第114話 ハクレイ裁判第二回公判:大量破壊兵器

 中々口を割らないユージンに痺れを切らせたハクレイは、更なる証拠を集め、月暈院つきがさいんの議員らの前で糾弾した。講堂の中心に立たされたユージンが、じっとハクレイを見上げる。多くの粛清により、戦々恐々とする議員らの中で、ただ一人、シュレムだけは余裕の笑みを浮かべ、政友——ユージンの行く末を見つめている。

「——ユージン議員、君は衛士えじ大臣でありながら、衛兵らの利権を金で買わせ、彼らの町での横暴を、容認しているとのことだが、間違いはないか?」

「……さあ? 何のことだか分かりませんな」

「衛兵らの横暴——。その多くが、スラム街での暴行、背任、横領など。善良たる市民に危害を加えるなど、衛兵としてあるまじき行為だ。本来、衛兵らを統率し、管理、指導しなければならない立場である君が、彼らから金を巻き上げることで、その愚行を良しとしてきた罪は、相当深い。失脚だけでは済まされない」

「……そうでしょうか? 私よりも、月暈院の議員らの罪を、裁判もなく即日処刑されてきたハクレイ宰相の方が、よっぽど罪深いと思うのですが?」

 毅然とした態度で、ユージンが言い放つ。

「バルサム国王の信認が厚かろうが、一宰相である貴方に、そこまでの権利が認められているのでしょうか? いまや、月暈院は、ハクレイ宰相の独裁状態。かつてキーレ前国王が望まれた専制君主制とは、真逆を行く現状。その理想を掲げてこられたハクレイ宰相こそ、背任の罪で罰せられるべきと思いますが、いかがか」

 ユージンの言葉に、賛同する議員はいない。みな、ハクレイが恐ろしくてたまらないのだ。それでも咳ばらいをしたシュレムが、「よろしいかな?」と挙手し、発言する。

「宰相は、月暈院が行う政治活動を、何だと思われておいでか? 粛清された議員らを含め、ここにいる全ての者がみな、汚職にまみれた、腐りきった政治家たちの集まりだとでも、お思いかな?」

「なに……?」

「君が行っていることは、まったくもって、独裁だよ。恐怖政治そのものだ。周りを良く見てみたまえ。みな、宰相に恐怖し、発言することすら禁じられているかのようだ。本来、月暈院制は、国民の意見を取り纏め、その代表が協議し、この月の国をより良くするための政治機関だ。かつて専制君主制により、独裁を敷いた国王の恐怖政治を押さえるため、すべての国民の幸せのため、我が月暈院の議員は、確固たる決意を持って、今ここに立っているのだ。それだというのに、スラム街出身の君が、すべてをひっくり返した。そのせいで、多くの謂れなき議員らが、死に追いやられたのだ」

 対立するシュレムが、険阻けんそにハクレイを見つめる。

「歴史の表も裏も知らない者が、正義を振りかざすな。一方の局面でしか物事を判断出来ない者が、もう一方の局面をつぶすな。世界は、多方面の事象があるからこそ、成立するのだよ。さあ、ハクレイ。君はもう、薄汚いスラム街へと帰りなさい。そこで、裸の王様にでもなればいい。裸になることは、君の専売特許だろう?」

 愉悦を浮かべて、シュレムが諭す。その真が、(お前はここで終わり。薄汚い檻の中で、一生私が飼ってやろう)と、ハクレイに伝えてくる。ぐっと奥歯を噛み締めたハクレイが、自身が羽織る白色のガウンに目を落とした。

「キーレ国王、僕は……」

 反論する術を無くしたハクレイ。そこに、一つの声が上がった。

「——随分と余裕じゃねーの、シュレムさんよ」

 騒然とする講堂内に、ゴーグルをつけた白衣姿のドベルトが現われた。

「ドベルト……」

 窮地に追いやられたハクレイが、親友の登場に、訝しがる。

「天才科学者ドベルト博士、参上! なんつってな。冗談言っている場合じゃねーか」

「どうしたのだ、ドベルト博士。君が月暈院に姿を現すなんて、珍しいじゃないか」

 それでもシュレムは、余裕の笑みを浮かべている。

「そうそう、お前さんに話があって、わざわざ政治家くんだりまで足を運んでやったわけよ。お前さんから依頼されていたあの件だけどな、やっぱ無理だったわ。いくら天才科学者の俺であっても、過去の大量破壊兵器の復活までは、出来んかったわ」

「大量破壊兵器?」

 初めて聞く言葉に、ハクレイは眉をひそめた。

「……いったい何の話だね、ドベルト博士」

「とぼけんじゃねーよ。お前が依頼してきたんだろ? かつて地球との戦で使用した、大量破壊兵器。その復活のため、禁書とされている『月地球兵器全書』を俺に渡してきたのは、他でもない、お前自身だろ、シュレム」

「私はそのようなことを依頼した覚えはない! 何だ、何が目的だ!」

 取り乱すシュレムに、他の議員らから疑問の声が漏れる。

「月地球兵器全書……?」

「禁書を読むことは禁じられている。それこそ、キーレ前国王時代に発禁とされたはず。それを何故、シュレム議員が?」

 騒然とする講堂内にて、ハクレイがシュレムの真を読み解く。

(小僧、何を余計なことをっ……! あれがどうなってもいいのか!)

「……なるほど、真実のようだね」

 ハクレイがしたり顔を浮かべた。

「何を言っているのだ、ハクレイ!」

「……君は、謂れなき議員らが死に追いやられたと言ったが、僕には、真を読み解く力がある。僕が糾弾した議員らは全員、心の中で真実を語っていたよ。だから、無実の罪で殺されたとは、誰にも言わせない。そして、君も、無実のはずがない。……お前は、ドベルトに大量破壊兵器の復活を依頼した。そんな馬鹿げた研究をドベルトがするとは思えないけど、あろうことか、ミーナ王妃を人質として、研究を強要した。そうだね、ドベルト」

「ああ。ミーナ王妃の命など、いつでも奪えると脅された。悪いな、ハクレイ。お前にも黙っていろと言われたもので。だが、ここでシュレムの罪を暴くためならば、俺はいくらでも証言してやるよ。シュレムは、大量破壊兵器の復活を企て、あろうことか、それを使用することを望んでいる。それを大罪と言わずして、何という?」

「何か反論はお有りかな? シュレム議員?」

 立場が逆転し、ぐっと苛立ちを押さえるシュレムに、「あと一押しだ」と、ドベルトがハクレイに呟く。

「ああ。二人でキーレ国王の敵討ちをしよう」

 あと一押し、もう一歩のところで、シュレムが、ふっと笑った。その視線が、政友——ユージンに向けられた。


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