悲劇を、ロゼッタは語ろうとはしなかった。

「……あいつらに、なにかされたのかい?」

「いやっ、ちがっ……! ロゼッタはっ……」

 メイド服のスカートから、血が滴っている。真を読み解く力など使わなくとも、ロゼッタの身に何が起きたのか、明白だった。

 ハクレイはすぐに自分の部屋で湯を沸かすと、ロゼッタの全身を洗った。その間も泣きながら呆然とするロゼッタを、ハクレイは抱きしめ続ける。

「——大丈夫だよ。僕がすべてを忘れさせてあげる」

 そう言って、ベッドの中でロゼッタを優しく抱いた。本当は、結婚するまでは一線を越えるつもりなどなかった。しかし、ロゼッタが何者かに襲われ、犯された今、彼女の不安を取り除くことが、ハクレイに出来るたった一つのことだった。

 隣で眠るロゼッタに、ハクレイが言う。

「大丈夫。何があっても、生まれてくる子は、僕達の子だよ。だから安心して、ロゼッタ。君は何も悪くない。悪い奴らは、僕が全員、処刑台に送るから」

 そう固く誓い、後日、ロゼッタを犯した数名の男らを、暴漢罪で処刑した。二月後、ロゼッタの妊娠が判明し、ハクレイはすぐに籍を入れた。それから、ロゼッタが明るい表情を見せることはなかった。ずっとハクレイの部屋で、生まれてくる子の父親を気にし、精神が不安定となることがしばしばあった。その都度、ハクレイはロゼッタを抱きしめ、何度となく、「生まれてくる子は、僕達二人の子どもだよ」と励ました。

 ドベルトと、ロゼッタの親友であるメイドだけには、本当のことを話した。同じ町で生まれ、同じように花売りとして生計を立てていたという彼女が、ロゼッタの身の周りの世話をしてくれた。

 そうしてハクレイが十九歳の時、セライが誕生した。ロゼッタは生まれたばかりのセライを見るや否や、優しく微笑んだ。

「よかった。あなたの子ですね、ハクレイさま……」

「うん! 絶対にこの子を幸せにしてあげなくちゃ!」

 生まれたばかりの息子に有頂天となっていたハクレイは、これでロゼッタの精神も落ち着くだろうと考えていた。

「セライは、本当にいい子ですね」

 隣で眠る我が子に、ロゼッタが愛おしそうに触れる。

「うん。僕たちの子どもだもの。いい子に決まっているさ」

「ふふふ。目の色もあなたと同じ、碧色で綺麗ですね」

「そうだね。眠っている顔は、君にそっくりだけど」

 二人で、愛しい我が子の可愛いところを話していく。穏やかに笑うロゼッタが、その数日後に、亡くなった。死因は不明とされたが、その日、宰相の息子誕生の披露会が行われていたこと。その場に多くの月暈院の議員らが訪れていたこと。そこから精神的に崩れたロゼッタが、一人部屋へと戻ったこと。ハクレイがセライと共に披露会から戻ったときにはもう、ベッドの上で、眠るように亡くなっていた。突発的な病か、それとも自殺か、どちらにせよ、ロゼッタの検死を許さなかったハクレイにより、その死因は、今となっても分からないままだ——。

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